300years ago … 5  

   王妃様の部屋に入った瞬間、あたし達は凝固した。これ以上固まれないぐらい、カッチカチに固まった。  大きな窓の傍らに配置されたベッドの上には、………お姫様が居た。あ、お姫様みたいな人が居たって訳じゃなくて、ナデージュ姫のこと。  あのお姫様を、もっと儚げに、病弱にした、そのまんまの、瓜二つな人がベッドに横たわっていた。   「………えっと」 「我が妻が一番だな!」    同一人物って言っていい人なんですけどーーーーー。   「ナディーヌ以上に美しい者など居らぬ」    あーー、よくよく聞いたら、名前まで似ているよ〜〜っ!  あれ?隔世遺伝とかいうあれ?言葉は知っているけど、詳しい内容は、さっぱり知らないんですけど〜んでも、用途は合っているような気がする。違う?   「フェルナン?」 「ナディーヌ、術研究所所長が、医師を呼んでくれたぞ」 「ギュスターヴ?」 「あぁ、そうだ」    ギュスターヴさんが、前に出て礼をとる。   「そちらの方々は……お医者様ですか?」 「あぁ、ギュスターヴが、異世界から呼んでくれた方々だ」    王妃様は、にっこりとあたし達に微笑んだ。  ………すっごい違和感。あの顔では、歯軋りか、怒っているか、冷ややかか、騎士様のような凛々しい表情しか見た事が無い。  背後に居るおっさん達を見たら、なんか、毛羽立っていたヨ。   「どうした?……あぁ、我が愛しの妻の美しさに、声も出ないのだな!」    そうきましたか……妻馬鹿って言葉、あったっけ?  周りのおっさん達を見たら、未だ硬直している。まだ、衝撃が弱いらしいあたしが、慌ててローランさんの袖を引っぱった。   「あ、あぁ」    ローランさんは、頭を一つ振った後、王妃様に近づいた。少々顔が強張っているのは、仕方が無い。   「あーーーお前ら、そいつ等を連れていけ。訓練でもしてろ」 「あ〜、す、する」 「お、おう」    ファビさんは、王様の首ねっこを捕まえながら、あたしに手を振って出て行った。王様の「ちょ、ま、待てっ、ナディーヌ〜〜〜……」という情け無い叫び声は、どんどん小さくなって消えた。  ディックさんは、「お前もだ」と言って、オロオロしているラキル卿を連れ出した。二人は、ベッドの中の人には、一切視線を向けない。うんうん、付き合いが長い分、衝撃が強かったんだねぇ。   「あたしは、居ていいのかな?」 「サミさんは、治療と訓練とどちらが見たいですか?」 「あー、訓練は、なんとなく想像付くから、ここで見てていい?」 「はい、では、大人しく見ていて下さい」    大きく頷いた。だって、治療を見るのは初めてだ。すっごく楽しみ。   「ギュスターヴ殿は、しっかりと見ていて下さい」 「分かりました」    ローランさんが、ベッドに近づき、少し手前で止まる。   「王妃様」 「はい」 「これから体を見る事になりますが、術を使います。緊張されますと、術からの返答が分かりにくくなるのです。  体に触れる事はありません。ただ、見知らぬ者に理解出来ない事をされるのは、お嫌だとは思いますが、少しの間、我慢して頂けますか?」    ローランさんの生真面目な言葉に、王妃様は、にっこりと笑って答える。   「フェルナンが、信頼しておりますお方に、我慢などありませんわ。  こんな寝た状態でお頼みするのは心苦しいのですが、どうか、よろしくお願い致します」    ラブラブだ。もんのすっごいラブラブだ。  んでも、お姫様と同じ顔で、しかも声まで同じで、そんな言葉通りの「お姫様」のような台詞を言われると、非常〜に、違和感。  ローランさんを見たら、同じように激しい違和感に見舞われているらしく、一目見て、動揺しているのが、まるわかり。   「術士様?」 「あ、い、いえ、で、では、気を楽にしていて下さい」 「はい」    ローランさんは、杖を持ち直し、目を閉じた。   「世界よ……」    その一言だけ。  杖は、王妃様を辿る。  その度に、まるで王妃様の体から、湧き出てきたような淡い光が生まれる。   (すっごく綺麗…)    王妃様は、不思議そうに、その光を見つめている。  ギュスターヴさんは、真剣にローランさんを見つめている。きっと、同じ術士さんだから、私とは違うものが見えていたりするのかもしれない。  ローランさんは、湧き出た光一つ一つを、まるで分析しているかのように、ゆっくり確認している。あの光が診断結果なのかな?  杖が王妃様の体を全てを辿った後、ゆっくりとローランさんは、王妃様から離れた。そして、ため息一つ。どうしたんだろう?   「……王妃様」 「はい」 「貴方の体は、貴方が一番良くご存知ですね」 「はい」    王妃様は、小さく笑った。まるで悪戯がばれた子供みたいな笑顔。   「確かに、貴方は病弱と言っていいでしょう。出産が難しいと言われたのも、間違ってはいない。  それなのに、故意に、体に負担をかけるのは、よくありませんよ」 「術は、そこまで分かってしまうのですね」 「術は、万能ではありません。だが、胃に残ったままのものぐらいは、分かります」    王妃様、何を食べたんだ?   「その為に、今、貴方は、話すのもお辛いはずです」    な、何を食べたのーーーっ。苦しいなんてものは一切表に出さずに、王妃様ったら優しく笑っているんですけどーーー。   「フェルナンは、こんな私の為に、色々無理をなさってくれているのです。  今朝は、遠くから取り寄せた、体に良いと言われる果物頂きました。  見た瞬間、負担になると思いましたが、彼の愛情に答えるぐらしか出来ない私にとって、食べないという選択肢は、持っていないのです」    ローランさんが、ものすっごいため息をついちゃってますよー。   「それで、体を壊してしまっては、貴方を大切に思っている王が困ると思うのですが?」 「そうですね。分かっています。  でも、私には、断る事は出来ません」 「分かりました。王には、私が言っておきます。  これから、貴方は、出産、子育てをして頂かなくてはならないのですから、決して無茶をしないで下さい」    王妃様の目がまん丸になって、ローランさんを凝視する。   「こ、子供を………産、める…の、で、…すか?」 「貴方のような方なら、いくらでも診てきました。  その人達は、みな元気になって、子育てをしています」 「ほ……んとうに……?」 「本当です。  その治療法は、全てギュスターヴ殿に伝えておきます。  だから、今日のような無茶は、今後一切しないで下さい。折角の治療が無駄になります。  それから、治療中に適した料理もギュスターヴ殿に伝えます。それ以外は、決して食べぬよう」 「は…い」 「では、とりあえず、貴方の痛みをどうにかしましょう」    ローランさんは、ギュスターヴさんを見た。   「今は、何も分からないと思いますが、術の流れを見ていて下さい」 「はい」 「医療用の術は、細かい術の流れを制御することが全てです。それが出来ないと、病気を悪化させることもあります。  最初は、小さな怪我から治療をして経験を積んでいく事になるのですが、貴方方には、その時間を取る事は、難しいでしょう。  せめて、ギュスターヴ殿だけでも、私のやっている事を覚えていて下さい。そして、他の方々に伝えられるようにして下さい」 「分かりました。よろしくお願い致します」    ギュスターヴさんは、より一層真剣な眼差しで、ローランさんの手元を見る。その視線に満足したようにローランさんは、再び王妃様に視線を移し、お腹の辺りに杖を沿えた。   「王妃様、術の効果の為にも、楽しい事を考えていて下さい」    王妃様は、にっこりと笑って、頷いた。  そして、治療が始まる。  今までの術のように、呪文は一切無い。  さっきみたいに、光が出てくる訳でも無い。  術無しのあたしには、見えないけど、ギュスターヴさんには、何かが見えているようで、一つ一つ確認するように頷いていた。  確かにあたしは、術無しだけど、その効果は、十分見られた。  王妃様が無理していたというのが、ようやく理解。あからさまに、王妃様の体から力が抜け、徐々に王妃様の頬が、ほんのりと赤みを帯びてくる。透き通るように肌が白いと思っていたけれども、それは、顔色が悪いというのと同義だって事が分かる。  そして、それが数分過ぎた後、ローランさんは、王妃様から離れて、杖をおろした。   「どうですか?」    王妃様は、不思議そうに自分の体を小さく動かし、そして、ゆっくりと起き上がった。   「あの……痛くありません」 「だるくは、ありませんか?」 「それも………ありません」    起き上がった王妃様は、不思議そうに自分の体を見ている。   「もう、私は、健康なのでしょうか?」 「いいえ、それは、違います。  今、行った術は、貴方の食べた物を消化出来るよう手助けした事と、痛みでちぢこまっていた体を、解しただけです」 「そう…なのですか……」    王妃様の視線が、あからさまに下がる。   「突然体を健康にするという事は、体に負担をかけるという事なのです。  徐々に、これが良い状態なんだと、体に言い聞かせ、体自身に分かってもらってから、また一段階進むという方法が、一番体に負担がかからず、治療にかかる時間が短くすみます。  この治療は、時間がかかりますが、決して諦めてはいけません。最後に貴方は、健康を手に入れられるのです。それを信じて、治療を続けて下さい」 「はい…分かりました。ありがとうございます」 「今後、ギュスターヴ殿の指示を信じて、最後まで治療を続けて下さい」 「はい……はい、絶対、に」    王妃様は、ぼろぼろと涙を零しながら、「あ、りがとう、ございます」とつっかえながら言った。  そして、ローランさんは、激しく慌てた。まぁ、元々、女性の涙に弱そうな感じだし、加えて、ナデージュ姫そっくりの顔で泣かれると、そりゃぁ、慌てると思う。いや、びびる?   「術士さん」 「あ、さ、サミさん」 「あのさ、治療が終わったんなら、みんなで、訓練を見にいけないかな?」 「みんなとは、王妃様も入っているのですか?」 「やっぱり、直ぐには、無理?術士さんが居てもダメ?」    やっぱり、王妃様にも見せたいじゃない?ローランさんだけじゃなくて、ファビさんや、ディックさんの雄姿ってやつ。ちょっと、身内自慢がしたかったり。あ、王様しか目に入らないかな?  ローランさんは、じっと王妃様を見てから、ギュスターヴさんに困ったような顔を向けた。   「……王妃様を毛布に包んで抱いて運んだ場合、まずい状況になりませんか?」    その言葉を聞いたギュスターヴさんも、「あ〜」と言ったまま、固まった。   「大丈夫ですわ」    くすくす笑いながら、王妃様が言う。何が大丈夫なんだ?あのラブラブな王様だぞ。もんのすっごく暴れそうなんですけど。   「私の愛は、全てフェルナンのものです。あの方は、ちゃんと分かっていますわ」    全然大丈夫じゃないぞ、それ。   「私も、その訓練を見たいですわ。フェルナンが、剣を振っている所を見た事が無いのです。どうか、お願いします。もし、私の体が大丈夫なのであれば、連れて行って下さい」    未だ目尻に涙が溜まっている顔で、お願いなんかされたら絶対断れない。あたしは、ポケットからハンカチを取り出して、王妃様に近づき手渡した。   「これは?」 「ハンカチです。涙を拭いていかないと、あらぬ疑惑があたし達にかけられます。激しく危険」    ローランさんとギュスターヴさんは、同時に頷いた。   「ありがとうございます。……綺麗な花模様」    王妃様の綺麗な指が、印刷された花模様を触っている。う〜ん、王妃様の立場だと、あれだよね?レースがふんだんにあしらってあって、刺繍が大量に付いたシルクの超〜高級品のはず。花柄のタオルハンカチなんて、しかも印刷ものなんて……ごめんなさい。あたし、これしか持ってないです。   「あの…サミ様で、お名前はよろしいのですよね?」 「は、はい。あ、でも、様いらないです」 「では、私も、ナディーヌと呼んで下さいませ」    よ、呼べない。王妃様を呼び捨てなんて、激しく恐れ多いぞ!  首をぶんぶん横に振る。   「サミ様、私は、このようにしてハンカチを貸して下さるお友達が、一人も居ないのです。どうか、サミ様が、いらっしゃる間だけでも、私のお友達として過ごして下さいませんか?」    う……儚げな月の精霊様に、そんな縋るような瞳で……ぐはっ……負けた。   「わ、分かりました。少しの間ですが、よろしくお願いします……あの…、ナディーヌ」 「はい、サミ」    それは、それは、綺麗な笑みを返してもらえましたーーーー。   「そのベッドの脇にある引き出しの一番上を開けてもらえますか?」    このやけに、触るのを躊躇うような工芸品な引き出しでしょうか?うわっ、手垢が付いたら、いけないんじゃないのー?  怯えながら開けたら、これまた眩暈がするぐらい激しく美しい、さっき想像したような綺麗な布地がぁぁぁぁっ。   「その中の好きな物を選んでください。この綺麗なハンカチと交換して下さい。  ダメかしら?」    うっわぁ、いけない、いけない、それって、500円でお釣りがきた程度のハンカチですよーーーっ!こんな、一万円札を何枚も出さないと買えないようなものと交換しちゃ、ダメダメーーーっ!   「あの、それが気に入ったんなら、貰って下さい。んでも、すっごい安物ですよ」 「サミにとって安いかもしれませんが、私にとっては、とても貴重品ですわ。これは、サミが、術士様が居た証。それに、私のものをサミが持っていらしたら、帰った後でも、少しは私の事を思い出してくれますでしょう?」    ぐはっ、ナ、ナディーヌさんは、たらしですね?間違いなく、ものすっごいたらしですね!!  胸が「きゅん」って言ったぞ。なんか、王様の気持ちが、ものすっごく分かった。こんな可愛い人が傍にいたら、そりゃぁ威張りたいだろう。間違いない!   「分かりました。それじゃぁ……」    そぉっと、中の工芸品というか美術品をめくって見る。本当にこれ、触って大丈夫なんだろうか?なんか、泣きたくなってきたぞ。  ん?……   「あの、これ、いいですか?」    白いレースの縁取り、銀糸だろうか?で、描かれた、小さい花。この中でも、一番、高そうじゃないのを選んだあたり、あたしは、立派な庶民!   「では、交換ですわね」 「はい」    あたしは、頂いた、超高級ハンカチーフをそおっと、ポケットにしまう。うわぁ〜あたしのポケットの中、今、幾らぁ〜?   「では、行きましょう!」    なんとか気を取り直して、ローランさんに、王妃様をお願いする。  毛布にぐるぐる巻きにされた王妃様は、ローランさんにお姫様抱っこされて、嬉しそうに「この部屋を出るのは、久しぶりです」と言った。  さっきとは違う意味で、胸がぎゅんってなる。速攻でギュスターヴさんに、『ばんばん出れるよう、頑張って下さいっ!』って、視線をなげたら、分かってくれたのか、大きく頷いてくれた。     to be continued…     09.07.01 砂海
凄いな、こんな風に話が進むとは思ってもみなかったf(^-^;) 勢いで打ち込んでいると、相変わらず勝手に話が展開していく。結果にびっくりだよ。 ちなみに、王妃様の顔の件は、寝しなに神様が教えてくれたものです<をいをい