交差する記憶 ]W  

    ◆交差する記憶 ]W   「さぁて、おめぇらの手札を見せてみろよ」   設計部部長、ジェクトが好戦的な表情を浮かべ、会議室の椅子に座る。   「内容の無いものに、時間をかける気は無い。必要が無いと判断したら、帰らせてもらうぞ」   解析部部長、アーロンが、口元に淡い笑みを浮かべながら、淡々とした声で言う。   「さて、はじめましょう」   企画部部長、ブラスカは、笑っていない瞳を笑みの形にして、全員を静かに見ている。 既に、バルフレアとバッシュが用意した書類は、机の上に並べられていた。 二人は、慣れた元上司の態度など一切気にせずに、今の上司に視線を向けている。   「まずは、1の現状から」   バッシュの声が、部屋に響いた。   「既に、デザイン部は、自力で動いています」 「今日の打ち合わせは、終わりにします。詳細は、それを読んで下さい」   そう言って、バッシュとバルフレアは、立ち上がった。 帰ろうとする二人に、残された部長達は、慌てる様子もなく、口元に笑みを浮かべたまま。   「そうきたか」   ジェクトが、ニヤニヤ笑う。   「そうか」   アーロンが、口の端をあげる。   「私との打ち合わせとは、随分内容が違うのですね」   ブラスカが、楽しそうに笑みを浮かべる。 だが、二人はその態度に一切動揺を見せない。   「お二人に話しがあるので、残っていただきたいのですが」   扉に向かおうとする二人は、そのブラスカの言葉に立ち止まった。   「話を聞きたいのは、山々なんですが、俺達は総務に言われた処理を早急にやらないと怒られますんで」 「明日朝までに提出しなさいという厳命です」   バルフレアはひらひらと手を振り、バッシュは一応頭を下げる。   「何の処理でしょうか?」 「来月いっぱいで退職する為の、関係書類の提出」 「同じく」   ここに来て、事態を飲み込んだ部長達が慌てて立ち上がる。   「ちょっと待ちやがれっ!」 「なんだよ」   バルフレアのさばさばした表情を見て、ジェクトは全ての状況を察した。口の端を少しあげる。   「諦めたのかよ」 「あぁ、そうだよ。ったく、こっちの方が、まだマシかもしれない状況だ」 「だが、おめぇが本気でしたかった事だ。だろ?」   ニンマリ笑ったジェクトの顔を見て、バルフレアは苦笑を浮かべる。そこまで、バレているとは思わなかった。   「…忌々しい事にな」 「そうか。ま、俺にとっちゃぁ残念だが、いいんじゃねぇの。お前の設計で製品が出来たら、カタログを送れよ。買えねぇけどな」 「あぁ、分かった」   バルフレアがこの会社に来た事情を知っているジェクトは、笑ってバルフレアの肩を叩いた。   「ジェクト、説明しろ」   そこに、置いてけぼりにされた、アーロンが威嚇する。   「あぁ、こいつの親父は、小型軽飛行機製造会社の社長をしててよ。そこへ、帰るんだと」 「なら、バッシュは、関係ないだろ」   そう言い切ったアーロンの言葉に、にっこり笑って「飛行機の解析をする事になりました」と、バッシュが答える。   「バルフレアっ!」 「何ですか?」 「優秀な人材を引き抜くなっ!」 「こいつとは、置いていかないって、昔からの約束があるんでね。  アーロンさんが、文句も言いつつも、元部長と現部長と一緒に居るのと同じですよ。仲間なんでしょう?」   アーロンが、ぐっと詰まる。 バルフレアが調べた中に、三人の会社に入る前の情報があった。大学時代からだと思っていた付き合いは、高校にまで遡る。この三人が組んで行った数々の出来事は、未だ学校内で語り草になっているものだった。   「お前が、バッシュと出合ったのは、最近だったはずだが?」 「少々記憶の混乱がありましてね。確かに一緒だった時間は短かったが、こいつとの付き合いは、かなり古いんですよ。  それに、時間は関係ないでしょう?仲間ってのは、そういうもんだと思ってますがね」   バルフレアの言葉に、アーロンは少し目を見開いた後、ゆっくりと目を閉じ淡く微笑んだ。   「お前の仲間は、気力を全て奪う技を持っているが、基本は真っ当で良かったな」   アーロンの言葉に、バルフレアがチラリと元部長と噂の現部長を見る。   「俺は、アーロンさん、貴方を尊敬しますよ」 「あぁ、尊敬してくれ。どれだけ二人に振り回されたか、全部聞かせてやりたいぞ」   恨みがましくバルフレアの背後に居る二人の部長を見る視線だけで、十分に分かってしまう。元々、その片方は自分の元上司。十二分に知っている。その同期というだけでも、十分に尊敬していた。   「経緯は、分かったよ。でも、違う事でも話があるから、席に戻って欲しいな」   にこやかな笑み、穏やかな言葉。だが、そんな事に騙されるバルフレアじゃない。方向は違えど、激しく常識を逸した強引野郎と付き合ってきた年月で鍛えられた勘が、戻ってはダメだと声高に叫んでいた。   「いや、総務の綺麗どころに睨まれるのは、本位じゃありませんから」   抵抗を試みる。何気に下の方から尊敬の眼差し。ふろむアーロン。   「なら、そこで立っていてもいい。覚えているかな?先月君が出した企画書の話なんだが?」   無理やり扉から出ようとしていたバルフレアの足が止まる。   「これのお陰で、かなりの苦労をしたんだよ」 「まさか……通したんですか?」 「当然だ。転勤するのを躊躇するぐらいだったからね」   ブラスカの言葉に顔色を変えたのは、ジェクトとアーロン。   「ちょっと待った!」 「ブラスカっ!」 「なんだい?」 「お前……まさかとは思うが、その企画を自分が…じゃねぇっ!俺達も巻き込むつもりじゃねぇだろうなっ!」 「当然だろう。あちらに問い合わせたら、三ヶ月ぐらいならぎりぎり待ってくれるそうだ」   鷹揚に笑む顔が、ジェクトとアーロンには、悪魔に見えた。 今現在紙でしか無いブツを三ヶ月間で、現物を造り、宣伝チームとの連携、販売側へのフォローまでやると言っているのである。寝るなと言われている。休日は無いヨと言われている。顔色が変って当然。   「俺は、転勤するからな。お前だけでヤレよ」 「あぁ、俺も転勤を優先する」 「安心しなさい。今回は、発案者も、その仲間も居るのだからね」   その言葉に、バルフレアの片眉があがる。   「俺は、再来月には転職しているのですが?」 「三ヶ月くらい伸びたって、構わないだろう?それに、君の案件だ」 「別に、ブラスカさんの名前でやって頂いて構いませんよ。俺は、その案件に未練はありませんから」 「そう言われても、君の名前でゴーをかけてしまったからねぇ」   なるほどと、バルフレアは心の中で納得する。表面上に出ているもののベクトル方向は違うが、結果がまるで同じ。今バルフレアの前には、己の父親と同種の人間が微笑んでいた。   「それは、ブラスカさんの手腕を持ってすれば、どうにもでもなるものですよね。  俺は、これから早急に実家に帰って、テスト飛行をする準備に忙しいんですよ。  無理です」 「だけど、退職は、来月末付けだろう?」   にっこり笑っているブラスカが嫌。   「後、一ヶ月半は、私の部下だからね」 「来月は、たまっている有給消化に使わせてもらいます」 「でも、私は承認印を押さないよ」 「いいえ、組合と総務には、大量の友人が居ますし、以前から有給を消化しろと、煩く言われていますしね」   とことん対抗するバルフレアに、アーロンは尊敬の眼差し送り続け、ジェクトは心の中で合掌をしている。ちなみにバッシュは、ただひたすら彼らしい彼をのんびり眺めているだけ。バルフレアは、心の中で役立たずと怒鳴っていた。   「だめです」   静かで、一聴優しく聞こえる声が言う。   「退職時の引継ぎは基本ですよ」   バルフレアの目が細まる。   「引継ぎが終わりそうもない場合には、退職を伸ばす慣例もありますよ」   とことん退路が塞がれていく。 バルフレアは、諦めのため息を一つ。そして、顔を上げた時には、バッシュが部内の宴会で見た顔が現れた。   「ユウナちゃんは、お元気ですか?」   部屋の空気が、一気に氷点下になった。ちなみに、ユウナちゃんとは、ブラスカの最愛の娘である。   「どういう事かな?」   その冷ややかな声の意味を十二分どころか、十千分知っている、ジェクトとアーロンが青ざめている。   「可愛いお嬢さんですね」   その声音、その笑み、たとえ心の中では必死だとしても、そんな事はカケラも見せない。バッシュの目の前には、ブナンザ家という大貴族に居た優雅さと、空賊らしいヒヤリとした危険な空気を纏ったバルフレアが居た。   「どちらから、ユウナの事を?」 「俺は、ティーダとも付き合いがありましてね」   声にならない悲鳴が、ジェクトの口から漏れた。ちなみに、ティーダとは、ジェクトの息子の名前である。   「先日お会いした時に、後日食事にでもと、誘われましてね」   ある意味、諸刃の剣。ブラスカの娘に対する愛情は、ティーダから嫌になるほど大量に聞いていた。 ブラスカの事を聞きたいと言ったバルフレアに、涙無くしては語れない、ありとあらゆる父親の妨害工作を数時間かけて聞かされた。 その娘への尋常で無い愛情を利用する。 バルフレアとしは、危険の伴うそれを使うつもりは無かったが、この八方塞がりの状態。目の前に残っているのは、そんな危険な藁。その危険な藁をバルフレアは、がっしと掴んでいた。   「女性からのお誘いをそのままにしておくのは、俺の信条に反します。明日にでも、服をお贈りしましょう。サイズはだいたい分かっていますので、ご安心下さい。  あぁ、行き先は、部長にお伝えした方がよろしいでしょうか?」   ジェクトには、アーロンには、見えていた。ブラスカの背後に突然現れた吹き荒れる嵐、雷付き。   「バルフレアくん…」 「何でしょうか?」 「有給を使う時は、既に実家に帰っている予定かな?」 「その予定です」   ブラスカの口元から、ギリギリと歯軋りの音。   「では、交換条件と致しましょう。今月いっぱい引き継ぎ。来月は全ての有給を処理して構いません」 「バッシュは?」   ブラスカの手の中にあった、シャープペンシルがバキッという音と共に折れる。   「同じでいいでしょう」 「そうですか。ありがとうございます」 「ユウナの事は気にしなくて結構ですよ」 「そうですか。では、可愛いお嬢さんに、よろしくとお伝え下さい」 「えぇ……分かりました」   バルフレアは、心の中でガッツポーズ。勝った。とりあえずは、勝った。 部屋を出る途中、ジェクトの肩を叩く。   「俺の資料や、データの引継ぎがしたい。今いいか?」 「お、おう!じゃ、じゃぁな〜ブラスカ」   差し出された手を必死に掴んで、溺れるのを免れようとする一名。   「バッシュ、お、お前も一課の資料を俺に出せ」 「分かりました」   差し出されない手を無理やり、引っつかんで、溺れるのを免れようとする一名。   「では、失礼しました」   バッシュは、にこやかにブラスカに笑みを送り、アーロンと一緒に部屋を出た。 閉じられた扉の中から、ものすごい破壊音があがる。 その惨状を見るのは、企画部に居る事務の女性が片付けに来た時。それは、それは、凄かったと言う。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「寝る以外の事を考えられないってのは、凄い事だな」   目の下にくっきりと隈を貼り付けたバッシュが、カバンを床に落とす。   「これが最後だと思うなよ…」   同じく目の下にばっちり隈を貼り付けたバルフレアが、苛々しながら外したネクタイを床に落とす。   「ドクターシドか?ブラスカ部長より凄いのか?」 「覚悟しておけよ。同類だ」   ここは、会社近くのビジネスホテル。 二人は、住んでいた部屋を既に引き払っている。部屋にあった荷物は、先に帰国したフランによって、選ばれた新居に移動済み。 この一週間、二人はホテルから会社に通っていた。   「だが、お前と違って、俺は直ぐには役立てるとは、とても思えんぞ」 「だから、フランに家探しを頼んだんだ」 「どういう事だ?」 「親父には、知らせない。とりあえず明日から、俺達は消息を絶つ」   今まで眠そうだったバッシュの目が、大きく見開く。 明日は帰国。バッシュは、帰国後シドの会社に出社するとばかり思っていた。   「あんたには、航空機系の教授を紹介してやる。しっかり、勉強しろよ」 「そういう事か。お前は?」 「飛んでる」 「今更か?」 「あのなぁ…ここは、イヴァリースじゃないんだぞ。自分の機体も無い。加えてイヴァリースでの記憶が強すぎて、俺の感覚が狂ってる」 「お前なら、大丈夫だろ」   バルフレアの片眉があがる。   「あんたなぁ…、一応解析までやってる機械系の人間が、何言ってんだ?イヴァリースとは、どれだけ物が違うかは分かってんだろ?」 「それこそ、お前の方が何を言っている。空賊だろ、お前は」 「ったく……うるせぇよ。とにかく、俺は空だ」 「一日で十分だろう。それより、俺の勉強に付き合ってくれ」 「はぁ?」 「折角色々分かって、お前と一緒に居られると思ったのに、24時間休み無しで働かされたんだぞ」   バッシュの視線は、恨みがましい。 本当であれば、既に帰国している予定だった。 その予定が、無理やり一週間延ばされた。 あの打ち合わせの後、家に帰ったのは、たった一回。一時間のみ。その時間で、必要なものだけホテルに移動させただけ。引越し作業から家主とのやり取りまで、全てフランにやってもらった。 結局二人は、ブラスカから逃げられなかった。いや、ついつい手を出してしまった機械科魂が、網を広げていたブラスカに捕まったというのが正解。 機械科魂その一は、バルフレアの設計したものの解析を買って出てしまったバッシュ。 機械科魂その二は、解析結果から出た修正を嬉々としてしてしまったバルフレア。 結果、ブラスカ手腕による気合で発生した、新ファミリーカーの企画の実行部隊の中心地に、二人は居るはめになった。   「あんたが、解析したからだろ」 「俺は、お前の担当だ」   それは違う。 まったく違う。 自分の設計書の解析を全てバッシュが行った訳じゃないし、そんな担当が解析部にある訳もない。   「お前が設計変更をしなければ、今頃無事に帰国していたはずだ」 「本当に、そう思うか?」   バッシュの顔に苦笑が浮かぶ。ついで、首が横にふられた。 この三週間、目の前で見てきたブラスカの手腕。 どんな裏技を使ったら、町工場の社長みたいに、各部署に渡す書類皆無で、あれだけ人を動かせるのか未だ不明。   「うちの社長は、あの部長の手下か?」   そう、バルフレアがぼやいてしまいたくなるぐらいに、一般社員にとって雲の上の人のはずの社長は、ブラスカの言いなりに動いているように感じる。   「あのYPX2の開発時に、現社長も巻き込まれた一人らしい」 「……まじかよ」 「さぁな。だが、この状況を見る限り、信憑性がありすぎるだろう?」 「それで、あの視線か……」   帰り際、開発担当者ほぼ全員から、隈付きの恨みがましい視線を浴びた。ここまで手伝ってくれて、ありがとーなんつー、視線は皆無。全員真っ赤になった睡眠不足の目から出される澱んだオーラは、激しく怖かった。   「俺達、退職宴会もなかったよなー」 「いや、予定はあったらしいが、全部ブラスカ部長が潰したらしい……」   本日退社時、バルフレアとバッシュの机の上には、大量の退職お祝い品が置かれていた。 その中にあるメッセージをいくつか読んでいたバッシュは、事情をある程度理解していた。   「あー、そうかよ。ったく、最後の挨拶も出来なかったじゃねぇか」 「そうだな」   それどころじゃなかった。試作車を作り上げるのに必死で、気がついたら日々次の日という状態。微々たる仮眠。そして作業続行。その繰り返し。 最後の日の今日も、それはまったく変わらなかった。   「明日、成田に行く前に、挨拶に行くか?」 「やめとけ。帰れなくなる」 「あ……ブラスカ部長か…」 「捕まったら最後だ」 「仕方が無い、手紙を送るか」 「無難だな」   既にシャワーを浴びる元気も無いバッシュが、寝巻きを着込んでベッドに倒れる。   「バッシュ」 「………何、だ?」   声が間延びしている。   「あと少し起きてろ」   バッシュが返事をする前に、顔があげられ唇に暖かい感触が触れ、ゆるりと啄ばんだ後、それが離れた。   「バルフレア…?」 「んだよ、最後まで見たら、答えを出すって言っただろ?」   バッシュは、酷く変な顔をしていた。   「ん?」 「俺は、答えを知っているが…」 「あぁ、俺もあんたの答えを知っているな」   バッシュは、まじまじとバルフレアを見る。   「一応な」   そう言ってバルフレアは、もう一度バッシュの唇を啄ばむ。   「目ぐらい閉じろよ」 「いや……閉じたら寝てしまいそうだ。もったいない」   バッシュの腕があがり、バルフレアの背中に回る。   「…だめだ……やりたいが、その体力さえ残ってない」   パタリと腕が落ちた。   「はは…、俺も無理だ。落ち着いてから、ゆっくりしようぜ」 「一晩…中……希、望…」   最後まで言えず寝息をたて始めたバッシュに、「分かった」と笑いを含んだ声でバルフレアは答え、同じようにそのまま眠りに落ちた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「バルフレア…」 「ん?」   西ダルマスカ砂漠の夜。気温は日中と違い激しく下がり、二人は毛布に包まり、敵陣を見据えていた。   「あのだな…」   普段こんなに言いよどむバッシュを見た事がないバルフレアは、面白そうな表情を浮かべ、彼の次の言葉を待つ。   「十年経ったら……あの、だな、……どの国も落ち着くだろうし……それで、な、週に数回でいいから、俺を雇ってくれないか?」   バルフレアの片眉と口元があがる。   「空賊としてか?」 「いや……機工士として……」 「へぇ〜、それで?」 「十年かければ、会話には、参加出来ると思う」   バルフレアは、笑い出した。   「そ、そんな暇が、あ、るのかよ」 「作る」 「そ、そうかよ……そんなに寂しかったか」 「そうだ」   胸を張って言うバッシュに、バルフレアの笑い声が大きくなる。 戦場に来る前、ブナンザ一家+フラン+ノノ達が集まり、バハムートの改造で盛り上がっていた。 その場に、大貴族様の護衛という肩書きで来ていたバッシュは、やる事が一切無く、バハムート内の邪魔な置物と化していた。 会話内容理解不能。 新しい部品を見つけては、歓声をあげる感性も無し。 ついでに、新製品の工具を見て、輝かせる瞳も無い。 工具や部品を武器や防具に変換すれば、とりあえず同意は出来るのだが、どう見ても、どこにでもある工具で、訳分からない部品、やはり分からない。 バルフレアと一緒の場所に居て、ここまで寂しい思いをしたのは、初めてだった。   「だから、べ、勉強すると?」 「そうだ」 「あんたに、理解出来るのかねぇ」 「十年かければ、なんとかなるっ!」 「剣とは違うぞ」   バルフレアは、笑い声を収めてはいたが、未だ口元は笑っている。   「大丈夫だ。お前と共にあるのなら出来る」 「そうかよ」 「そうだ」 「分かった。一応、シュトラールの整備人員を一人空けておく」   バルフレアの指がバッシュの頭をはじく。   「だが、腕の悪いヤツを入れる気は無いからな」 「うむ」 「あんたの船にも機工士の一人や二人は居るだろ?せめて一日に一回は手伝え。頭だけじゃ、使い物にならないからな」 「分かった」   ほんの僅かな間の会話。 だが、二人にとって、今の自分が歩いてきた道の理由を教えてくれた大切な夢だった。                                                       ◆   「バッシュ、お前、これを解析してみろ」   バッシュの手に渡されたのは、設計部からあがってきた図面。右端に知らない名前、バルフレアとサインが入っている。 それを見て、心のどこかがざわめいた。   「設計部の新人らしい。なかなか、いいものを寄越してきた」 「そう、ですね」   心の中のざわめきが大きくなる。   「頼んだぞ」 「分かりました」   バッシュは、まだ知らない。 この時、最後の夜に望んだ事が叶った日だという事を。                       ◆   「ほら、返ってきたぞ」   書類で頭を叩かれ、憮然とする。   「しっかり読んでおけ、解析部の腕利きが担当したらしいぜ」   そう言われて、結果の欄に急いで目を通す。 丁寧な解析結果と共にある、細かな指摘。自然とその書き手の名前に目が行った。 バッシュ。 理由も分からずに、心臓が跳ねた。   「…んだ?」   本人は気づかなかったが、バルフレアの顔に、満足げな笑みが浮かんでいた。     -End-       08.08.17 砂海
少々、終わりがすんなりじゃなくて、すんません…orz かっちょよく終われる手腕がほしゅうございますだよ〜(T^T) でも、無事完結で、安心安心。よくここまで来れたと、誉めてやって下さい<おい