Fantasy with O3(Talk in the bed) ナディーヌ2  

   魔法使い達が居なくなって5年。王妃が貴族会議に出るようになって3年と数ヶ月。王と王妃は、今まで慣例と言われていた幾つもの制度に手をいれてきた。国は、徐々に豊かになり、強くなり、新たな道と整備された道によって、多くの物資が行き交うようになってきていた。  今まで慣例だったものの多くは貴族を優遇する決まり事だった。当然貴族は、戦が始まったら、民の為に戦わなければならない。物資も、人資源も平時から用意している。それが故の多くの優遇措置。だが、一般市民からも騎士が出るように徐々になってきている今、一方的に貴族だけを優遇する事が出来なくなってきていたのも事実。結果、貴族の基本的なものを除いた優遇処置が、現在ほぼ無くなっていた。  そして、貴族という特権階級にあぐらをかいていた者達は、国王就任当時以上にはっきりと対立し始めた。   「随分と欠席者が、増えたものだな」    王の口元に苦笑が浮かぶ。  貴族会議に出席するべきはずの者が、全員来ていない。空席が目立つようになってきた。   「あら、でも、丁度いいと思いますわ。欠席していらっしゃる方々は、浪費がご趣味ですから」    王とは対照的に、王妃は穏やかな笑みを浮かべている。   「だが、戦になる。民に迷惑がかかる」 「でも、貴方は、絶対に優遇処置を無くすべきだと、今も思っていますでしょう?」 「…そうだな。  さて、今日出席している者は、私のやり方に賛同していると思いたいのだが、もし不満があるのなら、今からでも欠席してもらって構わない。私に勝てると思うのなら、そうしてくれ」    王は揺ぎ無い視線を皆に向ける。そして、戦の相手として立ちはだかる者は全て排除するという意思を出席者全員にぶつけた。  立ち上がる者は、いない。この覇気を浴びる中、立ち上がる勇気のある者は居なかった。ある者は、今まで以上に心酔し、ある者は、元庶民という肩書きを吹き飛ばし、頭をたれるに相応しい王だという事を初めて認識し、そしてある者は、この状態で立ち上がる愚かさを抑え、様子を見ようと考えていた。  最後の者達は、王が庶民だったからこそ、王の言葉を真剣に聞かなかった。確かに就任した時にあったいざこざは、王が主導となり、全て抑え付けたが、どの争いも小さなものばかりで、多くの兵を従わせ戦うものでは無かった事を知っている。大きな戦を知らない、戦い方も知らない、ただ強いだけの王だと判断していた。   「では、貴族会を始める」    王は、立ち去る者が居ないのを確認した後、重々しく始まりの言葉を言う。  その横では、静かに、一人一人の反応を観察する王妃の視線があったのだが、王の発言によって、これから大きく国が揺らぐ事を知っていた貴族達は、王だけを見ていて、気づかなかった。         「ベルマディ卿と、そのお知り合い関係が、だめでしょうね」    貴族会は無事に終わり、王と王妃は、食事をしながら、今日の会を振り返っていた。   「だとしたら、シェナル卿、デネス卿も、役立たずという事か…」 「そうですわね。ですが、かなりの数の貴族が残っています。しかも、安心して頼れる方ばかりですわ。  これならば、十分に勝てます」    王の手が止まった。   「そうか……ん?……食が進んでいないようだが?」 「はい」    久しぶりに、ナディーヌの顔色が悪く感じる。しかも彼女の前に用意されたものは、自分のとは違い、治療を始めた頃のような消化のよいものばかり。   「調子が悪いのか?」 「はい」    心配そうな王に、酷く嬉しそうな返事。王は訝しげにナディーヌを見返した。   「ほんの少し気持ち悪いだけですわ。悪阻にしては、軽いものだそうです」 「そうか」 「はい」    満面の笑みの返事。  会話は途切れ、そのまま食器の小さな音だけが鳴っていた。1分、2分……王の手からフォークとナイフがぼたぼたっと落ち、ガシャンと派手な音が部屋に響いた。   「悪阻っ?!!!」 「はい」    ガタンと大きな音を立てて、王が立ち上がる。椅子はひっくり返った。   「悪阻っ?!!」 「はい」    王は、走ってナディーヌに近寄り、抱き上げようとする。   「フェルナン」 「寝てなくてはだめではないかっ!」 「ギュスターヴが、大丈夫だと太鼓判を押して下さいましたわ。貴方、座って下さい。食事の途中ですわよ」 「だ、だが…」 「安静にしなければならないのならば、ギュスターヴが必ず言います。私も子供の為ですから、ちゃんと寝ますわ」 「しかし…」 「ギュスターヴは、後方支援、軍師としてならば、戦場に出ても構わないとまで行ってくださっています」 「ナディーヌっ!」 「今回の戦いは、どうしても短く終わらせねばなりません。民の為にも、貴方の子供の為にもです」    ナディーヌは、それは鮮やかな魅力的な笑みを浮かべていた。沙美が知らない笑み。とても女性が浮かべるものではない、戦う事を知っている男のような笑みだった。   「その為には、私が必要でしょう?」 「…分かっている…だが、それなら私がっ!」 「いいえ、分かっていませんわ。戦いは、空気の読みあいなのです。その場に軍師が居なくて、どうして勝ちましょう?」 「………私が指揮をとる」 「あの時も、私の案を採用したのですよね?」    ナディーヌは、忘れたとは言わせないとばかりに、一言一言はっきりと言い切った。  王になったばかりのフェルナンは、ナディーヌの家を基点にし、小さな暴動を鎮めていった。その時、ナディーヌは多くの助言を王にしていた。近隣の領主の詳しい情報、必要な地理、そして戦術。  あれから数年、王は、日々どうにか遣り繰りをして、あらゆる勉強をしているものの、未だナディーヌとの差は縮められていなかった。   「………ギュスターヴも一緒だな?」 「はい」 「決して無理をしないと誓ってくれるか?」 「はい。誓いますわ、貴方」    王の視線は、疑わしいとばかりにナディーヌを見つめている。ベッドから離れられなかった時期でさえ、ギリギリまで仕事をしていた前科が、まざまざと蘇る。   「分かった。だが、貴方の調子が少しでも悪かったら、帰ってもらう。それだけは、譲れない」 「……はい。なんとしでも子供と一緒に頑張りますわ」    ほんの少し残っていた食事を、綺麗に食べ、ナディーヌは、テーブルの上をてきぱきと片付けた後、地図を広げた。  王は、未だ食べている最中。だが、二人共、地図を見ながら、今後の戦略を立て始めた。                 「王様……尻に敷かれ放題……だねぇ……」    沙美は、ナディーヌの笑みを思い出す。あの笑みと共に語られると、否なんて言葉出ようが無い。尻に敷かれるしか無いんだろうと、そう思った時、自然とおっさん達に視線が行った。   「お姫様も、笑顔が武器?」    三人は、物凄い表情を浮かべて違うとそれぞれ自己表現した。ローランは、眉間に皺を寄せ、あり得ないと表情が言っている。ファビオは、思いっきり首を横に振りながら、手を器用に横に振っている。フレデリクは、うんざりとした表情で全てを表現していた。   「えっと……女の人口説く時は笑顔でしょう?」 「あんなぁ、お嬢ちゃん。あんなに、白々しい作り物の笑顔なんか、笑顔って言わねぇよ」 「作り物なの?だって、私の時に、すっごく嬉しそうに両手広げていたよ」 「あの時はなぁ……だけどよぉ、あの王妃様のような女性特有のとびきりの笑顔じゃねぇだろ?どっちかっていったら、ありゃぁ、男の笑みだ」    沙美は暫し記憶のナデージュを思い浮かべる。ナディーヌの笑顔と比べると、確かに違うと言わざるえない。それが男の笑みかどうかは、沙美の人生経験では判別は付かなかったけれども。   「あ、ファビさんは、10年分だけだよね?」    そう言った沙美は、ローランに目を合わせる。   「私は、王妃様がナデージュ姫が絶対浮かべない笑みを浮かべるから、固まったのですが……」 「あ……」    フレデリクに目を合わせる。   「中身が違う」 「ん〜…、でもナディーヌは、ナデージュとそっくりなんですよね?」    沙美は、妖精の長達の方、ふわふわと浮いている方へ視線を向ける。   「そうじゃ。別に外見の事を言っておる訳じゃないぞ。中身もそっくりじゃ」    オトンヌの言葉に、ほらとばかりに、沙美はおっさん達を見る。   「あの姫には、悩みが多くあるようですから、それが、あのような表情になってしまうのではないでしょうか」    沙美は、イヴェールの言葉に頷いたが、詳しくは聞かなかった。それは、他の人から聞いていいものじゃないような気がしたから。もう一度頷いて、背後に振り向く。   「エテさん、その内乱って結果はどうなったんですか?」 「ナディーヌは、その采配を間近で見た貴族達から尊敬を勝ち得たぞ」    沙美は嬉しそうに拍手する。だが、ファビオとフレデリクが、訝しげにエテを見ていた。   「あぁ、お前達は、そんな顔をするだろうと思っていた。あのな、ナディーヌの父親も、戦いに関しては、かなり気合の入った男だったんだ」 「気合だぁ?」    「まさか剣を教え込んでいたんじゃねぇよなぁ?」と、ファビオは、正統派病弱そうなナディーヌを思い出しながら尋ねる。   「お前の父親ならそうしたかもしれんな。  ナディーヌの父親はな、彼女の才能を分かっていたが、実際を知らない机上の論理を振り回しては欲しくなかったらしい。そういう者が嫌いだったのだろうな。  結局、医師と身の回りを見ていた召使を一人従え、戦場へ彼女を連れて行ったそうだ」    「はぁぁぁぁ?!!」と叫んだのは、ファビオ。真っ青になったのは、ナディーヌの病状を把握していたローラン。頭を抱えたのは、フレデリク、心の中で、ナディーヌの父親は、ラグエル卿の先祖かもしれないと思い始めていた。   「ナディーヌはな、にっこり笑って、『とても勉強になりましたわ』って言うんだぞ。しかも『もちろん、その後は、毎回寝込みましたわ』って、何事も無かったように何回も行ったって事を想像させるような事を言うしなぁ……もう、私は、何を言っていいか分からなかったぞ」    沙美は、ただひたすら、ナディーヌも、その父親も凄いなぁと心の中で思っていた。命のやり取りという戦場を知らない。偽者の映画でしか見た事が無い。その自分は、それ以上の感想を持ちようが無かったし、持ってもいけないと思った。   「そうかぁ、日記には、そういう事が全然書かれて無かったから、楽しいなぁ」 「あの日記って、王と子供達の事ばっかりだもんねー」 「あ、プランタンさん、覗いたんですか?」    沙美の声に非難の感情が混じる。   「ううん、覗いていないよー。ナディーヌが、今日は、こんな事を書いたって報告してくれてたー。んで、僕達が、これを書けばーって事は、全然書かないんだ」 「例えば?」 「んとねー、病気の事とか。ナディーヌ、元気になった事しか書かなかったでしょー?」    沙美は頷く。   「病気だって、どんどん良くなる訳じゃないでしょー?一進一退状態の時とかー、それでギュスターヴが、不安そうに術を施していたって事とかぁ。  暗殺されそうになった事とかぁ」 「暗殺っ?!」 「うん、だって、ナディーヌって有能だったから、特に、さっきエテが話していた頃なんか、結構危なかったんだよー」    珍しく眉間に皺をよせたプランタンが、厳しそうに指を振る。   「だが、あんたらが居た。だろう?」    フレデリクの言葉に、プランタンの眉間から皺が綺麗になくなり、にぱっと笑う。だが、直ぐに険しい顔付きに戻ってしまった。   「ナディーヌったら、僕達を頼ってくれないんだよー!王が、対処してくれた人達で大丈夫だからってー。だから、ナディーヌに内緒で、見張ってたんだー!」    プランタンの気持ちを代弁するかのように、風が生まれ、そこかしこに小さな渦が生まれる。   「プランタン」 「むぅ〜」 「それで、寂しく思ったのは、お前だけじゃないぞ。だいたいナディーヌは、一番最初に、絶対迷惑をかけないと私達に宣言しただろうが」 「全然迷惑じゃないもん!」    エテの言葉に速攻で、プランタンが返す。エテは、もう何も言わない。長達全員が迷惑じゃないと思っていたのに、頼ってくれなかったのを、誰もが寂しく感じていたからだった。  そして、沙美は、心の中で、もう二度と長達に迷惑をかけないと誓った。絶対に、頼ってはいけない相手。優しい長達に心配させないよう、迷惑をかけないよう、自分も、もっと何かをしなければならないと思った。心の中で、一つ頷く。絶対にこの事を忘れないともう一度誓った。ナディーヌの行動は、とても正しいと沙美は感じていた。   「プランタンさん」 「なぁに?」    まだ、少し不満げな声。   「今度は、プランタンさんがお話してくれるんですか?」    その言葉に、笑顔が戻る。そして、クスクスと笑い始めた。   「また、面白いお話?」 「うん、ものすっごく面白い話。二人のお姫様の嫁ぎ先と、王子様のお嫁さん探しのお話」    沙美とプランタンは、見詰め合ってニンマリ笑う。   「王様、ごねた?」 「うんうん」 「ナディーヌ似のお姫様二人だよねぇ。嫁になんか出さないって叫んでそう」 「うん、叫んだ」 「うわぁ〜、やっぱり!」 「でもね、王子様のお嫁さん探しの話の方がもっと面白いから」 「え?そうなの」    沙美は、エテの腕の中で居住まいを正す。   「んじゃぁ、始めるよ〜!」    プランタンは、クルリと一回転して、物凄く楽しそうににっこり笑った。       10.06.27 砂海
あっはっは、一話づつ出せば良かったと今更ながらに思い始めた…orz