正しい着物の着付け方  

  「お兄様……」 「どうした?リヒテン」 「あの……」  リヒテンシュタインは、酷く躊躇ってから、何かを決意したように、上目遣いでバッシュを見る。それが、バッシュの鼻の奥を激しく刺激したが、とりあえずバッシュは、「ごほごほ」と咳をしながら鼻を押さえやり過ごした。 「明日の新年に着てくださいと、菊さんから、服の入った小包が届いたのです」 「う、うむ」 「その箱には、素敵なお衣装と、着付けかたの詳細な写真付き説明が付いていました」 「…うむ」 「あの…日本の伝統的な衣装だそうで、着るのが大変そうなのです」 「誰かを手伝いに行かせるべきだな」 「あの……お兄様、手伝ってもらえませんでしょうか?」  上目遣いの目は、酷く不安そうに、でも、ほんの少しの期待を湛えている。再びバッシュの鼻の奥が、むずむずしてくる。それを誤魔化す為にバッシュは、「分かった」と、言ってしまった。  そして、物語は始まるのである。  ◆ 正しい着物の着付け方 ◆ 『1.全裸で、(1)の長襦袢に袖を通し、左右の衿先を体の正面で合わせます』  1番からして、激しくハードルが高かった。 「リ、リヒテン……す、すまんが、1だけは、一人でやってくれないか?」 「お兄様?」 「す、すまない。少々急な用事を思い出した。直ぐに戻る。2、2からは、一緒にや、やるのであるっ……」  扉を閉めた後、猛然とダッシュ。バッシュは、速攻駆け込んだトイレで、トイレットペーパーをガッシャガッシャと取り出し、鼻をおさえた。トイレットペーパーは、物凄い勢いで真っ赤に染まる。 「ぎぐ〜〜〜〜」  鼻をおさえながら怨嗟の声を出しても、フガフガで締まらない。  息を深く吸って、静かに吐く。それを何度も繰り返して、ようやく心を静める。心の中で、自分の国を裸で走破したイタリアを思い描き、怒りを貯める。馬鹿者ーーーーー!と10回繰り返しているうちに鼻血は止まった。  「うむ…」と壁に据えつけられた鏡を見てから、鼻の横に少し残っていた血をもう一度トイレットペーパーで擦り、トイレを出た。  試練は、まだこれからだと、バッシュは知らない。 「リヒテン、待たせたか?」  扉をあけると、既に1どころか、かなり進んでいたリヒテンシュタインが、バッシュを見て、にっこり笑った。 「お兄様、丁度ですわ。あの…おはしょりを作る為に、身八つ口から手を入れて、前と後ろのたるみを綺麗にして下さいますでしょうか?」  長襦袢を着終わっていたリヒテンシュタインは、着物に袖を通し、前を合わせ、腰紐を結んでいた所だった。 「み…みやつ……リヒテン、それはどこだ?」 「脇の下にある空いた部分だそうです。お兄様、この図でお分かりになりますでしょうか?」  手渡された図には、背後に回った人が脇の下から、それぞれ手を入れ、着物を綺麗に整形していた。  バッシュは、目は字と図を追いながら、頭の中では、再びイタリアの馬鹿者っ!と激しく唱えていた。でなければ、危険、激しく危険。鼻の奥がむずむずしている。  とりあえず、「わ、分かったのである」と少し裏返った声を出す。 「お願いします」  リヒテンシュタインの可愛らしい声に、もう一度「うむ」と答え、背後に回る。  少々震える手を着物の身八つ口から入れた。  ぷにゅ。  物凄く柔らかいものが、バッシュの掌の中に。 「お、お兄様っ!」  その掌の中の正体に気づいたバッシュは、瞬間凝固。身八つ口の中は、そう、リヒテンシュタインの丁度胸の所だった。 「あ、あの……もう一枚上側ですっ」  凝固していても、体が勝手に動いた。速攻手を引く。 「すすすすすすすまないのであるっ!!!!!!」 「だ、大丈夫です……」  俯いて言うリヒテンシュタイン。だが、その行動は、バッシュを一層動揺させた。目の前に、リヒテンシュタインの項。ほんの少し背中が見える。そこが、恥じらいによってうっすらとピンクに染まり、艶かしい。  『イタリアーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』心の中で速攻怒鳴った。必死になって、鼻の中に力を入れ、血流を止め(必死になれば、出来る!)、「ここで、いいいいいいいか?」今度は、目で確認して、手をそろそろと入れる。だが、再び、ぷにゅと柔らかい感触が手に触れた。生じゃないけど、素肌に布一枚状態。ぬくもりまで簡単に伝える程度の布。  『馬鹿者ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!』もう一度叫びながら、触った感触を忘れる為に、少し乱暴におはしょりを整えた。 「こ、これでよいか?」 「はい。お兄様、後ろもお願いします」  バッシュは、テーブルの上にある説明書に目を落とし、再び動きが固まる。  説明書にある、後ろを整える図というは、まるで抱き合っているような図。まるでじゃなくて、抱き合っているのと変わりなし。イタリアへの罵倒呪文も出てこない。幾度となく来る危機的状況に、バッシュの頭は真っ白になっていた。   「あ、あぁ…」  バッシュは、ギシギシと音がしそうな風体の足取りで、リヒテンシュタインの前に回り、先ほどと同じように身八つ口に手を入れた。  リヒテンシュタインの背後にある鏡を見ながらの整形作業。だが、バッシュの視線は、鏡よりも、項に釘付けになっているし、腕の中にすっぽりと入っている柔らかい感触の体に意識は取られている。   「あ…」  リヒテンシュタインが、よろける。 「つ、つ、掴まるのである」  バッシュの声、激しく裏返る。  そして、第三者が見たら、間違いなく抱き合っているような図になった。  バッシュは、瞬間カッチカチの硬直やで状態。リヒテンシュタインは、バッシュの背中に腕を回し、おでこを、バッシュの肩に乗せる。隠れた顔に笑みが浮かんでいる幸せ状態。  その二人の時間が、1mmたりとも動かず流れる。  当然、そこに無粋な邪魔が入るのがおきまりの流れ。突然、玄関の扉を叩く音と、「バッシュさぁん、お届でぇす〜」の声。  バッシュは、体中の産毛を逆立てて、飛び上がった。  そして、自分の心臓の音が充満していたバッシュが聞こえなかった音がひとつ…リヒテンシュタインの口元から「ちっ」と舌打ちが漏れていた。 「ちょ、ちょっと待つのである」  バッシュは玄関へダッシュ。走ったせいではない、動悸、眩暈に襲われながら、ドアを開ける。 「サインお願いしまぁす!日本からのお届けでぇす!」  やけに明るい声で差し出されたペンを、震える手で受け取り、機械のように、己のサインを書く。 「ありがとうございました〜」  そんな声を、自分の心臓の音に充満した頭の片隅で聞きながら、受け取った荷物を、ギクシャクと運ぶ。  送付元は、日本、菊から。そして、送付先は、リヒテンシュタイン。自宅に居なかった場合、無条件でバッシュ宅に送られるようになっているリヒテンシュタイン家ルール。何の疑問も持たずに、バッシュは受け取った。  そして、部屋に戻り、リヒテンシュタインと一緒にそれを開けたバッシュは、同封された書簡を読んで再び凍りついた。 「まぁ……菊の国の方々は、大胆なんですのね………」  少し頬を染めたリヒテンシュタインが、小さく呟く。  中に入っていたのは、下駄と簪。そして、髪型の指導の最後に一言『PS:下着をつけないで着ていますか?最初に送った時に書き忘れていました。パンティもはいてはいけません。ラインが出てしまいますからね。………敬具』   「どうしましょう……折角お兄様に手伝って頂きましたのに……私……」  真っ赤になったリヒテンシュタインは、上目使いでバッシュを見る。バッシュの鼻の奥が再び熱を帯びる。(違う所は、どうしたんだ?と、フランスがここに居たら耳打ちするに違いない。) 「あの……着物を着崩さずに……どうやって脱いだら……」  リヒテンシュタインは、困った表情のまま、バッシュを見上げた。  光に輝いた真っ赤な血しぶきが弧を描く。バッシュは、その場で気を失った。 その後バッシュは、目隠しして、鼻には、大量のティッシュを詰めて、どうにか脱がしたらしい。  その夜。リヒテンシュタイン家では… 「もしもし、菊さん」 『どうでしたか?』 「胸を触ってもらいました!」 『それは、良かったですね』 「それに絶妙なタイミングの宅配便!流石菊さんですわ!」 『どのタイミングでしたか?』 「後ろ側のおはしょりを直して頂いて、抱きついた所でした!」  菊とリヒテンシュタインは、それぞれ、親指を立てていた。 『パンティは、どうされましたか?』 「目隠ししたお兄様に取って頂きました」 『後日、その様子は、ハンガリーさんが編集したDVDで堪能させて頂きましょう』 「はい!ぜひ、私にも送って下さいませね」  お兄様との距離を縮めたかったリヒテンシュタインは、菊に相談をしていた。  その結果が、今回の素敵距離を縮めよう大作戦。ギャルゲー、乙女ゲー大国菊立案。そして、バッシュは気づいていなかったが、あの部屋には、精度高い日本製品の盗撮機器がハンガリーによって、大量に仕掛けられていた。 「また、次回もよろしくお願い致します」 『分かりました。任せてください』 「はい」  そしてバッシュは、そんな電話も知らず、鼻にティッシュを詰めたまま、ベッドの上で悶々としていた。 -終わりですわ-  

 

これも二年越しですな(;。。) ようやっと最後までたどり着きましたw やはり、中立の二人は、書いていて、ほのぼのとして楽しゅうございますVvvv ちなみに、私は着付けの知識皆無なんで、これで、あっているといいなぁという体たらくw まぁ、それがメインではないから、いっかヽ( ´ー`)丿← 私は、姐さんが作るDVDを見たいですのことよw 13.07.12 砂海