300years ago … 3  

  「まずは、やらなきゃいけねぇ事を伝えるのが、先だろ?」    ファビさんは、テーブルに肘を突きながら、ギュスターヴさんを指差す。  新しい飲み物が、全員の前に置かれ、さてどうしたもんかと、あまり先に進まない会話の最中。   「私は、何をするのでしょうか?」 「色々、沢山な〜」    ファビさんの言葉に、ギュスターヴさんは、目を瞬かせて、あたし達を見る。   「まずは、あの教本を速攻で書き上げろ」 「その後に、サミさんを召還した方法を書いてもらいます」 「それから、俺達宛ての本だな」    ディックさんと、ローランさんが、ヤレとばかりに楽しげに言ってます。   「あの……書くのはいいのですが、それをどうするのか、教えてもらえますでしょうか?  特に、教本は、いらなくなるはずです」 「分かっていらっしゃるとは思いますが、私達は、サミさんとギュスターヴ殿にお会いする以前に会わなければなりません」 「はい」 「その為には、その教本を手に入れた魔法使いが必要なのです」    そう言って、ローランさんは、あたし達が出会った経緯をおおざっぱに、かなり省いて説明した。  うんうん、未来に起こる事だもんねぇ。ローランさん、非常に話しづらそうだよ。   「なるほど。ですが、その教本が、確実に彼の手に渡るようにする方法が、私には分かりません」 「それに関しては、私が必要な術をかけますので、問題ありません。  私は、ギュスターヴ殿が書かれた本にあった術は、全てお渡しするつもりでいますが、この術に関しては、本に記述されていませんでした。すみません、どうかこれ以上の質問は、しないで下さい」    お、ギュスターヴさんの目がキラキラしている。流石、研究所所長様。ものすっごく興味津々だ。   「今回、ギュスターヴ殿が書かれる本全てに、私の術をかけなければなりませんので、早急に書かれるよう、お願い致します」 「分かりました。それ以外で、私がするべき事は、ありますか?」 「先ほど、全ての魔法使いは、声を繋ぐネットワーク下にあると言われてましたよね?その魔法は、どれぐらいの情報を流せますか?」    ローランさんの言葉に、ギュスターヴさんの目が見開く。   「あの…、その術は、無いのですか?」 「術?!!」    今度は、ローランさんの目が見開いた。   「はい。我々魔法使いは、術という言葉を知らなかった頃から、なぜか、この術だけは使っていました。  天候を操る為には、近場の天気、雲や風の情報などを貰ってから行います。無いものを無理やり作るより、あるものを使った方が、もっと楽に天候を操作出来る為です。  それが、術だと知ったのは、私の前の代ぐらいなのですが……なぜ、300年後には、無いのでしょうか?」 「魔法と同じ理由だろう」    速攻で、ディックさんが答えた。   「ディック?」 「なぁ、ファビ。お前だって、聞いた時から、便利だと思っただろ?」 「あぁ。情報収集が楽になる魔法だなぁ〜って、普通思うよな」    最初、訝しげにしていたローランさんも、ファビさんの言葉で納得し、顔を顰める。   「だとしたら、魔法と同時にその術も無くさなければならないのか…」 「ローラン殿?」    未だ訝しげなギュスターヴさん。うんうん、あたしも分からないヨ。   「あんた達魔法使いは、戦争の道具になるのは、嫌なんだよな?」 「はい」 「だが、言葉を伝える術を持ってたら、戦争の道具に間違いなくされるぜ。敵の情報が知りたければ、事前に術士を敵側に起いておく。それだけで、時差なく、相手に知られずに、情報を得られるんだぜ。  そんな便利なもん、ほっとくとは思えねぇだろ?」    あー…、ファビさんの分かりやすすぎる説明で納得しました。すっげぇ便利な術なんだ。便利すぎる。  ギュスターヴさんも、嫌な顔をしている。   「ローラン、お前は、本に術をかけるのと、言葉を伝える術を覚えるのと、魔法と言葉を伝える術を消すのが仕事だ」 「言葉を伝える術を覚えるのか?」 「お前が伝える方が、早いだろ」 「分かった…」    ディックさんが、非常に楽しげにローランさんの仕事を列挙する間、ローランさんは、非常に恨めしげに聞いてましたよ。戦わせろっ!術士の仕事ばっかりかよっ!って声がね、物凄い音量の幻聴で聞こえてきましたー。   「あの……いつ、やられますか?」 「それは、お前次第だ」    ギュスターヴさんは、顎にグーを当てて、考える。   「それにだ、お前の安全を確保する必要がある。お前が、全て終わった後で、王の傍に居られないのは、まずい」 「難しいですね……。王は、既に私がしようとしている事を知っているでしょう。だからこそ、魔法使いだけではなく、兵士が差し向けられました」    さっき、襲ってきた人達のほぼ全員が、兵士に見えましたけどー。   「魔法を失った私に、術だけで、何が出来るのか……」 「あの〜。ギュスターヴさん」 「…はい」 「今、ギュスターヴさんが知っている術って、何があるのかな?」    ギュスターヴさんが、なぜ、そんな事を聞くのかと、不思議そうに、でも一つ一つ術を言っていく。でも、あっという間に終わっちゃったヨ。言葉を伝える術を抜かしても、5つ?   「ローラン、あのさ、ギュスターヴさんが書いた本に載っている術で、今ローランがやっている仕事は、出来る?」 「術士が一番最初に勉強する本は、ギュスターヴ殿が書かれたものです。私達の仕事の全ての基本になっています。当然、困難なものは出てきますが、基本的なものに対しては大丈夫です」    おー、それなら安心だ。きっと、ギュスターヴさんは、不安なんだ。魔法というものを取り上げられたら職を失うって事だもん。それがギュスターヴさんだけならいいけど、多くの魔法使いさんまで巻き込んじゃう。望まれた事だけど、責任を感じない訳がない。   「ギュスターヴさん」 「はい」 「ローランは、お医者さんなんです」 「医……者?」 「うん。術士って、国にとって、ものすっごく必要な人材。だって、病気にならない人間って、なかなか居ないでしょう?」 「術というのは、医療行為に………なるほど……」 「今、お医者さんって、いっぱい居るんですか?」 「そうですね…、城の中と城下町に、体系的に勉強された方が数人。地方には、ほとんど手が回っていない状況だと思います」 「なら、大丈夫。安心して、みんなお医者さんになれる!」 「そうですね」    おお〜、満面の笑み。嬉しそうなのは、分かるけど……なんか、ちょっとニンマリが入ってる気がするのは、なぜでしょう?   「ありがとうございます、サミ殿」 「へ?」 「魔法使い達の未来も、私の命も救っていただきました」 「ギュスターヴさんの命?」 「はい。私は、この事が終わった後、生きてはいないと思っていました。その覚悟をしていました。  ですが、どうやら、生き延びられそうです」    たぶんあたしを含めて、みんなが、不思議そうな顔をしているんだと思う。だって、ギュスターヴさん、さっき、難しいって言ってた。その最難関が、解決したって事だよねぇ?   「我が国の后は、体の弱い方なのです。ですから、妊娠、出産には、耐えられないだろうと言われています。  しかし、王は、后を心底愛しておりまして、他の女性を囲う事は、想像外なのです。  つまり、今、我が国は、後継者問題を抱えたままなのです。その後継者問題が引き金になりまして、数年前に内戦が起こったぐらいです」    ギュスターヴさんは、一息ついて、にっこり笑う。   「ローラン殿、術で、それをどうにか出来ませんでしょうか?」    なるほど、心底愛しているお后様の体をなんとか出来るのなら、そりゃぁ、魔法が無くなっても、大丈夫かもしれない。   「私が、ギュスターヴ殿に伝える術で、十分に対処出来ると思いますよ」    ローランさんが、大丈夫だとばかりに、大きく頷く。   「んでもよぉ、そんな程度で、本当に命の保障が出来んのかぁ?」 「ファビ、それは、術の匙加減だ」    あー、悪い笑みだ。悪い笑み。ろくな事を考えてないだろ?   「実は、ガンガン健康になれるのを、手ぇ抜くって事かぁ?」 「当然だ。  ギュスターヴ殿、その匙加減もお教えしましょう。安心して長生きをして下さい」    あー、立派なお医者様がー、あれですかー?医療費をいっぱい請求する為に、手抜き治療をするって……いやいや、命がかかっている時なんだから、そこら辺、譲歩しなくちゃいけないかぁ。でもなぁ、ローランさん……300年後、ちゃんと治療していますか?なんか、心配になってきたヨ。   「んじゃぁ、ディックと俺は、こいつが城に上がる時の護衛だな」 「それは、……敵対行為となって、皆さんの命が危ないと思います。王は、皆さん方の王もそうだとは思いますが、未だに、この国最強のお方です」 「こいつが居るから大丈夫だ」    ディックさんが、面白そうにファビさんを指差す。   「こいつは、300年後の王の娘と、王の兄の息子に勝っている。  300年後、最強のヤツだからな」    ギュスターヴさんの目が、今日一番のまん丸になった。   「本当…ですか?」    ローランさんとディックさんが、いっぱい頷いている。   「あの……貴方の血に、ギュールズ王の血が、流れているのでしょうか?」 「流れてねぇと思うぜ。だいたい、俺はギュールズの人間でもねぇしなぁ」    ファビさん、頭をボリボリ掻いて、分からねぇなぁって、困った風味。ギュールズ王の血筋って、そんなに凄いの?ってか、ファビさんが凄すぎ??   「そうですか…。では、大変努力なされたのですね」    なるほど、そういう風にも見れるのか。うっわ、後で忘れず、メモしなくちゃ。見方は色々あって、ちゃんと、その色々ってのを見れるようにしないとっと。   「ローラン殿」 「はい」 「今、ネットワークを張ります。術士長の貴方であるのなら、見て直ぐに理解されると思いますので、貴方も入ってきて下さいね」    ギュスターヴさんが、杖を持ち直す。   「声を。  全ての同胞へ、私の声を」    お、愛をささやくんじゃないんだ。あ、まだ研究段階だからなのかな?  しっかし、誰が、この術に気づいたんだろう?すっごく不思議だ。  ギュスターヴさんの杖の先が、床を叩く。そして、ローランさんを見つめ、頷いた。  同じようにローランさんが頷き。杖を握り締める。   「世界よ  我が声を、全ての同胞に。  世界よ  我が心をご存知なれ  貴方を敬愛する者全ての声を私に  そして、私の声を全てにお届けあれ」    ギュスターヴさんの目が瞬くと同時に、ローランの杖の先が床を叩いた。  なんつーか、速攻アレンジした?呪文が違ったヨ。流石、術士長様!   「私は、ギュスターヴ殿に召還された異邦人。私の声が聞こえますか?」    あたしと、ファビさんとディックさんには、才能が無いんで、術が成功したかどうか分からない。   「数日後に、全ての魔法と、この声を伝える術がなくなります」    ギュスターヴさんは、ローランの言葉を黙って聞いている。   「声を伝える術は、間違いなく情報収集として戦争に利用されます。それを避ける為です。  戦争の地での我々の仕事は、術を使っての医療行為のみ。  その術を全て授けましょう」    『どれぐらいの人が言葉を聴いているんだろうね?』  『俺らの時代だと、術士ってのは、ギュールズで100人弱程度か?』  『だが、術士を見つける手立てが無い時代だ、この世界の全員合わせても、そう居ないだろう』    会話にまったく入れない術無し三人は、こそこそと自分達の会話中。んでも、ローランさんの声は、ちゃんと聞いているヨ。   「数日中に私の術を開放します。それまでに、今までの知識を記したもの全てを焼却して下さい」    『ギュスターヴさんは、態々教科書作ってたよね?魔法使いって口伝じゃないの?』  『術士の学校がある以上、魔法使いの学校もあるのかもしれん』  『あと、なんでも記すのが好きなヤツっているじゃん』   「伝えたい事がある者は、言葉を伝える術があるうちに、伝えるように」    あー、声だけ友達ってのも居たかもしれないよねー。ここだと、動力のある乗り物が無いから、簡単に会いにいけなかったりするしなぁ。それって、かなり寂しいだろうな。   「貴方方は、魔法を無くした後、全員が医者の知識を得る事になります。どうか、自分の周りの人々を癒して下さい」    『術って便利だよねぇ。勉強しなくても知識をあげる事が出来るんだもん』  『だが、その術は、簡単に使ってはならないらしいぞ』  『え?あ、学校あるもんねー。でも何で?』  『努力するのが、一番身に付くっていう訳だ。だろぉ?』    なるほど、努力無くして獲た力は、成長しないって事かな?あ……確かに。確かに辞書が無いって理由で、読めない言葉スルーしていたよ。ダメじゃん。後で、聞いておこう。うん、ちゃんと成長させて、立派な敬語を使える人に……がふっ、あたし、日本語でさえ、ダメダメじゃん。くぅ〜〜〜。   「最後に。私の術は、受け取る者を選択します。  魔法を無くす事に非協力的な者は、新たな術を受け取れないと思って下さい」    『え?出来んの??』  『はったりじゃねぇの??』  『出来るだろ。剣を覚えるまでは、寝る時間を惜しんで勉強していた努力家だ』    うわぁ、流石ローランさん。ってか、今も、寝る時間少ないんだろうなぁ。剣の練習に、術の勉強。流石だ。   「では、やれる事は、全て行っておいて下さい。  術を開放する半日前に、最後のご連絡を致します」    ローランさんが、ギュスターヴさんに目配せをする。   「ギュスターヴです。皆さん、あともう少しです。お互い、頑張りましょう」    そう言って、杖を一振りし、もう一度床を鳴らす。同じように、ローランさんも杖を鳴らした。   「この術は、非常にあからさまなのですね」 「そうですね。言葉と同時に感情をも伝えてきます。決して嘘はつけません」 「お互いが信頼しあってないと成立しないのですね。  ………もったいないな」 「ローラン、ダメだぞ」 「分かってる」 「ズルをするな」 「分かっている!」    ディックさんが、非常に怖い声で言う。そうか、ローランさんならズルが出来る技量があるんだ。  んでも、折角無くなった危険な術。しかも一人じゃ意味の無い術。そんなもの、持って帰る訳にはいかない。   「ただ、世界を超えて、サミさんと会話が出来るよう、改良出来ないものかと思ってな」 「それって、術無しでも可能に出来るって事かぁ?」 「あぁ、会話で使う術の力を全て俺が請け負えれば、可能な気がするのだが…」    あー、なんか、ギュスターヴさんの目が、またキラキラと…。   「ローラン」 「あぁ、分かってる。特に、あの時代では、危険すぎるという事は、重々承知している」 「新たに開発するのも無しだぞ」 「う……」    ディックさん、しっかりローランさんを把握していらっしゃる。流石、幼馴染。あの反応は、絶対やろうとしていた感じだもんねぇ。  まぁ、世界を越えて会話出来るってのは、あたしにとっても、ものすっごく魅力的だけどさ。   「少し、残念ですね」    ギュスターヴさんが、笑っている。   「私も、300年後に生まれていれば、ローラン殿と一緒に研究が出来たのに……」 「それは、止めた方がいい」 「なぜですか?」 「寝る時間がなくなるぞ」    ディックさんの言葉に、ローランさんは、当然とばかりに胸を張って、ギュスターヴさんは、「私も、同じタイプですよ」と笑う。   「うっわぁ〜、青春を勉強で潰すなんて、もったいねぇ〜」 「ファビさん、…ファビさんの歳で、青春ゆわない!」    っていうか、何で、日本語ちっくな言葉があるんだ?この世界奥深いぞ。  ん?何か、ローランさんとディックさんが、チロリぃ〜んって視線でファビさんを見ている。   「な、何だよ」 「別に」 「そうだな」    あ…、前、ディックさんが言っていた、ファビさんのだいたいの素性ってやつ?もしかして、ファビさんもローランさんと同じぐらい、勉強漬けな青春を送っていたのかな?   「では、私は、書き物をはじめますね」    ギュスターヴさんが、笑いながら、書きかけの魔法使い初心者本を取り上げる。   「他の本に何が書いてあったか、後で教えてください」 「あぁ、それなら、俺も見たから、俺が指示する」    ディックさんは、ギュスターヴさんに紙とペンを要求しながら、ギュスターヴさんの傍に移動した。   「俺、何してたらいいんだ?」    ファビさんが一人、やることねぇぞぉ〜って、あたしを見てきた。   「あ、これ!」    ついつい持ってきちゃった棒をファビさんに差し出す。   「久しぶりだな」    ニカッってファビさんが笑う。   「ちゃんと練習したかぁ〜?サボってんのが分かったら、ちゅ〜だぞぉ」 「ファビっ!」    無条件で殴られています。相変わらずのファビさんとローランさんだ。   「見張りも兼ねて、外でやるか」    あたしは、うんうん頷く。  横で、俺も参加したいとローランさんが、手をあげかけて、ディックさんに、「お前は、術をどうにかしろ」って怒られた。   「さぁ〜、ラジオタイソウだぁ」 「う……」    忘れいました。あの、恐怖のラジオ体操。折角今までファンタジーだったのに……はぁ〜、ぶち壊しだよ、ファビさん。     to be continued…     09.04.29 砂海
300年後の旅は、結局300年後のメンバーが発案者であったという話でした。 あと少しで終わるといいなぁ〜…………とは、思っていますんで、もう少しお付き合い下さいね。