300years ago … 1  

   懐かしい沈みこむ感覚を味わって、現れたのは石造りの部屋。うん、ここまではいい。きょろきょろと辺りを見回す。あの時召還された部屋…だと思う。んでもね。んでも。誰?この目の前の人??   「初めまして、勇者殿」    物凄いデジャブ。あ、でも前回は言葉が通じてなかったよねー。  目の前に居る人。銀色の少し長めのサラサラショートヘアーに、薄い緑の瞳、細身の体、長くて白いローブを纏って、ローランさんが持っていたような木の杖を持っている。ローランさんの部下さん?年齢は、おっさんという言うには、失礼なような。んでも、やけに落ち着いている雰囲気があって、若者とも言いづらい。   「私は、研究所所長のギュスターヴ・バルローと申します」 「……研究所?何のですか?」 「あぁ、言葉がお分かりになるのですね。安心致しました。  研究所は、術の研究開発を行っています」    にっこり笑う笑顔が、優しい。   「えっと…ローランさんは?」 「ローラン?どなたでしょうか?」 「ローランさん。術士長のローラン・フィノさん」 「術士長?そのような役職はありません。……それに、そのような名の者も居りません」    えっと、どういう事?   「ここは、ギュールズ城ですよね?」 「はい、良くご存知で……あの、勇者殿は、異世界の方で間違いありませんよね?」    酷く訝しげな表情で聞かれた。   「……はい、そうです……けど……何で?何で、ローランさんじゃないの?」    体が勝手に後ずさる。   「ディックさんは?ファビさんは?お姫様は?………」    目の前が歪む。   「勇者殿、どうか落ち着いて」    綺麗な布があたしの顔をぬぐってくれる。それでも、理解出来ない状況で、体が逃げようとする。   「どうぞ」    綺麗な布が手渡され、自分の前に杖が置かれる。そして、男の人は、少し離れて床に座った。   「勇者殿の話をお聞かせ下さい」 「……あ、たしの?」 「はい。どうして、この場所、ギュールズ城を知っておられたのでしょう?」    酷く不安だ。あの時、あたしに伸びた手は、皆暖かかった。でも、きっと、そんな事は稀で、危険な事は、いっぱいある。いいんだろうか?この人に、あの話をして……。   「全てである必要はありません。勇者殿、たとえば、なぜ、勇者殿が、私達の言葉を話せるのかとか、断片的な事で構いません。それで、勇者殿がお尋ねになられた方々の消息が分かるかもしれません」    優しげな顔に、少し茶目っ気が帯びた笑みが浮かぶ。それに少し安心をして、断片的でいいのならと、小さく頷いた。   「ここの言葉は、術で教えてもらいました」 「術?」 「はい。術士長さんの言葉の記憶を貰いました」    所長さんの目が丸くなる。   「それならば……、そうですか。それ以上お話しいただく必要はないでしょう」 「あの…」 「勇者殿は、この世界の未来を知っておられるのですね」 「未来?」 「はい。術というのは、今はまだ、新しい技術です。だからこそ、研究所があるのです。  今の術では、そのように己の記憶を他者に委ねる事は出来ません」 「ここは……過去?」 「そうです」 「もしかして、300年前っ?!!」    ローランさんが言っていた300年前の書物。あたしを召還する魔法が書いてあった本。あたしの概要付録付き。目の前に居る人は、もしかして、もしかして、その著者殿ですかっ?!   「あの、あ、えっと、たぶん300年後の世界を知ってます。この時代は、まだ魔法があるんですよね?」 「はい。あの…もしかして、300年後には、魔法が無いのですか?」 「無いです…って、あぁぁぁぁっ、未来を過去の人に教えちゃっていいのっ?!大抵ダメでしょっ!うわぁぁぁぁぁどうしよぉ〜」    あまりにも定番な事柄を忘れていた。未来を過去の人には言ってはいけない。だって、未来が変わっちゃうから。ただ、その知識も、ファンタジーとか、SFとかのフィクションな世界の話の事……なら、だ、大丈夫?……だ、大丈夫だ、だといいなぁ〜。   「勇者殿」    目の前に、落ち着いた笑み。おおー大人の笑みってのは、落ち着かせる効果があるんだ。あ、挨拶っ!   「沙美です」    音をたてる勢いで立ち上がり、おっさん達に教えてもらった礼をする。  笑われてしまいました。な、なぜ?所作まで、300年前は、違うのっ?!   「えっと…」 「あ、失礼致しました。  サミ殿、その礼は、騎士殿から教えてもらったのですね。そんな凛々しい礼をされる女性を拝見したのは、初めてだったものですから」 「あ、はは……。あの時は、動きやすい服を着てたんで、服装に合わせたお辞儀の仕方を教わったんです」    こちらの時代は、お姫様や、リゼットさんみたいな凛々しい女性というか、雄々しい女性は、いないのかな?   「そうですか。では、私も」    非常に優雅な礼を見せて頂いた。ファビさんが、気合入れた時と同じぐらい。それが、品の良い目の前の人に、良く似合っている。   「サミ殿。ようこそ、ギュールズ城に。  そして、大変申し訳ありません。どうか、私の願いを聞いてもらえるでしょうか?」 「願い……あの、300年後でも、あたしは役立たずでして……あの、自分スキル皆無なのですが……」 「ご安心下さい。私の願いを叶えられる勇者殿を世界に望みました。  間違いなく、サミ殿は、私にとって勇者です」    綺麗に微笑まれてしまった。あのですね、優しい容貌の綺麗なお顔で微笑まれますと、免疫の少ないあたしとしましては、心臓が凄い事にぃ〜。   「あ、あ、あの、と、とりあえず、その、その話を」 「はい。では、どうぞこれを」    ほんのり暖かいカップを持たされた。立ち上る匂いは、柑橘系?爽やか風味。一口口をつける。美味しい!   「サミ殿にとっては、ご迷惑な話ですが、どうぞ飲みながら聞いて下さい」    カップを持ったまま、頷いた。   「300年後に魔法がなくなっているとするならば、私の願いが叶った証拠。サミ殿は、間違いなく勇者殿です」 「え?」 「私の願いは、この世界から魔法をなくす事です」    えっと、目の前に居る方は、魔法使いさんで、術の研究所の所長さんで……そんな魔法の頂点にいらっしゃるような方が、それを望みますか?   「あ……戦争ありました?」 「はい。サミ殿は、詳しくご存知ですか?」 「いえ。ただ、魔法を戦争に使っちゃったのかなぁ?って思いまして」    酷く苦い笑みが、目の前にあった。   「魔法使いさん達は、農家の皆さんとご一緒するのと、戦争をするのと、どちらが大勢なんですか?」 「昔も今も私達は、変わりません。  確かに、農家の方々と働くより、城に勤める事で多くの報酬をもらえますが、それは人の命が代償です。  ですが、今、この世界にいる支配者階級の人間は気づいてしました。魔法は、戦争の道具になると。  私達魔法使いは、それを望みません」    あたしは、知っている。うん、この望みを叶えられる人を知っている。   「魔法使いさん全員が、そう思っているんですか?」    伏せられた視線が、答えだった。   「それでも、ギュスターヴさんは、それを望むの?それで、問題は無い?」 「私達魔法使いには、声を繋ぐ独自のネットワークを持っています。  天候を操る時に、各地の天気情報を伝え、的確に魔法を具現化する為です。  全ての魔法使いは、そのネットワーク下に必ず居ます。例外はありません。  そして、多くの魔法使いが、利益よりも、悲しみをネットワーク越しに伝えてきました。  私は、その代表として、サミ殿に願います。  どうかこの世界から、魔法を無くして下さい」    今度は、騎士様の礼では無い、杖をあたしに捧げるように持ち、頭を下げている。きっと、魔法使いさんの礼。大事だろう杖を相手に委ねるようなその礼は、酷く無防備で、ギュスターヴさんの言葉が真剣だと、あたしに伝える。だって、確かにあたしは、運動神経並みだけど、そんな事を知るはずも無いギュスターヴさんが、大切な杖を渡すかのような仕草をしている。それは、信頼にも繋がると思う。   「えっと、ギュスターヴさんは、魔法使いさん達の代表なんですね?」 「いいえ、私がこの役を担ったのは、私が術士として、一番多くの知識を有しているからです。  この大陸の中では、ギュールズの研究所が、一番進んでいると言われています。  そして、最近の私の研究は、異世界から人を呼ぶ術の開発でした」    異世界から人を呼ぶなんつー術を開発しちゃうって、新しい技術だって言っていたのに。すっごい!あ、でも、この術が凄いかどうかって、一切理解外のあたしじゃ、図れないじゃん。   「そうで、っ?!!」    突然、物凄い勢いで扉を叩く音がした。   「サミ殿、私の背後に」 「え…な、何ですか?」 「魔法を無くす事を反対している者達が、来てしまったようです。  大丈夫です。決してサミ殿にご迷惑は、かけません」    そう言ったギュスターヴさんは、杖を振り、「ミストラル」[グラース」と矢継ぎ早に言う。  うっわ、魔法だよ。魔法。きっと、魔法!効果が全然分からないけど。扉の外の音がもの凄くなった。  あ、いや、それ所じゃないって!   「あの、ギュスターヴさん、この世界の未来に居る人を、呼ぶ事は出来ますか?」 「……難しいですね。日付と………その方を示すような物があれば……あるいは……」 「ちょっと待って下さい」    鞄の中を物色する。おっさん達から貰った手紙は、しっかりと持ち歩いていたりする。   「あの、これ、この三通。  これが、ローランさんから。  これが、ファビオさんから。  これが、フレデリクさんから。  この三人の、えっと……」    そして、鞄の中から、旅の時に使っていた手帳を取り出す。   「ギュールズ歴632年の9月4日の三人をお願いします!」 「サミ殿……」 「大丈夫です。300年後に、魔法がなくなっているって事は、これからやるギュスターヴさんの術が成功したって事だから!」    ギュスターヴさんは、あたしの言葉に、柔らかな笑みを浮かべて、杖を持ち直した。  扉の向こうは、慌しい乱暴な音が引っ切り無しに続いている。  どうか、間に合いますように。周囲を見渡す。あ、なんて、立派な棒!あたしは、走って壁から棒を取り、扉の前で構えた。へなちょこだけど、ギュスターヴさんの邪魔は、させない!   「世界よ  折り重なる世界よ  全ての時に手を伸ばし、全ての時間を抱かれよ  世界よ  我が愛の全てを貴方に捧ぐ  世界よ  我が心をご存知なれ  この文字を記した三人の愛し児  ギュールズ歴632年の9月4日にある  貴方の愛し児の三人を我が元に」    背後を振り返る。  なんにもない空間が、三つ。ぱっくり開いた感じ。そこから、ローランさんとファビさんとディックさんが、それぞれ落ちてきた。   「助けてっ!!」    そう叫んだ瞬間、目の前の扉が壊れて、あたしは、誰かに抱えられ、あ、あたしの前に出たファビさんとディックさんが、それぞれ剣と槍を構えているって事は、ローランさんに抱えられているんだ。   「ギュスターヴさん、一旦、脱出?」 「そう、…ですね。  分かりました、脱出しましょう」 「じゃぁ、行っくぜぇ〜!」    ファビさんの軽快な声。行き先分かってないでしょ?   「こっちだ」    ディックさん、こっちだって、どっち?しんがりを守っているギュスターヴさんの目が見開いているヨ!   「サミ殿、お久しぶりです!」    何で、このおっさん達は、こんなに順応性がいいの?動揺、一切無しって、どうして?   「ローラン……、あの、あのさ、な、何で普通?」    一応、戦っている最中。ローランさんは、にっこり笑って、後でお話ししますとの事。あたしには、さっぱり分かんない。   「お嬢ちゃん、元気だったかぁ〜?」    敵が居るとは思えないぐらい、ご陽気な声。あたしは、ファビさんの方を向いて、手を振る。   「サミ……、あまり大きくなってないな」    上から下まであたしを見て、そんな事を言う。ディックさん、あたしは、もう縦に成長するような年齢じゃないぞ。   「すみません、皆さん、一旦どいてもらえますか?」    あたしと、おっさん達の会話をぼおっと聞いていたギュスターヴさんが、ようやく我に返ったように目元を引き締めて言う。  ファビさんは、即座にしんがりに移動し、ディックさんは、ローランさんとあたしを庇うように前に来た。   「ミストラル」    突然、ギュスターヴさんの前で、風が吹き荒れる。当然、前に居て、あたし達に剣を向けていた人達は、通路の壁に吹き飛ばされた。  さっき聞いた、魔法。言葉だけで、効果が分からなかったけど、風系の魔法だったんだ。   「では、行きましょう」    ギュスターヴさん、酷く辛そうな表情。うん、自分で、自分が嫌だと思っている仕事をしちゃったからだろうな。そんな顔をするギュスターヴさんなら、信用していいかな?未だ、疑問系なのは、自分の人を見る目に自信が無いから。 うーーー、おっさん達に任せていれば間違い無い部分だと思うけど……それじゃぁ、レベルアップが図れないヨ。     to be continued…     09.04.06 砂海
最初、300年前も旅をさせようとしていたんですが……、なんか、こうなりました。 神のご啓示は、頭の中全削除を要求し、一から妄想を建て直せと要求してきましたもんで……orz んでも、いつかは、また四人で旅をさせてあげたいなーと思いつつ、この展開も楽しんでいます。 さて、続きは、どっちだ?(妄想中で迷子中)