Fantasy with O3(Talk in the bed) 不敗の赤い刃の物語・下  

     陣に戻ってきたファビオを最初に迎えたのは、ずっと立って戦況を見つめていたナデージュだった。  「傭兵殿」そう呼びかけ、視線が合った瞬間に頭を下げた。   「すまない…そして、感謝する」    ファビオは、驚いて目を少し瞬いた。こんな軽々しく頭を下げる王族は、見た事が無い。   「報酬額を言ってくれ。望み通り用意しよう」 「あ、いや、それは、あんたの後ろに居るおっさんに要求したから、後で払ってくれればいい」 「そうか」    ナデージュは重々しく頷き、そして、もう一度頭をさげた。   「頼みがある」 「は?」 「二日ぐらいあれば、私の体調も戻るだろう。その時、今度は正式に剣を交えてもらえないだろうか?」    ファビオの目が、自然と細くなった。   「……あんたの体調が戻れば、俺に勝てる、ってか?」 「いや、そんな事は、思っていない。  私が最高の状態でも、貴殿には勝てない。それは分かっている」    ファビオの視線が、少し柔らかくなる。   「ただ、最高の状態で貴殿と私の実力の差がどれぐらいだかを知りたいのだ」 「なぜだ?」 「それが分かれば、貴殿に勝てるよう訓練が出来る。  出来れば、年に一度ぐらいでいい、稽古を付けて頂けると嬉しいのだが…」    ファビオの口の端が上がる。最初とは違い、楽しそうに目が細められた。   「二日ぐれぇ、ここに居ればいいんだな。構わないぜ。適当な宿屋に泊まるから、呼び出してくれ」 「いや、こちらが頼んでいるのだ。宿泊場所は、用意しよう。食事も出す」    ナデージュは、嬉しそうに笑う。それは外見の儚さとは、無縁の笑み。戦う相手を見つけた戦士の笑みだった。  なるほどとファビオは心の中で納得する。  遠めから見ても十分な使い手だと分かっていた。レイピアを持った男よりも、槍を持った男よりも、上の動きだと見抜いていた。  自分より上の者が居ない状況。それは己の成長を鈍らせる。かといって、生半可な腕じゃない。相手は、そうそう見つからない。  ファビオ自身にも覚えのある飢え。その飢えが癒された時の笑みを目の前のお姫様は浮かべていた。               「えっと……お姫様がファビさんに丁寧な事以外、ちゃんとしたお話だよね?」 「お嬢ちゃん、この先だ。この先があるんだよ」 「お姫様が用意した宿でのんびりして…いる訳がないか」 「まぁな。だがよ〜、俺の性格以外の理由で、一切のんびり出来なかった!どころか、あれほど神経すり減らす事はめったにねぇぞっ!」    沙美の目が、とってもとっても煌いた。おもいっきりクッションを抱えたまま身を乗り出している。体全体で、何があったんだと声高に聞いていた。   「一番多かったのは、間近に居なかった一般兵士からの、どんな戦いだったか話して聞かせろつーお強請りだ。  まぁ、こんなのは酒場にさえ立ち寄らなければ大丈夫だったつーか、初日で後悔して、酒場に立ち寄れなくなった」 「それは、……ナンパ出来なくて残念だったねぇ」 「おう!」    胸張って言うファビオに、沙美は、「はいはい」って適当な相槌を打つ。   「次に多かったのは、消極的な戦いの申し込みだな。筆頭が、あれ」    ファビオは、ローランを指差した。   「ローラン、消極的だったの?訓練大好きローランが?」    指差されたローランは、不思議そうに、「俺は、普通に申し込んだぞ」と答えている。   「比較だ。比較。普通に申し込んできたヤツが、消極的に見えたぐれぇひでぇのが居たって事」 「あ〜…んで?」 「ラグエル卿がよ〜。も〜しつこいのなんのってよ〜。  第一声が「ずりっ!」だろぉ〜。それから、「儂と戦え!」ばっかりだぜぇ。城ん中に泊めてもらったもんだからさぁ〜、油断すると現われて、剣を向けてくるんだぜぇ〜」 「戦えば良かったんだじゃない?」 「そんな余裕が、無かったんだよ!」    ファビオの指が、ビシッと音が聞こえるような勢いで、フレデリクを指す。   「あいつらのせい」 「ら?……もしかして、デュカス卿もかなぁ?」 「大当たりだ。二人の刺客に狙われているのに、試合ってられるかっての」    沙美が、フレデリクを見ると、口の端があがっている。非常に楽しげだ。   「ディックさん?」 「あぁ、あの時は楽しかったな」 「楽しい訳あるかぁぁっ!」 「なぜだ?  俺と、デュカス卿は、一緒に仕事をしようと、お願いに行っただけだぞ」 「あれがお願いかっ?!脅迫ってんだ!!普通のお願いに、武器はいらねぇっ!」    沙美は、なんとなく想像してしまった。  間違いなくファビオの才能は、戦いのあるこの世界では、必需品。だが、今でさえ捉え所の無いおっさん。肩書きの付いた傭兵なら、なおさらだろう。素直にご一緒しますなんて、言ってくれる訳もない。  結果、目の前のフレデリクと、あの噂のデュカス卿は、攻撃しながらのお願いになったのだろうと納得した。   「お嬢ちゃん、何頷いてんだよ!」 「や、だって、……やりそうだなぁ〜って」    ファビオの肩が、がっくりと下がった。   「んで、二日間、二人の熱〜いアタックに耐えたの?」 「二日じゃねぇっ!なんか、忙しいとか言って、結局一週間だ!」 「うっわぁ……なんで逃げなかったの?」 「ナデージュと約束しちまっただろ」    ファビオは、「逃げたかったぜぇ〜ってか、逃げれば良かった〜」とぶつくさ続ける。   「んでも今は、ディックさんも、ローランも、いいお友達だよね?」    物凄い嫌だという顔が3人分返って来た。  その表情に、沙美は、びびり、妖精達は、声を出して笑った。   「この国に仕官するよう願ったのじゃな?」 「そうだ」    オトンヌさんの問いに答えたのは、フレデリクさん。ファビオさんは、うんざりした顔を隠しもしない。   「じゃが、ファビオは断ったのじゃろう?」 「そうだな」 「お主なら、断ると分かっていたのではないのか?」 「あぁ、分かっていたな」 「なぜじゃ?」 「こんな使い手に会う機会など、そうはない。途中から、分かっているお願いの答えを聞くよりも、戦う事がメインになった。  デュカス卿は、自分の持っている技を全部試したようだぞ」    ファビオが、「分かってんなら、そっとしとけよ」「迷惑だ!」とか、要所要所に突っ込みを入れている。  沙美は、確かに、迷惑だなぁと思って笑っていた。   「お主は、どうだったのじゃ?」 「数打てば、当たるかもしれんだろ?」 「それは、武器がかの?」 「いや…」    フレデリクは、思い出したとばかりに楽しげに笑う。   「あいつは、今、ここに居る」 「なるほどのぉ〜」    オトンヌは、コロコロと笑う。  数打ったのは、勧誘の方。フレデリクにとっては、万が一にも自分の槍がファビオに当たるとは思いもしなかった。  さっさと腕試しに切り替えてしまったデュカス卿と違い、フレデリクは、最後まで諦めなかった。  今後の事を考えても、手放すには惜しすぎた。だから、デュカス卿経由で、もう一つ手を打っておいた。   「ファビさん、ホラーはそれで終わり?お姫様との試合はどうだったの?何で、ここに居る事になっちゃったの?」    沙美の立て続けの質問に、ファビオは、苦笑を浮かべ、壁に寄りかかった。   「んじゃ、俺の話の最後だな。耳ぃかっぽじいて、俺の可哀相な話を聞いておけ」    沙美は、コクコクと頷いた。                  兵士達が剣の鍛錬をする為の、整地された広々とした場所。  そこに、ナデージュとファビオ、そして数人の見物客、それなりに肩書きのある者達が集まっていた。   「時間を取らせてしまって、すまなかった」    ナデージュが、頭を下げた。  お姫様という立場なのに、簡単に頭を下げる。その姿勢が軽々しい訳ではない。ファビオは、彼女の立場を考えると、酷く違和感を覚えていた。   「別に、忙しいのは分かるから、あんたには文句はねぇぜ」    他の連中には、十分文句を言いたい。だが、ナデージュに言う必要は無いと、ファビオは思っていた。どうせ、直ぐに去る国の人間。そんな相手に対し、これ以上関わる気は無かった。   「さぁ、やろうぜ」    ファビオは、楽しげに笑いながら剣を抜き、間合いを開ける。  ナデージュは、生真面目に頷いてから、静かに剣を抜く。  二人の影が、重なった。  金属が触れ合う高い音が一つ響いたと思ったのは、錯覚で、後から後から、その音が重なっていく。  ファビオ自身、ごつい筋肉を付けた力押しの剣士というより、猫科の動物のようにしなやかな筋肉を付けた多岐に渡る技を駆使するような剣士だった。  その同じタイプが目の前に居る。しかも針より重たいモノを持った事のないような外見の女性。その腕が同じような力で、自分に向かってくる。  ゾクゾクするような興奮を抱えながら、剣を振るう。その剣の交わりは、会話するより多くの事を教えてくれる。ファビオは、彼女の中に、数年前の自分と同じものを見つけた。  幾手の中に変則な動きを入れ、手首を返す。  高らかな音を立て、ナデージュの剣は転がった。   「あんた、生真面目すぎる」    飛んだ剣を拾い、ナデージュに手渡しながら、「それじゃぁ、俺を越えられないぜ」と頭を小突く。  外野が、ざわめいたが、ファビオは無視した。   「あんたと戦うのは、面白いが、それは、技とスピードが優れているってだけだ。基本から外れないあんたの手は、次にどう動くか分かっちまうから、俺にとっては遊びでしかならねぇ」 「……なるほど……。すまない」 「謝る必要はねぇだろ。あんたは、今、訓練中なんだ。言葉が違うぜ」    ナデージュの口元に、小さな笑みが浮かぶ。   「分かりました」 「そう、だな。んで、あんたは、もっと遊びな。って、お姫様じゃぁ、賭け事や、宴会をする訳にもいかねぇか……、適当に息抜きの時間を持て。しなくちゃぁいけねぇ事じゃなくて、訓練でもねぇ、もっと気軽な遊びを覚えろ。そうすれば、剣も変わる」 「変わる……?」 「あぁ、俺も昔、同じような事を言われたぜ。まぁ、そんで色々やってみたってこった」 「貴殿は、その…何をやったのだろうか?」 「だからよぉ〜、その貴殿って止めろよなぁ。本当にあんたって生真面目すぎだ」 「では、どう言えば…」 「お前でいいんじゃねぇの?」 「それは、教師に向かって失礼ではないか」 「俺が構わねぇって言っているんだから、な」    ナデージュの眉間に皺が寄る。非常に困惑していたし、困ったようにファビオを見ている。   「ほらほらぁ」 「お…お前……」 「そうそう。  んで、俺の場合は、女遊びと宴会で剣を変えっ…」    槍と大剣とレイピアが、ファビオに向かって飛んできた。「危ねぇだろうがっ!」と叫んだファビオは、片手を一振りして、武器を散らす。ガチャンと派手な音が三つ響いた。  フレデリクと、ラグエル卿とデュカス卿の武器。  他の肩書き持ちとは違い、剣技に見惚れたままでいない、剛毅な面々だった。   「お前の言った内容の方が危ねぇわっ!」    大音量のラグエル卿。フレデリクとデュカス卿がその言葉に頷いている。   「質問に答えるのが、教師だろうがっ!」 「そこまで正直に答えるんじゃねぇっ!もう少し内容をぼかせ!」 「それじゃぁ、分かりずれぇだろ!」 「女遊びというのは、どういうものを言うのだろうか?」    不思議そうな声音に、「もっとリアルな言葉の方を言わなくちゃいけなかったのかよ〜?」と、ファビオは、ようやくお姫様だった事を思い出したような事を言う。   「姫様、知らなくていいんです!  詳しく話すなよ、小僧!」    流石のファビオも、これ以上細かな描写は、言いづらい。   「そうだなぁ〜、お!可愛い女の子を見たら口説いて、一緒に酒とか飲む事………でいいか?」    最後の部分は、ラグエル卿への確認。とりあえず渋い顔はしていたが、仕方なしという表情で頷いてくれた。   「なるほど……今度試してみよう」 「は?」    再びざわめく周囲。素っ頓狂な声をあげるファビオ。   「あ〜〜のよぉ、男を口説くって事かぁ?」    微妙に声が裏返る。   「いや、それは私の立場上問題あるからな。女性を口説いてみようと思う」    酷く生真面目な答えが返ってきた。  ファビオは、己以上に生真面目な相手だったと、その相手に、非常に不味い事を言ったとようやく気づく。  相手の立場は、お姫様。  確かに男を口説くは論外だが、女性も口説いていい立場じゃない。  背中にいやぁんな汗が流れる。  さっさとこの国を去るのが得策とばかりに、一歩足を動かそうとしたら。その生真面目な相手が深々と頭を下げ、「ありがとう」と言う。これに答えない訳にいかない。ファビオは、あーとかおーとか適当に相槌を打ちながら、逃げる算段を頭の中でこねくりまわしていた。   「助言までして頂いて、大変心苦しいのだが、もう一つ話を聞いてもらえないだろうか?」 「ん?言ってみろよ」    儚げな乙女に言われて、否といえる男は居ない。ファビオも、ついつい好意的に返してしまった。   「あのだな、もう少し雇われてもらえないだろうか?」    ファビオの眉間に皺が寄る。この国は、これから必死になって立て直さなければいけないはず。剣を必要とする傭兵の出る幕はない。   「出来れば、あそこに居るフレデリクレベルの者が育成されるまででいい」 「どういうこった?」 「今回の戦争で、かなりの兵士が、それも肩書きのある者が死んでしまった。今までこの城に常駐していた者達でさえ補えないほどだ。  だが、やらねばならぬ事はあまりに多すぎる」    ファビオが苦い顔をする。その仕事は、かなりの時間を要する。はっきり言って、この国に仕官しろと言っているに等しい。   「それは、傭兵としてか?」 「あぁ、傭兵としてだ。当然報酬も出す。だから、誰に剣を捧ぐ必要も無い。き……お、お前が、嫌になったら、去っても構わない」    ファビオは、目の前の頭一つ分低い位置にある顔をまじまじと見る。今まで、剣の資質と顔だけで旗頭になっていたと思っていたが、それは違ったようだ。  傭兵の扱いを心得ている。  自然と口の端があがった。   「へぇ〜随分と買ってくれてんだな」 「当然だ。お前は、不敗の赤い刃ではないか。お前の味方のまとめ方は、素晴らしいものだった。  剣だけではなく、高い器量も持ち合わせているのだと、さすが、名のある傭兵は違うのだなと、思った」 「そりゃぁ……ありがたい事だな。  だが、なぜ、兵士を必要とする?今必要なのは、この国に生まれ、この国を知る者の方が、よっぽど力になるだろ?」    ナデージュは、それは、もう、これ見よがしに、盛大なため息をついた。   「お前は、それだけの事が言えて、なぜ自分の評価に気づかない?  一般兵のお前を見る視線に気づいてないのか?はっきり言って、この国の者が何かするより、よほどまとめやすいはずだ」    ファビオは、その言葉に色々言いたい事があるが、言わない。言いたいのは、目の前のお姫様じゃなく、観客席に居る自分に刃を向けた者達にだ。一般兵に会う余裕も、そんな視線を感じる余裕も一切無かった。   「背後に居る一番体の大きい者は、ラグエル卿と言う。今まで城の軍を一番上で纏め上げていた者だ。  だが、ラグエル卿は、今日をもって、役職が変わった。というより、変わりざる得なかった。  これからの彼の仕事は、捕らえた兵士達をまとめあげる事に従事する。それも彼の領地でだ。卿以外に出来る事ではない」    ラグエル卿は、静かに頭を下げる。  全ての兵士を謀反扱いで処罰してしまったら、今以上にこの国が成り立たなくなる。当然、上で纏め上げていた者は、処罰の対象となり、現在投獄され、順次処刑されていくだろう。  問題は、残った兵士達だった。その中には、上を慕って従っていた者も多い。仕方が無くついてきた者は、簡単に寝返るだろうが、慕って、心酔していた者達は、難しい。かといって、その多くの人材を野放しで放っておく訳にもいかない。  結局、その者達の信頼を取れという命がラグエル卿に下った。  元々、人望があり、彼の剣の腕に憧れる者も多かった。だが、その才能を持ってしても、謀反した者達全員を手に入れるには時間がかかる。そして、城の傍に、そんな者達を置く訳にもいかない。  結局、ラグエル卿の領地にて、訓練と称し兵士達を纏め上げる事になった。   「その横に居るのが、お前も知ってるだろうが、デュカス卿だ。今まで一軍の長をしていた。だが、卿は本日付けで、文官を束ねる事になった。元々、その素質があり、忙しい時などは、今までの文官長と共に行動していたのだが……、その文官長がこの国を去ってしまった。加えて今回の戦いは、上級の文官達のほぼ全員が敵方についていたのでな、他に肩代わりする者が居ない。これで、一軍の長の地位が空いてしまった」    文官の長は、王の兄だった。  デュカス卿は、責任を取るのなら、去るのではなく、死ぬまで仕事をしていけと思っていたが、表情は、一切変えない。ただ、静かな瞳をずっとファビオに向けていた。   「三軍の長は……今回の敵の旗頭だった……ただ、三軍の長は、デュカス卿の進めにより、フレデリクになってもらおうと思っている」    フレデリクの肩が揺れる。寝耳に水の話だったらしい。だが、ファビオは、あの槍の腕なら、十分だと心の中で納得した。   「他も空いたのだが……たぶん、武術大会の結果が出るまでは空いたままだろう」 「武術大会?」 「あぁ、この国では、希望者なら誰でも参加出来る武器ごとの試合があるのだ。その一位になれば、長の資格は十分だからな。大抵は、城勤めになる」 「一般市民もか?」 「あぁ、そうだぞ。フレデリクは、最初ラグエル卿に仕官していたのだが、槍部門で入賞したので、城の軍に入る事になった」    ファビオは、まじまじっとフレデリクを見る。  そんな視線にフレデリクは、楽しげに目を細め「俺は、鍛冶屋の息子だ」と告げてきた。   「まじかよ…」 「この国はな、一番強い者が王になった国だ。未だに王の子供の中で一番強い者が次世代の王になるしきたりがあるくらいだ」    その他国では有り得ないしきたりに、ファビオは驚きながらも、「だからか…」と納得する。普通は王族と貴族がひしめき合っている城勤めの兵士が、やけにフランクだった。とても貴族とは思えない態度。目の前のフレデリク。そして、とても王族とは思えないお姫様の言動。それは、強いという事が一番の権力というお国柄を現していた。   「そんで、お姫さんは、この国が落ち着くまで、俺に、どっかの軍の長をやれって言ってんのか?」    ナデージュは、一瞬躊躇う。だが、その後はっきり頷いた。   「出来れば、ラグエル卿の当座の後釜になって欲しいと思っている」 「それは、やめときな。どうせ、この国で一番強いのは、お姫さん、あんただろ?だったら、あんたが兼任した方が、波風がたたねぇよ」 「だが、お前が一番強いではないか」 「俺は、余所者だ。それにな、いつ居なくなるか分からねぇヤツを、頭に据えるもんじゃねぇよ」    ナデージュは、ファビオの言葉に渋々頷いた後、物凄い勢いで顔が上げ、詰め寄った。   「いいのか?」 「あ〜?」 「お前の台詞は、長ならばいいと聞こえたぞ」    ファビオが、ニンマリ笑う。   「俺が要求した額を支払えるんだろうな?」 「フレデリクと同額になると思うが……」    さすがお姫様と、ファビオは、こみあげてくる笑いを抑えるのに必死だ。面白いと思う。自分の手が欲しいという割りに現実的な判断をする。   「その代わり、家も食事も付いてくる」    刃を向けてきた二人の刺客とは随分と違う勧誘。しかし、一般的な交渉とも違う。   「俺が、嫌になったら、よそへ行っていいんだな?」 「その時は一言言ってくれ。突然居なくなっては、色々あわただしいからな」 「分かった。一言言えばいいんだな」 「出来れば、一月前ぐらいにお願いする」    ファビオの肩が揺れてくる。   「それと、大変すまないのだが、傭兵の場合一般市民と同じ扱いになるので、肩書きは将軍になるのだが、それで、いいだろうか?」    もう我慢が出来なかった。ファビオは、ナデージュの肩に手を置き、笑い出した。  その瞬間、どこから調達してきたか、新たな武器が飛んできたのだが、笑いながら、剣で払い落とした。   「真面目な話なのだが…」 「しょ、将軍って、す、すっげぇ、肩書き、じゃ、ねぇ、の?」 「貴族ならば、肩書きではなく卿と呼ばれる。だが、貴族でない者に卿と呼ぶ訳にいかぬので、将軍という呼び名にしたそうだ。貴族は将軍と呼ばれる事は無い……笑いすぎではないか?」    未だ、ファビオはげらげらと笑っている。   「あんた、おもしれーな。いいぜ。俺の雇い主はあんただ。  俺の気が向くまで、ここに居てやるよ」    ファビオは、楽しげに笑いながら、騎士の礼をとる。  ナデージュは少し瞬いた。   「お前に、愛想付かされぬよう、頑張ろう」 「ほらほらぁ、だぁかぁらぁ〜、あんたは、生真面目すぎだって言っただろ?  この国で、楽しもうぜ!だ」 「た、楽しもう?」 「あぁ、その程度の気構えが丁度いい」 「そ、そうか……赤い刃、この国で楽しもう、ぜ」 「おう!」             「なるほどぉ………」    沙美が、ため息をつく。   「あ〜、お嬢ちゃん、何がなるほどなんだぁ?」 「お姫様は、生真面目な方だったんだ。それが、それが………もう少し、他のお勧めはなかったのぉ?」    ローランが、同じくため息をついて、頷く。   「何で、こいつに止めを刺さなかった?」 「全部避けられた。かなりの武器を調達したんだがな」    フレデリクは、苦笑を浮かべ、その場に居なかったローランに答える。   「お前らなぁ……ったく、かなりいい助言だったじゃねぇか。  今のナデージュの方が、融通が利く」 「だが、一国の姫君がやる事じゃないだろっ!」 「元々、変わったお姫様だったんだから、いいんじゃねぇの?  そのおかげで、女官達が敵に回る事はぜってぇねぇしな」    ローランは、米神に指をあて、マッサージをしている。頭が痛いという意思表示。   「ね〜ね〜、赤い騎士」 「何だぁ?」 「予定より、随分長くいるよねー?」    プランタンの言葉に、ファビオは苦笑を浮かべる。   「それとも、お姫様に剣を捧げちゃった?」 「いいや、俺は、未だ傭兵だって言っただろ」 「んじゃ、何でー?」    プランタンが可愛らしく小首を傾げる。その横で、沙美も、目をキラキラさせ、じっとファビオの答えを待っている。   「途中からな、予定を大幅に変更せざる得ない現実が出てきちゃってよぉ。残念な事に俺は、それを知って逃げ出すような事が出来ない性質でなぁ。かなり後悔してる。もっと早く逃げ出せば良かったぜ」    妖精達が、それぞれ小さく笑い出す。   「んだよ」 「貴方は、昔からそうだったでしょう?」 「ちっ……、そういやぁ、知っていたんだっけな。ったく、うるせぇよ」    不機嫌そうにファビオは、イヴェールに向かいしっしと手を振る。   「すみません。ですが、こんなに気心しれた仲間にまで、嘘をついてはいけませんよ」    イヴェールの言葉に、今度はフレデリクとローラン、そして沙美までが笑う。   「大丈夫だよ。あたしにだって分かるもん」    沙美は、笑いながら、ローランとフレデリクに、「ねー」と言って、また笑う。   「ちぇぇ〜、ったくよ〜、長く居過ぎたぜ」 「でも、そのおかげで、あたし、ファビさんに会えたよ」 「お、そうだったなぁ。うし、それで十分おつりがくるってもんだ」    ファビオは、沙美に手招きする。沙美は、クッションを抱えたまま、ファビオの横に這っていき、座った。   「そうかなぁ?」    沙美は疑わしげに、意味ありげにファビオを見返す。   「そうだぜ」    ファビオは、笑いながら、沙美の頭をくしゃくしゃにする。その瞬間、いつも通りに、ローランに殴られた。   「サミさん、この男に不用意に近づいてはいけません」 「あはは…」 「あの礼儀正しいナデージュ姫でさえ、あんなに変わってしまったのです。これは、危険物です」 「えっとぉ〜それなら大丈夫じゃないかな?だって、ファビさんと同じぐらい、ローランもディックさんからも、影響受けてるよ」    沙美は、にこにこ笑いながら自分を指差す。   「え、わ……」    ローランは、口ごもりながら、「お、俺わ……」と小さな声。しまいには、聞こえないほどの声で、「そんな力は無い……」と、真っ赤になって困っている。  フレデリクは、「ならば、もう少し棒の上達をしてもらわんとな」と言いながら、口の端をあげた。   「あいつらより、俺の方がマシじゃねぇ?」    ファビオは、二人を指差しながら、プランタンに訪ねる。   「同じだよ!」    そう言って笑われた。   「さ、サミさん、次の話を、決めてください」    居心地の悪い話は、ぶった切るに限りとばかりに、ローランは、話を必死になって変える。   「ん〜〜、次はローランか、ディックさんのお話がいいな」    折角変えた話題なのに、非常に困った方向に向かってしまったとローランは、がっくりと肩を落とした。  沙美は、二人の方へ詰め寄って、にっこり笑う。   「うん、威張ってたローランを正した、ディックさんのお話とか、ラグエル卿のとこに居た、大変そうなお話とか、ローランが、何で剣を持ったのか話とか。  どれがいい?」    ローランは、恨みがましい視線だけで、自分の話は嫌だと語っている。   「そうだな、次は俺が話をするか」    フレデリクが、小さく笑って答えた。   「どれ?どの話をしてくれんの?」 「そうだな、主にローランとラグエル卿の話だ。面白そうだろ?」    沙美は、目を輝かせて、こくこく頷く。   「あ、でも、ディックさんのお話も聞きたい。何か、これは!ってのは?」 「俺は、普通の人間だからな。無い」    フレデリクの言葉に、ファビオとローランから、同時に「嘘付けっ!」と怒鳴り返されるが、本人は、しらっとしていて、どこ吹く風だ。   「それなら、こいつの話に、私が付け加えてやろう」    エテがふわりとフレデリクの横に降りて、よっかかる。   「いらん」 「そう言うな」    カラカラと笑ったエテが、フレデリクの頭に肘を乗せ体重をかけた。フレデリクは、「重い!」と言って、まるで重さを感じさせないように腕でエテを払う。   「では、サミさん、次回は、………こいつの話で……」 「ローランもだよ」 「…………考えておきます。  もう遅いですからね。また次回、お会いするのを楽しみにしています」 「うん、あたしも!」    なしくずしに、話をぶった切るローラン。これ以上自分の不幸を増やさないようにしているのが見え見えのテンポの良さ。そして、困った顔をしながらも、速攻術を詠い始めた。   「またね〜」    淡い光に包まれた沙美は、みんなに向かって急いで手を振った。         10.01.21 砂海
人間と書かなきゃいけないのに、「ヒュム」と打ちそうになっていた私は、未だFF12病f(^-^;)   かなり長くなりました。 もっと、もっと長くしようかと思ったんですが、止めました。 ということで、ファビオさんの不幸な話でした。 こういう過去をおぼろげながらに思っていた頃と違い、をーこんなんだったんだぁと、自分も楽しみました。 お姫様、良いキャラです。   あ、この世界の普通の人達は、ちゃんと階級意識ありますから。 ファビさんが例外。かなりの例外。 それは、ファビさんの過去に関わる事なんで、詳しく言えませんが、3部頃には、明らかになるでしょう。 それを楽しみにしていて下さいね。