最高の夜・二日目の不幸  

  バルフレアは嫌な汗を流していた。 目の前には、正気の光が消えた赤い瞳。 口の中には、甘ったるいチョコの後味。   (早く…)   自分が正気なうちは、自分の行動理念に基づく意志。 理性を失った相手と、抱き合う趣味はカケラもない。 確か目の前の相手もそのはずだったのに、『何しやがった、昨日の自分!』   (早く…早く…)   部屋の間取り、そこに置かれた物、空賊として当然把握している。 それを、見る必要もない。 じりじりと動く。 視線だけで相手を牽制しながら、目的のものを手にする。 手の中に冷たい重み。   (早くしろっ!)   すぐさま、手にした槍を逆さに持ち、構えた。 相手を、傷つけるつもりはない。 だが、逃げるだけで勝てる相手でも無い。   ガッッ!!   バッシュの動きが、槍によって妨げられる。 理性を失ったバッシュの動きは早く、力も普段より跳ね上がっている。だが、欲望に溺れながらも自分を傷つけまいとする動きは、バルフレアにとってあしらい易いものだった。   (まだかよっ!)   自分もチョコによって理性を失ってしまえば、後はどうなろうと知った事じゃない。 頭を抱えたくなるような事をしたとしても、誰も見ていない。そして、唯一知っているはずの自分と相手の頭から記憶からすっぽり抜けてしまうのなら、無かった事と同じ。 そして、起きたら怒鳴る。 二度とこんな事をするなと言って、二日間の夜を闇に葬る。 予定はたった。 だが、未だ自分は素面だ。   (くそっ…)   お互い睨みながら、相手の隙を伺いながら、じりじりと場所を移動していく。 その時、突然バルフレアの体がグラリと揺れた。   (よしっ、きたっ!)   バッシュに隙をつかれ、抱えられているのも気にならない。 後は忘却の淵に沈むばかりだと、バルフレアはようやく訪れた状況に安堵していた。   ◆最高の夜・二日目の不幸   (ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!)   バルフレアの頭の中では、1%残った理性(以降バルくん)が、絶叫していた。   「今日も、意識がぶっ飛ぶまでイかせてくれるんだよな?」 (てめぇっ!俺のくせに、なんつー事を言いやがるっ!!)   バルくんは、バルフレアの頭の片隅で、真っ赤になり、真っ青になり、頭を抱え、半泣き状態で、自分では一切どうにもならない状況を、気絶する事も出来ずに体験させられていた。 バッシュからだけではなく、自分自身からも与えられる、羞恥プレイ、言葉責め。   「当然だ」 (たった一口で、耐性が付いたってか?しかも、こんな中途半端にっ?!それとも3粒が、いけなかったのかっ?!!)   しまりの無いバッシュの顔が、嫌っ! それ以上に、とんでもない言葉をぼろぼろぼろぼろぼろぼろ溢す、自分の口がもっと嫌っ!   「昨日は、たった五回だったからな。今日は、もっと付き合ってもらえると嬉しいな」 (そんなに、やったのかぁぁぁぁっ!!)   頭の片隅に居るバルくんは、頭の上から魂が半分抜けかけた。   「あんたが、もつのかよ?」 「お前こそ、昨晩のように失神してもらっては、困るな」   聞いていて頭が痛くなるような会話は、どんどん続く。そして、その間も、二人の手はお互いを弄り、欲望を煽っている。既に、バッシュの指は、バルフレアの中に居た。 バルフレアの口から、甘い吐息が漏れる。   (……俺、快楽から…見放されているのか………………)   バルくんは、理性。 快楽とは、無縁の理性。 バッシュから得られる快楽からは、なんの恩恵も無い。   (最後まで、こんな状態かよ…)   あまりに情けなくて、はらはらと涙が落ちてくる。が、その当人とバッシュからは、一切切り離されていて、認知さえもしてもらえない。 その顔が、一瞬で真っ赤に染まった。   「あ、あ、あ、あああぁっ!…も、もう……入れ………っ…」 (……何だ?…この声??)   初めて聞く、か細く裏返った女のような自分の声。   「あああぁっ……は、…ふぁぁ……」   語尾に、ハートマーク満載。 それが、部屋の中に響いて、バルくんに返ってくる。   「もっと、聞かせろ」 「あ…あんたの、……頑張り次第……だ、ろ」   バルフレアの煽る言葉に、バッシュの目が妖しく光った。   (ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!)   バッシュの状態をしっかり把握しちゃったバルくんは、嬌声とは180度違う悲鳴を上げていた。                  ◆◇◆                 ? ここは? どこだ、と薄目を開けると目の前には、白濁した、馴染みのものに塗れたシーツが、ぐちゃぐちゃになって転がっている。 軽く唸り横向きから仰向けの体勢になる。 身体が、激しく重たい。 目に映るのは見慣れた天井であり、身体に触れるのは慣れた感触のベッド。 上体を起こすと頭と下腹部が鈍く痛む。 下の痛みは馴染みの感覚。散々やりまくった証だ。 頭の痛みは...二日酔いか? そんなに飲んだ覚えは無いが。 ほんとに? いや、まてよ。記憶が………「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 今、ようやくバルくんと、バルフレアの記憶が融合した。 体の重みも、痛みも、一切無視して、勢いよく起き上がる。 途端、腿をアレが伝う嫌な感覚。それが止まらない。 バルフレアの額に、大量の青筋。 今現在の彼の体力で可能な限りの速さを叩き出し、バルフレアはシャワールームに飛び込んだ。   鏡に映るは、至る所にある赤い印。 そして、妙〜にすっきりした顔の自分。 それが、青筋を増殖させる。   (悪かった、俺!)   ギリギリと歯軋りをたてながら、昨晩残っていた理性、バルくんに謝る。 魂を飛ばしながらも、気絶する事も適わなかったバルくんは、泣きながら逐一記憶していた。 バルフレアは、シャワーを浴びながら、指を勢いよく鳴らし出した。   そして……   「おら、起きやがれ」   既にチョコは始末済み。   「起・き・ろっ!」   足でどつく。   「バーッシュ」   転がっていた槍を、顔の直ぐ脇にぶち刺した。   「バッ…バルフレアっ!」   頑張りすぎて熟睡中だった元将軍も、流石に飛び起きた。   「誓え」   胸元をねじりあげられたバッシュに、重低音の声。   「な、何をっ?!」 「今から、俺の言う通りに言え。分かったな」   見た事も無い怒りの形相を『可愛いな』と腐った感想を抱きながらも、その迫力にバッシュは無言で頷く。   「二度とあのチョコは食べない。俺にも食べさせない。  いいな!」   バッシュの口は、開かなかった。 めくるめく素晴らしき夜の記憶は、忘れていない。 昨日の夜の事は、残念な事に忘れてしまったが、きっと同じように素晴らしかったに違いない。   「記憶は無いのだから、構わないだろう?」 「ある」   歯軋りと共に出される声。   「ど、どうだったのだ?」   それなのに、相手は、嬉しそうにニジリ寄ってくる始末。   「今、あんたが誓わないのなら、誓うまで、あんたとは二度と会わない」   手を離し、一歩下がる。   「じゃぁな、バッシュ」   踵を返し、扉に向かって歩き出した。   「バ、バルフレアっ!」 「誓うのか?」 「ち、誓う。心から誓うっ!」   あの夜は最高に、と〜っても、非常に、言葉通り激しく素晴らしかった。まさに、ラビアンローズ、薔薇色の人生、もとい、薔薇色の夜! その、だらしなく伸びたバッシュの顔が、不穏な空気に即効引き締まる。 それに固執し、相手を失ってしまっては意味が無い。   「二度とあのチョコは食べない。お前にも食べさせるような事はしない」 「誓うな?」 「あぁ、誓う」   バッシュは、厳かに答える。   「よし、じゃぁ旨い飯でも用意しな。それで、許してやる」   バルフレアは、バッシュの腕の中にようやく納まった。               「そうか…あぁ…分かった……では、私の所に持ってきてくれ。……あぁ、……取り扱い説明書も忘れずにな」 通信機を切ったバッシュは、ニンマリとたちの悪い笑みを浮かべている。   「チョコじゃなければ、いいのだよな」   ジャッジ・ガブラスは、例のチョコの製造元に部下を派遣していた。   -End-    

 

08.01.21 砂海