Fantasy with O3(Talk in the bed) ローランとフレデリク・中  

  「エテさん」 「何だ?」 「ものすっごく可愛らしいですねー」 「だろー。可愛くて可愛くて、抱きしめたくてなぁ」 「分かります〜。やっぱり、30年前に行きたいなぁ…」    まじまじーっと、ローランとフレデリクを見つめていた沙美が、現在の二人ではなく、妄想の二人に対して、小さく呟く。   「サミ!」 「サミさん、絶対に、ダメですからね!」 「こんなに、可愛いのに〜」    沙美、妄想に向かって話しかけている。  フレデリクが、呆れたとばかりにため息をついて立ち上がり、沙美の頭をポカリと殴った。   「ディック!」 「もの凄く手加減した。  サミ、帰ってきたか?」 「う、うん」    沙美は、コクコクと慌てて頷く。   「続きも聞きたいんだろ」    今度は、ブンブン頭を振って頷いた。   「だって、あのラグエル卿だよね?想像外のシゴキがありそう」 「ん?だったら、お前が話すか?」    エテは、ふわりと降り立って、沙美の後ろに座る。  プランタンが「ずるーい」と言って、エテの腕を引っ張るが、「お前もやれば良かっただろ?」と、軽くいなされた。「プランタン」と言って、その小さな体を抱えたのは、イヴェール。「せっかく他の子も居るのです。差別はいけませんよ」と優しく諭す。  だが、沙美は、思う。他の子…子って…と思いながら、おっさん達をじぃっと見てしまった。確かに精霊の長に比べたら、人間なんて全員子かもしれない。だが、おっさん。沙美の目の前に居るのは、おっさん。激しく違和感がある。   「むー、次は僕だからね」    プランタンはそう言って、ふわりとローランの上に乗った。   「プランタン殿…」 「僕、強大な魔法使いも大好きだからね。あ、赤い騎士も、金の騎士も大好きだよ」    にっこり微笑む姿、天使様。ローランに肩車してもらっている姿は愛らしい。だけど長様。人間よりはるかに長命な長様。威厳は無いけど、そんな長様から軽く凄い事を言われて、おっさん三人は、肩をがっくりと下げた。   「それで、どうするんだ?」 「あ…あぁ、俺が話す。お前が余計な事を言って、思い出したくも無い事まで思い出したら、体調が悪くなる」    エテは、フレデリクの言っている事が何を指しているのか気づいて、分かったと頷く。人間とは、信じられない訓練をするものだなと、当時思っていたが、他を知るようになってから、あれは例外だと知った。確かに、思い出したら不幸だなと温い笑みを浮かべる。   「ラグエル卿の所へ行って、騎士見習いになった所からだ。あそこは、どの土地の者でも、騎士になりたいのなら、受け入れてくれる。だから、直ぐに新入りが集まる隊に入った」    全員が、フレデリクを見ている。   「早朝練習から始まって、食事、勉強、食事、訓練、食事、訓練、食事、就寝で終わる」 「……食事が4回?」    沙美の驚いたような声に、フレデリクは頷く。   「最初は、食べられんが、そのうち慣れれば4回でも足りなくなる」    足りなくなるぐらいの運動をするんだと、沙美の背中に汗。その汗は、まだ始まったばかりだった。             「オーバン隊長」 「何だ?」    オーバンは、最近入った新人の呼び声に気さくな笑顔で答える。  夜の訓練が終わった後。新人の割に体力もあり、しっかり立っている子供。そんな、フレデリクをしげしげと眺めた。   「ここには、休みって無いんですか?」 「あーーー、帰りたいか?」 「いえ、行かなければいけない所があるんです」    目の前の子供は、真剣な表情を浮かべ、自分を見上げている。   「その理由は、長くなるか?」 「隊長が、どこまで聞くかによります」    自分の言った質問に、完結に答えてくる。その頭の良さに、オーバンの手は自然とフレデリクの頭に触れ、「んじゃぁ、座って話そうか」と答えた。   「まず、どこへ行きたいんだ?」 「エールです」 「術士の町かい?何でだ?」 「そこに友達が居るんです」    オーバンは、未だ立っているフレデリクを引き寄せ、無理やり座らせる。   「俺は、長くたって構わないんだ。最初っから、ゆっくりちゃんと話してみろ」    引っ張られ、ドシンと尻餅ついたような形になったフレデリクは、目を瞬かせた。  驚くと子供らしい顔つきになるんだなと、オーバンは、フレデリクを楽しげに眺めた。そして、この後聞いた話は、それ以上に楽しい内容だった。   「つまりだ。孤立している友達のとこへ行って、ここで覚えた訓練法を伝えたいって事だな」 「はい。それに、あいつ…寂しがりだから」 「なるほどな。付いて来な」    オーバンは、尻を叩きながら立ち上がり、後ろを振り向きもせずに歩き出す。フレデリクも、急いで立ち上がり、小走りで付いていった。  そして二人は、ラグエル卿の屋敷の中に入って行った。   「ラグエル卿〜〜〜!もんのすげぇ〜面白い話があーりーまーすーよーーーー!」    大音声。フレデリクは、慌てて耳を塞ぐ。沢山の子供が訓練していても、誰一人聞き漏らす事皆無の声だった。  遠くから、「ここだーーー」という声が聞こえる。オーバンは、「お、珍しい、執務室だ」そう言って、またどんどん歩き出した。  フレデリクは、この屋敷に入ったのは、初めてだった。初日からずっと、屋敷周辺にある、騎士見習い用の宿舎と、同じく屋敷周辺にある訓練場を行き来しかしていない。  突然の訪問。しかも、物凄く偉い人の屋敷。はたして、こんな勢いで入っていいのかと、呆然としながらも、足は必死になって動かしていた。なにせ、必死に動かさないと追いつかない。確かに立派な屋敷だから広いが、こんな速度で歩くものではないんじゃないかと思いながら、一生懸命追った。   「卿〜」 「んだ、面白ぇ話なんだろ?何でガキが一緒なんだ?」 「俺じゃなくて、こいつが面白い話をしてくれますよ。俺の保障付きです」 「本当かぁ?お前、結構外れが多いぞ」 「まぁ、聞いてみて下さいって。  ほら、フレデリク、さっきの話をはしょらず、全部話せ」    そう言って、オーバンは、フレデリクの背中を押し、執務机の前に居る、ラグエル卿の前に出した。   「いいんですか?」 「あぁ、良いぞ」    背後に向かって言ったフレデリクの問いに対し、答えたのは、前に居るラグエル卿。   「あの…面白いか、俺には分かりませんが…」 「いいから話せや!それからだ」    入隊した日に訓練場で会い、新人ですと紹介され、挨拶をした。その時の貴族然とした男は居なかった。これじゃぁ酒場のおやじだと、フレデリクは思い。思った瞬間、気が楽になる。一回息を吸う。フレデリクは、話し始めた。  幼馴染のローランが術士学校で、孤立している事。  いじめに合って、無理やり意に沿わない言葉を言わされている事。  せめて、休みの日には、自分が会って、孤立した心をどうにかしてやりたい事。  そして、ここで訓練法を覚えて、ローランにそれを伝えようと思った事。  それを事細かに話した。   「その坊主は、術の才が、かなりあるんだな?」 「はい。最高位だって言ってました」 「だったら、お前と同じような訓練する暇なんか、ないんじゃねぇか?」 「いえ、あいつは努力家ですから、必要なら、いくらでもやります。今までもそうだったし、これからも変わる予定は無いはずです」 「ん〜〜、そのガキの体型は、お前と同じような感じか?」 「いえ、家業を手伝っていたので、身長は同じぐらいですが、細いです」 「家業って何だ?」 「ピエのフィノってっ…!?」    フレデリクは、最後まで言えなかった。背後の隊長が、「フィノだぁ?服だよな?俺、そこのばっかりだぞ」と、言うのと同時に、ラグエル卿が中空を朧に見ながら「城に行く時の服は、だいたいあそこだったよなぁ」と呟く。  ピエの技術集団は、国の中でも有名で、他の地域よりもずっと良い品を提供すると評判だった。だから、田舎の村でも、名は知られている。その中でも、服のフィノ、装飾品のポクラン(沙美に腕輪をプレゼントした装飾屋)の家は、ダントツで知られていた。   「んじゃぁ、服屋は、後継者を無くしたのか?」 「あそこには、才能のある弟が居ますから、大丈夫です」 「へーー、お前は?まさか同じ服屋とか言わねぇよな?」 「言いません。俺は、鍛冶屋の息子です」    ラグエル卿と、オーバンは、なるほどと、彼の腕をそれぞれチラリと見た。   「お前、鍛冶屋はしなくていいのかよ?」 「どこでも出来ますから」    小さい頃から叩き込まれた多くのノウハウは、そう簡単には消えない。   「敷地内にある鍛冶屋さんの手伝いも、少しはやらせてもらっています」    ラグエル卿の眉間に皺がより、オーバンを見る。   「や、俺はそんな余裕ないぐらい、いつも通りしごいてますますって」 「オーバン、もしかして、こいつの話と同じぐれぇ、こいつも面白いって事かぁ?」    フレデリクからは見えなかったが、その背後では、ニンマリと笑ったオーバンが居た。   「お前は、その友達ってやつが強くなったら、鍛冶屋に戻るのかよ?」 「いえ、城にあがりたいと思っています」 「はぁ〜?城なんかに行ったら、鍛冶なんかもっと出来ねぇぞ」 「ローランの才能があれば、間違いなく城勤めになるんです。だけど、あいつは素直すぎて…それに、何かに没頭すると、周囲が見えなくなるし…だから、俺も城へ行って、あいつの周囲に気を配らないと、危なすぎます。  鍛冶の仕事は、ローランに……しっかりしたお嫁さんが来たら、考えようかと思っています」 「結局、お前は、騎士になる気はねぇんだな?」 「鍛冶が出来る騎士じゃダメですか?」    即時に返ってきた返答に、ラグエル卿は、一瞬目を見開いた後、笑い出した。   「そーーーーーーー…だな。それも……いいかも、しれねぇ、なぁ〜」    オーバンも、頷きながら、その笑いに加わっていた。   「んじゃぁ、お前がどこまで行けるか、俺に見せてみろ。鍛冶の片手間で騎士になれると思うなよ!」 「分かりました」 「最初の課題だ」    ラグエル卿の笑みが消える。   「お前、ヒヨに乗った事は?」 「ありません」 「じゃぁ丁度いいな。エールまで、先頭から離れず、ヒヨから落ちず、意識を失わずに行け。それが出来たら、現地で、お前の友達と一緒に訓練だ。分かったか?」    フレデリクは、真剣な顔で頷いた。   「なぁ、オーバン、エール出身の隊長って誰か居たか?」    この領地では、領地内の人間だけではなく、広く騎士を募っている珍しい場所だった。普通は、領地民だけで騎士や兵士は成り立っている。だが、目指せ剣術大会一等賞という土地柄。強くなろうという意思を持つ者には、広く開かれている場所だった。   「ブラディが、そうだったと思いますが……連れてきましょうか?」 「あぁ、連れてきてくれ。その間、俺は、この生意気な坊主と遊んでるわ」    オーバンは、苦笑を浮かべながら、「遊びすぎないで下さいよ」と言って、部屋を出て行った。   「ほらよ」    そう言って、フレデリクに飛んで来たのは、棒。   「遊ぼうぜ」    口の端をあげたラグエル卿は、上着を脱ぎながら、もう一つの棒を取って、フレデリクの前に立った。   「ほら、かかってきな」    目の前で棒を構えている偉い貴族の人を、フレデリクは呆然と見ていた。フレデリクにとっては、有り得ない状況。なにせ、目の前の人は、強い騎士で名高いラグエル卿、その人。普通なら、偉い人が棒を交えると言ったら、光栄に思わなきゃいけない場面。だが、遊ぼうぜと誘われたら、どうしていいか分からない。  「ほら、どうしたよ」と続けて言われて、ようやくフレデリクは、慌てて棒を構えた。決して遊びじゃない。これも課題の一つに違いないと気がついた。  フレデリクが騎士見習いになってから、たった一ヶ月。今まで習った事を総動員して、ラグエル卿に向かって行った。  それは、オーバンが戻ってくるまで続いた。   「随分早ぇじゃねぇか」    開いた扉に向かって、ラグエル卿が振り向きもせずに文句を言う。   「これでもゆっくり行きましたよ。それに、この辺りがフレデリクの限界だ」    オーバンが言った通り、フレデリクは肩で激しい息をし、棒を持つ手は震えていた。   「訓練の後ですよ」    オーバンは、フレデリクから棒を取り、「新人にやりすぎは禁物だって、前から言ってるじゃないですか」と言って、近くの椅子にフレデリクを座らせた。   「えーー、鍛冶やる余裕のあるガキだろ?」 「卿」    ラグエル卿は、渋々と机に戻り、「つまんねぇなぁ」と一言ぼやいてから、座った。   「卿、用事とは、何でしょうか?」 「あー、ブラディ、お前、エール出身だって?」 「そうですが……」    不審そうに返答するブラディに、ラグエル卿は、適当にかいつまんで、フレデリクの話を説明をした。   「ほぉ」    ブラディは、楽しそうに笑う。   「あの性格が曲がってどうしようもない世間知らずの子供達を、間接的でも懲らしめる事が出来るのですね?」    非常にたちの悪い笑み。   「いいですよ。それで、結局私は、何をするのですか?」 「お前が先頭。しんがりが、オーバン。その間にお前んとこと、オーバンとこのガキ全員が入る。  お前、全速力で走れよ」 「は?」 「当たり前じゃねぇか、己の信念を示すんだ、手抜きじゃ失礼だろう?」    ブラディが、疑わしげに後ろを振り向き、オーバンを見る。オーバンは、楽しげに笑っているだけ。ブラディの口から深々とため息が漏れた。   「置いていかれた子供達は、オーバンが全員回収してくれるのですね?」    ブラディの背後で、「げっ!」という声が聞こえる。ラグエル卿の「オーバン頑張れよ〜」という声が、それに重なった。   「分かりました。もし彼が、先ほどの条件をクリアしたら、術士の子供と一緒に昼まで訓練ですね」 「おうよ」 「他の子供達は?」 「今夜中には、エールへ手紙を出しておく。エール付近で、いつも通りの訓練でもやらしとけ」    ブラディ背後で、「おいおい」とボヤク。だが、今更遅い。当然ブラディは、フレデリクにつくから、負担は全部オーバン行き決定だった。  ブラディは、振り向き、オーバンを無視して、下の方へ視線を向けた。真っ直ぐな視線とかち合う。   「いいか?」 「よろしくお願いします」    フレデリクは、慌てて立ち上がり頭を下げた。   「私は、手抜きをするつもりは無いからな」 「分かっています」    ブラディは、楽しそうに笑う。   「明後日楽しみにしている」    ブラディは、ラグエル卿へ向き直る。   「では、ヒヨ係には、私が伝えておきましょう。これで、用件は終わりですね?」 「おう」 「失礼します」    「たまには、もっと気楽な会話をしようぜぇ〜」というラグエル卿のボヤキに、頭を一つ下げて、ブラディは退出した。   「それでは、俺達も失礼します。夕飯食べに行かなきゃぁならないんでね」    オーバルが、頭を下げる。  だが、フレデリクは、頭を下げずに、じぃっとラグエル卿を見ていた。   「どうした?坊主」 「あの…、また、お願いしてもいいでしょうか?」 「あ〜?何をだ?」 「また、遊んでもらえますか?」    ラグエル卿は、一瞬目を丸くした後、楽しげに笑った。   「そうだなぁ、お前がもう少し強くなったら、遊んでやるよ」 「分かりました。失礼しました」    フレデリクは、勢いよく頭を下げた。         10.03.29 砂海