交差する記憶 X  

  ◆交差する記憶 X   「バルフレア?」   覗き込んだ顔は、昨日と同じ寝不足ぎみな顔。   「……よぉ」 「お前、ちゃんと寝ているのか?」 「寝ているぜ」 「それにしては、酷い顔だぞ。ちょっと待ってろ」   そう言ってバッシュは、部の外に走って行ってしまった。 「待ってろって…ここが俺の机だぜ…」と言うバルフレアの声には、苛立ちが混じる。彼が、近づいてくるのが怖かった。自分の中のどこかが、彼の姿を声を喜んでいるのが分かる。それが忌々しい。自分ではない何かに引きづられるのはごめんだと、小さく舌打ちをして、バルフレアはパソコンに向き直った。   「これを飲め」   CADに集中していたバルフレアの目の前に現れる、牛乳の紙パック、200ml。   「何だよ、これ?」 「いいから、飲め。牛乳は体にいいんだぞ」   バッシュは、無理やり、バルフレアの手に紙パックを握らせる。   「それから、午後までに、これに目をとおしておいてくれ」   もう片方の手に持っていた書類を、バルフレアの目の前に置いた。   「部長からは、聞いているな?」 「何をだ?」 「お前の、ここでの仕事だ」 「…あぁ」   バルフレアが、ため息をつく。 昨日部長に呼ばれたのは、自分の仕事についてだった。一つは、ファミリーカー。デザイン部があげてきたものを選び、実際に作れる所までに、調整し立ち上げる事。もう一つは、この横に居るバッシュと組んで、社内の流れを作る事。 後者は、通常企画部がやる事ではない。だが、このままでは、デザイン部がお飾りになってしまう事。そして、今までデザイン部と設計、解析部の仲立ちをしてきた立場上、それを正常に機能するようにしなければならない事情があった。   「お前も、その為に来たんだろう?」 「そうだった。分かった、昼飯の後、どこに行けばいい?」 「1時から2時間、第3ルームを取ってある」 「分かった」   話しの間、バルフレアは一切バッシュを見ない。   「全部、飲めよ」 「あぁ」   渋々という風情で、ストローを紙パックに刺し、口をつける。バルフレアの視線は、ディスプレイを見たまま。 バッシュは、諦めて自分の机に戻る。彼の変化は、あからさまだった。   (折角、いい仲間が出来たと思ったのだがな……)   バッシュの口元には、苦い笑みが張り付いている。 知り合った夜に会話した内容は、とても楽しいものだった。 それが、あの夢の見た次の朝から、正反対に変化していた。 バルフレアは、まるで、彼も同じ夢を見たかのように、イヴァリースにあったものをCADに展開していた。そして、自分との間に壁を作った。 まったく同じものではないかもしれないが、きっと彼も夢を見たのだろう。それが彼に負の感情を持たせているのだと、バッシュは推測している。   (彼は、何かを探すような事は、無かったのだろうか?)   自分には、すんなりと納得させるものがあった。その証拠に、今まで抱えていた焦燥感が綺麗になくなっている。 自分のような、そんな感情が無ければ、バルフレアなら笑って無視出来た夢じゃないのだろうか?同じものじゃなくとも、何かがあって、彼を苛立たせている。それが知りたい。   (だが、それを今聞いたら。一層壁が厚くなるだろう)   同じ仕事をする仲間としては、不都合。当分、静観するしかない。 バッシュはため息をつきながら、午後の打ち合わせに向けて、追加の資料を作成し始めた。                  ◆◇◆                 「つまりは、全部巻き込まないと、無理だという事だな?」 「そうだ」 「デザイナーに機械の知識が無い以上、仕方があるまい」   デザイン部に所属する面子のほとんどが、美術系の人間。機械には酷く疎い。どころか、苦手とする人間がほとんどだ。   「デザイン部をつぶすって方向は?」 「それだけは、ダメだと部長に言われている」 「ちっ…」   バルフレアは、頭をかかえていた。 デザイン部が出来たのは、ほんの数年前。 今まで設計の人間がやっていた事を軽減しようという意図と、マンネリ化したデザインに新風をという意図の二つから出来た部署。 バルフレアを含む設計部の人員にとっては、自分がやっていた楽しい仕事を取り上げられたという不愉快さがある。仕事の一部を取られた上に、無意味な仕事を増やすという腹立たしさから、いっその事役立たずの烙印を付けて、潰したいというのが本音だ。   「は〜〜、潰したい。全力で潰したいぜ」 「その気持ちは分かるがな、それならば、それなりの役職につかないとな」 「そんなもん、面倒でやってられるか。しかも、図面がひけなくなる」 「そうだな」   バッシュは、心の中で笑っていた。 純粋に仕事となると、作られた壁が薄くなる。彼の本音は、自分の本音と重なる部分が多いから、聞いていて楽しい。   「うちの部長は、俺を生贄にして楽しようとしてるんだぞ。引き出すのも面倒だ」 「あぁ、それはうちも同じだ。だが、あの作業に迷惑しているのは、十分分かっているから、結構簡単に出てくるかもしれん」 「んで、ここの部長は?」 「お前、知らないのか?」 「?」 「ここの部長は、バリバリの機械屋だぞ。昔流行ったYPX2を開発した担当者だ」   驚いた顔があがる。 YPX2とは、少しレトロ感のあるスポーツ車。限定で販売したのも世間にうけ、事前予約だけで完売という、この会社の金字塔をたてた車だった。   「まじかよ?」 「あぁ」 「なら、大丈夫か…。しっかし、もったいないな。人事は何考えてんだ?」 「あの金字塔の腕を見込まれての企画部長だ。納得出来るだろう?」   言われるでもない。それは分かるが、センスを持った開発というのは、誰にでも出来るものではない。その人材を現場から離れさすのは、バルフレアにとって、無駄遣いの一言につきる。   「会社ってのは……ま、言っても仕方がないな。んで、デザイン部の部長は?」 「それも、大丈夫だ。あの人も機械系だ。問題は、各課の課長だろうな。ほぼ美術系で埋まっているらしい」 「車の担当者は?」 「アグリアス課長。女性だ」 「性格は?」 「お前の魅力は、一切効果が無いだろうな」   ため息が漏れる。 この打ち合わせは、デザイン部をどうするかというのが主旨。たかが企画部の部長でもない人間二人が、話す内容ではないのだが、二人共当事者の為、任された仕事。 確かに今までデザイン部と、設計、解析部の橋渡しをしていた企画部が、主導権を持たざるえないのだが、それでもかなりの波風が予想される。 加えて、部長でもない者が、動かせる人員は限られる。大きな部の長を引きずり出すのには、それなりの説得出来る書類が必要になる。それが出来なければ、所属している部の部長さえ動かせない。 デザイン部と設計部、解析部の三者がある程度の期間協力して、デザイン部の意識を変えなければならないというのが、バッシュの結論。 しかし、それをするには、人を動かさなければならない。特に、二人が直接関わった事のないデザイン部の協力が必須。ため息が漏れようというものだ。   「面倒な事は嫌いなんだがな…」   バッシュが、笑いだす。   「それは、俺も同じだ」 「それにしては、綺麗に仕上げてるじゃないか」   バルフレアの指が、バッシュの作った書類を叩く。   「確かに面倒だったが、解析部に押し付けられた仕事をするよりはマシだ」 「そりゃぁ…悪かった」 「あの書類を、延々書き続けるぐらいなら、この程度の書類、楽なもんだろ?」 「そうだな…」   バルフレアは、書類をもう一度見直し、諦めのため息をついた。   「すると、俺達がまずやらなきゃならない事は、デザイン部の女を説得出来るぐらいの書類を作って、おびき出す事だな」 「そうだ…な」   バッシュも、ため息をつく。デザイン部のアグリアスについては、色々話を聞いていた。簡単に言うと女傑。だが、そこら辺に居るような、外見も投げ捨てて、男のように仕事をしている訳ではない。女性的な細やかな気配りも出来ると聞いていた。 それでいて、男性に劣らず、バリバリ仕事をしている。だからこその課長という地位。 一番の問題は、彼女の考え方。デザイナーとしての目しか持たないし、持とうともしないように感じられた。 その彼女を説得出来るほどの書類。かなり難しい仕事だと言える。   「もう、時間か」 「仕方が無いな」   バルフレアが、立ち上がる。   「今夜、暇か?」   バッシュは、もう少し話したい事があったのだが、この後この部屋は、予約でいっぱいだった。   「デザイン部について、知っている事を話したい。その後、いい案があったら教えて欲しいのだが」   バッシュは、集めていた書類から目を離し、バルフレアを見る。そこには、バルフレアの背中。それは、自分を拒絶しているように見えた。   「いや…出来たらでいいんだが…」 「……そうだな。仕事だ……いいぜ、また、ここに来ればいいか?」 「いや、どうせ腹がへってる頃だろう。食べながらしないか?」 「……分かった。あんたの仕事が終わったら、声をかけてくれ」   バルフレアは、背を向けたまま、そのまま第3ルームを出ていった。   (……壁を復活させてしまったな。どの言葉が、まずかったのだろう?)   バッシュは、書類を持ち、バルフレアの後を追う。その顔が、酷く歪んでいた事に、バッシュは気づいていない。                  ◆◇◆                 「…………随分と、渋いな」   小さな小料理屋。 日本酒と、小皿料理と、落ち着いた雰囲気。 自分で料理を作れないバッシュが見つけた、栄養補給場。   「体にいい食事が取れるうえに、美味しいんだ。見つけるまで、大変だったんだぞ」 「……おやじ臭い」 「どうせ俺には、洒落た店など合わんのだから、ここでいいんだ」 「あら、随分ね」   カウンターの中に居る女将が、少し膨れながら笑っている。   「あ…いや………」 「俺は、貴方のような綺麗な女性が居る所なら、喜んで現れますよ」 「あら…、でも、私は料理を褒めてもらう方が嬉しいわ」 「流石にそれは。まだ食べていませんから」 「そうね」   そう言って笑いながら、女将はつきだしを出した。   「貴方と同じぐらい、素晴らしい料理を食べれて、俺は幸せものですよ」   一口食べたバルフレアは、笑みを浮かべ答える。   「まぁ、お口のお上手なお客さん」   バッシュは、横で聞いていて、ひたすら感心していた。 よく、これだけ、口説いているような言葉が出てくるものだと思う。自分には、決して出来ない芸当。 演技をするのは疲れると言っていたが、今の彼を見る限り、自分が気に入った相手であるなら、疲れも出ないらしい。   「適当に、栄養のあるものを並べてくれ」 「はいはい。邪魔はしないわ。でも、ゆっくり食べてね」 「食べ終わったら、移動してもいいか?」 「好きにして。お酒は?」   バッシュは、バルフレアに視線を向け、問う。   「飲む」 「そうか。なら、ビールを2本」 「分かったわ」   そう言って、目の前にいくつかの皿と椀を置いて、女将は、他の客の方へと行った。   「んだよ、折角楽しんでたのに」 「演技は、疲れるのではなかったのか?」 「今は、上っ面の言葉なんか言ってない。心のからの言葉なら、疲れようがないだろ?」 「なるほど。とにかく、食べろ。その後に、仕事だ」 「分かった」   二人は、食べ終わるまで、一言も喋らずに、ただ箸を動かしていた。             「なんだと?」   重低音になったバルフレアの声。   「俺が、腹を立てている事だ。その俺に、お前が怒るのか?」 「確かにそうだが……」   バルフレアの口から、ギリギリと音がする。   「それに、お前よりも、俺の方が沢山書いたのだぞ」 「あぁ、そうだった」   今まで設計部と解析部が作っていた、初心者向け、懇切丁寧な『これこれ、こういう理由だから、こんなデザインは作れないんだよぉ〜ん』という主旨の書類は、企画部で適当に割愛され、結果だけが、デザイン部に送られていた。   「お前、そのデータ、残っているか?」 「当然」 「なら、明日、持ってきてくれ」 「設計部に居た頃作った書類は、全部CDに焼いて会社に置いてある」   バルフレアは、忌々しいとばかりに、吐き出すように言う。   「という事は、デザイン部の連中は、俺達の苦労を一切知らないんだな?」 「あぁ」 「ちなみに、俺達の存在は知ってるのか?」 「解析部と設計部が、何らかの結果を出しているのは、当然書類から知っているだろうが、名前まではどうかな?」 「もしかして、俺達悪者かよ?」 「可能性はあるな」   二人して、ため息が漏れる。バッシュにとっては、転属してから、何度か分からないぐらいの数のため息。   「だいたい状況は、分かった」   既に、小料理屋の片隅に移動してから、何時間も経っている。   「まだまだ、伝えたい事はあるのだがな……」 「あんたが、あそこに転属して、どれ位たった?」 「半年だ」   バッシュは、ため息まじりで答える。   「その間、新たな企画を書きながら、設計部経由解析部からあがってくる書類を確認しながら、ここまで進めてきた」 「あー、そういえば、半年だったか。あんたの名前が見えなくなったのは」 「お前の設計を解析出来なくなったのは、残念だったんだが、あの状況のままでは、支障が多すぎた」   バルフレアの目が見開く。   「俺の?」 「あぁ、お前のは、安心して解析出来た。それに、あの斬新な発想を見ているのは、楽しかったな」   バルフレアの目の前には、暖かい笑み。それに目を奪われた。だが、その瞬間にバルフレアの表情が曇る。   (俺は、この笑みを知っている……っ!)   夢の中で、見た笑み。囚われ、拷問にあったであろう人間とは思えない、穏やかな笑みをいつも浮かべていた。その、将軍の顔が、目の前にあった。   (あれは…夢だ)   記憶が混乱する。   「バルフレア?」 「あ……あぁ」   心の中で、自分の名を繰り返しながら、ようやく耳から入ってきた音に反応できた。   「大丈夫か?昨日から、体調が悪そうだが…」 「平気だ」   自分を取り戻すのに、時間がかかる。   「ところで、お前の電車の時間は、大丈夫か?」 「あ?……もう、こんな時間かよ」 「無いんだな?」 「ないな」   時計は、12時をまわっていた。   「俺の家は、ここからなら歩いていける。20分程度なら、大丈夫だろ?」 「タクシーを拾うさ」 「……もったいないだろ」   そう言ってバッシュは、女将に声をかける。   「ちょ、待てよ。俺が払う。昨日、そう言っただろ」 「後輩に奢ってもらう訳には、いかんだろう。気にするな」 「大いに気にするね」   笑っている女将に金額を聞き、一万円札を一枚、カウンターに置いて、「釣りは、次回のこいつの分にまわしてやってくれ」と言いながら、無理やりバッシュを店から追い出した。   「バルフレア」 「奢るって言ったのは、俺だ」 「ならば、今夜は絶対俺の家に来い。出費が多すぎる」 「気にすんな。俺は最近夢見が悪い。枕なんか変えたら、余計夢見が悪くなるだろ」 「夢見が悪いのか?」   バッシュは、心の中で「やはり」と思う。   「なら、一晩中手を繋いいてやるから、安心しろ」   その言葉に、バルフレアが固まった。   「は?」 「弟が、怖い夢を見る度、よくやったものだ」 「………それは、幾つの時だ?」 「ジュニアスクールまでだったか?」   ごく普通の顔で、その言葉をバルフレアに返す。それが、何か?という風情。 バルフレアは、ため息をつく。   「俺は、30をとうに越えているんだが?」 「知っている。だが、俺の手はよく効くらしいぞ」   バルフレアの眉間に皺がよった。   「安心して眠れると、よく言われたんだ」   そう言って、バルフレアの腕を掴み、バッシュは歩き出した。   「おい」 「お前は、未だに何か運動をしているのだろう?20分程度、問題ないな」   聞いていない。   「お前は、何をやっているんだ?」   引きずられるように、バルフレアは歩いている。普段なら、こんな無様な状態になる前に、手を振り払っている。それが出来ない。 やたら、がっしり掴まれていた。   「あんたこそ、何をしてんだよ」 「弓をやっている」   この握力は、そこからかと、バルフレアは、抵抗するのを諦めた。   「お前は?」 「ジムに通ってる程度だ」   突然立ち止まったバッシュは、バルフレアの体を上から下へ、ゆっくりと視線を移す。   「んだよ」 「もったいない。何かやればいいのに」 「俺は、ルールのある競技は嫌いなんだ」   バッシュは、楽しそうに笑っていた。 話せば話すほど、彼は夢の中の彼と、変わらない。同じ魂だと分かる。それが嬉しい。   (困ったな…)   バッシュは、彼の腕を持つ手が熱い。それに気づかないでいてくれればと思う。だが、夢のままの彼なら、些細な変化も見逃さない。   「バッシュ」 「何だ?」 「行くから」   バルフレアが、腕をぶんぶん振る。   「離せよ」 「だめか?」 「俺は、幼稚園のお子様か?」 「逃げないか?」 「あーー、分かった。分かったから、手を離せよ」   バルフレアは、離れて行った手を見送りながら、バッシュの少し後ろを歩く。 仕事の話なら、いくらでも普段のふりが出来る。ほんの少し前も、食事にさえ集中していれば良かった。 だが、彼の部屋に行くのが怖い。 たった少しの間、彼の手が自分の腕を掴んでいただけ。それだけの事に、体が反応する。どこかで、何かが喜んでいる。 バルフレアは、今の自分が、酷く頼りなく思えていた。     to be continued…     08.05.14 砂海
ふはははは……色々名前を付けるに困っています。彼らの過去と関わる面子をなるべく出したくない。最初デザイン部の女性は、ドレイス(二人には、まったく関わり無いまま死んだんで)にしようと思ったんですが…部長の名前も決めなきゃならない事がありまして…結局、FFTから拾う事にしましたf('';)アグリアスも、ドレイスに劣らず、性格の強い女性ですから(・o・)b んでもなぁ…FFTから、FF12の面子の名前を作っているだろ?ってぐらい、同じような名前ばかりf(^-^;)軍神シド様って、シドルファス様だったんだねぇ……パパと同じ名前じゃん(--;)困った……orz