交差する記憶  番外・ノア  

    ◆交差する記憶  番外・ノア   「兄さん……」   帰国して数ヶ月。最初の一ヶ月は、勉強するだけで日々が過ぎていった。だが、それは一時の平穏。バッシュは、シドの元についた瞬間から、休みという文字から遠く離れた仕事漬けの日々を送っていた。   「すまん、最初のうちに顔を出そうと思っていたのだが……」   勉強だけじゃなく、蜜月にも忙しかった。しかし、それは言えない。   「兄さん…過労死してからじゃ遅いんだぞ」 「いや……一応睡眠は……」   なにせ、今現在も会社の中。現場で話しているという状態。 自然言葉に信憑性がなくなる、午前0時。   「分かった……」 「ちょっ……ま、待て…ノ、ノアっ!!」   分かったの後に、ブチリと切れた音。叫んだバッシュの声は一切届いていない。 バッシュの背中にいやぁ〜んな汗が流れる。 弟の行動力は、イヴァリースに居た頃以上に、レベルアップしている。   (まさかな……)   社会人の常識として会社に乗り込んでくるとは思わな………(いや、ノアなら……)背中を伝う汗の量アップ。 とりあえず、自分を尋ねてくる者が居たら、即効連絡してもらえるよう受付のお嬢さん宛メールを慌てて打ち始めた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「すみません……」 「あ、バッシュっ!いいデータが出たぞ」   突然腕を捕まれ、ノアは、見知らぬ男に引きずられていた。 長い事双子をやっていると、こんな状況も日常茶飯事。それ避けに髪型を変えているのにも関わらず、間違われる事減少せず。 どうせ、バッシュの所に行く予定だったので、丁度いいとばかりにノアは腕を掴んでいる男にひっぱられるまま、付いていった。   「バルフレア、バッシュを連れてきたぞ」   その声に振り向いたバルフレアは、中兄が連れて来た人物(唖然としている)に、片眉があがる。 そして、黙ってポケットから携帯を取り出し、電話をかけた。   「あ、あんた、弟が来ているんだが、どうすんだ?」   その瞬間バルフレアは携帯から耳を離した。どうやら、相手は叫んだらしい。   「バルフレア?」 「中兄、それ、バッシュじゃないぞ」 「え?だって……」 「髪型が違うだろ」 「切ったんじゃないのか?」 「雰囲気も違うだろ」 「え?……そ、そうか?」   中兄は、まじまじとノアを見る。どっから、どう見てもバッシュ。   「あ、す、すみませんっ!」 「…慣れている」 「バッシュに会いに来たんですよね」 「い、いや…」   中兄は、しまったとばかりに片手で顔を覆い、ノアはどう答えていいか分からずに、言葉を詰まらせる。   「バッシュを心配して、殴りこみに来たって所か……?」 「あ……いや……そうだ」   ノアは、先ほどチラリと見たバルフレアの方を見ようとしない。 その様子を見たバルフレアは、今、ここに居ない、弊社いや、弊国?最強最悪の人物を思い浮かべ、『まずいだろ…』と思う。   「ノアっ!」 「あ…あ、兄さん」 「やはり………」   そう言ったまま、バッシュがへたりこむ。 その背後には、フラン。再び、ノアが固まった。   「バッシュ、あんたの弟も、記憶があるみたいだぜ」   バッシュの顔が、ガバリとあがる。   「ノア?!」 「なぁ、ガブラス、イヴァリースを知ってるよな?」 「………バルフレア。………空賊バルフレアか?」 「当たりだ」   ノアは、ようやくバルフレアの顔をまじまじと見つめ、そしてフランの方を振り返り、最後にため息をついた。   「ファム、バッシュの弟って…ジャッジ・ガブラスで、いいんだよな?」 「あぁ」   その声に、ノアが訝しげな表情になる。   「ガブラス、俺の本名は、ファムラン・ミド・ブナンザ」 「ブナンザ家の…」 「そうだ。俺は三男。隣に居るのが次男だ」   今度は、次男と呼ばれた男をまじまじと見る。   「どういう事だ?」   そこに、扉がもう一度開いた。   「さぁ〜て、続きをやるぞ〜!」 「シ、ドっ………っ?!」   ノアは、再々度固まった。   「ん?何だ?」   室内の微妙な空気を察知し、シドの視線が部屋を一周して、途中で止まる。丁度ノアの所。シドは、ニンマリと笑った。   「そうか、お前も居たのか。お前、ここへ来い。いくらでも仕事はあるぞ」 「ちっ、やっぱり。  逃げろっ!  フラン!」   バッシュから、子供をこよなく愛する教師ノアの話を聞いていたバルフレアは、彼の腕を掴み、フランの前まで無理やり引きずる。   「分かったわ。あそこで」 「あぁ、後で行く。今日の仕事は終わりだ。明日は日曜日だから、次の出勤は月曜日だな」   その言葉にフランは笑みを浮かべ、自分よりガタイのいいノアを抱え、速攻で部屋を出て行った。   「ファム」 「俺達全員、代休が溜まってるな」 「それは、お前達が望んだ事だろう?」   バルフレアの言葉に、シドが面白げに言う。 シドの言葉は、間違っていない。 現在この会社では、新作小型機の試作機を開発中。全員が子供のように夢中になって、あぁだ、こうだと、機体をこねくり回している最中だった。   「親父、長兄が泣いているぞ」   彼がここに居ない理由。父親の仕事を肩代わりしているから。   「あんたの仕事だろ?溜まりに溜まった決済書類と、この試作機関連の書類をどうにかしろ」 「あ”〜」   あからさまに嫌そうな顔が返ってきた。   「長兄は現場に居たいのに、泣きながら書類処理をしてんだぞ」 「うんうん、そのうち、兄さん、転職しちゃうかもなー」 「それは無いな」   中兄の言葉は、機械屋の性を知りつくしている父親に、ばっさりと切られる。   「別に、小型機の開発はうちだけじゃないぜ」 「だが、自由に出来るのは、うちだけだ」   社長自身が生粋の機械屋、現場に出るのが大好き(ハートエンドレス)、こうと決めたら、とことん新しい技術を取り入れ、バリバリ開発をする。そんな小さい工場レベルの事が出来る、大きい会社なんか、めったにお目にかかれない。どころか、存在する事すら、天然記念物レベル。シドの言っている事は、今度も正しい。   「ったく、しょうがねぇなぁ。とりあえず、俺とフランとバッシュは、緊急事態により帰る。  なぁ、親父、俺達が居ない所で、これの改造は大変だろ?」   三人共、現場で組み立て、改造まで出来る腕を持った技術屋&デザイナーだった。その三人がいる環境に慣れてしまったシドは、眉間に皺を寄せる。   「中兄、親父を、社長室に連れてけ」 「おう!」 「ファムラン」 「んだよ」 「ガブラスを勧誘してこい」   バルフレアは、深々とため息をつく。   「無理だろ。あいつは、今の仕事が大好きだって聞いてるぜ」 「何をやってる?」 「エレメンタリースクールの先生だとよ」 「ほぉ」 「折角、平穏な生活をおくってるんだ。無茶はするなよ。バッシュまで、居なくなるぞ」 「お前が居るだろ?」   こめかみに手を沿え、もう一度ため息をつく。   「俺も居なくなるからな」 「お前が?この職場を?無理だな」   息子の性格は、しっかり把握されている。目の前にある、試作機を無視して、どこかへ行く訳もないと、断言されているのだ。そして、それは、紛れも無い事実だったりする。   「あぁ、そうだよ。だが、ガブラスも同じだぜ」   バルフレアの言葉に、シドが不思議な笑みを浮かべた。   「試してみろ」   そう言って、バルフレアに一枚の紙を投げてよこす。   「これは?」 「入社テストだな。ガブラスに見せてみろ」   そう言って、シドは楽しそうに部屋を出て行った。 バルフレアの手には、目の前にある試作機の図面。彼の背後からそれを見たバッシュは、同じように訝しげに閉められたドアを見ていた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「悪い、遅くなった」 「いいえ、丁度全ての話が終わった所よ」   フランの前には、両手を白くなるまで握り締め、眉間に皺を寄せたガブラス。その顔がのろのろとあがり、バッシュを見た。   「ノア?」 「兄さん……それが、兄さんらしいと言えばそうだが……それでも、なぜ言わなかった!」 「フラン…」   ノアの悲痛な声に、何を聞いたかを察したバッシュは、フランに非難の視線を向ける。   「彼には、知る権利があるわ。そうじゃない?  貴方方兄弟は、言葉が足りなさ過ぎるのよ。会話という言葉の意味を知っているかしら?兄弟だからこそ、ちゃんと話をすべきではないかしら?」   バッシュのノアの顔が下がる。   「バッシュ、酒はいくらでもあるだろ?ゆっくり、お話でもするんだな」 「バルフレア…」 「ガブラス、あんたの寝床は、そこだ」   バルフレアは、ソファーを指差す。   「俺は、あんたと一緒に寝るのはごめんだからな」   その言葉に、今まで下がっていたノアを顔が、ガバリと上がった。   「バルフレア」 「何だ?」 「兄さん」 「ん?」 「二人共、そこに座りなさい」   二人の前に、教師ガブラスが居た。   「んだよ」   その気迫の篭った言い様に、眉根を寄せながらも、バルフレアが優雅に座る。 その気迫に「やばい」と思いながらも、バッシュが渋々と座る。   「彼女から聞いた。二人は、付合っているのだな?」 「そうだぜ」 「そうだ」   あっさりとした回答に、ノアの眉間に皺が発生。   「きっかけは?」 「あぁ、俺がバルフレアに夜這いをかけた」   ここに来て、この話題なら問題無しと、バッシュがにっこり笑って言う。 この瞬間、バルフレアは、聞き役にまわった。なにせ、人の気力を奪う特技を持つ男の本領発揮オーラを感じる。自分が参加したら、HPに影響する。それは避けたい。   「兄さん……」 「彼らしい公正さと、優しさに、何度も救われた。だが、そんな事は後付だ。実は、最初に助けてもらった時に、一目惚れしてしまってな」   恥ずかしくないのかよという言葉を、バルフレアは心の中でだけ呟く。きっと同じ事を目の前の弟も思っているはず。眉間の皺が増加している。   「彼は空賊だったからな、いつ自由に飛んでいってしまうか分からないだろう?だから、必死になって無理やり俺の進む道に巻き込んだ。  あれぐらい必死だったのは、GCSE(統一試験制度)の時ぐらいだったかもしれんな」   相変わらず、にこにこと話を進めるバッシュ。 そのテーブルに居る二人+壁際で笑いながら聞いている一人は、(ダルマスカの為に動いていた事は、必死じゃなかったのか?)と、問いたかったが、嫌ぁ〜んな回答を聞いたら大量のHPを失いそうで、心の中に押しとどめる。   「……お前は?」   兄との会話をぶった切り、ノアは正常な会話に戻す為、バルフレアに無理やり話しを移した。   「あ?……俺か?」 「そうだ」 「俺も聞きたいなVv」   真横から、興味津々という表情を浮かべたバッシュが乗り出してきた。 バルフレアは頭が痛くなってきた。そういう事をさらりと言う性質に、自分は出来ていない。どころか、そんな事を言うのは女性限定、男に言ってどうする?と言いたい。 そんな自分を良く知っている、背後のフランの忍び笑いが、非常に嫌だったりもする。   「そういう事は、ベッドの中で聞きな。ったく、何で第三者に言わなくちゃいけないんだ?  俺がこいつに惚れたのも、今も惚れているのも、変わらない。それで、いいだろ」 「あぁ、それでいい」   そう言ったノアに対し、バッシュは不満顔。だが、これ以上のろけを聞くつもりは無いノアは、どんどん話を進める。   「兄さんも、お前も、この生活でいいのだな?」 「あぁ」   にっこり笑ってバッシュが答える。   「当然だ」   いつもの皮肉げな笑みを、少し柔らかいものにしたバルフレアが答える。 その二人の顔を暫し見つめてから、ノアはようやく口元に笑みを浮かべた。   「では、早急に結婚祝いを送る。何か希望があるのなら、今言ってくれ」 「あんたは、それでいいのかよ?」   突然の雰囲気の軟化に、バルフレアは呆れていた。だが反面、気力を奪う攻撃に耐えてきた人間は、このように成長するのかと感心もした。   「あぁ、兄さんは、一度決めた事は何があろうと曲げないからな」 「俺でいいんだな?」 「そう言っている」 「へぇ〜」 「何だ?」 「俺が見たあんたとは、随分と違う」   バルフレアは、怨嗟の篭った声しか聞いていない。   「怒っているノアは、いつもあんな感じだ。だいたい、俺が悪いのだから、仕方が無いしな」   バッシュは立ち上がって、ノアの頭をがしがし撫でる。   「規模のデカイ兄弟喧嘩かよ?」   バルフレアは呆れた様子を一切隠さず、ノアがバッシュの手を殴って払うのを見ていた。   「まぁ、今夜は二人で、ゆっくり怒鳴り合うんだな。俺は寝かせてもらう」 「待って、バルフレア」 「ん?」   今まで笑っていたフランが、テーブルに近寄り、バルフレアの隣に座る。   「彼に聞いておきたい事があるのよ」 「何だ?」   視線を受けたノアは、訝しげにフランを見る。   「貴方は、いつからイヴァリースの記憶があるのかしら?」 「あぁ、その事か。物心ついた時からあったな」 「ノア?」 「兄さんは、覚えてないだろうが、エレメンタリースクールぐらいの時に、イヴァリースの話をしたんだがな……」   あの時、バッシュは、どこかに覚えがあるような様子だったが、結局知らないという言葉を返してきた。 それまで、自分が持っている、この不可思議な、だが鮮明な記憶を、どうしていいか分からなかったノアだったが、何も知らない様子のバッシュを見て、自然と自分の中に封印する事を選んだ。 子供の自分ではなく、あの歳まで生きたガブラスだからこそ、それを選べたのだろうと、今なら分かる。   「貴方の魂は、傷ついていなかったのね」 「そう、なのだろうな…」   ノアは、最後の時の記憶をなぞる。 あの生の自分は、死ぬ直前だからこそ、「兄さん」と呼ぶ事が出来た。 あのまま生きていたら、真実を知ろうともせずに、ずっと負の感情を持ち続け戦いを挑み続けていただろう。だから、あの生は、あれで良かったと、自分は思っている。 最後に全てが救われた。 そして、今の自分。 記憶を全て持っていた自分は、あの時のようにならぬよう、バッシュが何を考えているのかを必死に拾ってきた。   「もう、俺が兄さんを見ている必要は無くなったな」   ノアの口元に淡い笑みが浮かぶ。それは、寂しそうでもあり、嬉しそうでもある、複雑な笑みだった。   「あんた、自分で勝手に納得して終わらせるなよ。ったく、あんたら二人は、本当に似た物同士だな」   バルフレアが、本気で嫌そうに顔をしかめる。   「お前に、あんた呼ばわりされる覚えは無いが」 「お前?お兄様の間違いだろ?俺は、こいつの旦那だぜ」   ノアは、バルフレアの表情が移ったかのように、嫌な表情を浮かべた。彼の横で、旦那という言葉に、嬉しそうに頷いている自分の兄がもっと嫌。   「……ファムラン・ミド・ブナンザな。ふん、毎日毎日、人生の最後のような表情で涙を浮かべていたジャッジの子供(ガキ)が、何か言ったか?」 「あ〜?そりゃぁ、誰の事だ?あぁ、自分の兄に対して、言っている言葉とは違う事を必死になって叫んでいたガキの事かい?」   二人の間に火花が散った瞬間、フランの噴出す声がそれを霧散させる。   「ふん」 「ちっ」   バルフレアが不服そうに舌打ちをした後、嫌がらせのつもりでノアの前に紙を放った。   「何…っ?!」   ノアは、チラリと紙を見た瞬間、それにかじりついた。 その様子に、三人が目を見開く。   「ノア?」   訝しげなバッシュの声を、ノアの手が煩いとばかりに振られる。   「何かしら?」 「試作機の設計図」 「社外秘だったはずよね?」 「親父が、あれに見せてみろって、よこしたんだが……バッシュ、こいつ、機械屋じゃないんだよな?」 「あ、…あぁ、そのはずなんだが……」   三人の会話なんか、ノアには一切聞こえてない様子。 図面を見て、そんな状態になる人間を、この三人は嫌と言うほど知っていた。 機械屋。 だが、目の前に居るのは、エレメンタリースクールの先生であって、機械屋じゃない。 特にバッシュは、目を丸くして見た事も無い弟を凝視していた。 そして、しばらく、何かの前の静けさというような静寂が続く。   「これを設計したのは?」 「俺だが…」 「兄さんが、解析したんだな?なのに、何でこんなに負荷がかかるような構造になっている?」   三人の中で、一番早く復帰したフランが、ノアの見ている図面を覗き込んだ。   「ここの事かしら?」 「あぁ、そうだ。この世界に飛空石は無いのだぞ」   フランがくすくす笑い出した。   「この形は、知っているわね?」 「あぁ、おおよそヴァルファーレだな。だが、この世界では無理だろう」 「だからの、試作だ」 「これでも、最低限の負荷に留めているのだぞ」   ようやく復帰した二人が、会話に参加する。   「んで、あんたは、何でそんな事が分かる?」   ノアは、ようやく三人が自分を訝しげに、面白そうに、楽しそうに見ている視線に気づいた。   「あ…………」 「あんた、もしかして、帝国で機工士の経験を積んでいたのか?」   渋々と頷く。   「それ、親父にバレてるぞ」 「な、何でっ?!」 「腕のいい機工士は、いつでも取り合いだったからな。  あんたも、その中に入っていたんだろ」   ノアが、がっくりと肩を落とす。 最初からジャッジになった訳じゃない。ありとあらゆる部署と、雑務と、ありとあらゆる鍛錬によって、ジャッジ・マスターの地位をもぎ取った。 その中で、結構長い事やっていたのが、機工士の補佐。最初は、何でこんな事をと思っていたが、やっている内に、すっかり虜になっていた。 結局ジャッジ・マスターになった後も、己の乗る船の整備は、自分もやっていたというコリようである。   「さて、もう一つ質問だ。この図面を理解出来るあんたが、何で学校の先生をやっている?」 「う……」 「ノア?」 「………大学に進む時に………機械系に進むか、…教育系に進むかで……悩んでいたの、だが………最終的に、子供を取った。あの笑顔に勝てるものは無いと判断したし、機械なら独学でなんとかなるとも思っていた」   小さい頃から習っていた東洋の島国の武道。剣道。進路に悩んでいる頃は、既に段を有し子供達を教えていた。 あの子供と一緒に居る時の時間は、とても大切だった。目を輝かせ、一生懸命頑張る姿は、自分の心に形の無い大きな物をくれていた。 それが忘れられなくて、最終的には子供と共に居る教育課程を選んだ。兄が、機械系を選んだのも理由に入っている。無料で教科書が手に入る。それで勉強をすればいいと思っていた。   「なるほどな…」   それさえもシドに見透かされていると、バルフレアは痛む頭を揉む。   「じゃぁ、最後の質問だ。あんた、うちの会社に転職する気はあるのか?」   ノアは、非常に嫌な表情を浮かべた。   「親父に、子供達と離れられないって言えば、いいんだな?」   その表情が変わらない。   「んだよ、やりたいのか?」   バルフレアは、図面を拾い上げ、ヒラヒラと振る。   「ノア?」 「お前の父親はなっ!最低、最悪な、性格をしているんだぞっ!」   そんな事をここで改まって言われなくても、対峙した三人は十分に理解しているし、部下になって、その思いをより一層強くしていたりする。   「くそっ、あいつでなければ、バイト希望用紙ぐらいには、記入したかもしれん。だが……そうだ、俺は教師を辞めるつもりは無い!」   「そうだ」から、もの凄い勢いで怒鳴りだしたノアは、一旦息をつく。 そして、全員から目を逸らし、小さく続けた。   「……だ、だが……図面は、見たい………し………く、組み立て、ぐらいなら、て、手伝ってやっても……いい…」 (つんでれか?) (つんでれね)   バルフレアとフランの頭の中に速攻浮かんだ、つんでれの文字。 この性格もシドに見破られていると、バルフレアは確信する。 手伝ったら最後、逃げれなくなるという言葉は、ノアの頭に浮かんでないのだろう。非常に危険。   「あんたは、シドと一緒に仕事をしたくないんだろ?」 「う、、そ、そうだ」 「だったら、図面を見るぐらいにしとけ。逃げられなくなるぞ」   そうだったとばかりに、ノアの手が顔を覆い、残念そうな表情を隠す。   「あんたなぁ……子供が大好きなんだろ?」 「もちろんだ」 「子供の傍に居るのがいいんだよな?」   しっかりと頷く。   「だったら、うちの会社にだけは近寄るな。絶対に、だ。あんた、二度と子供の顔を見られなくなるぞ」 「う……わ、分かった」 「ノア」   そこに、笑顔のバッシュが居た。バルフレア、非常に嫌な予感。   「一日ぐらいなら、入れ替わってみるか?」   バッシュは、伸びた髪を掴み、切るのも久しぶりだと一言。 今のバッシュに額の傷は無い。髪型を同じにしたら、一見分からないだろう。一見だけは……。   「あんたなぁ…それ、絶対に無理だぞ。即効バレる」   性格の違いは、表情に表れる。   「そうか?」 「兄さん…俺も無理だと思う…」   同じ環境に育って、どうしてこんなに違う生き物が出来上がるのかが不明。 弟の方が、気力を奪う特技が無い分、色々分かっている。   「だが、お前は俺の役をやっただろ?」 「あ、あれは…」 「声音も似ていたし、あれをやればいいと思うのだがな」   弟、非常に痛い表情。兄、非常にほのぼのとした表情。   「やらん」 「ん?」 「俺は、あんな事、二度とやらんからな!」   だが弟は、兄の相手の気力を根こそぎ奪う会話に、慣れていた。2回の生の分、存分に強制的に慣れさせられていた。   「酒を出せ」   目が据わっている。   「飲んで、話をするのだろう?」   ニコニコ頷きながら、いそいそとノアの横に座るバッシュ。   「ち、近いっ!兄さんは、前っ!」   その言葉に少々不満げなバッシュを見て、バルフレアは嫉妬するよりも、ノアに同情する始末。行動でも気力を奪っている。   「今度は、彼女と一緒に来るといい」   ノアの肩が、がっくり落ちた。   「兄さん………いつの話だ?それは?」 「は?」 「俺は、彼女居ない歴数年だ」 「何で?ノアは、もてていたじゃないか」   落ちた肩が、もっと落ちる。   「俺は、昔から長続きしなかったな?」 「あ、あぁ」 「大学時代は、最初の一年で同じ学部に広まったから、残りの三年はフリーだった……。勤めはじめてからは、新人が来る度に、誘いがあったが、それも今は無い。どうやら、事前に古株の女から教育されているようでな…」 「何をだ?」   訝しげなバッシュを見て、バルフレアがため息をつく。今までノアの言動とバッシュからの話を統合して出てくる言葉が一つ。   「原因は、こいつか?」   指差した先は、バッシュ。   「あぁ、そうだ」 「ブラコンだと?」 「……そんなつもりは無いが、そう、肩書きが付いているようだな」   バルフレアとフランがため息をつく。そんなつもりがない?どう見ても、ブラコンだ!と言いたい。 日々バッシュが会社から、弟にメールを送信しているのを知っている。今日の報告は、決まりだそうだ。 日本に居た時、「夜が遅い」の一言で、大量の酒を送って来たのも知っている。 どうせ、兄優先で、恋人を疎かにした結果の、長続きしない状況なのだろう。   『お兄さんと私のどっちが大切なのっ?!』   バルフレアとフランには、そんな台詞を泣きながら言ってる女性の姿が、蜃気楼のように見えていた。   「もう、報告のメールはいらないからな」 「え?」   バッシュだけじゃなく、自然とバルフレアとフランも声が漏れた。   「お前が居るのだろう?」   ノアは、嫌そうにバルフレアの方を見る。   「お、おぅ」 「お前がちゃんと監視していろ」 「あぁ?」 「どこかに捕まっていないかとか、突然居なくなったりしないかとかだ!」   状況を一切知らずに、イヴァリースの記憶を持って生まれてしまったノア。子供心に、兄を失うのが怖かったのだろう。だから、二回目の生では、兄の行動を逐一観察する様になった。 そう考えていたフランが、「あ」と小さな声を漏らす。   「ごめんなさい……私の失敗だわ…」   フランの表情が歪む。   「………私では無理でも、お兄様方に…そう、頼むべきだったわ…」 「何をだ?」 「子供だった貴方は、お兄さんを失う事を恐れたのでしょう?」   フランが何を言いたいがようやく分かったノアは、苦笑を浮かべた。   「だから…」 「たとえ、イヴァリースの記憶が無かったとしても、俺の行動に変わりはなかっただろうな」   ノアは、フランの言葉を遮り、後悔する必要は無いと手を振る。   「どうしてだ?」   不思議そうに聞くバルフレアに、ノアは深々とため息をついた。過去が走馬灯のように目の前に現れては消える。どんどん、疲れてくる。   「兄さん……」 「何だ?」   こちらも不思議そうに返してくる。ノアは、体が椅子にめり込むんじゃないかと錯覚まで起こしかけていた。   「兄さんは、しょっちゅう迷子になっただろ?いや、迷子じゃない。突然、勝手に走り出して、どこかへ行ってしまう。それで、保護された回数は何回だった?」 「あぁ、そんな事もあったな」 「あったなじゃないっ!どれだけ、母さんと父さんと俺が、探し回ったと思ってるっ!」   (あー……)   フランとバルフレアが同時に疲れた声を心の中であげた。   「すまん…と言いたいが…」   にっこりとバッシュが笑う。   「たぶん、それは、バルフレアのせいだ」 「あぁ〜?」 「フラン」 「何かしら?」 「俺の実家は、彼の実家と近かったのだろう?」   フランの目が見開かれる。   「え…えぇ、でも、電車で2駅ほど離れていたはずだけど……」 「買い物をする場所が同じだったのだろう。俺は、直感が『あっちだ』という方向へ歩いていっていただけだからな。  その先に、たぶん、バルフレアが居た」   バッシュを除く全員が絶句していた。   (見慣れてはいるが……その嬉しそうで、満足げな顔と断言が俺は嫌なんだ!)   ノアは、いつになっても慣れそうも無い、血のつながっているはずの兄の言動にげんなりする。   (ある意味、俺用の電波くんか?)   バルフレアは、記憶がさっぱりなくなっていても、自分へ向かってくるバッシュが少々嬉しかったりする。   (凄いわね…)   フランは、『愛の力』なんつー、綺麗な言葉なんか一切思い浮かべていない。『動物の勘』という、大型の獣に向ける感心した視線。もし手に骨を持っていたら頭を撫で、あげていたかもしれない。   「あー…、とりあえず、こんな時間だし、こいつらは話さなきゃいけない事もあるだろうし、続きは明日な」 「続きは、なくていいわよ」   バルフレアは、一つ頷き、「じゃぁな」と一言。フランも手を振り、そのまま玄関に向かった。   「送らんのか?」   それを、ノアは慌てて追った。   「大丈夫よ」 「だが、外はもう暗い」   フランが、くすりと笑う。   「大丈夫よ。私の住まいは、この部屋の一階下にあるの。  貴方も引っ越してくる?空いている部屋があったはずよ」 「まさか、こいつの兄貴達もか?」   ノアが嫌そうに、バルフレアを指差す。   「いいえ。ここは、私達だけよ」 「安心しろ、ここは、親父も場所を知らないからな」 「あいつは、あの会社の社長なんだろ?調べれば簡単に分かる」 「いいや、俺達全員、住所は実家になっている」 「携帯も登録していないからな。この家に居る時は、安全だ」   目の前の三人のあまりに自然な様子に、ノアが盛大なため息をついて呆れた。だが、もう一方で、あの親が社長ならば、当然の処置だと納得もしていたりする。   「いつか、尾行されて、バレると思うが……」   そう、これぐらいの事は、鼻歌交じりでやりそうな男だ。絶対に安全だとは言い切れない。   「そうしたら、引っ越すさ」 「そうならない事を祈るわ。私、結構、ここ、気に入ってるのよ」   そう言って、フランは手をひらひらと振り、「また、明日」と言って扉を開ける。   「引っ越す時は言ってね」   最後に振り返り、ノアに笑みを送り、帰っていった。   「引っ越してくるか?」 「兄さん…」 「俺は、新婚家庭の傍に居たいと思わないし、ここからじゃ通勤に不便だ」   ノアは言葉の選択を間違った。 バッシュの心に『新婚家庭』が、激しくヒット。目の前の満面の笑みが非常に嫌。激しく嫌。   「俺は、もう寝るからな。あんたら、ちゃんと『お話』をしろよ」   バッシュのその反応に危険を感じたバルフレアは、さっさと寝室の方へ歩き出している。HPのダメージが大きい状態で寝たら、寝起きが悪くなりそうだと、惚れている相手だが、人の気力を奪う特性は苦手だと、逃げを選択。   「バルフレア…」 「明日な」   不服げなバッシュの言葉をスルーして、バルフレアは部屋に逃げ込んだ。 そして、困ったようなノアと、同じく困ったようなバッシュの二人がリビングに残った。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「……ん〜?」   バルフレアは、カーテン越しのうっすらとした明かりと、人の気配と、小声のやり取りに、意識が半分覚醒する。   (兄さんっ!) (大丈夫だ) (何がっ!俺は、ソファーでいいって言ってるだろっ!) (お前の事だ、どうせソファーで寝ずに帰るだろ?) (……俺の用事は終わった)   バルフレアは、半分目覚めた頭に頭痛を伴う会話内容が入ってきて、しっかり目覚めてしまいそうになる。 まだ、寝ていたい。 この明るさは、まだ夜明けのはず。 なのに、原因は一向に減らないどころか増大傾向。   (いいから、寝ろ)   バッシュの言葉と共に、激しくベッドが弾む。どうやら、ノアはベッドに投げられたらしい。 男二人が寝ても余裕があるように、巨大なベッドを購入した。 おかげで自分の陣地は犯されていないが、スプリングの反動により、バルフレアは、しっかり目が覚めてしまった。   「…あんたら、何やってる?」 「あ、バルフレア。起きたのなら、ノアが逃げないよう、押さえつけてくれ」   さわやかな笑みは、時に怒りを誘う。   「俺は、あんた以外の男と寝る趣味はねぇぞ」   寝起き+怒り=低音+三白眼。だが、そんな事に動じる心臓なんか、一切持ち合わせていないバッシュは、「嬉しいな」と一言言ってから、ノアを抱え込み、バルフレアから背を向けた。いくら弟でも、バルフレアの隣に寝かせるつもりは無いらしい。   「これならいいだろう?」   ノアが暴れても気にしない。背中方面から怒りのオーラを感じても、気にしない。 とりあえず、バルフレアが一緒に居て、久しぶりに会えたノアが一緒に居て、昨今の睡眠不足が解消出来れば幸せというバッシュは、さっさと夢の中へダイブした。 そして、目が覚めてしまったバルフレアと、こんな拘束された状態では眠れないノアが、取り残された。   「あんた…弟だろ?なんとかしろよ」   バルフレアは、まるでズブズブと体が布団に沈み込んでいるような錯覚を起こしていた。布団から出て行きたくても、体に力が入らない。   「お前こそ、旦那なのだろう?なんとか修正しろ。いや、してくれ!」   ノアは、今までもそうだったように、諦めて目を閉じる。 そして、一応、こんな夜もしっかり明けていくのであった。     -End-       08.09.15 砂海
途中から、最後は見えていたのに、どうしても、どうでもいい会話(おい)を書く気にならなくて…<いや、どうでもいい訳じゃないんだけど……つなぎがね……うん……orz  すんません、長々と放置していましたぁぁぁぁぁぁっ!m(__;)m^^^