300years ago … 9  

  「沙美、明日は?」 「う〜ん……、寝てる」    寝る前には、必ず明日の確認が入る。そんな、変わらない日常が戻ってきた。いつものように、風呂上りの髪をバスタオルで拭きながら母さんに返事をして、自分の部屋に戻る。  明日は、土曜日。約束も何も無い。だいたい、こんな腫れぼったい目じゃ、どこへも行けないし、これが、明日、直る予定もない。  あたしが最後に見た人。ナディーヌ。ぼやける視界の中のナディーヌは、必死になって笑おうとして、失敗していた。涙が、ぼろぼろ零れていた。   「もう……会えないん、だよ、ね…」    生きているけど、会えない。あの世界には行けるけど、その時代にナディーヌは、居ない。生きていない。   「お姫様、冷静に…見れるか………ん?」    自分の机の上に、数冊。1、2、3、4、5冊の見知らぬ本。  装丁からして、あっちの世界のもの。   「あ〜、おっさん達に、心配かけちゃったんだ」    小説好きのあたしの為に、元気になれるよう届けてくれたんだろう。  無意識に一番上の本を手に取り、ベッドに転がり込んだ。   「っ…?!!」    題名は、「私の友達サミへ」。  慌てて起き上がり、ページをめくった。   『この日記は、私の最初のお友達、サミ、貴方への手紙です。  これは、私が死んだ後、長様達に預かってもらいます。  そうすれば、いつか貴方に渡せると、貴方がこれを読んでくれると聞きました。    日記と書いてありますが、私の毎日を書いても、貴方に呆れられてしまいますから、何か素敵な事があったら、ここに書こうと思います。    サミ、貴方は、元気かしら?  私を覚えているかしら?  貴方の毎日が、幸せである事を、異世界から祈っています ナディーヌ』    目の前がぼやけて、読みづらい。  涙が、ぼたぼた落ちてくる。  喉がヒリヒリする。  そんな事を必死になって無視して、とにかく急いで目を通そうと、本を全部ベッドの上に置いて、物凄い斜め読みをした。  所々に挿まれた、家族の絵姿。  子供達に囲まれ、王様と一緒に笑っているナディーヌ。   「絵師さん……ナディーヌの綺麗さ、…描き、きって……ない、ヨ…」    日記には、こんな小さな絵を描くのは不本意だったらしい絵師に、我侭を言ったと書いてあった。  その絵のナディーヌをそおっと触る。   「子供、…3人、だったんだ、ね」    男の子一人に、女の子二人。  きっと王様は、目に入れても痛くないどころか、最高に幸せだぞっていう、状態だったに違いない。だって、二人とも、ナディーヌにそっくりだ。   「男の、子は、御父さん、似、…っ?!!」 『サミ、聞こえるか?』    頭の中に、少し前に聞いた声が反響する。  部屋を一通り見た。誰も居ない。   『サァミ、元気〜?』 「エテ…さん?プランタンさん?」 『サミさん、声だけですが、300年ぶりですね』 『え〜、この間、影から見ていたよね〜?』 『あの時は、挨拶をする訳に、いきませんでしたからね』    イヴェールさんの優しい声。   『通じておるようじゃな。凄いのぉ、強大な魔法使い』    変わらないオトンヌさんの声。   『その肩書き、止めて下さいって言ったじゃないですか。私は、ローランですっ!  サミさん、声は、はっきり聞こえていますか?』 『お嬢ちゃぁん、俺の声は、どうだぁ?』 『サミ、泣いてるだろ?』    おっさん達。   「ローラン、ちゃんと聞こえてる。  ファビさん、傍に居るのと変わらない感じだヨ。  ディックさん……っ、だって、日記が……」 『それが、ナディーヌとの最後の約束じゃ。しかと届けたぞ』 「………会いたい、の、にっ…」    ぼたぼたと、手に落ちてくるものが、止まらない。   『ナディーヌは、見事に生き抜いたぞ。次は、お主じゃな』    涙、止まった。速攻止まった。  えっと、そりゃぁ、あのナディーヌ。間違いなく見事に生きたに違いないヨ!胸はって思えるヨ!  んでもね、でもね、何ですか?この一般小市民に、洒落にならないドでかい壁は?あたし、ナディーヌの次っ?!比較対象にならないじゃん!!   『楽しみじゃのぉ』    う"っ……。   『あれから、ナディーヌは、一度も泣かなかったぞ。最後に笑えなかったのが唯一の後悔だったと、いつも苦笑していたからな』    そうだ、あたしも、笑えなかった。きっとナディーヌに、心配をかけてしまった。二度と会えないのに…。   『サミさん、ナディーヌには、何人もの友達が出来ましたが、それでも日記を書ける事が、一番の楽しみだと言われてましたよ』    ナディーヌ……。   「せ、誠意努力致しますです……ので、あの……広ぉ〜いお心と、長ぁ〜〜い目で、ぜひぜひ見守ってやって下さいっ!」    前回の旅で発生した宿題が、今だ全部クリアされていないのに、どんどん宿題が溜まっていく。必死になって頑張らないと、……間違いなく終わらない。終わらないのに、追加分増殖中。  でも、あたし、ナディーヌの友達だから。努力をしない訳には、いかない。   「あの、日記、ありがとうございました!」    手の中にある日記は、保護している魔法書と違い、どうやって保存したのか不明な新しさ。  頭の中で、長さん達の笑い声が響く。ほんの数時間前に聞いていた声。でも、時は300年経っている。   『ねぇ、ねぇ、サァミ、いつ、こっちへ来るの?』 「あー、それは、強大な魔法使い殿次第なんですけど」 『強大な魔法使いぃ〜、僕、早く会いたいな』 『サミさんまでっ……ローランでお願いします!  それで、召還ですが、サミさんのご都合がありますから……いつとは……』 『だってぇ〜サミは、ローラン次第って言ってたよ』    おっさん達とプランタンさんの会話が続く。  おっさん達は、お城でのあたしの立場や、都合を妖精さん達に説明している。  その言葉を聞きながら、鼻をかんで、涙をごしごし拭いた。   「あの〜、この魔法って、ディックさんがやっちゃダメだって言ってたヤツだよねぇ?」    異世界のあたしと会話する為に、あたしの魔法を肩代わりするとか言っていた。しかも、ファビさんやディックさんも会話に加わっている事を考えると、三人分加算されている。   『強大な魔法使い殿が帰ってきた時に、ギュスターヴが書いた「異世界と会話する方法」という開発途中の術書をお渡ししました。  ギュスターヴから、渡してくれと頼まれていたものです』    なるほど〜、興味持っていた術をそのままにしとかない、ギュスターヴさんの研究熱心な所を思い出す。   「あれ?研究書って、完成していなかったの?」 『帰ったばかりの私に、長殿方は、本を押し付けて直ぐに完成しろと、脅し……いえ、お願いされました』    あぁ、長さん達、脅したんだね。間違いなく脅したんだね〜。   「それで、ローランの術力っていうのか、それ、大丈夫?肩代わりするって言っていたよね?」 『はい、大丈夫です』 『流石、強大な魔法使いだ。ギュスターヴが必死になって実現しようとしてたのに、全然発動したなかったんだぞ。この術を実現するには、相当な術力が必要みたいだな』    エテさんが、しみじみ言う。   「……ローラン、凄いね。  んでも、何で、ギュスターヴさん、必死になっていたんだろう?」 『お主と、ナディーヌを会話させる為じゃ。わらわ達が手伝おうにも、なぜか異世界に力を飛ばせなくての。どうしようも無かったのが、悔しかったのぉ』    ギュスターヴさん、ありがとう、ありがとう。一緒に努力してくれた、長様達もありがとう!   「ローラン、あのさ、何日もそっちへ行くんじゃなくて、たまに一時間ぐらい、そっちへ行くのってのは、難しい?」    直接お礼が言いたい。もう、ギュスターヴさんには、無理だけど、長さん達には、本の分も合わせてお礼を言わなくちゃいけないヨ!   『………そうですね。その方が、隠しやすい』    あー、あたしって、あの腹黒王様から、今だ隠れなきゃいけない存在でした。   「その時に、色んなお話を聞かせて!ファビさんが、お話してくれるって言ってた、御伽噺とか、ローランや、ディックさんの小さい頃のお話とか、300年前のお話とか……少しづつ、聞かせて欲しいな」    お礼と合わせて、宿題もクリアしなくちゃいけない。  そう、会う機会があれば安心する。おっさん達は、間違いなく生きているって思える。日記を読んでいて、おっさん達の存在までもが不安定に感じた。そんな事は無いって実感したい。そして、300年前は、過去だって、ちゃんと心も理解しなくちゃいけない。  まだまだ、ナディーヌみたいに、頑張れないから、少し、おっさん達や、長様達から力を借りる。情けないけど……、それから、レベルアップを図ろうと……うん、頑張ります。  まずは、お話を聞いて、涙が出なくなる事が先決だ!   「あたしの時計、まだ動いているよね?今何時?」 『7時34分だ』    ディックさんのそっけない声。凄い、一回だけ、さらっと読み方を言っただけなのに、ちゃんと覚えている。んでも、時間合わせてないから、ずれまくりだ。   「なら、明日の……6時ぐらい…いいかな?」    それで、今の一時間ぐらい前、9時頃になる。   『分かりました。楽しみにしていますね』    ローランさんが、嬉しそうに言ってくれる。あたしも、凄く嬉しいぞ。   『おやすみだな』    ディックさんの声もだ。   「うん、また明日!おやすみ」    頭の中で、みんなの声が、ばらばらに、おやすみの挨拶を伝えてくる。そして、プツリと音が消えた。  明日は、大変だ。  9時までに、宿題も、寝る支度も、全部終わらせなくちゃいけない。  あ、そうだ人形!オトンヌさんに見せなくちゃって、あれ…高そうだよねぇ?自分が頭に思い描いた人形は、豪奢な衣装を着ていたし、大きさも結構あった…あれ、あたしの小遣いじゃ買えないぞ。  ごめんなさい、オトンヌさん、Webで探して、印刷したのを見せて、我慢してもらおう。そうか、あの世界なら、誰か、見たままに作れる人が居そうだ。お願いしよう…って、それもお金がかかるじゃん。やっぱり、印刷したので我慢してもらおう。  最後に偽装工作。部屋にあたしが居なくても分からないようね。うん、抱き枕に、あたしの代わりをしてもらおう。  手から零れ落ちた日記を拾う。  また、泣きそうになるのを、必死になって我慢する。  ベッドの端にある本棚に、一つ一つ入れる。  これは、あたしの宝物。ちゃんと、ゆっくり、一頁づつ読む。  目の前が、霞んでいく。修行、足りなさすぎ。長さん達に笑われないよう、楽しい事だけを思い出すんだ!    部屋の明かりを消した。    今日も楽しかった。  きっと明日も楽しいに決まってる。  おやすみなさい…みんな。         09.09.24 砂海
ををっ!タイムスタンプが丁度一ヶ月前!(タイムスタンプは、校正前の日付ですm(__;)m) 考えていたのより、ずっと短くすみました!おかげで、来月まで伸びなかった……良かった〜(/_;)安心、安心。   これで、サミちゃんの、300年前のお話は、終わりです。 そして、サミちゃん一人称の話も終わりです。 寝物語の先の話が、どうしても、サミちゃんが主役じゃないもんで…かといって、一人称にもしずらい内容なものですから、寝物語で、三人称神視点のお話に、この話を馴染ませようかと……f('';)コソクダ…。 んでも、これからもサミちゃんは、ギュールズ(覚えてます?この異世界の国の名前…)に関わっていきます。 どうか、気長にお付き合い下さいm(__)m