Fantasy with O3(Talk in the bed) ギュールズの始まりの物語  

   沙美は、大量のクッションの中で、その一つを抱えて座っていた。  召還されたのは、この間と同じフレデリクの部屋。そこは、武器以外、飾りけのないそっけない部屋だったはず。今も、それは変わっていない。だが、その中に激しく浮く、カラフルで、レースで、刺繍なクッションの数々。沙美は、そんな中。今まで召還された時は、ごく普通のシンプルなクッションだったのに、座っていいとは絶対思えないような美術品の数々の中に埋もれた。お尻の下が、激しく落ち着かない。   「こ、このクッションどうしたの?」    ローランとフレデリクは、ぱっと視線を外し、ファビオが口をへの字にした。   「なーなー聞いてくれよ〜、お嬢ちゃん」 「何?何?聞くよ」    きっと、物凄く面白い事があったに違い無いと、沙美は、身を乗り出してファビオの言葉を待つ。   「あそこで浮いている妖精さん達がよ〜、こんな面白みの無ぇクッションじゃダメだって、文句付けて来てよぉ〜」 「事実じゃろう?」    しれっと、オトンヌが言葉を付け加える。   「まー確かに、俺も、そう思ったから、頷いた訳だ」 「うんうん」 「だけどよ、頷いたのが、俺だけだった」    沙美がチラリと残るおっさん達を見ると、未だ視線は、おもいっきり外されている。   「これ全部、俺が買ってきたんだぜぇ〜。しかも、妖精さん達を背後に引き連れて、だ」 「うわっ!ご、ごめん。高かったでしょ?だめだよ〜、ローランもディックさんも止めないと〜!」 「お嬢ちゃん、問題点は、そこじゃねぇ!」 「え?」    問題点は、それ以外無いだろうっていう風に沙美が小首を傾げると、あさってを向いたフレデリクが、あさってを向いたまま、「将軍って肩書きがある以上、金には困らん」と言い、同じくローランが「どうせ武器を買うか、酒で使うしかないのですから、金は余っているはずです」と付け加えた。   「えっと……長さん達と、何かあったのかな〜?」 「あったもなにも…すっげぇ、面倒だった!」    沙美は、長達を見上げる。  イヴェールとオトンヌは、話を一切無視して、誰の選んだクッションが沙美に合うかを論議中。  プランタンは、ファビオの肩に乗って、「楽しかったよね〜」と頭に抱きつく。速攻、「楽しくねぇっ!」と投げ飛ばされた。だが、相手は妖精。ふわりと空を一回転して、「酷いよ〜」と笑いながらの抗議。まるで、遊んでいるようにしか見えない。  そして、エテは、堂々と胸を張って「ありがたかっただろ?」と言い放った。   「あー……なんとなく、想像がついた……」    一般市民から見えない長達に対し、怒鳴る事も出来ず、攻撃する訳にもいかない。かといって自分は声も姿も見えてしまう状況。あれ買えだの、これはどう?だのと、三次元で動かれたら、それはそれは大変だっただろう。   「ご苦労様でした」    沙美は、深々と頭を下げた。   「そんで、ローランとディックさんは、逃げたんだね?」 「い、いえ……」    ローラン、後が続かない。クッションの話が出た時に、オトンヌが浮かべている笑みは、非常に危険を孕んでいた。嫌な予感しか感じない。びびっている間に、同意をしなかった側に入れられた。  そして、現在。びびっていて良かった〜と、心の底から思っているだけに、続く言葉見つからず。   「俺は、あれでいいと思っていた。だいたい、お前は、ひらひらしたものとか、綺麗なものは、恐々触っていただろ?」    最初の旅で、沙美がローランの母親に捕まり、ひらひらした衣装を着ていた時、激しく行動がきくしゃくしていた上に、恐々服に手を伸ばして自分にポーズを取っていた。フレデリクは、それを、しっかり覚えている。二度目の旅の時も、王の執務室に入ってから、椅子に座るのもびびって、立って話をしていたのも覚えている。  クッションを新たに買う事に同意しなかったのには、ちゃんと理由があると、しっかり視線を合わせ主張する。  だが、微妙に論点をずらして逃げている感は否めない。   「今も、無難な物を抱えているしな」    沙美の腕の中には、汚れても安心な、ベージュの粗い布に、淡い赤から濃い赤に彩りを変える花々が刺繍されているクッション。縁にレース無し。   「あ、あはは……確かに。これが一番汚れても目だたなそうだなぁ〜って思いマシタ。あ、でも、この色合いと花が綺麗だなぁって思ったのも、あるからね!」 「サミさん、こういうものは、お嫌いですか?」    ふわりとイヴェールが沙美に近寄り、細かいレースがちりばめられ、より一層ゴージャスなレースが縁取っている白いクッションを差し出した。  だが、沙美は、受け取らない。危険すぎる。   「あたしにとって、こういうのは、美術品なんですよ〜。美術館で展示してあって、手を触れちゃ絶対にいけないものなんです〜。  汚したら怒られるし、こんな綺麗なのに座るなんて、とんでもない、デス」 「そうですか……でも、綺麗だとは、思うのですね?」 「はい。とっても綺麗」 「では、この中で、座るという基準じゃなく、沙美さんが、見て、一番好きだというのは、どれですか?」    沙美の周りにちらばるクッション。  来てから直ぐに、美術品レベルのものは、省いて、精神的に座りやすそうなものをお尻の下にした。  視線が一周する。   「これ、かな」    白いクッションの中に、青い大きめの花々が散りばめている。縁に付いたレースは、白から濃い青のグラディエーション。ため息が出るぐらい綺麗だった。   「オトンヌ」    勝ち誇った笑みを浮かべたイヴェールが、オトンヌを見上げる。   「青はお主の色じゃからの。だが、サミは、わらわの選んだクッションを抱いておる。その方が、嬉しいぞ」    オトンヌは、ふわりと沙美の元に降りてきて、この色も綺麗じゃろ?と言い添える。  沙美は、オトンヌが選んだと思われるクッションを抱きしめ、大きく頷いた。   「さぁて、話も落ち着いたみてぇだし?今日の本題に行くとするか」    床に座っているファビオが、自分の膝の上をぽんぽんと叩く。   「お嬢ちゃぁ〜ん」    沙美が「座るの?」と聞く前に、ローランが、ファビオを殴って、「サミさんは、そちらで」と言い添える。フレデリクが、呆れた声で「さっさと始めろ」と言いながら足を伸ばし、ファビオを蹴った。   「ちぇぇ〜。ご褒美無しかよ〜」    ぶつぶつ文句を言いながら、ファビオは壁にもたれて、楽な姿勢をとる。「心して聞けよ〜」というファビオの言葉に、妖精の長達と、ローラン、フレデリク、沙美は、それぞれ適当に笑ったり、言葉をかけたりした後、静かになった。   「昔、昔のお話だ」        昔々、ギュールズ国があった場所には多くの豪族が住み、細かく分裂していた。  小国の集まりと言っていいだろう。  お互いが行き来するぐらい、気心のしれた間柄もあれば、忌み嫌い、何かに付け喧嘩をする間柄もあった。  その負の感情は、族長から普通の人々に伝染する。  そして、ほんの些細な諍いが、負の感情によって、大きな戦いに変わっていった。  その戦いの結果、敗れた豪族は、勝った豪族に吸収され、勝者に、人と土地と財産というものをもたらす。それが、始まりだった。  そのたった一つの諍いが、今まで仲良くしていた間柄も一変させた。  欲が膨れ上がり、いたるところで戦いが頻繁に起きる。    その結果、四つの豪族が生き残った。    それからが、本当の泥沼の始まりだった。  あまりに力の差が無かった。力が均衡しすぎていた。そして、四つの豪族は、それぞれ決して力を合わせて戦おうとはしなかった。自分達の力でだけで、相手を叩き潰す事しかしてこなかった豪族達は、協力という言葉を想像さえ出来なかった。    人々は疲弊した。  働き手の居ない農地は荒れ果てた。  食物が激減し、戦って死ぬよりも飢えて死ぬ事が多くなってきた。    そして、天変地異が起きた。  火が吹き荒れる。  地割れが起こる。  豪雨に晒される。  突風になぎ倒される。    だが人間達は、それでも戦う事を止めなかった。それどころか、その天変地異さえも、目に入らないかのように戦いを続けていた。       「とまぁ、そんな馬鹿ばっかりの所に、威厳に満ちた偉大なる魔法使いが突然戦場に現われたんだと。  黒のローブに包まれた魔法使いは、ものすげぇ恐ろしげで、長い髭に覆われた年寄りだったらしいぜ。そんで、現われて直ぐに、力強く杖を地面に叩きつけ、戦っている連中を黙らせ………っと、んだよ、妖精さん達よ〜」    話に夢中になっていた沙美は、その言葉に驚いて空中を見上げる。  その瞬間、部屋の中に盛大な笑い声が二つ。エテは、げらげら笑って空中を叩く、バンバン叩く。  プランタンは、「苦しい〜」と笑い声の合間に言いながら、空中でごろごろ転がる。空中を全部使って転げまわる。  一応話し手のファビオに失礼だと思ったらしいイヴェールは、背中を向け壁に手を付いて、肩を震わせている。だが、笑うのを堪えているのが丸分かり。  そして、オトンヌは、上品に口元に手をあて、ころころと笑っていた。   「お前ら、その魔法使いと知り合いか?」    フレデリクが、片眉をあげて尋ねる。   「ひゃははははは…、お、恐ろしげだってぇぇぇぇ!!」    ツボに入ってしまったプランタンは、返答不能。   「は…い、ユ、ユーリと……も、申し、ま、して」    続行不能、完全に笑い始めたイヴェール。  そしてエテは、げらげら笑いながら未だ空中を叩き尽くす。言葉を発する事、一切不可能。   「しょうがないのぉ。わらわが、ファビオの話の続きをしよう」    オトンヌは、ふわりとファビオの横に降り、まるで椅子があるかのように空中に優雅に座った。        天変地異を起こしたのは、一般兵士として戦っていた友を助けようとした、妖精達だった。だが、その考え無しの行動は、傷ついた友を一層過酷な戦場に向かわせる結果にしかならなかった。  妖精達の友を思う声が、この世界全ての妖精達に響く。その中には、妖精の長も居た。   「儂達が集まって、どうにかなるものかのぉ?」    戦場から少し離れた廃屋。随分前に燃やされた屋敷。小さな明かりが、一つ現われる。そこには、妖精の長達と、魔法使いが4人集まっていた。  一番年寄りのナマンが、困ったように長達を見上げる。   「大丈夫ですよ。友を助ける為の筋書きは、ちゃんと用意いたしました」 「イヴェール様が考えたのでしょうか?」    おっとりとした声の婦人、エンマが不安そうに問う。   「そうですよ」 「えっと、イヴェールってさ、怒ると、もんのすっごい事をするよね………もしかして力技?」    この中では、一番若い。それこそ子供だと言っていいぐらいの男の子、フランツが、「大丈夫かなぁ?」と心配そうに言う。   「大丈夫じゃぞ。力技は、ちゃぁんとわらわと、プランタンが却下したからのぉ」    オトンヌの言葉に、全員が安堵の息を漏らす。  なにせ水の長は、以前大切な友が、村の人々から迫害を受けた時に、村一つまるまる凍らせた実績の持ち主。その友の必死の懇願が無かったら、人間まで一緒に凍らせたに違いないと、未だ語り継がれていた。  魔法使いの間では、なぜイヴェールが火の精じゃないのだろうかと、いつも語られる長。その普段の鷹揚さと優雅さからかけ離れた沸点の低さに、エテも敵わないだろうと言われていた。   「ユーリ」    イヴェールは、自分の目の前で語られる自分の評価を一切無視して、優しい笑みを一人の若い魔法使いに向けた。   「な、な、何でしょう?」 「貴方に頑張ってもらいます」 「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕にっ?!」    ユーリの口から悲鳴があがる。名前を呼ばれた時点から、既に涙目状態。   「ここに集まって頂いたのは、この地域で一番強い魔法使い達です。その中でも火と風を操れる性質を持つ貴方は、稀な存在。加えて、一番体力がありそうな年齢ですしね」    老人のナマンと中年婦人エンマ、青年のユーリ、子供のフランツの四人の集まり。誰が一番体力があるかと問われたら、誰も間違いようが無い。   「い、嫌です〜」    しかし、この中で一番のへたれと言っていいユーリ。この中じゃなくても、人間の中でも、突っ走って一位が取れるぐらいのへたれ。  当然の返答だった。   「ユーリ、僕達が、ちゃんと傍に居てあげるからさ〜大丈夫!」    いつも傍に居てユーリの性格を知り尽くしているプランタンは、頭を撫でながらにっこり笑う。それは、ユーリが悲鳴をあげる度に見れる光景。そんなへたれた光景が似合うユーリ、22歳。へたれ道まい進中。   「プランターーン、そ、傍に居てあげるから、って、ぼ、僕、まさか、まさか、せ、戦場に行くなんて、言わないですよねぇ〜?」    長達全員が、ユーリから目を逸らした。それが現実だと言われたのと同義。ユーリは、半泣き状態で、「な、何をするか分かりませんが、ぼ、僕では〜無理です〜」と、必死に訴えた。それが受け入れられのは無理だと、心の底で分かっていたけれど。   「なぁ、ユーリ」    真剣な顔のエテがユーリの前に立つ。   「……はい」 「妖精が悲しむ時はどんな時か、お前は知っているよな?」 「……は、い」 「お前は、私やプランタンを泣かせたいのか?」    ユーリは、この話を聞いてから逃げ出したくても、逃げ出せない理由があった。体が動かないのだ。ユーリの戦場での立場は一兵卒。長い戦争で蓄積された疲労は、単に立ち上がり走る事さえも難しくしていた。ここへ来るのにも、エテに抱えられてやっと来たぐらいだった。   「僕は、ほんの少し昔みたいに、ユーリと風を呼んで雲を走らせたりしてさ、畑で働きたいんだよ。でも、このままじゃ、ユーリは僕を泣かすよ。絶対だよ。そんなの嫌だからね!」    プランタンは、ユーリの頬に両手を添え、必死になってユーリを覗き込む。   「お願い。僕達を助けて」    妖精にとって、その妖精の中でも長にとって、人というのは瞬く間に消えて自分達を置いていってしまう者達。だが、妖精達は、人間との関わりを止めなかった。短い時間だけれども、一緒に居る楽しい時間は、幸せな時間は、永遠にも等しいと感じていた。  だから、その友を奪う戦争を憎んだ。  だから、小さな妖精達は、自分達の能力を爆発させた。  ユーリは、ちゃんとそれを知っていた。   「……ぼ、僕は……何をやればいいの?」    プランタンは、震えるユーリの首筋にぎゅっとしがみ付く。エテは、ユーリの頭をぱんぱんと叩く。オトンヌは、無言で頭を下げ、イヴェールは代表して、「ありがとうございます」と言った。          戦場に年老い年期を感じさせるが、その中に力強さ含む声が響き渡った。   「武器を置きなさい」    戦場から一つ以外の光が消える。そのたった一つの光は、黒のローブを纏い重厚な杖をもった人影を照らし出した。  一目見て重々しさを感じる年老いた男。蓄えた白い髭は胸元まで伸びていた。   「聞こえぬか」    光の中にある杖が地面を叩くと、突風が吹き荒れ、人々をなぎ倒した。  そこでようやく、戦場に居る人々は、人知を超えた者が目の前に居るという事実を理解する。   「そのままで、聞くがよい」    その声に、反論する者は誰一人居ない。   「争っている豪族の長よ。儂の前に立ちなさい」    だが、戦場に立って一族を率いてきた族長達は、この声に抗おうとしていた。風が強すぎて、声さえ出ない自分に歯噛みしていた。  その風が止む。四人が一斉に立ち上がり、武器を構えローブを纏った老人に殺到した。   「っ?!」    動揺が、老人を中心に一般兵士にまで広がる。  老人に向けられた槍は、届く前に折れ、剣は届く一歩手前の空間に弾き飛ばされ、斧は、振り上げた瞬間に刃がぼろぼろになって砕け散り、強弓は、構えた瞬間燃え尽きた。   「愚か者」    静かに響いたその言葉は、怒りに満ちていた。そして、静かな声にも関わらず、一番遠くに居る兵士一人一人にはっきりと聞こえた。   「お前達だけしか刃を向けなかった、その理由をお前達には分かるまい」    老人の言葉どおり、族長達は、この時初めて、自分達以外は、立っていない事を知る。   「長きに渡った戦。お前達以外ろくに食べる物も与えられず、柔らかな寝床も与えられず、日々命をかけた戦いに精神を削られた者達ばかり。あと少しで、お前達以外、この地から人は居なくなるであろうな」    どの族長も気心の知れた片腕や、仲間が居た。老人の言葉を聞いて慌てて振り返り、その者達を見る。その誰もが族長を慕っていたから、必死になって笑みを返すが、やつれ果てた顔に浮かんだ笑みは、族長達に現実を知らせるだけ。老人の言葉に偽りは無かった。   「愚か者と言われた意味。分かったか?」    族長達は、それぞれが、項垂れ、歯を食いしばり、後悔に顔を歪め、握り締めていた拳を解き力無く立っていた。  老人の口元からため息が漏れる。   「周りを見る余裕の無い者が、多かったようじゃな」    族長達は、何一つ言い返せない。   「お主達は、ここに国を作るがよい。  四人のうち、儂の試験に合格した者に力を与えよう。この国の中で一番の武器の使い手にしよう。  だが、それには条件がある」    族長達は、まっすぐに老人を見つめ、それぞれが頷いた。   「どの豪族の者だろうと、全ての民を平等に扱う事。王に選ばれなかった者とその側近は、必ず王の補佐に付くような仕事を与える事。但し、民を害するような働きをする者は、別とする。  この戦争が終わった時から、王から民の一人まで、飢えが無くなるまで、地を耕し作物を育てる事。  そして、誰もが同じ物を食べ、同じように睡眠をとる事。  よいな?」    そんな細かい事まで指定しなければいけないほど、地と民は疲弊していた。そして、族長達は、全員地に膝を付け、老人に腰を折った。   「では…」 『待って!』    老人は、一生懸命涙目で必死に立っていたユーリだった。顔を見られないようにローブを纏い、髭を付け、フードを深く被っていた。  少し離れた場所に隠れているナマンが、風の妖精の魔法を使い、声を戦場に伝えていた。  だが、何があるか分からない戦場。  二人は、事前に声を伝える術を開放していた。   『どうしたのじゃ?』 『一人、この中の一人、金髪の人……この人……魔法使いだ』    ナマンは絶句する。同じように声を聞いていた妖精の長達も、びっくりしてその男を見た。  視線が、合う。間違いなく、自分達を見ている。   『本当か?』 『だって…だって、視線が……エテを見ているよね?』    この時代。農村では、魔法使いを見つけるのは容易いものだった。妖精は色々な家に出現したし、畑仕事に出かける母親は、子供を背に負う。そんな子供達は、妖精を見る機会に恵まれていた。  だが、族長の子供は、昔から妖精に会う事なく隔離された所にいるのが普通だった。最初の魔法使いのアニーと同じように、秘匿される事が常だった。  目の前の男もそのうちの一人だったのだろうと、エテはため息をつく。   『ならば、この男に決めよう。その方が話が早い』 『そうじゃな。さて、どのような試験にしようかのぉ』    事前の打ち合わせでは、誰が王になっても、構わないと思っていた。それまでは、老人が付き添い、しっかりと教育するつもりだった。正確には、妖精がだ。  だから王は、適当にプランタンが決める手はずになっていた。   『僕の頭の上に何が見えるか、それぞれ答えてもらうのはどうでしょうか?』    今もユーリの上には、プランタンが乗っかっている。   『それがいいじゃろう。証明にもなるしな』 「儂の頭の上に何が見えるか、一人づつ答えるのじゃ。  正直にな」    ナマンは、オトンヌに指導されたよう威厳高く言葉を切る。  そしてユーリは、プランタンを載せたまま、エテに抱えられ彼らの前に立った。   「儂が前に立ったら、他の者に聞けぬ小さな声で答えるが良い。それで十分聞こえるからの」    ユーリは右端から順に、族長の前に立つ。目の前の男の小さな囁きを、プランタンの風によって、しっかりと受け取る。  三人までが同じ答えだった。『空』膝まずいていた彼らからは、ユーリの頭の上には空しか見えなかった。  そして最後の一人。   『可愛らしい男の子』    ユーリは重々しく頷き、ナマンの声が「王は、彼じゃ」と全員に伝える。  ユーリの掌が、彼の頭に優しく置かれた。  ユーリの耳に、知らない言葉で紡がれる、オトンヌの詠が聞こえる。そして、最強の王がうまれた。         「そんな所じゃな」 「え?今ので終わりですか?」    沙美は、この中途半端に終わった話の続きを聞きたくて、ついつい叫んでしまった。   「最初の王様は?残りの族長達は、どうなったんですか?あ、それから、ユーリさん達は?」    疑問がいくつもいくつも出てくる。  そんな沙美を見て、オトンヌが小さく笑った。   「続きは、今度じゃな。そろそろ時間ではないか?」    沙美の視界に、フレデリクが腕時計を分かりやすいように揺らしているのが見えた。   「うわぁ〜ん、明日来ますっ!続きを聞かせて下さい〜」 「サミ、簡単だ。  あそこに居た豪族達は、全員が全員、吸収され酷い目に会いたくなかったから仕方なく戦争をしていた者達だったんだ。その仕方なくが、残ったのが戦争が長引いた原因だろう。  私達の条件を聞いて、害される事が無いと知りホッとしたと、後で全員から聞かされた。まぁ、ユーリを介してだけどな。  だから、簡単に収まったぞ」    エテが、あっさりと盛り上がりの欠ける言葉でまとめる。   「王様はね、落ち着いてからユーリを家庭教師にして、妖精の事を勉強したんだよ。  ユーリは目に涙を浮かべて、そんな役目は嫌です〜と逃げ回っていたんだけど、最後は捕まっちゃったんだよね〜。でも、結局、王様とユーリは仲良しになったんだよ」    プランタンが、あの時も笑えたよね〜って、再び笑いだした。   「かなり真実に近い御伽噺でしたね」    イヴェールが、ファビオに向かった優しげに微笑む。   「ユーリが、今の話を聞いたら、泣き出すじゃろうなぁ。目に浮かぶようじゃ」    オトンヌは、小さく笑う。   「私が、一生懸命あいつを抱えて立たせてやった成果だな」    エテは、しみじみと頷く。   「普通の人には、妖精を見る事は出来ませんから。このように伝わったのでしょう」    ローランが、まとめた。  未だ真剣に長達の言葉を聞いている沙美を早く帰らせて、眠らせなければいけないという、保護者意識をバリバリに出していた。   「あぁ、そうすると、次はこいつだな」    だが、フレデリクが、ニンマリと笑ってファビオを指差して、ローランの意図を崩した。   「そうじゃろうなぁ。それに、既にもうなっているじゃろう?」 「あぁ、なっている。こいつに憧れて騎士になろうという者が後を断たん」    フレデリクの笑みに、オトンヌの笑みが加わる。   「って、俺の話か?……もしかして、あの嫌ぁ〜んな肩書きだった10年前の話っ?」    フレデリクとオトンヌが、同時に頷いた。   「良かったな。お前、物凄く美化されているぞ」    ファビオが、げぇぇぇぇ〜っ!!と本気で嫌そうに、顔をしかめた。   「そういうのって、ファビさんなら、ゲラゲラ笑い飛ばす人じゃなかった?」 「お嬢ちゃ〜ん、今の話聞いて分かっただろ?俺とはまったく違う、誰かが俺の名前を語ってんだぜぇ〜。気色悪ぃじゃねぇか」    なるほどと、沙美は頷く。あまりにかけ離れた話は、自分と違いすぎて、嫌になる。それは分かる気がした。妖精達の自分に対する親切な態度を、最初は不安に思ったものだ。今も思っているけど。   「サミさん、時間ですよ。次に何を聞きたいか言ってから、帰りましょう」    ローランが、流石に長すぎると、会話を締めくくった。   「んじゃ、その十年前!」 「えーーー、前に話しただろ〜」    ファビオが、文句を垂れる。   「村とかで噂されている十年前と、現実!」    沙美が、楽しげに笑う。   「では、十年前の話、承りました」 「明日の同じ時間に、召還お願いします!」 「はい」    ローランは、脇でぶーぶー文句を言っているファビオを無視して、詠い始めた。  沙美は、揺らいでいく景色に向かって一生懸命手を振った。       09.12.08 砂海
はーーーー、もっと、細かい事後を書きたかったんだけど、どう転んでも1話にならないし、寝物語の量じゃないし、最後はしょりましたー。 結構、細かい事まで妄想していたのにな…orz 四人の族長は、それぞれ戦争で親をなくしていたりします。 だからこそ戦争をしたくないというか、頑張って吸収されないぞと戦っていたのです。 四人共似た物同士だったんですねー。 だから、国が出来た時、とっても気があっていたんですよ。 でも、国が出来るのは、かなり時間がかかりました。 まずは食料の確保。地面を耕し、種を植え……。 そんな間は、全員テント生活です。 長い戦争のおかげで、まっとうな家ありませんでしたからー。 この時期が、一番良い上下関係だった気がします。 みんな一丸になって、国を作ろうとしていましたからー。 食料確保の後は、家を作ったり、道を作ったりと、仕事はなかなか減りません。 結局国らしくなったのは、10数年かかりました。 その間、魔法使いと妖精達は、物凄く忙しかったんです。 とまぁ、箇条書きにしても、こんな長い。 それが会話形式で妄想になっていました……寝物語で語る量じゃないですね…はい。   という訳で、ギュールズの最初のお話でした。 へたれキャラ、使いやすくて大好きだ!