交差する記憶 \  

    ◆交差する記憶 \   「バルフレアっ!」   真っ青になって飛び起きた。 目の前は、自分の部屋。外は、既に明るくなっている。時計を見れば、もうすぐ起きる時間。 バッシュは、恐る恐るベッドの中に居るバルフレアを見た。あの時と同じように、ぐっすり寝ている。それを起こしてしまっては、ここに来させた自分の意図に反するにも関わらず、未だ煩く鳴っている心臓の音に、不安に負けて、バッシュは彼の体を揺すった。   「バルフレア」   起きない。   「バルフレア」   うっすらと瞳が開いた。   「バッシュ…」   柔らかい声と小さく笑った口元に見惚れていたら、バルフレアが伸ばしてきた手に気づかなかった。   「なっ…?!」 「まだ、早いだろ?」   そのまま腕を引っ張られ、気が付いたら、バルフレアの腕の中に居た。   「寝ぼけているのか?」   呆然として言った言葉に、返答は無い。 見上げると、規則正しい寝息をたてている口元。 体に回されている腕と絡んでいる足から伝わる熱。   「……寝ているな……じゃないっ!バルフレア!」 「ん?」 「起きてくれ、バルフレア!」 「あ?………あぁ?」 「頼む、起きてくれ。どうせ、もうすぐ起きる時間だ」 「バッシュ?……っ?!」   突然熱が、体から離れる。それを残念だと思いながらも、バッシュは尚もバルフレアを揺する。   「な、なんだよ」 「起きたか?」 「あぁ」 「あの夢の続きは?お前はどうなったのだっ!」   最後の戦いだった。自分達は、ヴェインと戦い、勝利した。 そこまでは、いい。 問題は、その後。バルフレアは、相棒のフランと二人でバハムートに残り、ラバナスタ市内に落ちかけていたそれを、見事修理し、再びそれを浮かび上がらせた。 それでも、それは、ほんの僅かな間だけ、市外までもたせるだけの修理だった。 バハムートの光が消える。轟音と共に、地面に激突する。そして、それは、壊れていった。 彼が、今どこに居るのかが分からない。   「生きているのか?」 「あんたなぁ……起こしたのは、それが理由かよ」 「当然だ」 「悪いな。俺も知らないぜ。  俺が見たのは、怪我をしたフランを抱きかかえて、どこかへ歩いていった所までだ」 「俺より、多く寝ていただろうが」 「知るかよ。  それより、何で、あんたまで、ここで寝ているんだ?」 「お前が寝ぼけて、俺を抱きこんだんだ」 「まじかよ」 「あぁ」   バルフレアにとっては、そっちの方が問題だと、苦い顔をする。   「今夜もここへ来い」 「は?」 「そうすれば、朝一で、お前の状況が分かるだろう?」 「あんたなぁ……」 「心配じゃないのか?」 「あぁ」   バルフレアは、楽しそうに笑う。 バッシュの夢は、バッシュが見たものしか見る事が出来ないのだろう。もちろん自分の夢にも、それは当てはまる。まだ、言っていない、自分の夢の行動。   「俺は、ちゃんと退路用の機体を確認してたからな」   一瞬バッシュの目が丸くなり、その後、「それを先に言わんかっ!」と怒鳴りながら、ものすごい勢いで拳を振り下ろした。   「おいおい、物騒だな」   それを片手で受け止めたバルフレアは、楽しげに口の端をあげ、バッシュを見あげる。   「折角、久しぶりにゆっくりと寝ていたのを、起こされたんだぜ。この程度の嫌がらせなんか、我慢しろよ」   バッシュは、口の中で小さく呻いている。   「だいたい、俺をここに連れてきて、寝ろって言ったのは、あんただろ?」   バッシュは、不承不承という風情で頷く。   「起こすなよな」 「だが…」 「寝不足の俺より、空賊の方が心配か?」   ニヤニヤと笑うバルフレアの首筋に、バッシュの顔が落ちた。   「ん?」 「将軍が……」   バッシュの背中を、バルフレアの手が撫でる。   「シンクロ率が、高すぎだ」 「直ぐにでも、彼を探しに行きたかった。だが、弟にならなくてはいけない状況で、俺は彼の為に何一つ動く事が出来なかった……」 「大丈夫だ。俺は生きているさ」 「俺と、言うんだな」 「あんたと同じ理由で、とりあえず認めた程度だ」 「良かった…」 「先は、分からないぜ」 「それでも…」   昨日までの冷ややかさは、一切無くなった。 自然に「俺」という言葉を使う彼に、夢を見て、ささくれ立っていた心が少し楽になる。   「弟になったって事は、ガブラスが死んで、あんたが身代わりになったって事か?」   バッシュの体が、ビクンと揺れる。   「……そうだ」 「あんたに、ガブラスの代わりねぇ……出来るのかよ?」 「知らん。だが、俺は誓ったからな」 「本当に、シンクロ率が高すぎだ」   肩口で、声を震わせている。 バルフレアの手は、バッシュの頭を抱え、もう一方で背中を撫で続けていた。   「あんたの弟に、電話してやれよ。酒を送ってもらった礼でもしておけ」   顔をあげたバッシュの目じりが赤い。   「生きてるヤツを心配させておくな」 「そうだった」   バルフレアは、バッシュから手を離し、大きく伸びをする。   「さぁて、帰るとするかね」 「今夜は?」 「あのなぁ。もう、安心しただろ?そのうち夢ん中で会うさ。それまで、のんびり待ってろよ」   バッシュの口元は、不服げに閉じている。 お前は、幾つだと問いたくなる。   「現実の俺達は、毎日会社で会えるだろうが」 「明日は、土曜日だぞ」   何だ?この恋人同士みたいな会話は?と、バルフレアは心の中で突っ込む。声には出さない。出したら、目の前の変なヤツは、喜びそうだが、自分へのダメージが大きすぎる。 自分は、まだ答えを出していない。 夢の行方が分からない以上、たとえ負の感情が沸かなかったとしても、たとえ本心は手を出したがっているとしても、迂闊に答えを出す気にならなかった。   「二日間寝てろ」 「出来るか」   これ以上不毛な会話を続ける気が無かったバルフレアは、バッシュを放し、さっさと着替え始める。   「今度は、俺の所へ来いよ。毎度、毎度、ノーパンでズボンを穿くのは、ごめんだ」 「分かった。毎日カバンに、宿泊セットを入れておく」 「…そうかよ」   何でバッシュと会話をすると、こんなに疲れるのか不明。夢の中のバッシュは、普通だった気がするのに、同一人物だと言い張るこの相手との会話は、気力を根こそぎ奪われる。 バルフレアは、ため息をついて、カバンを持ち玄関へ向かった。   「じゃぁ、後でな」 「痴漢に気をつけろよ」   気力が、根こそぎ奪われた。   「じゃぁな」   さっさと立ち去るが勝ちとばかりに、ドアの外に出て歩きだした。後ろは振り返らない。   (まさか、来た時とは正反対の感情で、帰る事になろうとはな)   今、笑っている事も不愉快じゃない。 ただ、あの物語の結末と、今の自分が存在する理由が、純粋に知りたかった。   (ま、それも、仕事が終わってからにして欲しいもんだな)   まだ朝早い時間。バルフレアは、のんびりと駅に向かって歩いていた。     to be continued…     08.06.18 砂海