沙美が300年前の世界から去って、もう二十年近く経っている。 王と王妃には、17歳の長女リディアーヌ、16歳の次女マリアンヌ、14歳の長男オディロンが育っていた。二人の王女は王妃似、王子は、王似。だが、それぞれ目と髪の色は、各種組み合わされていた。 三人は、大きくなるにつれ、両親の手伝いをするようになった。今では、王宮を運営するにあたり、なくてはならない存在にまでなっていた。 夕餉の時間は、それぞれの報告会。相変わらずこの王宮では、夕餉の時間に消化に悪い会話が続けられていた。 「お父様」 王は、目線だけで続きを促す。 「私、結婚したいと思います」 王は、ナディーヌが悪阻の話した時とは違い、速攻ナイフとフォークを落とした。 「お父様、煩いですわ」 「な、お、り、り、リディアーヌっ!!?」 「落ち着いて下さい。たかだか結婚です」 たかだかでは無い。王、少し涙目 「貴方、子供は、いつか結婚するものですわ」 まったく動じていないナディーヌ。 「それで、貴方はどうしたいのかしら?躓いているようですけど」 リディアーヌは、自分の好きな人に関して、一切、誰にも言っていない。なのに、しっかりナディーヌには、ばれていた。 ナディーヌは、悪戯っぽい笑みを浮かべて自分を見ている。相変わらずの情報収集の腕だと感心してしまった。 「勘当して欲しいのです」 「それが、貴方の結論ですか?」 「はい、お母様」 二人の落ち着いた会話。その横で、「か…か…勘当っ?!」声がひっくり返っている父親。次女と長男は、興味深げに聞いてはいるものの、いつもとまったく変わらずに、もくもくと食事を続けている。 「それで、王宮を出てどうするのかしら?」 「お婆様の家で家事の勉強をしようと思っています。もちろん、ここの仕事は続けます」 「ちょっと待てぇぇぇーーーーーーー!」 父親を無視して、とんとんと進んでいく会話を、物凄い勢いと声で止めた。それどこでは無い。父親は、まったく状況がつかめてなかった。 「相手は誰だっ!」 「落ち着いて下さいお父様」 「これが落ち着く場合かっ!」 「貴方、言葉が乱れていますわ」 「ナディーヌ!可愛い子供の一生がかかっている時に、言葉などどうでもいい!相手は誰だ!」 ナディーヌは、笑みを隠す為に、困ったような小さな溜息をつく。笑ったら、間違いなく怒鳴られる。 「ラキル卿です」 「はぁ〜?!あいつは、俺とさして歳が変わらんだろうがっ!」 「はい。でも、私が結婚したいと思う方は、あの方ですわ」 「あいつに、お父様なんて呼ばれたくないぞっ!」 「あの方もそう思っていらっしゃいます。お父様をそう呼ぶのは、臣下である自分に分不相応だとおっしゃっていました」 ナディーヌは、「そうでしょうねぇ」と苦笑を浮かべ、王は、「どこまでも真面目すぎるやつだ…」と呆れる。 「色々提案をしたのですが、どう頑張っても、頷いてくれません。それで、なぜかと問いました。 結論から申しますと、一番の障害は、私が王の娘だという事だと思います。それなので、勘当して頂いて、王宮を出て、お婆様の所で花嫁修業をすれば、一石二鳥だと判断致しました」 王は、頭を抱えてしまった。 長女だけではない、全ての子供に、小さい頃から、自分達のもつ知識を惜しみなく与えてきた。それが、子供達にとって役立つだろうと信じていた。 その成果が目の前に居る。的確な状況説明。冷静な分析。そして行動力。 王は、自分達の教育が間違っていたとは思わない。思わないが、泣きそうになっていた。 「貴方」 「……何だ」 「子供達には、みな幸せになって欲しいのですよね?」 「当然だ!」 抱えていた頭をがばっと上げ、速攻答える。 「でしたら、答えは出ていますわね」 「う"っ……」 「貴方?」 「だ、だが……まだリディアーヌは17ではないか……」 「貴方もご存知ですわよね?リディアーヌには、縁談のお話がきています。もし、それをお受けになったら、外国へ嫁いでしまうのですよ」 それは嫌だと、王の顔にはっきりと書いてある。本当ならば、王族の結婚など、政治的な物事を主体に考えなければならない。一番無難なのは、戦争回避の為にも、外国へ娘を嫁がせる事。だが、王は、そんな事をしたく無かった。出来るなら、自分の手の届く範囲に居て、困った時には、いつでも手を差し伸べられる場所に居て欲しかった。王の掌がきつく握られる。 「リディアーヌ……ラキル卿を選んだお前の理由を聞かせてもらおうか……」 「あの方は、魔法がかかっていない者の中で一番強い方だからです」 王の目が見開いた。 王がこの国で一番強いように、彼の子供達も、驚異的な才能を現していた。だが、それは妖精がかけてくれた魔法のおかげ。努力をしなかった訳では無いが、決して己だけの才だけでこうなった訳じゃない。それは、自分が一番良く知っている。 「未だに、あの方は、武術大会、槍部門の一位から揺らぎません。私は……私は、決して努力をしていない訳ではありませんが、槍であの方に勝つ事も出来ると思っていますが……きっと、魔法が無かったら、私は、あの方の相手にさえならないでしょう」 それが情けないと思う気持ちと、それ以上に、揺らがず立っている人を見つめずにはいられないという気持ちの方が大きかった。 「あの生真面目すぎる性格が、とても心地よいのです。私を、私として見て下さるのもあの方だけですから……」 王妃と変わらない美しさ。だが、それも、自分のものではない。両親が自分に贈ってくれたもの。姫君という地位も同じだ。残ったのは、自分の内面だけ。だが、多くの人は、そんなものを見てくれない。外見だけ上辺だけの自分で全てを判断する。リディアーヌにとって、それは情けないものでしかなかった。 その多くの人の中で唯一、ラキル卿だけは、自分を見てくれた。姫君という地位とは関係無しに、一緒に仕事を行い、失敗すれば、何が悪かったか指摘をするし、戦いにおいて油断を許してくれるような人では無かった。ただの後輩としての指導が、これほど嬉しい事は無かった。 その思いを、言葉にしない思いを王は、しっかりと受け取ってしまった。そして、理解してしまった。自分にとっては、ナディーヌが存在した。決して王ではなく、自分を見てくれる人が居た。それと同じものを娘が望んでいて、否と言える訳が無い。自然と溜息が漏れた。 「………夕飯が終わったら、直ぐに勘当しよう。お前なら大丈夫だとは思うが、もう遅い、母の家には、ラキル卿に送ってもらう。明日の仕事には、ちゃんと来るように。いいな」 リディアーヌは、一つづつ頷いて。最後に立ち上がり、頭を下げた。 「お父様………あり、が、とう……ご………」それだけしか言葉にならなかった。ぼろぼろと涙が溢れてくる。 「お婆様は、厳しい方ですからね。きっと貴方の為になるわ。お渡しして欲しいものがありますから、後で受け取って下さいね、リディアーヌ」 「は…い」 ここまでなら、いい話。突拍子も無いけど、いい話で締めくくられていたはずだった。 そこに、のんびりと手をあげる王女様一人。 「何だ?マリアンヌ」 「私は、ギュスターヴ様の所へ嫁ぐ予定です」 そう言って、再び何事も無かったかのように、食べ始める。ラキル卿ほどでは無いが非常に真面目な姉とは違い、のんびりとした性格のマリアンヌ。「お菓子を食べたいのです」という口調と一切変わらない風情。 だが、その内容に、姉の時と同じぐらい過激に反応のしたのは、当然のごとく父親の王。ただ、動揺しすぎて声にならず。無条件で沸いてきた涙を流すばかり。 「まだ、何も行動していないの?」 姉の質問に、一瞬顔をあげ、ニッコリと笑うだけ。答えになっていない。 「マリアンヌは、ギュスターヴの何が良かったのかしら?」 今だ復帰出来ない王に代わってナディーヌが、質問をする。 「……間近で、あの方の仕事をみてきました」 それで分かるだろうとばかりに、マリアンヌは、再び食べ始める。のんびりと食べて、一番最後に食事を終えるのは、いつも彼女だった。 「マリアンヌ。それでは、私達には、分からないわ。貴方は、仕事ならしっかりと話すのに、どうして私語になると省くのかしら?それでは駄目だと、いつも言っているはずでしょう」 困ったように、マリアンヌは、笑みを浮かべる。別に不精している訳では無い。仕事は、徹底的に仕込まれて必要に迫られただけ、それに仕事ならば、何を言っていいのか分かりやすくもある。マリアンヌは、自分の事を話すのが、非常に苦手だった。 「私は、小さい頃から、あの方の仕事に対する姿勢を見てきました。丁度お父様から頂いた仕事も術研究所と学校関連のものでしたから、他の方よりもお仕事を見る機会は多かったと思います。 あの方の、後輩への気配り、指導を広めるやり方、そして新しい術を開発する熱意、そのどれもが、私………」 困ったようにマリアンヌは、首を傾げる。 「ギュスターヴを尊敬しているのですね」 ナディーヌの言葉に、マリアンヌは、にっこりと笑い「はい」と答える。だが、瞬時に顔は曇った。 「でも……でもです。あの方の私生活は、人間とは言えません。あの方は、はっきり言って生活能力皆無すぎます。 いくら仕事が忙しいからと言って、お風呂に入らない、寝ない、食べない、面倒になるとトイレへも行かない。これでは、死んでしまいます。 今日お会いした時も、髪の毛はぼうぼうにのびきって、髭はもさもさになって、凄い匂いをなさっていました。 だから……あの、………」 ナディーヌは、くすくす笑いながら、「だから、貴方がなんとかしてあげたいのね」と言葉を添えた。 「は、はい……そういう事なのだと、思います」 真っ赤になって俯いているマリアンヌを見て、王は、これはだめだと思った。どうあっても、マリアンヌの気持ちを変える事は出来ないだろう。 今、必死になって止めて、いつか他国へ嫁ぐより、数億倍マシだと心の中で十回唱える。 相手が、信頼出来る親しい臣下であるのだから、年齢も見ない事にする。嫁ぎ先としては、最高の行き先だと再び一生懸命20回ほど唱える。 「私が、口を挟まない方がいいのだろう?マリアンヌ」 マリアンヌは、王の言葉に嬉しそうに頷く。 「ならば、頑張りなさい。 私もギュスターヴに死んでもらっては困るからな。お前が見張ってくれるのならば、…………そう、だな………助かる………と………思うようにするっ!」 美しい娘をもった父親の叫びだった。 そんな中で、一番下の弟王子は、もくもくと一人食べていた。 プランタンが一息付いた瞬間に、部屋に居る全員がローランを見た。 「っ………」 ローランは、その理由は、十分以上に分かっているだけに、何も言いたくない。とりあえず、自分の手元を見る事にした。意味無かったけど。 「ローラン」 ローランの背中がビクリと動く。 「身に覚えがあるよな?」 フレデリクの冷ややかな言葉に、ローランの喉が返事にならない音を発する。 「この間会ったギュスターヴって、幻かよ。もしかして、勇者お嬢ちゃんの為に、綺麗になってたんかぁ?」 ファビオの言葉に、精霊の長達が、うんうんと頷く。 「……臭いってお姫様に言われるほどって……ローラン、それって病気になるからね!風呂は、毎日入らなくちゃだめだよっ!!」 そう言いながら、沙美は、フレデリクを見る。監視役するって言っていたよね?って、その視線は語っていた。 「サミ……俺が何もしなかったと思うか?」 重低音の返事に、沙美は首を横に振った。 「俺の時間が許す限り手を出した………だがなサミ……俺にも仕事がある。流石に付きっ切りは難しい」 「そうだよねぇ……でもさぁ、ローランもギュスターヴさんと同じなんでしょう?」 ローランを除く全員がしっかり頷いた。 「マリアンヌさんみたいな、奇特な人が早く現れないと、まじで病気になっちゃうヨ!」 ローランを除く…以下同文。 「あ、そうだ!! ローランって、長なんだから、高給取りなんだよね?」 非常に訝しげに、だが、ローランは一応頷く。 「どうせ、武器以外、お金の使い所ないんだよね?」 激しく訝しげだが、もう一度頷く。 「ディックさん」 沙美は、にっこり笑って、フレデリクに視線を移した。 「ローランの貯めたお金全部盗って、廃墟を綺麗にして下さい!」 フレデリクとファビオがニンマリ笑った。 「それから、有能で、力のある執事さんを、綺麗になった屋敷に雇って、人間らしい生活習慣をつけるようにしよう!」 ローランが恨めしそうに沙美を見た。 「もし、ちゃんとしなかったら、ローランは、ローランさんという事で!」 「サミさぁぁぁんっ!!」 沙美にとって、呼び方で、どうしてこんな反応するか、まったく分からない。ローランは、沙美にとって、人生経験豊かな立派な大人である。300年前の出来事でのローランの活躍は、凄いものだった。流石長は違うなぁと、尊敬を新たにしなおした相手。そんな立派な大人が、呼び名だけで、泣き言を言う。まったく分からないと、しみじみと思う。 「あたしは、ローランさんに病気にもなって欲しくないし、ものすっごくカッコイイのに、ぼうぼうになっても欲しくないんです!」 『さん』は、まったくもって嬉しくないが、その後の言葉は、物凄く嬉しい。沙美を、物凄く歳の離れた妹のように大事に接しているローランは、泣いていいのか、喜んでいいのか分からない風情の表情を浮かべる。 「ということで、ディックさんお願いします」 丁寧にお辞儀をする沙美に、フレデリクは、楽しそうに笑って「あぁ」と答えた。 「んじゃ、王子様のお話をしていいかなー?」 「はーい!一番面白い所なんですよね!」 「うん」 ワクワクしながら体を乗り出した沙美に、プランタンは、一回転して話し始めた。 10.07.4 砂海
とりあえず、ここまで。 ローランのへたれっぷりが、どんどん加速しているようで、少々悲しい(´;ω;`) こんなはずでは、なかったんだけどなぁ。<一部の一行目を書いた頃