◆交差する記憶 V カーテンごしの外は暗く、夜が明けるのは未だ先だと告げている。 「………何だ?…いま…の」 心臓の音が煩い。 無意識に動いた指が、自分の唇を辿っているのに気づき、慌てて手を下ろした。 「…っ!」 夢と片付けるには、あまりにも生々しい感触。それを自分が、覚えている。 そして、あれは夢だと笑い飛ばし、もう一度寝ようとしたくても、出来ない体の変化。 「…まじかよ……」 すっきりして寝てしまえと、体は言っているのに、それに手を伸ばせない。 頭の中に強く焼き付いてしまった、映像。自分が欲していた彼の表情を使い、熱を吐き出しそうで怖かった。 「自分?」 混乱する。 背後の時計を見れば、寝てから2時間しか経っていない。その短い時間に見せられたものは、長い時間、多くの出来事と率直な感情。 どうしてそれが、自分の感情を揺さぶるのかが分からない。 (あのまんま寝てたら、俺はバッシュを抱いていた……) 嫌悪感が沸くどころか、そう思った事で、下半身が一層反応することに、困惑が深くなる。 「っ……くっそっ!」 大きなため息と共に、荒々しく立ち上がった。 向かうは自分の机。寝るのは、諦める。続きを見る勇気は無い。 パソコンのスイッチを入れた。 「あれは、いかしてたよなぁ」 体に悪い情報は、頭の隅に押しやり、普段の自分なら真っ先に飛びつくものに意識を向ける。 「ったく、もう少し詳しい情報を教えろよな。あれじゃぁ、外見しか分からないだろ」 夢に向かって悪態つきながら、CADソフトを立ち上げる。 「どんな推進機関なんだろうな?浮力は……飛空石だったか? あり得ないだろ」 記憶に残った姿を、いつもの様にデータとして入力していく。 「あの青い光は、飛空石が出してんだよな?くそっ…あの石の詳細が知りたいぜ」 夢の中の自分が乗っていた、空を飛ぶバイク。 相棒だという女性に運転をさせるのは、どうかと思ったが、運転をしていた彼女を守る為に武器を持っていたのだとしたら、それは自分らしいと、小さく笑う。 色っぽい曲線を描いた女性の操るバイク。それが彼女の意思で、自由自在に動いていた。 「乗りたい…な」 動作から判断するに、自分が慣れ親しんでいるバイクと足元まわりは、さほど異ならないようだった。ただ、三次元に動く。それだからだろうか、ハンドルの位置が信じられない位置。バイクの前輪に直径に沿って付けられていた。 「ブレーキは…足だけって事はないよなぁ?」 彼女が運転していた手元が、どうだったか覚えていない。だが、その意外性にバルフレアは、わくわくしていた。 「あの装飾過多なのは、あの世界の仕様なのか?趣味悪いだろ?」 自分だったら、もっとシンプルな機能美を求めたい。 「あ〜…でも、あのパーツ一つ一つに意味があんのか?」 手は休む事なくマウスを操っている。 いつもなら、無言でやる操作に、言葉がついてしまうのは、黙っていると違うものを思い出しそうで怖かったから。 だが、そこまでしても、頭の片隅に追いやった記憶が、目の前にちらつく。 「剣と魔法なぁ…」 愛読書は、設計専門書と、ありとあらゆるデザイン雑誌。その中にファンタジーは含まれない。 「映画かなんかのCMが、頭のどっかに引っかかったか?」 自分を納得させる為の言い訳が、後から後から出てくる。 だが、それを止めたら、あの世界が自分を侵食しそうで怖かった。 未だに、何一つあの夢に対して違和感を持てない。まるで、自分自身が経験してきたかのように、馴染んでいる。 「な…ぜ、だ?」 その問いに答える者は、居ない。 ◆◇◆ 心臓の音が煩い。 喉が酷く渇いている。 今、瞳が映しているのは、自分の部屋の自分のベッドと布団。 なのに、それにダブって違う風景が見える。 「バル…………フレア…?」 ほんの少し前に、知り合った彼ではない。まだ若く、不思議な服を着ていた姿。その姿が、目の前に浮かんで消えない。 「これか…?」 物心ついてからずっと、焦燥感に駆られていた。それが何かも分からずに、必死になって捜していた気がする。 意識してきたのは、自分の好悪よりも、直感が指し示すもの。 自分の好みだけなら、今の会社に入っていなかっただろう。体を動かす事が好きで、子供の頃に弓を習う事を親に強請ったのが、唯一の自分の好みを貫いた事。 そして、その延長として、後輩の面倒を見るのが好きだった自分は、教職についていただろう。 「これが、探していた…ものか?」 直感が、理数系の道を進めさせ、大学では機械工学を選ばせた。 そんな自分を、双子の弟は、いつも不思議そうに見ていた。 一番近くに居た彼は、性格は違うが、嗜好は大変似ていた。今、彼は、小学生の先生をしている。自分の中に何も無ければ、自然と自分も選んだであろう将来。 『何で、機械工学なんか受けたんだ?』 『さぁな』 的確な回答なんか、自分も持っていない。 『今からでも遅くはないだろう?転学して、教員免許取っておけよ』 それに、苦笑しか返せなかった。 「そういえば、あいつの、あんなに怒った顔を見たのは、初めてだったな」 夢の中で、見た事もない表情を浮かべていた弟。 「だいたいの状況は、分かったが、俺は、あの後どうした……?あいつをなだめるのは、大変だろうに」 小さく笑う。 情が厚い弟のこと、間違いなく自分が悪い事をしたのだろう。 夢の中で弟が言っていた言葉は、彼の本音を、彼らしく隠していた。国を捨てた……そう叫べば叫ぶほど、なぜ、自分を捨てたんだ!と聞こえていた。 「続きを見るには……目が覚めてしまったな…」 続きが見れる事を、疑っていなかった。 今までのように、直感がそうだと言っている。 そして、今まで自分の意思を無視して歩いてきた道は間違ってなかったと、バッシュは安堵していた。 (バルフレア…彼に会う為…) バッシュは、立ち上がり、台所へいく。 こんな時間に自分らしくないものを、1缶持って戻ってくる。 手にしたのは、ビール。彼に出会えた自分と、自分の直感に、祝杯をあげる為。 プシュと音を立て開けたビールを、一気に飲み干す。 (俺は、彼が好きだった……) ならば、なぜ、子供の頃から、あんなに強い焦燥感があったのだろう。見た夢は、彼を手に入れていた。 (あの先に何がある?) どうしようもない不安が沸く。続きを見たいと思う気持ちと、それを見てはいけないと思う気持ち、その二つがせめぎ合う。 「どうせ、また夜がくれば、夢を見るだろう」 今の自分が、彼に会う為に生きてきたと、何一つ疑問を持たず思った。 (今の俺は、彼が好きなのだろうか?) それだけが、分からない。まだ、会って24時間未満。興味があるという以上の気持ちがあるか、分からない。今夜の事を思い出す。 たわいも無い話が楽しかった。 (そうだな…彼が彼のままなら、きっと好きになるだろう) 小さく笑った後、「あいつは…どうだろうな…」と、バッシュは困った表情を浮かべていた。 ◆◇◆ 「お前…どうしたんだ?」 企画部の開始時間30分前に来ているバッシュは、目の前で既に作業に没頭しているバルフレアを見て、目を丸くした。 「あ?」 振り向いた顔にクマ。 「寝なかったのか?」 「いや…寝たぜ。ちょっと、これを仕上げたくてな」 目を合わせてこないバルフレアを訝しく思いながらも、バッシュはディスプレイを覗く。 「こ…れは?」 「あー……、妄想の産物だ」 「妄想?」 「だと思うぜ」 近未来的なフォルムを描く、バイク。今まで彼が提出してきたシンプルなデザインからは、かけ離れている。 「随分と…お前らしくない」 見覚えのある、青い光から目を離せない。 「そうだよなぁ。俺も、そう思うぜ」 「お前の専門は、車じゃなかったか?」 今まで見た設計書は、全て車だった。 「あぁ。だから、妄想だって言っただろ?これは、…エアバイクだ」 「エア?」 「そう、空飛ぶバイクってやつ」 「空を飛ぶ?この細いフォルムで、どうやって浮力を?」 自分は、答えを知っている。 「………飛空石」 絶句した。 「あー、空想もんの架空の石だ。妄想だって言っただろ? 悪いな、就業時間になったら、止めるからさ」 「い、や………」 なぜ、飛空石という言葉が彼の口から出るのかが、分からない。自分でさえ、昨日の夜中までは、何一つ知らなかった。それは、彼も同じのはず。昨日までの彼の態度が、あの世界を知っていたとは、あの自分を知っていたとは、思えなかった。 「バル…フレア…?」 「ん?」 「………破、魔石を、それに近づけるな。………魔力が、吸収…されて落ちる…。ヴァンが…、凄く怖かったと、言って、いた…ぞ」 バッシュは、恐々言葉を探しながら話していた。 「あれが、破魔石と知ら………なかった…からな…」 今度は、バルフレアが絶句する番だった。 バッシュは、バルフレアの表情が、どんどん強張っていくのを見ていたにも関わらず、言葉が止まらなかった。 「すまない。折角の時間を邪魔したな」 「い、や…」 「それが出来上がったら、見せてくれ」 「いいぜ」 もう彼の顔を見る事が出来なかった。自分の机に向かい、彼から背を向ける。 あの図面は何だ? なぜ、彼があれを知っている? 昨日の夢……あれは、自分の夢だった。 彼が知るはずもない。 それとも、彼もあの世界の夢を見たのだろうか? パソコンのスイッチを入れる。 バッシュは、蛍光灯の下、机の前に居る自分に酷く違和感を感じていた。 ◆◇◆ バルフレアは、喫煙所で吐き出した煙をぼんやりと見ていた。 (あっちには、煙草なんつー嗜好品はないのかね?) 朝から無意識のうちに、夢の世界の事を考えてしまう。そして、その度に、会社員という立場の自分が薄らいでいく気がする。とっさに自分が何なのか、分からなくなる。 「ちっ…」 それは、夢を見た直後よりも、今朝、彼とバイクの話しをした後の方が強い。 ほとんど吸っていない煙草を灰皿に押し付け、再び煙草を咥える。 (何で、ヴァンの事を知っている?……あいつは、将軍様じゃない……だろ?) ためらう様に言った彼の言葉を訝しく思いながらも、頭に浮かんだ言葉が勝手に口についてしまった。そして、直後、その違和感に気づき、口が止まった。 (俺は、バルフレア。バルフレア・ミド・ブナンザ。ファムランなんて名前は、知らない) ジッポの蓋を片手で開け、慣れた手つきで火を付ける。 (俺は……俺だ) バルフレアが固執していたのは、今の自分。今、この歳まで生きてきた自分。それが、崩されそうになっていた。 「バルフレア、ここに居たのか。部長が、呼んでるぞ」 一番の原因は、今、目の前に現れた男。バッシュ。 「吸い終わったら行く」 「あぁ」 見たくも無かった。 彼に何も思う所は無い。それどころか、昨日の夜には、興味と、好意を持って接していた。それが今、全て逆の感情に染められている。 自分が揺らぐのが許せない。 決して彼のせいではないが、バルフレアは、彼に一切近寄らないと決意していた。 「俺は、俺だ」 言葉にしなければならないほど、揺れている事にバルフレアは気づいていなかった。 to be continued… 08.05.01 砂海 2をアップしたのは、早まったなorz 話をばりばりに書き直したくなってきたヨ……あぁ〜失敗。でも、これもアリかなぁ〜とも、思う気持ちが……どっちなんだよ、あたし(--;)