交差する記憶 ]V  

    ◆交差する記憶 ]V   「はい、企画部です」 『今日、今から打ち合わせを願いたいんだが、いいかな?』 「激しく忙しいので、無理です」 『その忙しさを無くしてやれると思うんだが。まぁ、騙されたと思って二人でおいで。 私は、君らに借りがあるんだから、損はさせないよ』 「………分かりました。今からお伺い致します」 『あぁ、先日のミーティングルームで、待っているからな』   バルフレアは、ため息をついて受話器を下ろした。話相手は、デザイン部の部長。 一応、彼なりに手を伸ばしてくれた実績があるので、とりあえず頷いた。時間の無駄だと思ったら、さっさと退席すればいいと、そこまで考えてバッシュの方を見る。ため息が漏れた。   「バッシュ。デザイン部の部長から呼び出しだ。この間のミーティングルームへ行くぞ」   今朝から、バッシュの機嫌が悪い。 明日に迎えた部長達との打ち合わせの為の、決定的な対抗策が見つからない事で、こうなる男じゃない。今朝見た夢が、最後なのか、それとも続きがあるのかが、分からない事に苛立っているのだろう。 バッシュは、朝から黙々とディスプレイに向かい、挨拶も無かった。   「俺も必要か?」 「ご指名だ。諦めろ」   バッシュは、のろのろと立ち上がる。   「あちらの部長さんが、何かネタをくれそうだぜ」 「本当か?」 「あの人は、良さそうだっただろ?貸しもあるしな。少しは、期待してもいいだろ」   そう言ってバルフレアは、歩き出す。 その背中を見ながら、バッシュは苦笑を浮かべ、諦めてついていった。             「フランっ?!」   扉を開けた部屋の中で、真っ先に目に入った人物。 落ち着いた赤茶の眼差し、足まで届くかと思うぐらい伸ばした銀の髪、すらりとした姿態、たとえヴィエラ特有の耳が無かったとしても、見間違いようが無かった。   「君達は、知り合いだったのかい?」   キロス部長の言葉に、目を見開いていたフランが、ニッコリと笑う。   「えぇ、ほんの少しの間離れていましたが、随分と古くからの知り合いですわ」 「そうか、………まぁ、彼ら次第だが、あのブラスカ部長のことだ、きっと君の案しか残されてないだろう。  でも、出来れば、残っていてくれよ」   フランは、くすりと笑う。   「難しいのでしょう?」 「私は、君が気に入っているんだが、……まぁ、仕方が無いか。彼らには、かなりな貸しを作ったからなぁ」 「部長も、私の案に乗るという選択肢がありますわよ」 「いや、私は、ここが結構気に入ってるんでね。ブラスカさんのやり方も、嫌いじゃないしな」   キロス部長が、立ち上がる。   「彼女は、うちの部のバイク担当課の課長だ。この前、紹介してくれと言ってただろう?」 「あ…あぁ」   フランを見た動揺から抜けられないバルフレアは、とりあえずの相槌しか打てない。   「ここは、今日一日、君達の貸切だ。君達がどう結論を出すかは分からんが、出来れば、また一緒に仕事をさせてくれよ」   そう言って、部屋から出て行った。 バルフレアも、バッシュも、何も言わない。いや、未だ何も言えなかった。二人は、キロス部長の言葉を一応聞いてはいたが、未だ呆然としたままだった。   「バルフレア、バッシュ、どうぞ、座わって」 「……フランなんだな?」 「えぇ、お久しぶりね」 「久しぶりというのは………やはり、あの夢は…」 「夢?…そう、貴方達は、夢を見たのね………」 「あぁ、イヴァリースでの人生を全て辿る夢を見た…あれは?」 「あれも現実にあった事……そう、夢に……。奇跡としか言いようがないわね…」   今まで部屋の隅に立っていたフランは、近い椅子を引き、優雅に座る。   「貴方達が見た夢は、どこまであったのかしら?」 「今朝…、西ダルマスカ砂漠で光に包まれた」 「お前、アスラって叫んでなかったか?」   二人の言葉に、フランの視線が下がる。   「なら、もう夢は終りよ」   その言葉に、バッシュの目が見開く。   「あれが………最後だったの…か?」 「実際は、もう少しだけ貴方達は、あの世界に居たわ。でも覚えているでしょう?あの衝撃は、尋常じゃなかったの」 「それは、俺だけだろ?」   バルフレアは、今朝見た夢の衝撃を未だ覚えていた。あれが、最後だと言われても不思議はないぐらいの衝撃を体全体に浴びた。   「確かに貴方は、バッシュを守ったわ………でも、全ては守れなかったの」 「っ…」   バルフレアの顔色が変る。   「……そう、そうだったか……、足……だな」 「えぇ」   自分の最後の記憶。バルフレアに抱えられた事と、地面に激突した衝撃と、悲鳴にさえならない激痛を足に感じた事。 バッシュは、自分がそうであったのなら、バルフレアの体はどうなっていたのかと、顔色を変えた。 そのバッシュの視線には答えず、フランは、横においてあったコーヒーポットを持ち、人数分のコーヒーを入れた。   「この世界に来るまでの全てを話すわ。そして、今、貴方方が抱えている難問を解決出来そうな案も出す。  とりあえず、私の話を聞いてもらえるかしら?」 「分かった」   バルフレアは片手をあげ、フランの前に座る。   「聞かせてもらおう」   バッシュは、バルフレアの隣に厳しい顔つきで座った。   「昼までには、一段落をつけましょう」   彼らの前にコーヒーを置いた後、フランは、彼らを暫し見つめ、口を開いた。   「私が、魔力を強化していたのは、知っていたわね?」   二人は、黙って頷く。   「あの世界は、未だ混乱の中だった。いつ、戦争が起きても当然の事だと思えるぐらい。特に、ロザリアのトップ達が、あれである以上、再び将軍が立ち上がらざる得ない状況が起きると確信していたの。  だから私は、魔力をあげたのよ。  どうせ、将軍が立つ以上、バルフレア、貴方もその横に立つつもりだったでしょう?」 「当然」   バルフレアの言葉に、フランは頷く。   「将軍は、あの旅の後、ロザリアで囁かれていた噂は、知っているかしら?」 「噂?」 「貴方は、ガブラスだったのでしょう?召還獣の話は聞かなかったのかしら?」   バッシュは、一瞬考えるように目を閉じたが、首を横に振る。   「そう……酒場では、結構噂になっていたのだけど。  ロザリアの上層部が、召還獣を必死になって探しているという噂。  おそらく、私達の旅の噂を聞いたのね。召還獣を持てば、優位に立てると考えたのだと思うわ」 「それで…あれか?」 「えぇ、彼らが見つけたのは、竜王バハムート。遥か遠い昔、幻獣の王として君臨していた巨大な力を持つ王。それが、あの時現れたバハムートよ」   フランの口元に笑みが浮かぶ。   「貴方のお父様は、その逸話を知っていらしたのね。君臨するに相応しい要塞に竜王の名前をつけたのだと思うわ」 「ヴェーネスにでも聞いたんだろ。あいつは、そんなロマンティストじゃねぇよ」 「そうかしら?神と呼ばれるに相応しい者達に戦いを挑もうとするのは、ロマンだと思うのだけれど?」   バルフレアは、嫌そうにため息をつく。   「んで?」 「えぇ、ロザリアのおかげで私も思い出したのよ。  全ての魂を守り、育む女神の存在。  海の底深くに居を構え、その海の存在のように、聖なる光で命を守る女神、アスラ。  そのアスラを手に入れる為に、私はあらゆる魔法を覚え、戦いを挑んだの」 「……それで、別行動かよ?」 「貴方は、貴方で忙しかったのでしょう?」 「まぁな。だが、何で、そんな無茶をした?」   バルフレアは、答えの分かっている問いをする。それが、たとえ無粋だと思っても、フランの口から確認をしたかった。   「あら、随分と鈍くなったものね」 「フラン、……もし、お前が帰ってこなかったら、俺はどこへ助けに行ったらいいかも、あの時は分からなかったんだぞ。せめて、俺を連れて行けよ」 「あら、私は、帰ってきたでしょう?有言不実行だった貴方がそれを言うの?」 「ん?」 「お兄様方が、怒ってらしたわよ。あれは、帰ってきたとは言わないって、でしょう?」   バルフレアは、それに何も返せなかった。想像でしかないが、あの衝撃を受けた体が、五体満足だったとは、とても思えない。ならば、その事実を聞かなければならない。   「悪かった。続きを聞かせてくれ」   フランは、苦笑を浮かべ頷いた。             アスラを手に入れたその足で、戦場に最速で向かったフランが見たものは、召還された竜王と、ファムフリート、そして頭上を動く要塞バハムート。瞬時に状況を理解した。 こんなに早く、手に入れたアスラを使うとは思ってもみなかった。いつも年若い相棒がしていたように、自然と舌打ちが漏れる。 まだ、魔法が届く範囲に居ない。 走りながら、自分の中の魔力を最大限に引き出す。 だが、一歩遅かった。 一瞬のうちに、目の前の光景が激変する。荒れ狂う炎、飛び散る破片、うねる濁流、そして吹き飛ばされる二人。 「アスラっ!」 その一瞬送れた声によって現れた女神に、「全ての癒しを彼らにっ!!」叫んだ。   「確かに、アスラが居なくても、貴方達は死ななかったかもしれない。でも、バルフレア、貴方は、車椅子から離れられなくなっただろうし、バッシュ、貴方は、足を失っていたわ」   早急にブナンザ邸に運ばれた二人の意識は、戻る事なく数日が過ぎていた。 その日、バルフレアの二人の兄と、フラン、そして、フランに召還された、アスラと、エクスデスが、二人が寝ている部屋に集まった。   「アスラが言うには、これ以上の回復は見込めないそうよ」   バルフレアの切れてしまった神経も、バッシュの失った足も、戻らない。   「但し、この体では、じゃ」   厳かな声が部屋に響く。   「そ、それなら、他に手があるって事だよな?!」 「そう、言っておる」 「彼らは、当分目を覚まさない。だから、お兄様方に聞きたいわ」   フランは、まっすぐに二人兄を見詰めている。   「私は、彼らのままで居て欲しいと思っている」   二人の状態をお互いが確認したら、お互いが己を責め呪いそうで怖かった。   「そ、それは、俺達もっ」 「だから、生まれ変わってもらおうと思っているの……それも、この世界では無い世界で…」 「ヴィエラの娘、続きは、儂が説明をしよう」   フランは、黙って頷き、エクスデスに話を譲る。   「アスラは、本体から魂という形として取り出す事が出来るのじゃ。魂は、その者の本質。その本質を、母体に移し、もう一度、一から体を作りなおすのであれば、時と共に今まで通りの者に、戻るじゃろう」   二人の兄達は、あまりに常識から外れた話に、呆然としている。   「魂が…」 「そう、あるのじゃよ。お主らには、見えぬじゃろうが、お主らの弟を守るように、漂っている魂も。ジャッジの鎧の所で、額に傷のある者をずっと見守っている魂も、全て存在しておるのじゃ」 「……父さん…?」   バルフレアの周りを必死になって、二人は見るが、何も見えない。   「ジャッジの鎧となると、彼の弟かしらね」   フランの目にも、何も見えない。   「ヴィエラの者が、この世界で、再びこの者達が育ったら、今回の二の舞になるだろうと言うての。  それで儂が、今ここに居る。  ヴィエラは、儂の能力、折り重なる世界を移動させる能力を要求したのじゃよ」 「それじゃぁ…、俺達は、もうファムには、会えない……」 「一つだけ方法があるわ。私は、それを望んだ。私も魂という形になって、同じ世界に移してもらうつもりよ」   フランの赤茶の瞳は、真剣に二人の兄を見詰めていた。   「ヴィエラでは、無くなってしまうのではないのか?」 「森を離れた私は、既にヴィエラでは無いの」 「なぜ…」 「これは、私の勝手な願い。意識を回復した二人が、苦しむ姿を見たくないという、単なる我侭だわ。その責任を取らなくてはね」   フランは、一回小さく息を吐く。   「お兄様方、この私の我侭を許可してもらえるかしら?」   フランの言葉に二人の兄達は、アスラとエクスデスを見上げる。   「俺もっ」 「あぁ、俺達も、いいだろうか?」 「お主らも、この世界から消えようと言うのか?今までの生活も常識も、全て捨てる事になるのじゃぞ」 「構わない!」 「あぁ、どうせ、その見えない魂も、父さんも送るって言うんだろ?なら、俺達が気にするものなんか、何一つ残ってない!」 「だが、記憶は?この世界の記憶は無くなってしまうのだろうか?」   長兄は、不安げにエクスデスとアスラを見る。   「貴方方は、大丈夫でしょう。問題はベッドの中で眠っている二人」   三人は、不安げにバルフレアとバッシュが眠るベッドを振り返る。   「体に深い傷を負っています。最後の衝撃は、魂までも覚えているでしょう。もしかしたら、何も覚えていないかもしれません」 「そう…ですか…」 「それでも、貴方方は、一緒に行きますか?」 「私は、何があろうとも行きます」 「おう、俺も行く!」 「あぁ、俺も、行きます」   三人の決意に満ちた表情を見て、アスラとエクスデスは、静かに頷く。   「では、送り先は、儂が決めさせてもらう。  なるべく、争いの無い世界を探しておこう」   三人は、黙って消えたエクスデスが居た空間に向かい頭を下げる。   「貴方方は、最後にしておかなければならない事を全てやっておしまいなさい。それまで、彼らには、眠り続けるよう魔法をかけておきます」   そう言って消えたアスラが居た場所にも、同じように三人は頭を下げた。             「あの親父は……」 「えぇ、貴方のお父様よ。変らないでしょう?」 「そうだな」   今、ドクターシドと呼ばれた男は、セスナの製造する会社を立ち上げ、己ら開発をしていた。それは、研究所に居た頃とまったく変り無い。バルフレアは、「まったく変ってないな」と呟き、苦笑を浮かべた。   「ノアも…か」 「えぇ、あなたの弟は、ノアと、ガブラスと呼ばれていた者よ」 「そうか…」   バッシュは、自分の顔を手で覆い、小さくファーラムと呟いていた。   「時間のずれは?」 「お兄様達が考えてくれたわ。ただ、全てを知っている自分達が、傍に居るのは良くないだろうと、違う家に生まれる事を、彼らは選んだの」 「兄貴達は、この世界に居るんだな?」 「居るわ」 「そうか…」   バルフレアは、真剣な目でフランを見る。   「俺は、バルフレアなんだな?」 「そう」 「空賊バルフレアなんだな」 「そうよ………ごめんなさい、貴方から空を奪ってしまった…」 「私も、バッシュ将軍なのだな」 「えぇ、将軍。ごめんなさい、貴方からも…守る国を奪ってしまった…」   バルフレアは無言で立ち上がり、俯くフランの傍へ行き、彼女の手を取った。   「面倒な事を、全部させちまったな。悪かった」 「…いいえ」 「フラン。私の方こそ、謝らなければいけないようだ。すまなかった……そして、ノアに会わせてくれた事を嬉しく思っている……ありがとう」 「二人共、本当にいいの?」 「あぁ、空を飛べない事が寂しくないとは言わないが、お前に俺の世話をさせる訳には、いかないだろ?これで、良かったのさ」 「そうだ、二人して、介護される老人のようでは、もっと迷惑をかけていただろうからな」 「……バッシュ」   フランの眉間に皺が寄る。老人介護状態の二人を思い浮かべてしまった。この世界での老人ホーム状態の二人。あまりに情けない光景。脱力した。   「私は、貴方達の世話をするつもりは、無いわよ」 「フラン、あいつの言い様は、昔からあんなもんだっただろ?スルーだ。スルー。  だいたい、俺のプライドにかけて、そんな事をお前にやらせるか」   まるで、ここがイヴァリースかのような会話に、三人は笑みを浮かべる。   「そうね、老後はお互いが、お互いの面倒を見てちょうだい」   フランは、笑みを収める。   「貴方方への、伝言を伝えるわ」 「伝言?」 「えぇ、アスラを一人で取りに行ったとは、思っていないわよね?ヴァンとパンネロが心配していたのよ。  二人は、私と一緒にアスラを取った足で、戦場にも来ていたの。  だから、事の顛末を伝えたわ。そして、シュトラールを受け取ってもらったのよ」 「あ〜?シュトラールを?……あいつ、壊してないだろうな」 「安心して、ノノには、十分に言い含めてきたわ」 「そうか、なら安心だな」   バルフレアにとって、シュトラールは、自分の分身と言っていいほどの、大切な愛機。だが、あの真っ直ぐな後輩が受け取ってくれるのであれば、シュトラールが飛び続けてくれるのであれば、十分だと笑った。   「ちゃんと整備する。大切にする。俺は、ずっと空族でいるからな」 「ヴァンらしいな」   ヒヨっ子が偉そうだと、バルフレアは片眉あげる。   「バルフレアさんも、バッシュ叔父様も、ずっと幸せでいられるよう、イヴァリースから祈っています」 「お嬢ちゃんの幸せも、毎日祈らないといけないな」 「あぁ」   突然フランは、携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけた。   「えぇ。話は終わったわ………そう」   フランは、ニッコリ笑って、携帯電話をバルフレアに渡した。   「ん?」 「早く出て。じゃないと、怒られるわよ」   バルフレアは、携帯に耳をつけた。   『ファムっ!』   携帯から、耳をはずした。   「中兄?」 『ファムラン!』 「長兄もか?」   携帯を離していても、十分に聞こえる音量。   『俺達を助けろっ!!』 「はぁ?」 『お前の父親だろっ、信じられない改造したセスナなんか、売れる訳ないじゃないかっ!止めろっ!!』   バルフレアは、嫌そうな顔でフランを見る。   「もしかして、兄貴達は、親父の会社に居るのか?」 「えぇ」 「まさか、これが解決策とか言わないよな?」   フランは、くすくす笑うだけで返答しない。正解だったようだ。   「……勘弁しろよ」   父親の性格は、知り尽くしていると言っていい。普通の親子の倍は付き合っている。噂のブラスカ部長なんか目では無い。それ以上の苦労をするのが、目に見えている。   『ファムランっ!』 「あんたらの父親でもあるだろっ!」 『この世界では、他人だ。だがな、あれは絶対に思い出してる。それを利用して、めいっぱいこき使わされているんだぞ!』 「……諦めてくれ」   バルフレアは、この案だけは受け付けられない。わざわざ面倒を背負い込むつもりは絶対に無い。   『ファム……、まさか嘘をついたまま、逃げるつもりじゃないだろうな?』 「嘘?」   嫌な予感ひしひし。   『絶対帰ってくると言ったくせに、目を覚まさなかったのは誰だ?』 「………とりあえず生きていただろ?」   激しく苦しい。   『ファ〜ム』   フランの笑い声が聞こえる。   『今回は、逃がさないぞ』   長兄の激しく低い呪いのような声が携帯から流れる。間違いなく呪い。   「世話になったのだろう?俺も行くぞ」   余計な事を言う輩が背後に一人。   「私も行くわよ」   長年付き合いのある相棒(巨大な貸しアリ)の声が付け加わる。   『ファムっ!俺達に貸しがあるのを忘れて逃げたら、地の果てでも追いかけるからな』 「あんたらには、貸しはない。最初に親父の尻拭いをしたのは、俺だって、忘れているだろっ!」   言葉は、立派だが、いまいち勢いなし。   『あ、社長っ!何するんですかっ!』 『ファムランだろ?』   間違いなく記憶が残っていた。ドクターシドは堂々とファムランと言い放つ。   『あ、ちょ…父さんっ!!』   その自然な台詞に、元息子達は、父さんと言ってしまう。 どんな光景か、想像がつく事にバルフレアは、頭をかかえたくなってきた。   『ファムラン、お前も思い出したな?テスト飛行の操縦者として帰ってこい。空賊なら、儂の仕様のセスナでも飛ばせるだろう?』   聞き捨てならない台詞を聞いた。   「当然だっ!」   だが、言ってしまっていい台詞では無く、バルフレアは「ちっ……折角この会社に逃げたのに…」とがっくりと肩を落とす。   「……親父」 『何だ?』 「俺は、テスト飛行士じゃない。設計屋だ!ついでに、優秀な解析屋一人と、機械系を熟知しているデザイナーが居るんだが」 『ほぉ』 「俺を合わせて、今まで以上の給料を保証しないと、帰らないぜ」 『とりあえず同額からだな。後はお前らの仕事次第だろ』 「俺には、危険手当も要求する」 『腕が落ちたのか?』 「んな訳あるかっ!!」   勢いで、バルフレアは、携帯を切った。   「フランっ!」 「何かしら?」 「ここでの状況より、はるかに悪くなったぞっ!」   フランの笑みが非常に嫌。   「他人に左右されるより、血がつながってる者に左右された方がマシじゃなくて?」 「どっちも嫌だね」 「諦めるのね。噂のブラスカ部長も、かなり凄いのよ。お父様の方が諦めがつくでしょう」 「……まじかよ」   情けない顔のバルフレアに、バッシュが楽しそうに声をかける。   「俺は、大丈夫か?セスナの解析をしたことは、無いぞ」 「知るか!自分でなんとかしろ!」 「セスナのデザインね。楽しみだわ」   バルフレアは、忌々しげに舌打ちをする。   「くそっ、夢のままにしておけば良かったぜ」 「でも、貴方は、貴方でしょう?」 「あぁ、お前は、変らないじゃないか。この世界でも、逃げていたのだろう?」 「っ、理由が違うっ!あんな性格に誰がついていけるんだっ!周り全てを巻き込んで、迷惑かけっぱなしなんだぞっ!」   バッシュは、流石神に挑んだ傑物だと、感心する。その空気を感じ取ったバルフレアは、バッシュを睨みつける。   「覚悟しろよ。今度は、お前も巻き込まれるんだからな」 「お前も一緒だろう?」 「は?」 「俺は、お前が共にあるのなら、迷惑だなんて思わないぞ」   睨みつけていた視線が、真下に落ちる。ドスンと音を立てて、椅子に沈み込んだ。   「バルフレア、そろそろお昼よ。ランチにしましょう。  当然、奢ってもらえるのよね?」 「………」 「バルフレア」 「あーーーっ!分かった、分かったよ。くそっ、俺は二度と前線なんかに行かないからなっ!こんな状況は二度とごめんだっ!!」   バルフレアは立ち上がり、音をたてて部屋を出る。 その背中にフランとバッシュの笑い声が響いた。   to be continued…     08.07.30 砂海
はっはっは…ここら辺は、毎晩頭ん中でこねくりまわしたから、早かったぞー! 問題は、長くなったというぐらいだなf(^-^;)<一定の長さにそろえられない未熟者