Fantasy with O3(Talk in the bed) ローランとフレデリク・下  

  「あのよぉ…お前、どうやってクリアしたんだ?」    ファビオが、訝しげにフレデリクを見ている。その視線には、絶対課題をクリアしただろという確信が含まれていた。   「クリア出切ると思えるか?」 「普通は無理だな。だが、ガキでもお前だろ?何をしやがった?」 「意識は、根性でどうにでもなると思った。速度を出す方法は、前の晩ヒヨ係りに色々聞いて、それをなんとか実践した。隊長より俺の方が遥かに軽いから、あまりやらなくても大丈夫だろうとも言われたな。  結局、一番の問題は落ちない事だったんだが、まぁ、そんなもんは、拘束すればいいと思って、徹夜して金具を作り、ロープで体を緩く固定した。それが無かったら、間違いなく落ちていただろうな」    あの課題を出すラグエル卿も、どうかと思うが、それをクリアするに当たり、その対処法が凄い。全員が、心の中で、「おいおい」とフレデリクに突っ込んでいた。   「ロープで固定ねぇ……ラグエル卿が何か言わなかったのかぁ?」 「別に、気絶するな、遅れるな、落ちるなの3つ以外、条件は無かったはずだと言ったら、納得したぞ」    納得したんじゃ無いと、再び全員が心の中で突っ込む。そして、そこまでする根性に負けたんだと、ローランとファビは、追加で思っていた。   「なるほどな……それで、お前は、あの状況だったのか…」    ローランが感心したように、だが、呆れた声を出していた。   「次は、俺が話そう。ラグエル卿からの手紙で、こっちにも色々あったんだ。結構もめたんだぞ」 「そうなのか?」 「あのなぁ、術士学校は、城の付属品だぞ。指示をしてくるのは、城の術士から、術士長のサイン付きの書類だけと決まっているんだ。  それが突然、あの有名なラグエル卿からの手紙だ。何が起きたのかと、会議までやったらしい」 「あの人が考える事なんて、一つしか無いだろうに…」    なんて無駄な会議をしたんだと、フレデリクとファビオは即座に思う。学校しか知らない術士の世間知らずかげんに、苦笑を浮かべた。   「呼び出されて質問を色々されたが、俺の方が、さっぱり状況がつかめなくて、当然な事に分かりませんと知りませんしか、答えられなかった」 「それは…悪かったな」 「いや、子供のお前には、何の罪も無い。ラグエル卿の手紙が悪かったんだ。あの人だぞ、あの人!簡潔すぎるんだ」    ローランの眉間に皺を寄せた台詞に、ファビオは、「あ〜」と声が漏れ、フレデリクは、声も出ずに遠くの方、過去を見ていた。   「ディックの続きです」    ローランは、相変わらずの丁寧な言葉使いの切り替えを行い、沙美に頭を下げた。                結局会議では、何一つ分からず。そして、有力貴族の一人、肩書き沢山持っているラグエル卿からの手紙を無視するという剛毅な者が皆無だった為、ローランは、指定日一日、授業を免除され、指定された時間にエールの門で立つはめになった。  この時、ローランは、ラグエル卿の手紙と、フレデリクを一切繋げなかった。入ったばかりの騎士見習いの話だけで、ラグエル卿が動くとは想像外。当然である。   「……?」    ぼんやりと立っていたら、遠くからヒヨの走る音と土煙。ローランは、騎士が駆けているのだろうと、その土煙を目で追った。  次第に現れてくる様相。先頭を走っているのは、間違いなく騎士だった。だが、その後ろにもう一体のヒヨ。その上に、やけに小さい人影が、ちらちらとヒヨの頭の揺れの間から見えている。  その二体が、ぐんぐんと近づいてくる。  もしかしたら、危ないかもしれないと、門の前に立っていたローランは、門の脇に慌てて移動した。  その瞬間、目の前に先頭のヒヨが止まった。   「君が、ローランかい?…って、止まり方を教わっ……って居る訳が無かったぁぁぁぁっ!!」    声をかけてきた、父親と同じぐらいの男の人は、自分の返事も聞かず、通り過ぎたヒヨを追いかけて走り去って行く。ほんの一瞬の出来事。ローランは、訳分からずに呆然としながらも、無意識に土煙を目で追った。   「あ、追いついた」    あまりの衝撃に、勝手に言葉が漏れる。   「ん?……怒鳴ってる?」    遠くなのに、かすかな声が聞こえ気がする。どれだけの声で怒鳴っているんだろう?と、ローランは、ぼんやり思う。   「あれ…徐々に遅くなった?」    相変わらず声が途切れ途切れに聞こえる。その間、徐々にヒヨの足は緩やかになっていく。二体が並んだ。なぜかさっき話しかけてきた男の人が、もう一体のヒヨの手綱も持っている。   「あ、こっちへ戻ってきた」    ゆるやかな足取りで、ヒヨがローランの方へと向かってきた。   「あの人が、ラグエル卿の用事なのかな?」    ラグエル卿の手紙には、日時と指定の場所にローランが立っているようにという事。1日ローランを借りる事。エールの外周を訓練に使うという事だけが書いてあった。   「僕…何をするんっ……ディックッ?!」    どんどん近づいてくるヒヨは、その騎乗している者が誰だかはっきりと示した。さっきは、あまりの速さに、誰だかわからなかったが、今なら十分に分かる。  ローランは、叫んだ後、ヒヨに走っていった。   「はい、止まりなさい」    ローランの前で止まったヒヨに、ぐったりとしているフレデリクが乗っていた。   「ディック!」 「悪い、縄、解いて、くれ、るか?」    掠れた、途切れ途切れの言葉に、「大丈夫か?」と心配そうな声を出しながらも、ローランはヒヨに近づき、縄の結び目を探す。  「これ、誰が結んだの?固いっ!」と文句を言いながら必死になって、解こうとする。   「あぁ、帰りは、こんな早さで走らんから、縄はいらないだろう。切ってしまうか」 「いえ、もったいないです。いらないなら、僕が使います」    ローランは、縄を解くの必死で、目の前にヒヨが居るとか、騎士が居るとか、一切頭から飛んでいる。ただ、ぐったりしているフレデリクをなんとかしようと、焦っていた。   「ディックの事だから、何か持っているよね?」    のろのろとフレデリクの手がポケットを探り、ローランの手に細い金属の棒を渡した。  「どうして、さっさと出さないんだよ」と文句を言いながら、ローランは、棒を器用に使い、縄を解き始めた。それを、興味深げに、ブラディが眺めている。   「全部解けたよ」    ローランがそう言った瞬間、フレデリクは倒れるように、ブラディの方へ傾いた。   「まだ、気絶するなよ」 「大丈夫、です」    その根性入った、しかし弱々しい声音に、ブラディはため息をついて、フレデリクをゆっくりと下ろした。   「ローラン…だよな?」 「はい」 「悪いが、休憩する場所と、何か飲み物が欲しいんだが」 「分かりました。ついてきて下さい」    ローランは、門衛に挨拶をして中に入った。  その後、ヒヨを二体引いたブラディは、「クーの騎士ブラディと、その見習いのフレデリクだ。ラグエル卿から話は通っていると思うが?」と門衛に言った。  村や、小さな町と違い、学校のあるエールは、城から近い事もあり、しっかりと街を覆う壁と、立派な門があった。街への出入りは、必ずその門を通らねばならず、門衛が、人の出入りと、その用件を必ず確認し記録していた。   「いいぞ」    まるで、それが合図だったかのように、フレデリクの体が傾いた。   「ったく、根性だけは、大したもんだ」    ブラディは、倒れるフレデリクの体を片腕で支え、そのまま肩に担いだ。   「悪いが、ヒヨを二体預かってもらえるか?」    頷く門番に、ヒヨを預け、フレディは歩き出す。  門から入ってきた二人を見たローランは、慌てて駆け寄ってきた。   「あの…、この木陰で待っていて下さい。飲み物を買ってきます!」    そう言ったローランの顔に、何かが飛んできた。無意識にそれを掴み、掌を広げて見ると、硬貨だった。   「あの…」 「それで足りるだろう?君の分も何か買うといい」 「ありがとうございます。少し待っていて下さい」    ローランは、一回頭を下げた後、直ぐに踵を返しパタパタと走っていく。  ブラディは、その後ろ姿を眺めながら、楽しげに口元を綻ばせる。それから、フレデリクを下ろし横たえ、自分も木に体を預け座った。  突然投げつけられた物を、無意識に取れる技量。反射神経が良い。走り方も悪くない。そして術士の子供なのに、自分の記憶とまったく違う丁寧な対応。面白い子供だと、ブラディは楽しげに笑う。この後の訓練が楽しみすぎる。  パタパタと足音が近づいてきた。  ブラディは、口元に人差し指をあて、フレデリクをまだ寝かせてやろうと、ローランに指示をする。  ローランは、静かに歩き、そぉっとブラディの横に座った。   「あの…これ」    ローランの手には、二瓶のエールと、二瓶のりんご酒。エールは、大人用で、りんご酒は、子供用。   「そんな態度だと、学校で大変だろう?」    強張った顔のローランは、小さく頷いた。   「俺は、この町の出身なんだが、昔から術士学校の子供は、酷かったからな。君みたいな子供は、初めて見たよ」 「ディック、…あ、フレデリクが、無理をするなって、教えてくれたから…」 「詳しい話は、フレデリクの上から聞いている。だが、無理をするなと言われて、暴力を振るう者が変わるとは思えないのだが?」 「まだ、先生も生徒も居る教室の真ん中で……怒鳴った………」         「ローラン、来いよ」    学校が始まって早々、今日の授業は全て終わったと全員が安堵している中、殺伐とした雰囲気をのせた三人の子供がローランの周りを囲む。   「いつものやろうぜ」    イヤニヤした笑みを三人の子供は、ローランに向ける。  教室の中では、その子供達が何をしているか知っているが、自分に火の粉が降りかかるのはごめんだと視線を逸らす子供と、いい気味だと同じような笑みを浮かべる子供が居た。   「なぁ」    三人目の子供がローランの手を取ろうとした瞬間、ローランはその手を弾いた。  驚愕が三人の中に生まれる。だが、今まで上手くいっていた。目の前の子供は弱いと思い込んでいる子供達。一瞬引っ込んだ笑みを、もう一度浮かべた。   「素直になれよな」 「嫌だ!!」    教室中にローランの声が響いた。   「僕は、殴られるのが嫌だからって、お前達の言う事なんか、もう聞かない!」    帰ろうとしていた教師の足が止まった。   「なんだとーっ!」    ローランの言葉に怒った三人は、教師が居るのにも気づかずに、殴りかかろうとした。   「止めなさい」    ローランは、三人を睨みつけたまま。  三人の子供達は、教師の声に、体をビクンと揺らし、慌てて振り上げた拳を下ろした。   「何をやっているんだ?」 「い、…いや……」 「彼らは、僕を殴って、言う事を聞かせようとしたんです」    ローランは、冷静に状況を説明した。   「理由はなんだね?」 「僕の態度が気に入らないみたいです」 「そうなのかね?」    教師は、三人の子供を順に見て問う。  彼らは答えられない。   「分かった。四人共、一緒に来なさい」 「ここで、話してもらっていいです」    教師が、四人を促そうとした時、今だ立ち止まり、動こうとしないローランがきっぱりと言った。   「どうしてだね?」 「僕は、先生からも殴られるのは、嫌です」    教師は、訝しげにローランを見る。   「彼らは、僕が、術士らしくないから、術士らしくしろと言って、暴力と一緒に指示してきたんです。僕は、彼らの言う術士らしいという事が、未だに理解出来ません」 「術士らしいというのは、どういうものなのだね?」 「術を持っていない人よりも偉い事らしいです。術を持っていない人を見下す事らしいです。それは、先生達も言っている事ですから、先生は、暴力については、彼らを叱るかもしれませんが、その事については、何も言わないでしょう?だから、僕は行きたくありません」    ローランは、自分の家業を継ぐ事を遅らせてまで、騎士になろうとしているフレデリクに負い目があった。話さなければ良かったと思っていた。鍛冶という仕事が大好きで、楽しんでいたのを知っていたのに、自分が不甲斐ないから、彼から彼の夢を取り上げてしまったと思っていた。  だからこそ、今、目の前に居る術士学校の人間に対し、譲歩するつもりは無かった。人の人生を狂わせた自分が償う、これが第一歩だった。   「術士らしい事は、君にとって理解出来ないのだね?」 「当たり前です。それはおかしいですから。だって、僕達は、ここを卒業したら、王様の所へまず行くんですよね?  今の王様は、術士じゃありません。だったら、僕は、見下す相手に対して忠誠を誓い、仕事を貰うんですか?」 「いや…王様は、尊敬すべき人ですよ」 「でも、王様は、術を持っていません。なぜ、王様は例外なんですか?」    ここにきて教師は、ローランに何も言い返せなくなった。   「それに、僕は、術無しの両親から産まれました。ご飯を食べさせてもらって、服を着せてもらって、そして、技術を伝えてもらいました。  誰もが、術無しの両親から産まれて育ててもらったのに、どうして、それを見下せるんですか?普通、感謝するもんじゃないんですか?  僕の両親は、ピエでフィノ服をやっています。かなり有名だと思います。だって、うちの服着ている子が結構居るのを僕は知っているから。だけど、術無しの両親が作った服を何で着るんですか?見下している人達が作った服を、どうして平気な顔して着るんですか?自分達で服を作ればいいじゃないですか。どうせ、たいした腕もなくて、出来ないのは、分かっていますけど。僕の両親の腕は、最高ですから。服を作る知識も無いくせに、腕も無いくせに、威張って、馬鹿みたいです」    教室で残っていた全員が、呆然としてローランを見ていた。  今まで、彼は、大人しく、言葉少ない子供だと思われていた。  それが、大人に対して、揺るぎもせずに自分の意見を言っている。クラスメートからも、教師からも、ローランは、別人に見えた。   「術士になるには、威張らなければいけないなら、僕、家へ帰ります。ここに居ても意味がなさそうですから」 「……ちょ、ちょっと待ちなさい」    その言葉に慌てた教師は、ローランを引き止める。   「安心して下さい。僕は、先生達の会議の結果が出るまでは、居ます。でも、もし先生達が、今まで通り術無しの人達を見下せって授業で言うのなら、僕はここに居たくありません。尊敬出来ない人達から教えてもらうものは無いですから」    そう言葉を叩きつけてローランは、教室の入り口へ歩き出した。  教師も、生徒達も何も言わない。呆然とその背中を見送った。          ブラディは目を丸くしていた。目の前の、おとなしげな子供が、そんな事をするとは思えなかった。目を瞬かせる。   「一層、苛められていないか?」 「僕は…一応、成績がいいし……才能もあるから……先生達が色々対策をたててくれて……」 「その先生自体が、差別意識を子供達に植え付けた大元だろう?」 「は…い。だから、あからさまな差別を授業で言う事は無くなった…けど…才能のある子供が少ないから……その方が大事だったから……みたい……」    ブラディは、盛大にため息をつきながら、首を横に振った。なんの解決にもなっていない。   「それで、本当に大丈夫なのか?」 「………たぶん、もう少しは大丈夫だと思います……だけど、今は何もしてこないけど……たぶん……先生達が、居なくなったら、元通りだと思います……」 「そうだろうな……それより、いい事を教えてあげよう」    ローランは、小首を傾げる。   「俺は不思議だったんでな、ここの子供達が城に行ったらどうなるのか知りたかったんだ。どうなると思う?」 「城では、王様や、貴族みたいな偉い人がいっぱい居るんですよね?あの…怒られるんですか?」 「いや、とてもじゃないが、人前に出せないって事で、新人術士教育というのがあるそうだ。そこで、とことん今までの非常識を怒られ、ちゃんとした常識を植えつけられるそうだ」 「……学校の先生は?」 「ここの学校の先生は、城へ行った事は無い。生徒の中で、教師として条件の良い子供を育てるんだそうだ」    ローランの眉間に皺がよる。子供らしくない表情が浮かぶ。簡単に言えば呆れている。   「な、呆れるだろう?」    ローランは、こっくりと頷く。   「君は、賢いのだろう?なら、城で偉くなって、ここの状態をどうにかするといい。そうすれば、君みたいな子に迷惑がかからなくなる」    ローランは、今度は力強く頷いた。  だが、結局ローランが正したのは、二十数年後。忙しさに忙殺されて、後回しにしているうちに、すっかり放置になる。実際、城で研究をやっている上の者に、そんな暇も、余裕も無かった。それを知らない子供のローランは、本気でそうしようと決意していた。   「さて……と、俺達の説明をするな」    とりあえず、今日、何でここに自分とフレデリクが来たのかを、一通り話す。   「ラグエル卿が?」    ローランは、目をまん丸にして瞬く。   「そうだ……忘れていた……君の現状を報告する事になっていたのだが……」    ブラディは、背中に冷たい汗を感じる。非常に嫌な予感。   「やばいな…、乗り込んでくるかもしれん…」 「乗り込んで?」 「あぁ、これを渡しておこう」    突然話を変え、ブラディは、背中に背負っていた棒の一つをローランに渡した。   「これで、君は、ラグエル卿の身内になったって事だ」 「はぁ?」 「さっき言ったように、これから私は、君達に訓練を課す……私は、卿の部下で……まぁ、フレデリクもそうだな。そして、君の持っているものは、ラグエル卿からのプレゼントだ。私に教わって、フレデリクの友達で、卿からプレゼントを貰って……結論、君は卿の懐に入った事になる」 「そうなんですか?」 「あぁ。卿は、絶対そう考える」 「あの…僕、術士になるらしいんですけど……それとも、僕は騎士にもならないといけないんですか?」 「いや、そういう意味じゃない。もちろん君は、騎士見習いに入った訳じゃないから、騎士になる必要は無いのだが……」    歯切れが非常に悪い。  そんなブラディを不思議そうにローランは、見ている。   「間接的だが、君は、卿の懐に入った事になる。そうするとな……」 「そうすると?」 「君が苛められているのが、正当では無いって事は、誰が見ても明らかだな?それに、教師が言っている事も、世間の常識から大きく外れている」    ローランは、コクリと頷く。   「間違いなく、卿は、ここに乗り込んできて、それを正そうと喧嘩ごしで、騎士を大量に引き連れてくる……だろうなぁ……」    ブラディの肩が、がっくりと落ちた。   「うわぁ……面倒な事になるぞ……」 「あの…」 「あぁ、何だ?」 「その、ラグエル卿は、ガキ大将みたいな方なんですか?」 「あ?……あぁ、そうだな」 「面白そうな事があると、必ず頭をつっこんでくるし、喧嘩が始まると、喜んで参加するし、強い人がいるとワクワクしたりする人なんですか?」 「………物凄く正解だ。何で知っているんだ?」    ローランが、真剣な顔つきで考え込む。   「だったら、僕の話は、適当にかいつまんで下さい。それで、いっぱい、訓練の結果を言うのがいいと思います。たぶん、ラグエル卿は、戦うのが大好きな方だと思うんで、その方に気が向くと思うんです」 「……何で、そんな事を思いつく?」 「あの…ラグエル卿って……あの……失礼だとは思うんですけど……僕のお父さんに似ている、から。よく、うちのお母さんが、そうやってお父さんの気を逸らしていました」    ブラディは、まじまじとローランを見つめた後、ガシッっと両手を掴んだ。   「お母さんを、ぜひ、紹介してくれ」 「あ、あの……ピエに行けば居ます」 「あ、あぁ、そうだったな。分かった。君の紹介でと、言っていいだろうか?」 「はい…あの、お母さんに会って、どうするんですか?」 「コツを伝授してもらおうと思っている。君の父親がそういう人なら、周りの苦労を知っているだろう?」    ローランは、コクリと頷いた。   「しかし、君の父親は、服を作る人ではないのか?」 「新しい服を作るのには、各地の各国の服を見てまわって勉強するのが一番なんです。だから、お父さんは小さい頃から棒を習っていたそうです。その棒の先生から、一人旅してもいいっていわれてからは、棒一本とペンと紙を持って、旅に出るようになったんです」 「君の父親は、強いのかな?」 「たぶん…旅で、山賊や盗賊に会っても、無事に生きて帰ってこれるぐらいには……」 「凄いな…」 「父さんが、お前んとこの父さんに連れられて、ろくでもない事をして、よく母さんに怒られていたよなぁ…」    フレデリクが、目を擦りながら起き上がり、聞いていた話に言葉を添えた。   「お、起きたか」 「おはよう、ディック。ありがとう」 「うん、おはよう。  やっぱり、ラグエル卿って、お前の父さんに似てるんだ。新人が集まっている所に来た時は、流石貴族の偉い人だって思ったのに、個人的に会ったら、居酒屋に居るおじさんみたいだったもんなぁ」 「本当なんだ」 「そうそう、言われてみて、ようやく分かったよ。あれ、お前の父さんそっくり」 「うわぁ〜〜あの、早くお母さんに会った方がいいかも…」    ラグエル卿の下で働いている人達の苦労が、忍び寄ってきた。それも大量に。   「あ、あぁ。今度早急に伺わせてもらうよ」    二人の子供に可哀相だと、哀れみの視線を投げつけられて、ブラディは、心底情けなくなった。戦っている時のラグエル卿の神聖さに心を奪われてしまって以来、その姿だけを思い出せるよう心を調整してきたが、現実襲ってくる不幸の数々。そして、それの調整で奔走しなければならない仲間達。現実をちゃんと見つめ、対処法をしっかり伺ってこようと、ブラディは心から決意していた。   「さて、フレデリクも起きた事だし、訓練を始めるぞ」    ブラディは、立ち上がる。   「まずは走るぞ」    そして、場所は違えど、フレデリクにとって、まったくいつもと変わらない訓練が始まった。           「ディック、あの訓練内容は、お前がやっていたのと同じだったって言っていたよな?」 「あぁ」    フレデリクは、「ランニング、腹筋、背筋、腕立て、棒を持っての基本動作、型…」と指を折りながら、やった事をあげていく。   「ローラン…突然そんな事やって、次の日、登校出来たの?」    訓練をした事の無い子供に、何時間やったんだと沙美は呆れる。自分は、棒の基本動作と型だけで、身動きが取れなくなった。   「ブラディさんが、身動き取れずにへばっていた私を担ぎ、ラグエル卿の何一つ書いてない手紙のフォローと、私の状況を教師に伝えてくれました。おかげで、教師に疲労回復の治療をして頂いたので、あの後、勉強も出来ました。それに、差し入れもありましたし」 「差し入れ?」 「はい。どうも私が怒鳴った事に、陰ながら賛同してくれた者が居たようで、休んだ事を心配して下さったのでしょう。寮のおじさんを通して、お菓子が届けられていました」    沙美は、「おー」と言いながら、拍手していた。皆が皆、選ばれた人間だって洗脳されていたら、悲しすぎる。   「それじゃぁ、お友達が出来た?」 「流石に表立って、無視されている私に話しかけてくるような猛者はいませんでしたけど……」    ローランは、小さく笑い出す。   「ブラディさんから、棒をいつでも持っているようにと言われて、学校にも持っていたら…」 「そうしたら?」         「ローランって、君かい?」    突然話しかけられたローランは、びっくりして、その声の主をまじまじと見てしまった。皆の前で怒鳴ってから、今まで以上に声をかけてくる者は皆無。学校で発言するのは、教師に質問する時だけになっていた。   「違うのか?」 「ううん、ローランだけど…」 「棒をやるのか?」    話しかけて来た子供は、棒を指差す。   「う、うん……昨日からだけど……」 「昨日から?」 「うん。昨日、初めてラグエル卿の所の人に教わったんだ」 「ラグエル卿のっ?!」    子供の目は、一瞬輝いた。   「どんな事を教わったんだい?」 「え?型と、基本動作だけだよ」 「そうか。君は、棒を続けるのか?」 「うん。あの…棒を知ってるの?少し分からない事があるんだけど、聞いてもいい?あ、名前は?」    ローランは、自分が無視されている状況だという事も忘れて、話しかけて来た子供に質問していた。   「私は、アドリアン。アドリアン・バレーヌ。小さい頃から、訓練している。何が分からないんだ?」    アドリアンは貴族の生まれ。元々、親と同じように騎士を目指していた子供だった。  術士の判定は、貴族であろうと、農民であろうと、平等に試験を受けなければならない。そして、才能があると分かった時点で、必ずこの、エールの学校に入学させられる。それは、知識もなく、突然術を使って危険な事をしないようにという事故を未然に防ぐ為と、今だ少ない術士、医者を増やそうという為。  但し、貴族の子供には特例がつく。本人が希望すれば、そのまま術士の勉強を続けられるのだが、それは少ない。普通は親の家業、騎士や、領地の運営等を継ぐ事が優先される。そして、その道を歩む者がほとんど。その為、貴族の子供は、術士の勉強と合わせて、別途家庭教師が付いていたりする。   「あの…」    ローランは、慌てて立ち上がり、棒を掴んで、型を構える。そして、「一つ目」、「二つ目」と数を数えながら、順に型を示していく。それが、10になった時、ローランは動きを止めた。   「これで、合っている?」    その言葉に、アドリアンは、目を瞬かせる。目の前の子供は、昨日習ったと言っていた。紙にも書かれていない型を拙いながらも間違いなく動いていた。   「…合っている」 「じゃぁ、基本動作なんだけど……」 「それは、相手が居た方がいいだろう?ここだと、危ないし、授業が全部終わったら、私が相手をしよう」 「いいの?……僕、…無視されているんだけど……」    ローランは、教室の中のクラスメイトが自分と同じような視線で、目の前の子供を見ているのに、ようやく気づいた。   「私は、術士に重きを置いていない。たぶん、この学校に来ている貴族のほとんどが、君と同じ意見だと思う」    ローランは、目を瞬いて、アドリアンを見る。   「貴族は、それこそ小さい頃から、貴族としての、あらゆる事を躾られる。そうだな、教師達の言葉を借りるなら、貴族は、選ばれた人だと教えられると言っていい」    ローランの眉間に皺がよる。   「だからこそ、それに対する責任がついてまわると教えられる。領地の者達の幸せや、利益を守る事。そして、敵が来たら、領地の者を守る為に武器を持ち、最後まで戦う事。それが、私達の事実だ。だから、教師が言うような胡散臭い事には、惑わされない。惑わされるのなら、そこの家の教育がなっていないという事だ」    再びローランの目が瞬いた。   「貴族って、凄いんだね」 「そうか?」 「僕、そういう事なら、貴族が選ばれた人ってのを納得する。領民の為に選ばれたって事だから」 「そう、そういう事だ。だから、授業が終わったら、私が迎えに来よう」    ローランは、小首を傾げる。   「嫌か?」 「ううん。貴族の人って、僕達平民の為に、それこそ僕みたいなのの為に動くとは思わなかったから」 「でも、友達ならいいだろう?」 「友達?僕は、友達なの?」 「嫌か?せっかく一緒に棒をやれる者を見つけたんだ。私は、君を手放すつもりはない」    アドリアンの父は、城勤めの騎士の一人だった。アドリアンも、将来は、父のように騎士になって城で勤めたいと思っていた。術士なんて論外。ここに来る事になってからも、一人でもくもくと剣を振っていた。  同じように貴族でここに来ている者が数人居るが、騎士を目指す者は居なかった。ようやく見つけた相手。手早く指導して、早く剣を交えたいと思っていた。   「あの…友達になれるかは、分からないけど、僕は毎日棒の訓練をするつもりだから、その時一緒にやってくれると嬉しいな。僕が不甲斐なくて、君の相手が務まらなかったら、いつでも言ってね。友達だって言ったよねって、僕は言わないから」 「もし、君が不甲斐なかったとしても、私は、君の友達になりたいと思っている。そんな公平な申し出をされたら、騎士は断れないものだ」    その生真面目な言い方に、ローランはクスリと笑った。   「じゃぁ、授業の後、ここで待っていればいい?」    アドリアンは、頷いてから、「楽しみにしている」と言って、教室を去って行った。         「アドリアンさんって、年上の人?あれ?術士学校って、年齢別に教えているの?それとも学校に来た順に分かれているの?」 「学校は、学校に来た年月ごとに分かれています。  アドリアンは、私より3年早く来ていたので、クラスでは2つ上で、年齢も、2つ上です。」 「クラス?年齢がなんか噛み合って?あれ?えっと、術士学校って、どんな風にクラスが分かれているの?それに、突然術士になる素質のある子って見つかったりするよね?そういう子が突然入っても、授業についていけるの?」    沙美は、学年という言葉が出てくると思ったら、クラスだった。自分の世界とは違う学校の仕組みはどうなんだろ?とローランの返答を待った。   「貴族が通うような学校では、一斉に同じ年齢の子供が入学し、何事も無ければ、一年ごとに進級します。  ですが、術士学校は、いつ新しい生徒が増えるか分からないものですし、文字の読み書きが出来ない子供が来る事もあります。  まず、読み書き出来ない、算術もしらない子供には、沙美さんに言葉を教えたように、術でそれを教えます。それを勉強している時間がありませんから。そして、最初のクラスに入ります。  1つのクラスには、一人教師が付き、子供が自主的に教本を覚え、分からない事を教師がサポートするという形になっています。誰かが分からないと教師に助言を求めると、同じように分からない子供を募り、教師が子供を一角に集め、細かく指導するという形です。ですから、自主的に勉強を進められる子供は、どんどん教本を読み進められます。教本の単元ごとに、テストがあり、それに合格すれば、先に進み、分からないまま進むという事もありません。そして、指定された教本全てが終わると、クラスの移動になります。  ですから、学校に来た年齢や、クラスは、合致しないのです」 「なるほど……でも、さぼり癖のある子供って居るよね?全然進まない子はどうするの?」 「その為に教師が居るのですよ。自分のクラスの子供の進み具合は、全部把握しています。だから、さぼっているのは、簡単にバレてしまいます」    沙美は、感心していた。一律の授業ではなく。必要な子供に必要なアドバイス。ある意味、教師は子供の資質によって、対応しなければならないから、大変だろうが、子供にとっては、自分に合った速度で進められるのは、楽だろうと思った。そして、自分の場合、物凄く速度は遅くなるだろうなぁと、沙美は、学校の教科を一つ一つ思い出しながら、力なく笑った。   「あ、教わる事って、術の事だけ?」 「そうですね、術に必要な事だけですが、かなり範囲は広いですよ。おおまかに、術の歴史、人体関係全般、選択された生き物関係全般、言葉の構成、後は実技ですね」 「もしかして、人体関係全般って、物凄く広いんじゃぁ……」 「はい。生き物も人間も、全般って簡単に言えるものではありませんから」 「うわぁ……んで、ローランは、何年で卒業したのかな?いやいや、普通何年で卒業して、ローランは、どれぐらいだったのかな?って聞くべきだよね!」    ローランの視線が泳ぐ。自分の事を言うのは、非常に苦手。特に、普通の人と比較付きというのが、自分は、普通じゃないというのを威張るようで、言いたくない。   「普通は、最低でも10年は欲しいところだそうだ。だがな、こいつは、16で卒業して、城にあがったな。非常に迷惑だったぞ」    フレデリクが、意地の悪い笑みを浮かべながら、楽しげに言う。   「えっと、それは、ディックさんも、早く城へ行かなくちゃならなくなったから?」 「そうだ」 「んでも、ディックさんの事だから、行っちゃったんでしょ?」    沙美は、絶対そうに違いないだろと、フレデリクをじぃ〜と見ていると、ローランがその横で頷いた。   「そうです。これは、私が、城に行った年の武術大会で、入賞しましたから」 「……本当に、二人は凄いねぇ。あ、大丈夫!ファビさんも凄いヨ!それは、この間、十分に分かったから」 「あー、俺は普通だと思うぜぇ。俺は、単に、親父が普通じゃなくて、異常に俺を鍛えた結果だからな」    そう言ったファビオは、二人を変態という視線で見るが、二人からまったく同じ視線を返されていた。   「んで、お嬢ちゃん、他にローランや、ディックに質問はねぇの?そろそろ時間じゃねぇか?」    沙美は、慌ててフレデリクの持っている時計を見る。確かに、かなりな時間だ。   「えっと…、ローランを苛めていた人達は、今は、大人しくなったのかな?」 「あの術士学校に入ったからと言って、全員が術士になれる訳ではないのです。覚えなければならない事が膨大すぎて、途中で挫折する生徒も少なくありません。  実技は、知識を全て吸収してからになります。それまでに落伍していく者は、教師の判断によって、学校を去る事になります。その時点なら、実際どうするか知らないので、危険では無いのです。また、むやみに術を使ってはいけないと、最初から、かなり言い続けられますから、それは、知らなくても身にしみているはず……」 「結局、いじめっ子は、止めちゃったんだね」 「二人は、止めました。残る一人は、今、一緒に仕事をしていますよ」 「もう苛めっ子じゃない?」 「流石に、大剣一位様を苛めるのは、大変じゃねぇの?」 「あ、そうか」    ファビオの言葉に、沙美は納得する。   「それに、彼は、私の補佐で、いつもお世話になっています。沙美さんと一緒に旅をしている間、ずっと私の肩代わりをしてもらいましたし…」 「……ま、迷惑かけてもいいよね。最初に迷惑かけられたんだから」    そう言って沙美は、うんうんと頷くが、フレデリクが、「サミ、あいつにとっては、割が合わんと思うぞ。それぐらい、こいつは、迷惑をかけてるんだ」と、フレデリクの白い視線がローランを突き刺す。   「あはは…仕方が無いと思うけどなぁ」    沙美がそう言って笑うが、フレデリクは現状を知っているだけに、補佐になってしまった彼を可哀相だと思っている。最初は、沙美と同じ様に思ったが、なにせローランだった。一人じゃ没頭しすぎて人間的な生活を一切放棄する長。そのフォローは仕事だけでなく、生活全般に及んでいる。まるで嫁のようだとさえ思う。いや、老人の世話をする子供かもしれない。そんな事実。流石にローランが、言わないでくれという情けない視線をバンバン送ってきているので、フレデリクは呆れながらも一応は黙っておいてやった。だが、「貸しだな」と小さい声でローランに言うのは忘れない。   「あ、それから、ローランって、いつからラグエル卿に教わるようになったの?」 「城勤めになった時に、ラグエル卿に呼び出されまして………」    ローランの視線が、遠くの方を見てたそがれる。   「その場で、遊ぼうぜ〜と……」 「あ、あ〜〜……、んじゃ城にあがってから、直ぐに大剣を持つようになったんだ」 「いえ、城にあがってから、何度か、内乱もどきがあった後、ラグエル卿に願い出ました」 「術士だと狙われるから、棒だけじゃなく、剣を持ちたいって?」 「そうです」 「なんか、今日のお話は、ラグエル卿が、凄いんだぞってお話みたいだったね」    沙美は、クスクスと笑う。   「んじゃ、サミ〜、次は何の話にする?ナデージュの話にしてみる〜?」    プランタンが、楽しげに沙美を逆さまから覗き込む。それに向かって、沙美はにっこりと笑った。   「うん、そうする」 「お嬢ちゃん、大丈夫かぁ〜?」 「大丈夫、大きなタオル持ってくる!」    ファビオのからかうような声に、沙美は真剣に答える。それに対して、ファビオが「ダメだろ〜」って言う前にフレデリクが、「最初からあきらめるな、訓練をしっかりしてこい!」とクッションを沙美へ投げつけた。   「う〜〜、頑張ります!」    そんな沙美に、オトンヌとエテが頭を撫でた。   「頑張るじゃぞ」 「いっぱい話す事があるからな」 「楽しい話がいっぱいですよ」    次々に精霊の長達から優しい言葉が、かけられる。沙美は、嬉しそうに笑いながら、力強く頷いた。   「では、ごゆっくりおやすみなさい」    ローランがそう言って立ち上がり、杖を握り締める。  術がローランの口から朗々と流れている間、沙美は、皆に向かって一生懸命手を振った。         10.03.29 砂海
ようやっと終わった……orz 大変お待たせしました。 無事に、お届けって…これから校正する段階でこれを書いているんですが……今月中にお届けできていると願っています。   今回は、きっとラグエル卿の話なんだろうなぁ。本人は、ちょっとしか出ていないけど。あ、先回もちょっとしか出ていないくせに、存在感はあったな。あのおぢさんは、最強かもしれません。   という事で、次は久々の、ナデージュです。今から、自分も楽しみだったりします。<まだ、何の構想も無い状態だったりする。 今度こそ、もう少し短い内容で綺麗に収まる事を願いつつ……不安消えないけど……頑張ります!