交差する記憶 Z  

    ◆交差する記憶 [   「バルフレア」 「あぁ、そこに置いてくれ」   忙しいのは、分かっている。 だが、横に座っていて、一日に一度も彼の顔を直接見る事が無い日々に、バッシュは困っていた。寂しい。 だからといって、飲みにも誘えない。 だいたい自分でさえ、帰るのが、10時を過ぎる。 そんな時間から、誘うわけにもいかない。   「君の分は、いつ頃になる?」 「あー……、悪ぃ、もう少し待ってくれ」 「分かった。だが、これだけは、今日中に目を通しておいといてくれ」   バルフレアと、久しぶりに目があった。たとえ、それが不愉快げな表情でも、自分の心臓は、勝手にはねる。   「明後日だぞ」 「……あぁ、そうだった」 「また、夢見が悪いのか?」   見慣れている夢の中の彼と違い、今のバルフレアの表情には、覇気が無い。   「あぁ。それもあるな」 「いるか?」   バッシュは、自分の手をバルフレアの目の前に出した。   「……いや、大丈夫だ。  そうだ、これは、あんたにやるよ」   出した掌の上に、一枚のCD。   「これは?」 「出来上がったら見せろって言ってただろ?出来立てほやほやだ」   バッシュは、一瞬考えた後、それがCADに起こされたエアバイクの事だという事に気づき、もう一度バルフレアの顔をまじまじと見返した。 覇気が無いどころではない。顔色が悪い。まるで、飲みに行った晩のように、目の下に隈を作っている。   「お前、寝てないな」 「夢見が悪いって、言っただろ?起きるまでは、ちゃんと寝ているぜ」 「何時間寝ている?」 「さてな」   これで、話は終わりだとばかりに、バルフレアは、ディスプレイに向き直る。   「バルフレア」 「……何だよ」 「今日は、俺と一緒に食事を取って、俺の家で寝ろ」   バルフレアが、断りの言葉を口にのせようとする前に、バッシュが「無理やりでも連れていく」と断言して、さっさと、自分の席に戻った。 もうバルフレアを見ない。意識はバルフレアに向かっているが、手は作業に向かう。 彼から否定の言葉が出ない事に、ほんの少し顔が綻んでいた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「離せよ」 「逃げないか?」   忌々しげに打たれる舌打ち。その後に、これみよがしなため息を聞かせ、「あぁ」と一言。 バッシュは、小さく笑って、腕を離した。 最初に入った小料理屋では、一切何の話もしなかった。 ようやく交わした言葉は、出際の「帰る」という一言。バッシュは、バルフレアの腕を掴み、有無も言わさず引きずってきた。   「お前、朝ぐらい、自分の顔を見てるだろう?」 「あ?」 「酷い顔を、しているぞ」   バルフレアの顔に苦笑が浮かぶ。 日々、強制的に見させられる夢。 伸ばせない腕を、簡単に伸ばしている夢の中の自分。 触れる熱。 まるで、それを覚えているかのように、体に残る自分のでは無い熱。 それ以上見る事が怖くて、少ない睡眠時間のまま、パソコンに向かう自分。 だが、再び夜になると夢は訪れる。   「たいしたことじゃない」 「ある。  あの程度の仕事で、お前が、こんなになるとは思えない。……どうした?」   バッシュは、その理由の半分は理解していると思っている。だから、残り半分を知りたくて、わざと言葉にした。   「どうした……そう、どうしたんだろうな」 「イヴァリースの夢を見ているのだろう?」   バッシュは、以前途中で止めた言葉の続きを口にする。 バルフレアの足が、止まった。   「たぶん……俺と同じ夢を見ている」   真正面にあるバルフレアの顔が、驚きに見開く。   「とにかく、俺の家に来い」   それ以上、バッシュは言う気は無い。 サイは投げられた。           「インスタントで悪いな」 「酒は、ないのかよ」   目の前のコーヒーに目もくれず、バルフレアは言う。   「俺は、寝にきたんだ」 「そうだったな」   手にしたカップは、そのまま自分が座る椅子の前に置き、バッシュは台所にとってかえした。   (早まったか…)   バッシュは、既に後悔していた。 一瞬見開いた後、彼の目は、忌々しげに閉じられた。 プライドの高い空賊が、自分の前に立っていた。 自分の内心を容易く見せない。それを、良しともしない。彼が、空賊として生きぬく為に、身につけたもの。そして、今の彼も、理由は分からないが、見についけていた。   「これでいいか?」   彼が、好みそうな酒を、端から並べて置く。   「……何で、こんなにあるんだ?」 「弟がな」   バッシュは、口の中で笑う。 自分と同じように、現実の弟も夢の中の弟と同じだった。 情の深い彼は、自分に恋人が居ようと、兄への気配りは忘れない。 最近夜が遅いと言ったら、日曜日の夕方に、唐突に届いた贈り物。中に入っていたメッセージカードには、ストレスには酒だと一言。   「……ガブラス?」 「あぁ」 「夢も現実もな、まったく同じなのだ。  酷く情が深い」 「あんたら、戦ってなかったか?」 「あれと喧嘩する時は、必ず自分を心配していると決まっている」   バルフレアの片眉が、あがる。   「故郷での戦いで、俺は、突然戦場から消えた」   バッシュは、「俺」という言葉をあえて使った。   「ノアの事だ、遺体の出なかった事を不審に思い、帝国の力を借りてまでして、俺を探したのだろうな」   自分の知っている弟なら、そうする。   「そして、ようやく見つけたと思ったら、俺は違う国に仕えていた。  普通は、怒るだろ?」   弟の事だ、どうせ苦労も一緒にしたかったと、心の中で叫んでいただろう。 だが、あの時自分は言葉を持たなかった。 ノアも、その自分の性格を分かった上で、怒っている。 結局は、兄弟喧嘩、その一言で終わる。   「まるで、自分の事のように言うんだな」 「お前は、そう思わなかったのか?」 「………あぁ」 「俺には、外見だけじゃなく、性格までもが同一人物に見えるのだがな」 「あんたは、俺のどこを知ってるって言うんだ?」   酷く冷ややかな淡々とした声が、バルフレアの口から出てくる。   「そうだな。確かに知らない。  だが、自分の事なら、分かる。あれは、俺だ。いつの俺だか知らないが、間違いようがない」   バルフレアの顔から、表情が消えた。   「………俺と、恋愛ごっこが、したいのか?」   バッシュは、心の中を軋ませながら、だが、それを表に出さずに、小さく笑う。   「夢は、まだ終わっていない。俺は、最後まで見てから、どうするか答えを出す」 「あんた…、どうせ、答えなんか、もう出してるんだろ?」 「そうだな……だが、なぜ、こんな事になったのかを知りたいと思っている。  あの夢の終わりは、きっとそう遠くない。  俺の直感がそう言ってるからな」 「あんたの直感?あてに、なるのかよ」 「お前には、無かったのか?  俺には、物心付いた時から、ずっと焦燥感にかられていた」   今まで無表情に受け答えしていたバルフレアの顔に、訝しげな表情が浮かぶ。   「俺の好みや、性格で将来を選んで来たのなら、今の俺は無い。たぶん、学校の先生あたりになってただろう。  だが、自分本来の望みを無視して、機械科に進んだ。俺は、今までの人生全て、自分の直感が囁くものだけを選んできた」 「まじ…かよ」 「あぁ、だから、今、お前の前に居る」   心を隠す事に長けている彼の思いを、少しでも読み取れるようにと、バッシュは、バルフレアの顔をずっと見ていた。その顔が、彼の掌の中に隠れる。   「バルフレア?」 「俺は……、いや、そうだな、あんたの直感ってのを信じて、最後まで見るとするか。どうせ、拒否権は無いしな」   バルフレアは、立ち上がった。   「だが、俺は、今までの俺を否定するような妄想を、受け入れるつもりは無い」   そのまま、部屋を出る。   「シャワーを借りるぞ」 「あぁ…」   なるほどと、バッシュは心の中で納得しながらも、呻いていた。 彼が最初の日に見せた親しみを一切消し、他の部員と同じような態度になった理由がようやく分かった。   (彼らしいと言えばいいのか……)   夢の中でさえ、決して長い付き合いではない。 だが、今の自分達とは違い、濃い付き合いをしている。その中で知った彼は、さっきの冷ややかな声を出した彼と寸分の狂いも無かった。   (なんとか、折り合いをつけてくれると、ありがたいのだがな…)   決して自分に対しての感情が悪い訳ではないのなら、−−実際、今日は自分の部屋に来てくれた−−望みがあるかな?と、バッシュは、そんな安易な発想に苦笑を浮かべる。   「バッシュ、バスタオルを借りるぞ」 「あ、あぁ」   風呂から聞こえる彼の声に、心臓が跳ねた。   (やばい…)   この間見た、彼の何もつけていない姿を思い出し、自然と下半身に熱が集まりそうになる。   (いや……もう、バルフレアは、知っていたな)   夢の中では、自分が乱れる姿も隠さず再現されていた。 今更恥ずかしがっても、仕方が無い。ついでに、さっき告白めいた事まで言ってしまった。 バッシュは、ニッコリ笑う。彼に貸す寝巻きを取り、立ち上がった。   「バルフレア」 「ん?」 「寝巻きだ。まぁ、別にお前が裸で寝ても、俺は構わんぞ」 「バッ?!!」   バッシュは、バルフレアの前に座り込み、体を拭いている姿を堪能する。   「お前は、やっぱり綺麗だな」 「……あんたなぁ」   呆れた声も、気にならない。   「十年経っても、変わらないのだな」   夢で見た姿のまま、目の前に出てきたようだった。   「……それは無いだろ」 「いや…そうだな、酒のようだ。綺麗さに、深みがかったというべきか?」   バルフレアが、疲れたようなため息を吐いた後、頭を拭きながら、バッシュの前に座り込む。   「あんた……やっぱり変だろ?」 「そうか?言われた事は、ないぞ」 「……言葉にされなかっただけだろ」 「綺麗だから、綺麗だと言っている。変では、ないだろう?」   そう言ってバッシュは、目の前のバルフレアの体をぺたぺた触りはじめた。   「あんたなぁ……」   そう文句有りげに言葉を言っても、バルフレアはそれを止めない。   「あんた、今までも男と付き合ってきたのかよ?」 「いいや。女性としか、付き合った事はない。お前もだろ?」 「そうだな。ぐっとくる、男は今まで居なかったからな」 「どっちでもいいのか?」 「当然だろ。惚れてしまえば、性別なんか目に入らないさ」   バッシュが、嬉しそうな笑みを浮かべる。   「では、俺はどうだ?」   その笑みに、厭らしさは、一切無い。爽やかだとさえ言っていい。   「本当に、……あんたは、変だな」 「そうか?だが、俺は変わらんだろう?夢の中も、今も」   バルフレアは、まじまじとバッシュを見つめ、がっくりと肩を落とした。   「……確かに」 「身長も高いし、一応高学歴で、そこそこの収入もある。お買い得だぞ」 「………あんたなぁ……三高って、死語だろうが…」   バルフレアが纏っていた、冷ややかなものは、もう無い。   「お前は、自分の子供の頃の夢は見たか?」 「あんたも?」 「あぁ」   夢の話をしても、雰囲気は変わらない。 それに安心をして、バッシュは言葉を続ける。   「あれを見て、自分だと思った。何を考えて行動しているのか、まるで彼の心の声を聞いているみたいに分かる」   バッシュは、困ったような表情を浮かべる。   「お前は、本当に、そう思わなかったのか?」   バルフレアは、小さくため息をついた。 バッシュの手は、未だバルフレアを触っている。触っているどころか、引き寄せられ、抱きしめられている。 これじゃぁ、夢の中と逆じゃないかと、バルフレアの頭に最初に浮かんだのは、こんな事。 必死になって夢を否定してきた自分が、馬鹿みたいだと、次に思う。   「俺は、抱きしめられたいのだがな」   恥ずかしげもなく、大の大人がこんな事を言ってくる。   「少しだけでも、だめだろうか?」   夢の中のバッシュは、いつも抱きしめられていた。だからだろうか、こんな強請るような事を言わなかったなと、バルフレアはぼんやり思う。   「そういえば、夢のお前は、二十代前半だったな………流石に一晩に何度もヤルのは無理か?」 「見くびるなぁぁぁぁぁっ!」   あまりの台詞に、口が勝手に動いた。 そして、最後に来たのは、諦め。こんな変なヤツを相手に、真剣に悩んでいても馬鹿馬鹿しい。 バルフレアは、自分の心の底が望んだように、体を動かし、バッシュを腕の中に収めた。   「一晩中やっていたぞ?」 「やれる」   折角希望を叶えたのに、腕の中の人物は、脱力会話を続ける。   「これからするのか?」 「するかっ!」 「何だ……しないのか」   腕の中を見たら、バッシュは楽しげに笑っている。   「そんなに、したいのかよ」 「いつも、映像だけだからな。あんな風になる自分も、想像外だ」 「あぁ、確かに。毎度、気持ちよさげに、あんあん、言ってるよなぁ」 「だろう?」   嫌がらせの言葉に、だろう?と、きたもんだ。   「お前は、夢から起きた後、どうしていた?自分でやっていたのか?」 「あのなぁ……、だから、こんな早く、CADデータが出来たんだろ」 「データ作りだけで、萎えるか?」 「腹もたっていたんだよ」 「凄い根性だな」   「俺は、自分で抜いていた」と、自己申告が追加された。   「毎日それでは、面倒だからな。お前が、俺に惚れてくれると助かるのだが」   追加、お強請り。まるで、店の中でビールを追加注文している風情が、納得いかない。   「あんたは?」 「夢の中のお前も、今のお前も、好きだよ」   穏やかな笑みと共に語られる、それ。   「ちっ……俺の答えは、保留だ。さっき言っただろ?夢が終わったら、考えてやる」   さっき言った時とは、まったく違う感情で言う。 バルフレアは、腕の中に、バッシュを収めたまま。   「てめぇ……何してやがる?」 「気にしないでくれ」 「あぁ、そうですか…って、普通言わないだろうがっ!」   バッシュの手の中に、バルフレアのモノが握り締められていた。   「人を無視して、作業を続けるなっ!」 「だめか?」 「だめに決まってるだろっ!」 「だが、俺は、困っているんだ。一人じゃ、つまらん」   意味が分からないと、眉間に皺を寄せるバルフレアの手を掴み、自分の股間に導く。惚れた相手の裸を目の前にして、大人しくしていられるほど、枯れているつもりはない。   「何で、30も過ぎたおやじが、抜きあわなくちゃいけないんだよ。  一人で、トイレにでも行って、やってこい」 「お前が居るのにか?空しいだろう?」 「風呂に入って、水でも浴びろっ!萎える」   そう、バルフレアは怒鳴って、バッシュを無理やり自分から剥がした。   「ほら、行ってこいよ」   バッシュは、笑っている。   「勝手に、帰るなよ」 「〜〜っ、分かってる」   バルフレアは、渋々床にある寝巻きを拾い、部屋へ行く。 バッシュが風呂に入っている間に、帰ろう(逃げよう)と思っていたのを見透かされた。それが、忌々しいと思いながらも、ここに来るまでに持っていたような負の感情が沸かない。   (あんな、変なヤツの事なんか、考えるだけ無駄だ…)   すっかり、来る前と今とでは、思考回路が組み立てなおされてしまった。   (さすが、解析部とでも、言っておくか)   負け惜しみな言葉を心の中で吐いて、寝巻きのズボンだけをはく。 あまりにも必死に引き止める姿に、掴まれた腕の熱さに負けて、ここに来てしまった。それは、後付。気づいた心を誤魔化していただけ。 ジャケットのポケットから、煙草と携帯灰皿を取り出す。 部屋の主は、煙草を吸わないのだろう。灰皿が見当たらない。 部屋の窓を開け、体を半分外に出して、火を付けた。   (さて……この後どうするかね…)   同じベッドに、寝るのだけは避けたい。 手を出さない保障が、無さ過ぎる。 バルフレアは、部屋の中をチラリと見る。   (無難に、掛け布団をくすねて、床の上か…)   明日は、体が痛そうだなと思いながら、煙をのんびりと吐き出した。   「あぁ、灰皿は無くてな。すまない」 「いや」   バルフレアは、携帯灰皿を持ち上げる。 吸わない人間は、匂いも嫌う。なるべく部屋に煙が流れないよう、バルフレアは、ベランダに半分以上体を預けていた。   「あんたの布団借りるぞ。俺は、床で寝る」 「どうしてもか?」 「あぁ」 「それなら、お前がベッドで寝るといい。俺は、お前を寝かせる為に、ここへ連れてきたのだからな」   そう言ってバッシュは、クロゼットから、冬用のだろう布団を取り出し、床に敷く。 どうせ何を言っても、聞きやしないと、それは、将軍様を見ていて十分に知っていると、バルフレアは何も言わず、バッシュの提案を受け入れた。   「手は必要か?」 「いいや、見る為に寝るんだろう?」   バルフレアは、短くなった煙草を灰皿に入れ、部屋に戻る。   「じゃぁ、おやすみな」 「あぁ、おやすみ」   既に深夜という時間帯になっている。 明日も仕事のある二人は、暗くなった部屋で、直ぐに寝息をたてた。     to be continued…     08.06.10 砂海
バルバシュだからね!バシュバルじゃないからね!カテゴリーも、バルバシュに入ってるでしょ? ……はうぅ〜ん、バシュバル臭、ぷんぷん…orz 設計部部長のイメージが、ジェクトだったんで、解析部部長は、アーロンってどうだろ?あ、これだけで一つ小話が書けるなf('';)<おいおいおい   あー、やっちまったな。男なら黙って、天然街道! とまぁそいうこって、バッシュ、天然街道驀進中。超〜天然様に勝てる者は、居ない!