交差する記憶 Z  

  ◆交差する記憶 Z   バルフレアは、バッシュの家の扉が閉まった瞬間、周りを一切見ずに、走るような勢いで歩き始めた。   (俺は、何をしようとした?)   目が覚めたら、欲しかった温もりが手の中にあった。いや、欲しかったのは、自分じゃない。なのに、自分の全てが、夢の中の自分になったように体と心が動こうとする。   (離したくなかった)   彼の柔らかな笑みに、引きづられそうになった。 今、冷静に思い返しても、魅力的だった笑み。あの時、手を伸ばそうとした意思は、夢の中の自分だけだっとは、とても言い切れない。   (あと、少しでも抱いていたら、………)   下半身は、朝だからという、いい訳がきかないほどに熱を集めていた。   (くそっ……)   バルフレアが酷く後悔していたのは、シャワーの音を利用し、とうとうバッシュで抜いてしまった事。 離れたにも関わらず、体から、自分のではない温もりが抜けない。 腕の中にあった笑みが、忘れられない。   (俺は、あいつじゃないっ!)   そう心の中で叫んでも、自分の中に芽生えた欲は、無視出来るレベルを超えていた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・    「よぉ、バルフレア。どうだよ、新しい部署は?」   楽しそうに声をかけてきた相手を睨み付ける。   「分かりやすい態度だなぁ。それで?」 「分かったんならいいだろ?そのうち、あんたも借り出すから、覚悟しておけよ」 「俺は面倒だから、お前をあっちへ貸し出したんだぜ」 「俺だけじゃ、どうしようもならない所に問題があるんだよ」   ため息をついたのは、設計課部長。 気さくな親分肌の部長は、設計部の部員に影で「兄貴」と慕われている。女性好きな本人が聞いたら、真剣に泣きながら、子分達を蹴りつけているだろう。   「設計部のコーヒが懐かしいだろ?ちょっと、飲んでけよ」 「……煮詰まったコーヒーねぇ」   バルフレアも、ため息をついて、部長の後についていく。 行き先は、慣れ親しんだ設計部、ミーティングルーム。途中、コーヒーを自分の分だけ用意して、行った。   「俺のは?」 「自分の事は自分でやるんだろ?」   抱える人数に対して、あてがわれた事務員の数が少ない設計部の標語は、「自分の事は自分で!」。事務員の女性がやってくれるのは、お客様が来た時の、お茶出しだけ。後は通常の事務業務で手一杯。そこで生まれた標語は、女性大好き部長自ら、作ったものだった。   「少し離れて、俺の偉大さが分かったバルフレアくんが、感激してコーヒーを用意してくれるってパターンじゃねぇの?」   その言葉に、バルフレアの眉間の皺が増大する。   「あんたの意向で、解析部に押し付けていた書類の話だったよな?」 「ありがたかっただろ?」 「まぁな。俺より半年前に解析部の部長が、刺客を企画部に潜入させてたのは?」 「知ってるぜ」 「そうだよな。あそこの部長は、あんたの同期だ。  なら、バッシュってヤツも知っているな?」 「丁度いいタイミングだろ?バッシュ一人じゃ時間がかかりそうだったし、かといって一からお前を潜入させるのもなぁ。波風立たせすぎるだろうしな」   バルフレアは、隠しもせずに盛大に舌打ちをする。 仲のいい解析部と設計部の部長同士、事前打ち合わせがしっかりされていたと、ようやく気づいた自分のうかつさに腹が立つ。   「そんで、バッシュの出した結果は?」 「4部署の長を引きずり出して、デザイン部の意識改革とレベルアップ」   バルフレアの言葉を聞いた部長は、盛大に顔をしかめる。   「どちらにせよ、過去の栄光を引きずった頭の固い連中が、下々の出したブツを片っ端から潰してく世界だろ?」    どれだけ良いデザインを設計したとしても、最終決定をする非常に年齢層が高い役員達は、ああだ、こうだと難癖を付けてくる。結局、何度も強制書き直された設計書は、無難なものに変質する。それを、毎度毎度、諦めの境地で設計部は受け入れてきた。   「それさえも、未だ実感が無いってやつか…」 「あぁ、そこまでも行かずに潰してるからなぁ。他部門も同じだろう。  なぁ、デザイン部の部長は、あんたの知り合いか?」 「いや、違う」 「機械屋だと聞いてるんだが、何で美術系の連中を放置してるんだか…」   バルフレアのぼやきに、部長が苦笑を浮かべる。   「機械屋だからだ」 「ん?」 「どっちかってーと、現場の似合うヤツだって聞いてる。  専門違いな上に、女性の多い部署だろ?たぶん、口下手で、負けてるんだろうなぁ」 「そんなヤツが部長?」 「押し付けられたんだろ」   バルフレアは、頭を抱えていた。上が同じ機械屋だから、安心していたのだが、あてが完璧に外れた。 男が9割を占める機械系の世界で、自分や部長のような人間は、例外だという事を知っていた。多くは、人前に出る事より、機械と一緒に居る平和な一日をこよなく愛する者ばかり。どちらかと言えば、おたくと言っていい。 自分も、世間から見れば十分に機械おたくと呼ばれる人間だが、同じ集団の中に居る人間にとっては、対外交渉もこなしていた自分は異質だっただろう。 ただ、部長という肩書きは、機械の知識だけではなく、対外交渉や、人を掌握する腕も要求される。そこら辺に期待をしていたバルフレアは、部長の言葉に、がっくりと肩を落とした。   「お前がやってみるか?希望なら推薦してやるぜ」 「勘弁してくれ。俺の席は、今でもあそこだろ」   バルフレアが指差した先にあるのは、元の自分の席。   「別に俺の席でも構わないぜ」 「俺は、構う」   ニヤニヤ笑っている元上司に、バルフレアの目つきは自然険しくなる。   「俺は、管理職向きじゃないって、分かってるだろ?」 「俺の目を節穴とでも、思っているのか?」 「あぁ、思ってる」   バルフレアの元の肩書きは、設計部第二設計課課長。 その肩書きを十分にこなしてきたのを、部長はずっと見てきている。必要なら、自分の感情を押し殺し、それを相手に悟られもせずに、自分の土俵に持っていく。対外でも、自分の部下でも、彼を悪く言うものは、居ないのは、その才能による所が大きい。   「俺の胃に穴をあけたいのかよ」 「課長までが、限界とは、とても思えないんだがねぇ」 「俺にそんなつまらない肩書きを押し付けて、あんたは何をするつもりなんだ?」 「そりゃぁ、一般社員に戻って、楽しく設計ライフに決まってるだろうが?」   結局、ここに居る人間は、現場を愛する機械おたくしか居なかった。   「お前も、押し付け先を探せばいいだろ?」 「何で、俺がそんな面倒な事をしなければいけないんだよ」   バルフレアは、これ以上、ここに居ても厄介な事が増えるばかりだと、立ち上がった。   「俺の丹精こめた書類が届くのを、楽しみに待ってろよ」 「中途半端なもんじゃ、俺は動かないぜ」 「分かってる」 「せいぜい頑張れ」   見上げた部長が見たものは、口の端をあげた、好戦的だが魅力的な笑み。 彼がそれを分かって使っているのも知っているが、それでも目を奪われる。   「そういやぁ、バッシュも、たらしこみ済みか?」   何の気なしに言った言葉の反応に、部長が目を見開く。 既に帰りかけて、背を向けていたバルフレアは、振り向きもせずに、「……いや」と酷く不似合いな反応を示す。「当然」という勝気な言葉と共に、笑みが返ってくると思っていた部長は、バルフレアの背中を訝しげに見つめた。   「何かあったのか?」   振り向いたバルフレアは、いつもと変わらない表情。それに違和感を感じる。   「いや、何もないぜ。あんた、あいつを知ってるんだろ?  あんな変なやつ、初めてだぞ」 「変ねぇ…まぁ、機械屋って言うよりは、体育会系だよなぁ」 「機械屋で、あのガタイはないよな」   そう言ってバルフレアは、笑いながら部屋を出て行った。 だが、内心笑う所じゃない。名前があがっただけで、平静を保てなくなる。それは、元自分の上司が、訝しげに自分を見上げてくるほど。一瞬でも、自分の内心を無様に晒してしまった。   (くそっ……)   たった、四日間で、気持ちが育ってしまった。それを、自覚せざる得なかった。 バルフレアにとって、相手が男だろうが、女だろうが、そんな些細な事は、問題にならない。単に、今まで自分が気に入った相手が、女だけだったという事だけ。もし、気に入った男が居たら、迷わず手を出していただろう。 だが、今回は、絶対に手を出す事は出来ない。 夢見が悪すぎた。 笑って流せる事も、無視する事も、一切出来ない。 バルフレアにとって、自分の意思が、最優先される。それを歪められる事だけは、決して許せない。たとえ相手が、自分自身だっとしてもだ。 夢の中の自分と、今の自分の境界があまりにも、曖昧で、自分でさえも区別が出来ない。 そして、それは、今後もはっきりする事が無いだろうと思っている。パソコンの中身と違い、0、1では現せない心。取り出して眺める事さえも出来ない、あやふやな気持ちという代物。 証明は、一生出来ない。   「バルフレア」   その声に、心臓が跳ねる。   (だが、これは誰の心臓だ?) 「バルフレア?」 「何だよ」 「何かあったのか?」 「元の上司ん所で、つつかれただけさ」 「あぁ、あの人は、いい人だな」   バルフレアは心の中で、「あんたこそ、たらし済みじゃないか」と元上司に悪態をつく。   「騙されるなよ。いいようにこき使われるぞ」 「だから、今、俺がここに居る」 「あー、そうだった。あんたの元上司も、いい性格しているみたいだな。なにせ、俺ん所の上司の同期な上に、仲良しだときた」   バッシュが、楽しげに笑う。   「あの二人に囲まれて、打ち合わせをするはめになった。それで、俺はこの部署行きだ」 「最悪だな」 「でもない。名前だけしか見た事の無かったお前に、会えた」   バルフレアの前には、柔らかい笑み。それに、目を奪われる。   「この一件が落ち着くまでだろうが、頼りにしている」   長くて一年。そう思って、ここに来た事をバルフレアは思い出す。書類作りより煩わしい、部門間の取り成しはあるが、目の前の相手が居る。もっと短く出来るはず。 どうせ、元に戻れば、会わなくなると気づき、ようやく安堵した。 心のどこかで、それと正反対の言葉を発しているのに気づいても、それを無理やり押しつぶして、口の端をあげる。   「半年以内に終わらせて、さっさと帰るぞ」 「そうだな」   半年なら、なんとか自分の気持ちを無視出来るだろう。 苦笑が浮かぶ。 目の前の仕事は山積み。それに集中しろと、自分自身に言い聞かせていた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・       資料を集める事、書類を作る事、部署間の筋を通す事だけで、二人の日々は過ぎていった。 疲れた頭でも、夢は見る。 現実と同じように夢の中も時間が流れていく。 今仲間達は、バーフォンハイムで、体を休めていた。 バッシュは、弟と戦い、ほんの短い言葉だったが、自分の意思を告げた。 バルフレアは、父親と戦い、最後の言葉を交わした。 レダスは、自分の意思を貫き、逝ってしまった。 天陽の繭は、もう無い。         to be continued…     08.06.10 砂海
あははぁ〜んヽ(;´ー`)丿何度、書いては、削除しを繰り返した事か……orz だいたい、物語一つ分ぐらい?<削除量 とりあえず、今回は、短いけど、この程度で……。 設計部部長のイメージは、ジェクトってのは、どうだろ?