Fantasy with O3(Talk in the bed) 不敗の赤い刃の物語・上  

  「んで、今日は、誰がお話してくれるの?」    いつものフレデリクの部屋。大量のクッションの中で、青いクッションを抱いた沙美が、隠し切れないワクワク顔で、みんなに尋ねる。   「あの話なら、お前が詳しいだろ?」    ローランの名指しに眉間に皺を寄せ嫌だと無言で返すフレデリク。   「あ、僕〜!僕が話す〜」    ものすっごく楽しげに名乗りを上げたのは、空中でくるりと一回転したプランタン。   「プランタン、貴方は、あれを笑わずに最後まで話せるのですか?」    既に顔に微妙な表情を浮かべているイヴェールは、チラリとファビオを見た後、「無理でしょう?」と付け加える。かなり酷い態度。  そのチラリと見られたファビオは、最初から自分は関係無いと、珍しく話の輪から外れて、聞いていられるかとばかりに、壁によっかかり仏頂面で第三者を演じていた。   「大丈夫!赤い騎士を絶対に見なければ、笑わない!」    かなり酷い宣言。   「思い出さないでいられますか?」    容赦無い酷い突っ込み。   「う〜ん、なんとか頑張るから。僕が話すね〜。  うん。  ちょっと昔、ほんのちょっと、だいたい十年ぐらい前の話。  この国が真っ二つに分かれ戦っていた時のお話だよ」    突っ込みにも負けず、プランタンは、そのまま話に入る。  少しおどけた感じで、少し生真面目に。その声は部屋の中を響いた。                一つは、王の兄の息子の陣営。  一つは、王の娘の陣営。  戦いは、兄の息子が優勢だった。  何年もかけて、王に否定的な文官達が、策を弄し、あらゆる手段を用いて、開戦した。  その時間をかけた仕掛けは、勝つのに十分なものだった。  最たるものは、戦力の差。  多くの領主は、その文官達の言葉に動かされ、王の敵に下った。    開戦してから何度かの刃の交わりがなされ、今、王の兄の息子は強く立ち、王の娘は疲弊していた。    夕日の綺麗な日だった。  真っ赤な血に染まった大地よりも真っ赤に染まった空。  その赤を背にして、もっと赤に染まった男が一人立っていた。  王の娘の陣営の近く。  その見張りの前。   「俺を、雇ってくれないか?」    そう言った男は、疲弊した陣営が見えないかのように、陽気に強い覇気を伴った笑みを浮かべていた。   「誰も、雇う予定は無い。そう指示されている」    見張りがそう答えた時に、偶然にも一軍の長がそこを横切った。   「どうした?」 「こ、この男が雇って欲しいと…」    長が、改めて見た時、男は楽しげに笑っていた。   「お買い得だぜ」 「……そのようだな」    長は、男を上から下までゆっくり眺めた。  その瞬間、風が激しく動く。  そして、風が止んだ。  そこには、いつ構えたか分からない槍が、男の顔の横にあった。男は、微動だにせず立って笑みを浮かべている。   「付いてくるがいい」    そう言って槍を収め、長は歩き出す。男は、慌ててその後に続いた。  長と男が消えた先は、この陣営の軍師と呼ばれる領主の天幕だった。       「ちょっと待てや〜!!!」 「なんだよぉ〜!せっかくのって来たのにぃ〜」 「何だそれ?全然違うじゃねぇかっ!ってか、俺は、そんな温和に迎え入れてもらった覚えはねぇぞっ!」    ファビオは、最初は黙って聞いていた。どうせ自分とは関係無い話だと、聞き流すつもりだった。  だが、やけに華美な言葉で装飾された描写と、やけにあっさり進んだ物語に、突っ込まずにはいられなかった。  華美な言葉は、諦めてもいい。  酒場でされる話なんて、そんなものだと知っている。  だが、あまりに現実と違う展開は放っておけるわけがない。  そして、もう一人事実を知っているフレデリクは、ずっと笑っていた。声に出さないで、肩を震わせうつ伏していた。  沙美が楽しそうに、その光景を眺める。   「あのさー、それなら、それ相応の区切りごとに、真実を話すってのはどうだろ?」 「うん、僕も聞きたい!だってさ〜、あの時近寄れなかったんだもん」 「当たり前だ。お前の事だから、こいつらに手を貸しただろう?」    エテは、「しかも、私を差し置いてだ」と言うあたり、正直者。プランタンも、同じように頷いている。   「本当にあの時は、三人を止めるのに忙しかったのぉ」    オトンヌが、コロコロと笑う。  イヴェールがそっぽを向いている。沙美は、それを眺めて、一番先に何をするか分からないという先回の話を思い出す。毎度、暴挙に出る先陣は彼なのだろう。沙美は、外見と違いすぎるよと心の中でくすくす笑っていた。   「どうやって止めたんですか?」 「それはの、地面に縫い付けただけじゃ。大地はわらわじゃからのぉ」    そんな温和じゃなかったと、ぶつぶつ言うのは、エテ。「僕達を呼んだと思ったら、それから戦が終わるまで、ずっと地面に縫い付けられた〜」と恨めしそうに言うのはプランタン。   「ファビオが早く来てくれたおかげで、わらわの力が尽きる前に戦を終えられた。ほんに、あの時は、助かったのぉ」 「そうかよ」    ふてくされたファビオが、答える。その答えに、オトンヌは少し寂しそうな笑みを浮かべた。   「沙美が言っておったじゃろう?歴史を変えてはダメじゃと。それに倣ったのじゃ。いくらわらわ達が、お主らを知っておっても、お主らは、わらわ達を知らぬ時間。手を出す訳には、いかなかったのじゃ」    沙美が、うんうんと頷いている。   「じゃから、わらわ達は、真実を知らぬのじゃ。ファビオ、話しておくれ」 「あぁ、あんなんじゃねぇっていう、悲しい真実を教えてやるよ」    ファビオは、フレデリクをチラリと見た後、ふくれっ面で口を開いた。   「話に出てきた長ってのは、ディックなんだよ。あの時は、長じゃなかったぞ。態度は、今と変わらずでかかったけどな。  そんでよ〜、ディックが、槍を持った時点で、威嚇な訳ねぇだろ!ったく、誰だよ、そんな綺麗な話にしやがったのはっ!  狙ったのは、ここだ!ここっ!心臓!こいつは、まじで俺を殺そうとしていたね!」 「そんな訳があるか。受けるのは分かっていた」    フレデリクが、呆れたように答える。  あの時の一撃は、いつ抜いたか分からない剣によって阻まれた。  見た瞬間強いと分かっていた。だからこそ当然受けられると思っていたが、あそこまで鮮やかに剣が受けるとは思っていなかった。   「まぁ、あれが受けられないようなヤツが入っても、意味がないからな」 「だぁぁぁぁっ!やっぱり、受けなかったら、死んでたじゃねぇか!」 「大丈夫だ。ローランがなんとかしただろ」    ファビオは、疑わしそうにフレデリクを見る。   「ローラン……確実に心臓を狙ってた、こいつの槍を受けた体を、なんとか出きんのか?」    ローランは、「無理だ」と一言。   「やっぱ、殺そうとしてたんじゃねぇかっ!」 「そんな簡単に死んでくれるようなヤツか」    フレデリクが、しっしと手を振って先を促す。視界の隅の沙美は、楽しげに見ているが、時間制限のある召還。また、帰るのを遅らせるのは、良くないだろう。   「けっ………んでよー、俺が連れられたのは、あの、デュカス卿の天幕だったんだよ。分かるか?あのデュカス卿のだぞぉ」               「デュカス卿」    天幕に居たデュカス卿は、難しい顔を上げ、入って来たフレデリクとファビオを見た。   「かなりいい拾い物をしました」 「ほぉ。戦況が変わりますか?」 「激的に」    ファビオは、非常に居心地が悪かった。はっきり言って逃げ出したかった。  目の前には、突然、普通じゃ受けられないような槍を突きつけてくる男の上司。優雅な外見とは正反対の空気を纏い、冷ややかな視線を自分に向けている。そして、間違いなく強い。得物は腰に下げているレイピア。かなり敏捷性が高いと一瞬で判断した。  つまり、逃げられない可能性大。だいたいこの天幕から逃げても、ここは陣の中。一応傭兵として雇ってもらおうと言った手前、切伏せる訳にもいかない。  だいたい、お目当ての人物にまだ会ってもいない。   「これ、赤い刃です」 「ちょっ…」 「そうだろ?」    フレデリクは、口の端をあげる。   「それとも、不敗の赤い刃と言った方が良かったか?」 「ほぉ〜」    ファビオが反論する前に、デュカス卿が立った。  そして、デジャブ。  その一瞬後、鋭い音と共に、剣に弾かれたレイピアが転がった。   「なるほど。間違い無いようですね。だいたい、お前の槍をかわせる者が、そう、あちこちに居られてはたまりません」 「って、お前ら、何のんびり話してんだよっ!似た者主従だな!確かめるのに、いちいち刃を向けるんじゃねぇっ!」 「短気ですね」 「普段はこんなんじゃねぇよっ!ったく、ここでは、こんな作法が流行かぁ?」 「普通ならば、相手が死んでしまいます。ですから、こんな事はしませんよ」 「だったら、俺にもそうしろよっ!」 「普通の相手にはと言いました。  フレデリク、戦況は全部私が伝えましょう。  なんとかして、これに姫の代理をさせ、お前がその横に付きなさい。その詳しい戦略を明け方までに。  明日、これが敵の大将を切り伏せれば終わりです」 「分かりました」    フレデリクは頭を下げた後、天幕を下がった。  その背中に、ファビオの「何、勝手に話が進んでるんだよっ!」という罵声が叩く。一切無視。自分には、少ない時間にやらねばならない大量の仕事があった。               「そんで、俺は、ちょぉ〜と絶望寸前の戦況を、あの、デュカス卿とタイマンで教え込まれた。ずっ〜とだ。だいたい一晩中。しかも、二人きりっ。  あの最悪の夜は忘れられねぇぞ。まじで。たまに、夢に見て泣いちゃうぐらいだ」 「そんな怖かった?」 「もんのすげぇ。なにせ、ものすごぉく言葉が丁寧なのに、目が全然丁寧じゃねぇんだぜぇ。殺気だってるしよぉ」 「それは……怖い夢だねぇ」    沙美は、戦争を知らない。それは、テレビのニュースで流れる映像でしかない。そしてテレビだからこそ、その現実は一切流れない。現実味が無い。だから、これ以上言葉を続ける事が出来なかった。  クッションに隠れた掌を、きつく握る。この先、もしこの世界でそれを経験する事になっても、逃げ出さないよう、心の中でそっと決意した。  唐突に頭にふんわりと掌が乗る。ファビオの掌。ポンと叩いて離れた。  相変わらず聡いなぁと思いながら、沙美は「怖い夢を見ないおまじないを教えてあげるね」と言って笑った。   「そんで、ディックさんの立てた戦略ってのは?」 「最悪」 「へ、へぇ〜」    沙美は、ファビオの言葉に、これ以上の突っ込みは危険だと判断した。聞いたら自分も夢見が悪そうだ。そう思いながら目を泳がせていたら、目の前に逆さまのプランタン。   「んとね、その作戦の内容は知らないけど。今度は僕ね。お話の続き〜」 「うん」 「今度は朝日の中なんだよ〜。なんか人間のお話って光について語るのが好きだよね〜」                清浄な朝日が戦場に満ち溢れる。  無残な光は、多くの人と鳥の躯と血と踏み潰された草を徐々に顕にしていく。  その中で唯一、薄汚れても、それさえも飾りにしてしまう人が、意思の力で雄雄しく立っていた。  光の結晶とも思える人。  ナデージュ姫だった。  その剣を持つ事が不思議なぐらいの白い手は、もう一つの手、一人の騎士の姿をした男が跪き重ねていた。   「美しい姫君。私が必ず勝利をお持ちしましょう。貴方は、どうぞ我ら、全員の帰還をここでお待ち下さい」    騎士の唇が、ナデージュの掌にそっと触れる。  そして直ぐに離れた唇は、朗々と言葉を捧げた。   「不敗の赤い刃。その通り名に恥じぬよう、全ての勝利を貴方へ」    恭しく頭を下げた姿は、傭兵とは思えぬほど、形式美を具現する。  ナデージュ姫は、小さく頷き「頼みます」と鈴のような声で答えた。  騎士は立ち上がる。   「勝利を!」    剣を空へ掲げた。  それが朝日を浴びて煌く。  控えていた兵士達は、眩しそうに目を眇めながら、同じように剣を掲げ「勝利を!」と叫んだ。                それまで一生懸命話していたプランタンが、口を閉ざす。そして、噴出した。   「も、もう、だ、ダメ……っ………」    笑いが止まらない。   「やはり…そ、そこ、で、………噴出すで、しょ、う……」    文句を言っているのだか、笑えるのを堪えているのか、分からない風情のイヴェール。ふるふる震えている体が、普段の美人さんに激しく違和感を醸している。   「俺は、そんな喜劇なんか知らねぇぞ〜」    ファビオの声は、平坦な棒読み状態。   「俺も知らんな」 「そりゃぁ知らねぇだろうよ。同じ場所にお前は居たんだからな!」    フレデリクのしれっとした声に向かって、ファビオは無造作にクッションを取り、投げつける。  フレデリクは当然のごとく片手でひょいと受け取り、面倒臭げに横に置いた。   「当たれよ」 「無理だ」 「けっ!  ったく、あいつら、なんつー語してんだよ!全然違うじゃねぇかっ!捏造にもほどがあるぞ!」 「違うのか?俺は、これを聞いて、お前がやりそうな事だと思っていたが…」 「ローラン!確かに似たような事は言ったがよぉ、行動が全然違いすぎるだろ!  だいたい、あのナデージュが、「頼みます」なんつー事を言うと思うか?」 「確かに、今のナデージュ姫は、言わんだろうが、あの当時であるならば、可能性はあるだろう?」    ローランの疑問に、フレデリクは深々とため息をついて、ファビオが「現実を知らないっていいよなぁ〜」と呆れ声を出した。   「ファビさんに会う前のお姫様って、どんな感じだったの?」 「礼儀正しい騎士、そのものでした」 「ふぅ〜ん……だったら、キスをする方で、される方じゃないよね?」    もう一度フレデリクがため息を、ファビオが「お嬢ちゃんでさえ分かるのになぁ」と呟く。   「だが、あの当時のナーでージュ姫は、礼儀正しかったのだぞ。そして必要であればキスを受ける事など、舞踏会では多かっただろ?」 「あぁ、お前は、ほとんど、そっちのあれしか見てなかったな。術士長よりも、一般兵士として会わせておくべきだったか」    なるほどと沙美は思う。初めて会った時と、二番目に会った晩餐の時と、あのお姫様はまるで違っていた。その後者しか見た事無ければ、あのお話が真実だと思うだろう。   「んじゃ、その、全然違う真実ってのを教えて!」 「おう、ものすっげぇ絵にならねぇ真実ってのを教えてやろうじゃねぇか。  ちゃんと聞いていろよ〜」                その人の空色の瞳は、苛立たしげに瞬いていた。  決して誰にも曲げられない強い光を湛えた瞳。それは、真っ直ぐデュカス卿を射抜いていた。   「貴方は、我々の旗頭なのです」 「分かっている」 「だから、ここに居てもらいます。貴方にだけは倒れてもらっては、困るのです。私の老後の設計を総崩れにしたいのですか?」 「お前の老後にまで責任を持ちたくないぞ。息子に頼め」 「持ってもらわねば困ります」    デュカス卿は、正論を言っても無駄だと分かっていた。本来ならば、王と一緒に城の中にいるべき人。それを分かっていて、ここに居る。己がこの中で一番の使い手だと分かっているからこそ、その責任感の強さから、ここで立っていた。  だから、彼は、正論とは遠いところから説得をしていた。  だが、話は平行線。   「最後まで戦う事が、一番強い者としての私の責任だ」 「では、もし、貴方が一番の使い手でなければ、その責任は、委譲してもよろしいですね?」    デュカス卿は、諦めて、最初から使う予定の爆弾を投じた。   「どういう事だ?」 「昨日、我々の戦いに参加した者が居ます。  おい」    ナデージュに見惚れていたファビオは、ようやく我に返り、慌てて一歩前に出た。   「彼は、貴方より強いです」 「………」    三度目の瞬間が起こる。  ものすっごいデジャブ。  見えなかったナデージュの切っ先は、ほんの少しの動きで封じられていた。  鋭い金属が触れ合う音が、現実の映像より後に響いたような錯覚に陥る。   「っ………」    そして、ファビオの返した剣は、ナデージュの剣を叩いた。ナデージュの手から剣が落ちる。  それを呆然とした表情で、ナデージュは見ていた。剣を持ち正式に戦うようになってから初めての出来事。   「ったく、あんた達は、どんぐれぇ似た物な主従なんだよっ!ってか、国風かぁ?どいつもこいつも、俺を殺す気満々で、刃を向けやがって。  俺が死んだらどうしてくれんだ!」 「………有り得ん」 「ったく、あんた達の方が有り得ねぇよっ!」    この時、ようやくファビオは、周囲が驚愕して固まっているのに気づいた。   「あ〜?」 「やはり、お前が強かったな」    その中で固まっていなかったデュカス卿は、ニンマリ笑って、姫の落とした剣を拾う。   「彼に旗頭を委譲してもらいます。貴方は、ここで、一番目立つここで、ずっと立っていてもらいます。戦場を見守るのも主の役目。  貴方の姿は、兵士達をとても鼓舞してくれますから」 「…………分かっ、た」    ナデージュの口から、未だ負けた事が信じられないような、呆けた声が出た。   「き…貴殿の………」 「あ〜?」 「名は…何と?」    ファビオの顔に、笑みが浮かぶ。  ここに来た目的は、この遠めに見ても分かるぐらい綺麗な人間を見る事。鮮やかに戦っていた姿を間近で感じる事。ほぼ、目的は叶ったと言っていい。   「不敗の赤い刃」    そう言ったファビオは、楽しそうに満面の笑みを浮かべていた。   「美しい姫君。私が必ず勝利をお持ちしましょう。貴方は、どうぞ我ら全員の帰還をここでお待ち下さい」    まるで貴族のように、恭しく頭を下げる。   「というより、俺より弱ぇんだから、大人しく待っていろよ、な」    そして、既に歩き出そうとしていたデュカス卿の肩に手を伸ばし、押さえつけた。   「おっさん、あんたも、ここで留守番だ。お姫様を守りながら、ここに留まらせるなんつー事が出来んのは、あんたぐらいだろ?」    ニンマリと笑う。はっきり言って、昨日から立て続いた出来事の仕返し。  フレデリクは、「いい人選だな」と言って、槍を担いだ。  当然デュカス卿は、憮然としている。というより、視線を絶対零度に落として怒っていた。だが、確かに必要な役目。無事、帰って来たら、切りつけると自分の中で処理をして、ナデージュ姫の横に立った。  間違いなく切りつけるお国柄だ。   「おい…」    ファビオは、フレデリクの足を軽く蹴る。   「余所者の俺にあそこまで言われて、動けねぇなんつーボケた事ぬかすような野郎はいねぇよなぁ?」    周囲にファビオの大声が響いた。  ざわめく。  嫌味のある内容を、一切嫌味の無い明るい口調で言われたら、苦笑しか浮かばない。怪我をしている者は、そこを叩いて、大した事じゃないと見栄を張り、疲労が濃いだけのものは、口元を笑みに変え、それぞれが武器を持つ。   「さぁ、行こうぜ。お姫さん、ちゃんと応援してくれよなぁ〜」    ファビオは、ひらひらと掌を振りながら、歩き出した。  周りの兵士達は、重症で動けず悔しがっているヤツにちゃちゃを入れながら、後に続いた。           「なるほど…取りあえず切りつけるお国柄なんだ…」    沙美は、チラリと三人のおっさん達を見る。   「ち、違……い、ます…」 「ローラン、さらっと言えてないヨ」 「一部だけです!」 「あ、きっぱり言った」    んでもと、沙美は思う。一番上の方に居る人達が、切りつける習性を持っていたら、下は倣うよね?と、そんな視線をファビオに向けたたら、珍しく無言で頷いていた。  呆れ顔でそれを見ていた沙美は、背中をひっぱる感触に振り向く。   「うわぁっ?!」    逆さまの顔には、未だ慣れない。   「あのね、あのね」 「何、何〜?」 「もうお話の最後なんだけどね。最高の爆笑シーンが待ってるんだよぉ〜!」 「爆…、笑?」    そう言った沙美の目は、プランタンの言葉を聞いた瞬間に背を向け肩を震わせたフレデリクと、にやにや笑っているローランを確認した。  目の前のプランタンも、笑っている。   「ファビさん、そんな面白い事したんだ?」 「その話は知らねぇが、戦場での話なら、面白い話はなかったぜ?」    その言葉に、一層フレデリクの肩が揺れる。ローランも笑い始めた。  妖精達は、言わずもがなである。   「んじゃ、爆笑話の後に、ファビさんの…普通のお話?」 「普通じゃねぇなぁ。笑えねぇどころか、ホラーで変だったぞ」    沙美の目が煌いた。   「プランタンさん、聞かせて!」 「うん!」              赤い刃を乗せたヒヨを先頭に、集団が駆けぬけていく。  大地に血が流れる。  誰も止められない走り。  邪魔する者は、全て地に伏せ、転がった。  策は、赤い刃を信じて進む事。信じて潜伏する事。  じりじりと時間は流れていく。  そして、その一瞬が訪れる。  赤い刃と、王の兄の息子の刃が交わった。  高らかに合図の音が響く。  潜伏していた兵士達が立ち上がり、戦場に参加する。  だが、たった、一瞬だった。  それだけで十分だった。  一方が残り一方が倒れる。  散り散りになる兵士達。  それを追う兵士達。  そして、戦いはあっけなく終わった。  最後に立っていたのは、王の娘の兵士達だった。      女神のような姿が雄々しく立っている。  その前に跪く一人の傭兵。  その手が剣を女神に掲げる。  騎士の儀式。  女神は、その剣を受け取り、未だ血に染まった刃に口付けを落とす。  そして、傭兵に剣は返された。  傭兵が女神の騎士になった瞬間………           「なんだそりゃぁぁぁぁぁ!!」    ファビオの悲鳴のような叫び声が部屋に響く。そして、そのバックには、ファビオ以外全員の笑い声。  果てしなく似合わない光景。  今のナデージュにも。  目の前のファビオにも。  沙美は、爆笑という言葉に激しく同意した。有り得ないと、笑う合間に言葉が漏れる。   「ね、ね、ば、爆…笑だ、だった、でしょ?」 「う、うん……」    沙美の言葉は続かない。笑いすぎて腹筋がおかしくなってきていた。   「だいたい、未だ俺は、傭兵だっての!」 「は?」 「一応給料は貰っているがな、剣を捧げた覚えはねぇぞ!」 「えっと……、でも将軍なんだよね?」 「そうだぜ」 「だけど、剣は捧げてない……ってのは、ホラーで変な話を聞けば分かるのかな?」 「おうよ。ったく、なんつー美化をしやがるんだ」 「事実じゃ、話に、ならんからだろ」    ぶつぶつ文句を言ってるファビオに、未だ軽い笑いの発作を残しているフレデリクが答える。   「ちぇっ…、今度酒場でそんな不気味な話をしているヤツを見かけたらボコってやる」    未だぶつぶつを続けているファビオに、沙美が「真実のお話〜!」と強請って、ようやくそれは止まる。   「こえぇ〜上に変な話だからな。覚悟して聞けよ。まずは、直後だ」   【下に続く】     10.01.21 砂海