激ヘタレの口説き方(島国編)  

   同盟を結んでからというもの、アーサーさんが、とてもお優しいのです。  色々な事に気を配って頂き、他国の皆さんには、相棒という嬉しいご紹介までして頂きました。 「ふぅ……お茶がおいしいですね」  こうやって、朝から縁側でのんびりとお茶を飲めるのも、アーサーさんのお陰。同盟を組むまでには色々ありましたが、本当に……手を繋いで良かったと思います。  ぼんやりと、空に浮かぶ雲を眺める。  こんな、のんびりとした休日を迎えるのは、久しぶりだった。  少し息を吐いた、その時、玄関の方から、呼び鈴が鳴った。  激へタレの口説き方(島国編) 「アーサーさん?」  玄関の引き戸を開けたら、そこには、真っ赤になって、花束を持ったアーサーが立っていた。 「どうしたのですか?」 「あ…い、いや…そのだな………そうだ、こ、これっ!」  菊に突きつけられた赤い薔薇の花束。菊は、その勢いに押されたように、その花束を受け取る。だが、現状が理解出来ない。とりあえず、玄関先で、この状態は、世間的的にどうだろうと、思い至り、玄関から一歩横にずれる。 「どうぞ中へ入って下さい。今、丁度お茶をしていた所です。お茶菓子もありますよ」 「お……」  真っ赤なまま、固まっているアーサーに、菊がにっこり笑う。 「お邪魔す、する…」  まるでロボットのような動き方でギキシャクと玄関で靴を脱ぎ、その動作のまま、ギクシャクギクシャクと居間のちゃぶ台の前にアーサーが座ったのは、少し前。  そして、菊が、新しいお茶の用意をして、お茶菓子を並べたのが、ほんのちょっと前。  今、アーサーの目の前には、綺麗な和菓子と熱い緑茶。そして、真正面には、菊。  「アーサーさん、どうぞ」と、にっこり笑った菊の顔に、思いっきり固まって早十数分。 「綺麗な花をありがとうございます。玄関に飾らせて頂きました」 「お、あ、…あぁ」 「今日は、何の御用時でしょうか?同盟のことで、何かあったのでしょうか?」 「い、いや……同盟の事じゃない」  だとしたら、何だろうと、菊は小首を傾げる。 「あ、あのだな……その……お、お前に、こ、こ、個人的にっ…は、話したい事がっ………」  菊は、同盟の事ではないと言われ、にっこりと微笑み「はい」と答える。  もう、これ以上真っ赤になる所は残ってないぞと思えるほど、赤くなるアーサー。 「そ、そのだな……」  そして、時間が流れる。アーサーからは、「あの」とか「その」とか、唸り声とか、奇妙な音しか続かない。  菊は、なんとなく、もしかしたらと思う事があり、微笑みながら、正座して続きを待つ。アーサーを見ている事が飽きない。  そして、数時間、時は流れる。  二人の前の茶菓子とお茶は、下げられ、今は食べ終わった昼ご飯が盛られていた空っぽの皿が並んでいる。 「……おいしかった。料理が上手いんだな」 「ありがとうございます」 「あ、お、お前だけに言ってる訳じゃないからなっ!」 「はいはい、分かっていますよ」 「だったら、いい」  菊は、どうして、こういう会話なら、スムーズに進むのにと、心の中でもクスクス笑っている。  そして、「先ほどの続きですが…」と菊が続けると、アーサーは再び固まった。  そんな様子も見ていて楽しい。 「実は…」 「はい、実は」 「お、俺は……」 「アーサーさんは……」 「お、お……」  そう言ったまま、アーサーの時は止まり。菊の周囲の時は流れる。  菊は、心の奥から沸いて来るクスクス笑いを抑えるのに必死だ。指はきつく腿を抓っている。  そして、笑わないよう、必死になって、過去を思い出す。  『そうですね……私も随分と時間がかかったものです……ここまででは、ありませんでしたが』  記憶の中の長い黒髪の女性に、『すみませんでした』と頭を下げる。あの時、彼女は、小さくクスクスと笑っていた。その理由が、凄く良く分かる。今自分は、あの時の彼女と、同じ気持ちを味わっている。  『私は、春でしたので、白い木蓮の花が咲いている枝をお持ちしましたが…』  西洋では、薔薇が基本なのでしょうかと、菊は、花器に生けた、真っ赤な薔薇の花をチラリと見る。自然と笑みが浮かぶ。    『夕飯は何に致しましょう?』目の前の真っ赤になった人と同じ位自分が真っ赤になっている気がして、菊は、必死になって違う事を考え、熱くなった頬を少し擦る。 「アーサーさん」 「う、お、おぉ、な、何だ?」 「夕飯は食べていかれますよね?」 「お、おう!」 「お酒は、日本のものでよろしいでしょうか?」 「前回来た時に飲んだやつは、美味しかったな」  菊は、頭の中で酒の在庫を確認し、まだあったと、小さく頷く。 「泊まられますよね?」  アーサーの舌が凍りつく。声が出ない。ただただ小さく頷いた。振られたら、泊めてはもらえないだろうなと思いながら。  そして、菊は、自分が不用意に選んでしまった質問に、自分で動揺していた。長い時間生きてきた菊にとって、男色?そんなものは、戦う男のステータスさ!の武将な時代から、さして時は経っていない。男同士の一つの寄り添う形だと認識していた。だが、いざ、自分の番になったら、なぜか少々気恥ずかしい。少し裏返った声で「では、用意をしますね」と立ち上がった。   「あ、俺も手伝う」  菊の表情が引きつる。まずは、料理の下ごしらえをしようと思っていたのだが、彼に手伝ってもらう訳には、いかない。たとえ、同盟を組もうとも、たとえ、この後、アーサーが言おうとしている事に、頷こうとも、それだけは、受け付けられない。かの国は、激しくめしまず。料理下手。折角の材料を無駄には、したくない。ここは、日本。もったいないという言葉がある国。  未だ少し引きつった顔をあげ、「では、風呂の掃除をお願いしていいでしょうか?」にっこりと菊は笑う。 「お、おう」  アーサーは、一緒に何かをしたかったのだが、目の前の笑顔に押され、力強く頷く。気づくと両手に、掃除道具を持たされて、風呂場に一人取り残されていた。  「菊の為だからな」と、まるで宣言のように堂々と笑顔で言ってから動き始めた。ここには、「何で本人にそういわない?」と突っ込む者は、誰も居ない。    そして、菊が台所で、流し台に両手をついて、肩を落としていた。  「お客様に……掃除を頼んでしまいました……」床を見ている顔は、ほんのりピンク色。声は、ぼそぼそ。  菊は、確かに食事の手伝いは、して欲しくなかった。なかったが、それよりも、なによりも、自分の言った、泊まるという言葉に対する動揺が消えない。 「どうしましょう……」  アーサーの台詞がいい終わるのが先か、朝を迎えるのが先かが、見通せない。  もし、言い終わるのが先だったら、自分はどうしていいか分からない。  いい終わらなければ、一緒に寝ても大丈夫だろう。かの国は、紳士の国でもあるから。ただ、自分が寝られるとは、全然思えない。 「随分と若い反応をしてしまったような………私も、まだまだだという事でしょうか?」  問い先の無い問いをぼそぼそと呟く。 「と、とりあえず、食事です。えぇ、普段美味しいものをまったく、全然、カケラも食べていないアーサーさんに、とびきり美味しいものをお出ししないといけませんよね」  無意識だが、かなり酷い独り言を言っている菊。必死になって、目の前の料理に取り組む。それは、まるで戦場に赴くかのごとく、真剣な表情。実は、そうやって取り組まないと、手が止まってしまうのが分かっているから、菊は必死であった。  そして、アーサーは風呂掃除を完璧に終え、菊も、普段一人では作らないような豪華な食事を作り終えた。 『ふっ…完璧ですね』  菊の目の前には、煉瓦亭(明治28年創業・銀座にある洋食レストラン)の店主からご指導頂いた洋食のメニューの数々にあわせて、昔ながらの煮物や、お漬物、刺身などが、卓袱台の上を飾っている。 「うわぁ、豪華だな」  その一言で、苦労が報われる。菊は、嬉しそうに微笑んだ。 「どうぞ、召し上がって下さい。足りなければ、まだまだありますからね」 「そ、そうか」  既に、そこそこ習得した箸を握り、エビフライを口に入れる。「美味しいな」と自然に笑みが浮かぶ。こういう時だけは、素直である。なにせ、めしまず国。それこそ、料理下手の枠に入る日本人の奥さんが作ったものでさえ、最高級の食事になる。なのに、菊は頑張った。気恥ずかしさを誤魔化すために、必死になって料理をした。した。した。した。  結果、煉瓦亭の店主が味見しても、一切問題の無い最高の出来栄えを披露する事になる。  そう、大英帝国、英吉利が知り得ない、まさに、絶世の味だった。 「菊……もう、食べられないぞ……」  ニコニコと笑いながら、空になった茶碗を持ち、お櫃を開けている。 「俺ばっかり食べてないか?菊は、ちゃんと食べたんだろうな?」 「えぇ、頂いております。アーサーさんは、もう、よろしいのですか?」  お櫃の中には、4合炊いたご飯が、あと残り少し。テーブルの上にあった、大量のおかずも、ほぼ消え去っている。  料理作成中から、頭が動揺していた菊の作った料理は、約10人前。そして、美味しそうに食べてくれるアーサーの笑みを見ているだけで、菊のご飯をよそう手は、物凄く加速していた。 「あぁ、こんな美味しい料理を食べたのは久しぶりだ。十分に食べた」  胴回りが少々とは言いがたいぐらいに、膨れている。 「礼になるか分からんが、風呂に入ったら、俺が菊の背中を流すからな。日本の習慣だろう?」  ボンと音がした。顔が真っ赤なのが分かる。菊は、どうして肝心な事が言えないで、こんな事が平気なのか、まったくもって理解不能。西洋事情は、未だに不可思議だと、心の中で情けない声が呟いた。 「じゃぁ、一緒に片付けて、一緒に風呂に入ろうな」  満面の笑みで言われた菊は、機械的にコクコクと頷いた。  そして、風呂場、満面の笑みと裸で迎えられてしまった風呂場。  菊は、『こういう場面で私は、普通どうすればいいんでしょうか?…私が、織田信長で…アーサーさんが、欄丸のような感じでしょうか?』だが、瞬時に気づく危険。『いえいえ、いけません。ここで、正当な方向へ盛り上がってしまったら、隠しようがありません……ににんがし…にさんがろく…にしがはち……』、体も心も冷静になるおまじないを、必死になって唱える体たらく。 「こんな感じでいいのか?」  菊は、こくこくと頷く。未だ九九を唱え中なので、返事は出来ない。  背後には、背中を流してくれているアーサー。どうして、肝心な一言が言えないのに、こういう裸の付き合いが平気なのか理解不能。九九をまだまだ唱えながらも、平行して、『西洋事情は、奥がまだまだ深そうですね……』と、反省までもしていたりする。 「あ、つ、次は、私が流しますね」 「いいって、気にするなよ。それじゃぁ、美味しい食事の礼にならないだろ」  満面の笑みで言っているだろう事が簡単に分かる声音。 「あ、ありがとうございます」  アーサーの裸が目に焼きついてしまった菊は、背中を流してもらいながら、自分の心の汚れを流す方法が知りたいと、切に思っていた。  そして、そして、微妙な空間が開いた二組の布団でそれぞれ寝た二人は、朝を迎えてしまった。  菊は、色々目に焼きついてしまったものが、頭の中で乱舞している最中に妄想まで加わってしまって朝になってしまったという状況。  アーサーは、菊に伝えるべく台詞を何度も考えシュミレートしているうちに朝になってしまったという状況。  二人の目の下には、くっきりと隈が浮いていた。 「お、おはようございます…」 「あ…お、おはよう……」  アーサーの目には、菊のクマがあってさえも、朝日の中の菊も、綺麗だなぁ…という感想をもたらす始末。そして、寝ずに頑張って考えた台詞を言おうと口を開く。 「あ…あのだな……菊…………」 「はい…」  そして、時間が過ぎようとした、昨日とまったく同じ展開。体たらく以下。  状況にすっかり流されて、再び言葉を待っていた菊は、突然思い出す。 「あ、アーサーさん…確か今日は、用事があるとか…」 「あ、あーーーーーーーーーーーーっ!!」  菊は、即効朝食を作り、二人は、慌しく朝ごはんを食べ、玄関に走った。 「す、すまない。また…今度は、ゆっくり来るから」  体たらくのまま去ろうとするアーサー。  だが、菊は、ここに来て、すっかり腹がすわっていまった。にっこりと笑う。 「私は、アーサーさんが、大好きです」  アーサーの体が硬直した。自分の言おうとしていた台詞がとられてしまった体たらく状態には、気づかない。 「末永くお付き合いをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」 「あ…あぁ!と、当然だ!!」 「嬉しいです」  心から嬉しそうに微笑む菊に、視線は釘付け。心臓は、口から飛び出る5分前。 「お、俺も、き、菊の事が好きだからな!」 「はい」 「じゃ、じゃぁ、い、行って来る」 「はい、いってらっしゃい」  数分まえとは、間逆の夫婦風味の会話。いやいや、昨日のうちから、二人の行動は夫婦そのもののような風情だったのは、二人共気づいていない。 「今度は、いついらっしゃいますか?」  朝日の中、光に目の下のクマは溶けて、菊の笑顔を美しいものに変える。  アーサーは、一瞬見惚れて、そして、「あ、そ、こ、今夜!」と、怒鳴り、機械のように踵を返して走り出した。  そんな背中を菊を嬉しそうに見送る。 「今夜ですか…」  次のステップには、いつたどり着くのでしょうね?とクスクス笑いながら、家の中に入る。  今夜も大量の食事を作ろうと、買い物のリストを作成し始める菊だった。   -終わりですよ-  

 

もう、ずっと、あのとか、えっととか、そんな言葉だけで終わってしまうのも、アリだなと、考え始めていました。 これを書き始めたのは、二年前ですか……あと少しの所で放置ってましたよヽ( ´ー`)丿をいをい。 ので、会社で適当に続きを考えていたんですが、なんと、結構最後まで書いてやがるヽ( ´ー`)丿あはははは… さて、これから校正して、いつサイトにアップされるんですかねぇヽ( ´ー`)丿あははぁん。 6月中にアップされるといいねぇ……う、うん(;。。) 13.06.20 砂海