Fantasy with O3(Talk in the bed) ナディーヌ1  

   空中からホワリと現れ、クッションの山の中へボフンと落ちた沙美を見た全員が、それぞれ笑ったり、苦笑を浮かべたりしている。  沙美の手には、特大タオルが握られ、直前まで訓練中だとありありと分かる赤い眼をしていた。   「訓練は、成功していないようじゃのぉ」    オトンヌの言葉に、沙美は少し笑みを浮かべる。そして、クッションの山から這い出て、ローランの服の袖をつかみ、「ごめん、今日は、ここに座って」と、少し離れた、フレデリクの横に座らせる。「ファビさんは、椅子と一緒にここで、よろしくです!」と言いながら、フレデリクの反対側の床をぺちぺち叩く。  ローランと、ファビオは、訝しげな表情をしながらも、沙美の言う通りに、フレデリクの周りに落ち着いた。  それから沙美は、三人の前に、クッションの山を移動させ、そこにひょいと座る。   「おっさん達が前なら、たぶん大丈夫作戦!」    オトンヌに向かってブイサイン。  「本当かよぉ〜」というファビオの声に、「うん、迷惑かけちゃいけないって思ったら、きっと涙も引っ込む…はず!」と一生懸命沙美は頷くが、ファビオは、「どうだかなぁ」って言いながら、ニンマリ笑った。   「お嬢ちゃんが泣いたら、俺のとこに抱っこ………って、痛ぇだろうが!」    最後まで言わせず、ローランがファビオを殴っていた。   「サミさん、そんな無理をしなくても……」 「そうだな。もう、最初っから泣いとけ」    ローランとフレデリクの言葉に、嬉しそうな顔をしながらも、沙美は、「頑張る!」と一言。そしてバスタオルを握り締めながら、オトンヌを見上げた。   「今日は、長さん達が話してくれるんですよね?誰からですか?」 「私から、お話しましょう。貴方方が帰った数分後から、かなり面白かったのですよ」    イヴェールの笑い含みな言葉に、聞き手の四人は、聞かせて下さいとばかりに、次の言葉を待った。                ナディーヌの部屋で行われた術。異邦人は、全員帰ってしまい、部屋の主以外は、王とラキル卿、ギュスターヴが残っている。そして、王とラキル卿には見えないが、精霊の長達がそれぞれ静かに浮かんでいた。   「皆さんにお願いがあります」    その一種ぽっかりと穴が開いてしまったような静けさを、ナディーヌの声が壊した。もう涙は、止まっている。そして、その瞳は、悲しみよりも、強い決意を湛えていた。   「まずは、このベッドを、フェルナンの執務室に運んでください」 「な、ナディーヌ……ど、どうしてだ?」 「今日から、貴方と一緒に執務をさせて頂きます。  私は、今まで、民の税金を使うばかりで、国に一切役立っておりません。これは、病弱だからと言って、王妃の務めを放棄している以外の何ものでもありません。  ですから、私は、私の与えられたものを民に返す為にも、本来の勤めを果たします。  フェルナン、貴方が採決する書類全てを、私も確認させて下さい」    ラキル卿と、ギュスターヴは、今まで見たことも無い王妃を呆然と眺めている。  その中で王だけが、溜息を付いた。結婚を申し込んで拒否された時に見た表情と声音。まったく変わらない。こうと思ったら、真っ直ぐに進む人。そして、そう言うだけの才があるのも、当時話していて、部屋に積まれていた本を見て知っている。  だが、王は、首を横に振った。   「だめだ」 「どうしてですか?私には、今、術を覚えたギュスターヴも居ます。私がもう少し丈夫になるまでは、彼に付き添ってもらうつもりです。だから、心配はしないで下さい」 「彼には、術研究所の仕事があるのだぞ」 「えぇ、それは分かっております。  ギュスターヴ、大変申し訳ありませんが、暫くの間、執務室の隣の部屋に研究所を構えてもらえますでしょうか?  私をずっと見る必要は、ありませんでしょう?  ただ、今の私の健康状態では、フェルナンが不安に思うのも分かりますので、せめて声が届く所へ居て欲しいのです」    ギュスターヴは、自分の名前が出てから値踏みするように王妃を見、そして、他の二人には分からないように精霊の長達を見回した。  長達が、安心しろとばかりに、それぞれが力強く頷く。そしてオトンヌが、「王妃は、なぜサミ達が呼ばれたのかを知ったのじゃよ。そして、お主のような者を今後作らない為にも、執務をすると決意したのじゃ」と言葉を添えた。  ギュスターヴは、一つ頷いた。   「分かりました。  王妃様の望むように、私達、術士は動きましょう。  ですが、無理をしていると判断致しましたら、無条件で貴方を眠らせます。私は、その術を今は知っていますよ。  それで、宜しいでしょうか?」    最後の言葉は、王に向けて言った言葉だった。  ギュスターヴは王妃の決意を嬉しく思い、彼女の優しい心遣いを汲むように返事をした。  だが、王の表情は、冴えない。   「…ナディーヌ、貴方の能力を疑ってはいない。はっきり言って、私より、貴方の方が、国の運営や戦い方を知っているだろう」    まだナディーヌと知り合った頃、彼女と話をしていて、その知識の豊富さに、思考の深さに、驚いたものだった。それを尋ねた時、彼女は、部屋の中の本棚を指差した。  ベッドと本棚だけの部屋。その本棚には、彼女が読んだ本が全ておいてあった。洒落にならない量。はっきりいって、壁面全て本棚と言っていい。そして、そのジャンルの広さは、普通じゃなかった。しかも、婦女子が普通読まないような、領地運営に関わる本、戦い、戦略に関する数々の本が大量に並べられていた。   「だが、君は、ようやく健康に近づいたに過ぎないんだ。  頼むから、もう少し、せめて、ベッドが必要なくなるぐらいになるまでは、ここに居て治療に専念してくれ」    フェルナンの言葉に、ナディーヌはニッコリ笑って、それから「だめですわ」と、きっぱり言った。   「もし、私がベッドにいる間に、貴方に何かあったら、皆さんに何かあったら、私は、どう後悔したらいいのでしょう?  今回、魔法使いが居なくなった元凶は、間違いなく我が国。その事は、間違いなくどの国にも知れる事になりましょう。そしてそれは、魔法使い達の望みであったとしても、彼らを利用しようと考えた国々は、我が国を疎ましく思う事でしょう。無くす事が出来る力を恐れるかもしれません。  どの国にも、異端な者は居るものです。その者が一言、我が国が原因だと申せば、戦争の可能性さえもあるのです。そのような時に、私一人寝ていたくはありません」    スカイブルーの瞳は、一切揺るがず、真っ直ぐに王を見ている。  王も負けじと、見返えしていたが、知らないはずの魔法使い達の事件一連を、ここまで明確に分析する妻に、賞賛を覚えてしまった。だから、溜息が漏れる。仕方が無いとばかりに、視線を落とし、もう一度溜息をついた。   「貴方に勝てたのは、あの時ただ一度だけだったな……」    ナディーヌが、ニッコリ笑う。   「あの時、私も父も、私の時間が残り少ない事を知っていました」    王と、ラキル卿は、目を見開いて硬直する。   「ですから私達は、直ぐに新しい王妃に変わるだろうと、判断したのですわ。それなら、世継ぎの問題もありませんですし」    ナディーヌは、ニコニコと微笑みながら、二人に淡々と言う。   「まさか、こんなに生きるとは……誤算でしたわね…それに健康になれるなんて……夢でさえも思った事はありませんのに……」    困ったように、ナディーヌは続ける。   「ですから、貴方が私に勝てた事など、ありません。そして、今日もですわ」    憂ていた瞳は、その影を一切無くして、まっすぐに王を見つめた。   「ヴュスターブ、引越しを早々にして下さいね。ラキル卿、ベッドの移動をお願い致します。貴方…その間、私を運んでくださいますわよね?」    ナディーヌは、真っ直ぐに両手を王に伸ばす。王は、諦めて、その手を取り、ナディーヌを抱き上げた。                 「それからの彼女は、毎朝食事の前に治療を行い、後は一日中執務の手伝いをしていました。王が彼女にとって納得のいかない決済をする度に、怒られていましたね」    イヴェールは、クスクスと懐かしげな表情を浮かべて笑う。   「王様の決めた事を覆えすんですか?それって、まずくないんですか?」 「ナディーヌが納得するだけの材料があれば、覆りません。ですが、大抵そういう案件に限って、材料不足なんですよ」 「な、なるほど……やっぱり凄いなナディーヌ!」    沙美は、嬉しそうに笑っているが、既にうっすらと目が赤い。   「サミ、大丈夫か?」    突然頭を撫でられ、抱え込まれた。   「エテさん?!」    沙美はにっこり笑って、「大丈夫…だと思います」と頷く。   「次は私の番だな。ナディーヌが元気になってからの話だ」 「えっと、この姿勢で話されるのですか?」 「その方が、落ち着かないか?」    沙美は、エテの暖かな言葉に一つ頷く。自分を泣かさないように、気を使ってくれる長達に心の中で感謝する。   「エテさんのお話は、いつ頃のお話なんですか?」 「私の話は、最初にナディーヌが妊娠した頃の話だ」    笑い含みの声。   「もしかして、王様って、ナディーヌを大事大事にしすぎて、大変だった話とか?」 「いや、それ所じゃないな。既にナディーヌは、貴族会にも出席するようになって、めきめきと頭角を現していた時期だったんだが、もう一つ、彼女の肩書きが加わった話だ」 「肩書き?王妃様で、王様の優秀な補佐で……後は?」 「最初にバラしたら面白くないだろう?それとな、優秀な補佐どころか、王様が二人居ると言われいたんだぞ」    沙美の表情が曇る。その雰囲気を察したエテは、笑い出した。   「王を粗略に言ってる訳じゃない。  あの王は、小さい頃から随分と母親に叩かれていたようだな。実家は商売をやっていると聞いただろう?商売に関するありとあらゆる事を知識として持っていたからな、それを国に応用して建て直した。まずは、税制の見直しだ。ほぼ、貴族も平民も同じ税金を払うようになったし、国の運営の中での無駄は一切省いた。そして、浮いた税金で、道路の整備や、治水をやったぞ。あれは、市民出だからこそ、民に思いやりのある施政をした王だったな」 「でも、それだと、貴族に嫌われない?」    凄いなぁと思いながらも沙美は、振り向いてエテを見上げる。   「それは、ナディーヌの担当だ」    エテは、楽しそうに笑う。   「ナディーヌは、小さい頃から、ほとんどベッドで過ごしていたが、熱が無い限り、全ての時間を領地運営について、国についての勉強に費やしていたそうだ。本を読むか、両親の話を聞くかしていたという事だ。  一番費やしたのが、国の歴史だそうだ。国の歴史というのは、貴族の歴史でもあるからな。彼女の父親は、真面目だからこそ、現在の貴族の事も非常に詳しかった。ナディーヌは、その知識を生かして、王が行う事のすり合わせを全て引き受けた。あの笑顔の持ち主だ。大抵は、戦を始める前から相手は降参していたな。  腹黒いやつで、根性の入った奴等も、まぁそこそこ居たんだが、それも凄かったぞ、ありとあらゆる情報を手に入れるようにしていたからな、誰もナディーヌに勝てないんだよ。まるで、強かな宰相そのものだったぞ」    沙美は、嬉しそうに拍手する。  だが、要所要所で、おっさん達を見るのを忘れない。少しでも油断すると、あっという間に目からアレが決壊しそうで、必死だった。   「それでな、それを最初から分かっていた王は、ナディーヌがベッドから離れられるようになってから、それぞれ分担するようにしたんだ。当然お互いがやっている事は、日々の会話で、詳しく説明する。物凄い才能の二人だ。食事時に、消化に悪そうな、それは凄い会話をしていたな」 「ナディーヌ、カッコイイ〜」    沙美は、顔を真っ赤にしながら、握り拳を作り感嘆の声をあげる。   「サミ」 「はい?」 「もっとカッコイイナディーヌの話が待ってるぞ」    沙美は、「お願いします!」と言いながら、満面の笑みを浮かべた。         10.07.27 砂海
ナディーヌは、凄いです(笑