交差する記憶 U  

  ◆交差する記憶 U   囚われていた図体のデカイ鳥を、自由にしたつもりだった。 だが、その鳥は、傷ついた体をものともせず前を突き進み自分達を守る。 そして、空の下に出ても自由を選ばず、主人の元へ飛んでいく為に、剣を振るい続けた。 不愉快だった。 全ての過去を捨て自由の選んだ自分を、責めているように感じた。 それは、自分の弱い心が勝手に思っているのであって、彼にそんな意図が無い事も承知している。 彼は、自分の過去を知らない。 知りたいとも思わないだろう。 彼の見つめる先に、自分は一切関係無い。 偶然が作った縁で、一緒に居るだけの関係。 そう思った時、胸が軋んだ。 そして、彼に抱いている想いに気づいた。   随分と長い旅になった。 とても自由とは言いがたい旅。 しかし、気が付くと彼のの傍に居る事を選んでいる自分がいる。 それだけなら良かったかもしれない。 進み続けるうちに、運命の糸は複雑に絡み合い、個々の運命までも引き寄せていた。   (親父…)   逃げた過去を目の当たりにする。 何一つ変わっていない。 それが現実となって、目の前に居た。   「いまさら何しに来た。空賊風情が!」 「黄昏の破片ををいただきにさ。空賊らしくな」   声が震えないようにするので、精一杯だった。 必死になって、背後に居る彼の気配を探り、それだけを支えに声を出していた。 あまりに無様だった。 思い出すだけで手が震える。 未だに自分は、過去に、あの男に囚われたままだった。   「……俺は…」   彼が、妬ましかった。 こんな時、彼には、迷いも、怯えもないだろう。いや、思い悩む事さえしないに違いない。 バルフレアは、過去に怯える心と、伸ばしたい手を抑えようとする心の中で、立ち竦んでいた。                  ◆◇◆                 長いこと光を失っていた。 暗闇の中、心は後悔で押しつぶされそうだった。 それでも希望を掴もうとする事で生きていた。 無様な自分を見なくてすむ事だけが暗闇の中での救い。 その中に、光が現れる。 色の無い世界で緑色の光を伴い、希望が手を伸ばしてくれた。   その光は、何度も自分に手を伸ばしてくれる。 状況を見、自分の言葉を聞き、公平に判断して言葉を与えてくれる。 全てを失った自分にとって、彼が救いになった。 自分を守る彼の背中を見た瞬間、自分の心は彼だけになってしまった。   そして自分は、彼の運命さえも変えてしまう。 縁という自分勝手な言葉で彼を巻き込み、彼が逃げてしまわぬよう、彼の隠された優しさにつけこんだ。   誇りは、もう無い。 自分の汚名を晴らす気も無い。 ただ、もう後悔だけはしたくなかった。 だから、あの時出来なかった事を、再び剣を振るう事で清算しようとしている。 この旅の終わりを、自分は知らない。 ただ、殿下の望む道を、自分が行きやすいよう均すだけ。 それが、最後の勤め。 それだけは、忘れないようにしている。   「バルフレア…」   帝国に近づくにつれ、彼の表情から精彩さが欠けていく。 それをプライドで押えつけ、必死になって前を進んでいるように見えた。 彼は、何も語らない。 ドラクロア研究所で会話した相手、シドと呼ばれていた男、彼と何らかの関わりがあるのだろう。 彼の声音は、あまりに彼らしくなかった。 自分が巻き込んだ運命に、彼の運命が重なったと、その時そう感じた。   「…私は……汚いな…」   弱った相手に、付け込むような行為。優しい彼は、絶対にしないだろう。   「もう、知っていたがな……」   あんなに真っ直ぐ、善悪を自分の基準で判断し、自由に生きていくような事は自分に出来ない。 いつでも、政治というものに右往左往させられ、首輪が無ければ生きる事が出来なかった。   「羨ましい」   だからこそ、悪辣な行為には慣れている。慣れざるえなかった。 これも、その一つに過ぎないと、苦笑を浮かべ立ち上がる。 ただ、彼を手放したくない。その思いだけしか、バッシュの中には無かった。                  ◆◇◆                 扉を叩く音に、のろのろと立ち上がる。   「誰だ?」 「私だ」   今、一番会いたくない相手。だが、体は勝手に扉に手を伸ばし、開けていた。   「何か用か?」 「そうだな……夜這いだろうか?」 「は?」 「そうだな、夜這いだ」   バッシュは、いつもの穏やかな笑みを浮かべ、自分の言葉に一人で納得して頷いている。   「何だ、そりゃぁ?」 「私は、君に夜這いをかけに来たんだ」   バルフレアは、そう言って笑うバッシュを見ていられなかった、気のせいか眩暈を感じている。   「君は、男に抱かれたり、抱いたりした事はあるだろうか?」 「……まじかよ?」   自分の頬を抓りたい。足元がふわふわして、まるで夢のように頼りない。   「残念な事に私は女性ではないが、気晴らしには丁度いいだろう?」   その言葉に、バルフレアの足元がしっかりする。そして、顔に浮かんだのは苦笑。   「そこまで犬かよ」 「犬?」 「忠犬根性も、ほどほどにしてくれ。俺を巻き込むな」 「そんなつもりは無い」 「だったら、どういうつもりだ」 「そうだな…、汚い大人のやり口…だな」   バッシュが浮かべているのは、自嘲の笑み。   「私は、自分の意思で無理やり君を巻き込んだ。そして、これからも逃げられないよう、弱っている様子の君に付け込もうとしている最中だ」 「バッシュ…?」 「人のいい人間が、将軍職を続けていく事は出来ないのだよ。……そうだな…私は、国から逃げ出した時から、騎士とは無縁の道を歩んでいる」   いつもと違いすぎる表情と話の内容に、バルフレアの表情が不快そうに歪む。   「それでも今、あんたは、それを俺に言ってる」 「そうだな」 「それが、あんたのあんた自身に対する感想か?」 「本人が言ってるのだから、間違ってはいないぞ」 「馬鹿だな…そう言うなら、アーシェなんか、捨ててしまえばいいだろ」 「清算をしなければならんからな」 「誰へだ?」 「あの時、何も出来なかった自分へ……だろうな」   バルフレアは、ため息をつく。   「ばぁか。本当に馬鹿だな」   何を指して言っているかは、言うつもりはない。本人が分かっていて無視している事を穿り返す趣味は無い。 結局バッシュは、どれほど自分を悪し様に言おうと、将軍であり、騎士であり、前を進む事を選んでいる。自分が見てきた彼と、何も変わりは無い。 相変わらず、妬ましいほどの強さだ。   「ま、いいだろ。それで、夜這いしに来たんだよな」 「あぁ」   目の前の髭に覆われた顎を掬う。   「俺が、欲しいのか?」 「あぁ」   薄い色の唇に、ゆっくりと舌を這わす。   「俺は、男に抱かれる趣味は、一切無いからな」 「私を抱くのか?」 「あんたは、どっちでもいいんだろ?」 「そうだな」   バルフレアは、バッシュの腕を掴み、部屋の奥にあるベッドの方へと歩いていく。   「バルフレア」 「ん?」 「何で君は、私を抱く気になった?」 「そりゃぁ〜、前から抱きたかったからだろ?」 「そうなのか?」 「おかげで、何に悩んでいいか、分からなかったぐらいさ」   お互いの視線が交わり、二人の距離が縮む。   「あんたは、俺に惚れてるでいいんだな?」 「君も、それでいいのだろう?」   二人の口元に、小さな笑みが浮かぶ。 そして、ゆっくりと唇が重な…………             「ちょっと待てぇっっ!!!」   バルフレアは、自分の部屋のベッドから飛び起きた。   「………っ?!!!」   バッシュは、自分の部屋のベッドから飛び起きた。   二人は同じ時間、別々の場所で、同じように心臓を高鳴らせ、今見た夢に激しく動揺していた。       to be continued…     08.04.25 砂海