交差する記憶 ]I  

    ◆交差する記憶 ]I   「今日は、一緒に帰ろう!」   朝一、満面の笑みのバッシュが、話しかけてきた。   「あんたなぁ…」 「今夜あたりは、あの後の絡み合いだろうか?」   朝一で、気力を限りなくゼロにされた。   「会うまで、何をしていたか、毎日報告しただろ?何で今更、そんなに嬉しそうなんだ?」   報告を強制的にさせられていた。 話さないと、一定時間ごとに強請られる。初日で負けたバルフレアは、朝一に仕事の話ではなく、夢の話をするのが日課になっていた。   「会いたかったからだ」   昨日まで見せなかった、穏やかな笑み。バルフレアは、それに目を奪われる。   「だから、今夜は一緒に寝ような」 「……何が、だからなんだ?」   バルフレアとしては、激しく遠慮したい。久しぶりに会った、あの二人が、大人しくセックスするとは、カケラも思えない。 間違いなく朝起きてからが、やばい。二人きりの部屋。そんな状況で、正常なブレーキは、絶対にかからない。   「今夜は、辞退させてもらう」 「また、俺は一人でやらなくちゃいけないのか?」 「バッシュっ!」   既に始業時間は、過ぎている。怒鳴る訳にもいかないバルフレアは、唸るような声を出した。   「あんた、資料は出来ているんだろうな」 「あぁ、出来ている」 「それで、あんたの元上司を完璧に説得出来るんだな?」 「大丈夫だ。長い付き合いだからな。コツはもう掴んでいる。それに、部長も居る。だろう?」   部内用説得資料を作り、今自分達が推し進めようとしている、4部署合同デザイン部救済企画を、企画会議にかけた。それは、ほとんどバッシュが半年間で纏め上げていたおかげで、十分説得力もあり、いくつかの質疑応答の末、部長の了承を得た。 現在二人が手がけているのは、各自元居た部署の長を立ち上がらせる為の書類。企画部の部長は、元々デザイン部をひとり立ちさせる為に、バルフレアとバッシュを受け入れた経緯がある為、ある意味、説得はしやすかった。 だが、元居た部署は、違う。自分達を生贄にしたのであって、自分が生贄になる気は一切無い。よほど、計画性と将来性がなければ、一切了承しないだろう。 ここ最近の二人は、ワープロと会話する事だけで、一日の時間の大半を使っていた。   「あの噂が本当なら、部長に預ければ勝つだろうけどな……俺の元上司も、洒落にならない経歴の持ち主なんだよ」   チラリと企画部長席を見たバルフレアに、バッシュが楽しげに笑った。   「設計部部長、解析部部長共にうちの部長と同期だそうだ」 「知り合いか?」 「あぁ。だから、安心して、今夜うちへ来るといい」 「何が、だからだ?」 「噂以上の人らしい。俺は、元上司に『隙は一切見せるな。ボロを出すな。逃げられるよう細心の注意を払え』と、事前に何度も言い含められた。  だとしたら、普段作るレベルの資料で、お前の元上司も手に入れられると思うのだがな」 「……まじかよ。  だが、流石にこのままの資料じゃ、俺が納得出来ないんだよ。絶対にそこをつかれる。俺は、そんな理由で、部長に頼りたかないね。  今日の俺は、しこたま残業をする。だから、あんたは一人で寝な」   バルフレアは、そう言って、さっさとディスプレイに向かう。 バッシュは、少し残念そうな表情を浮かべながらも、同じように噂に聞いていた設計部部長の話を思い出し、仕方が無いと苦笑しながら、自分の席に戻った。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「バッシュ」   聞きなれた低い落ち着いた声に、笑みを浮かべ、その方に向く。   「来い」   相変わらず、簡潔な物言い。久しぶりの声なのに、懐かしいとは思えないほど。   「相変わらずですね」 「一年も経ってないのに、俺が変るような状況があったか?」   落ち着いた物腰、静かで淡々とした声音、無精髭をはやしてはいるが、かなり整った顔立ち、元上司は、解析部を含め、近隣の部署の女性のファンを多く抱えている。 通りすがりの給湯室から、『眉間の皺が、キュートVv』という声を聞いて、噴出しそうになった記憶まである。 キュートと思った事など、過去に一度も無いバッシュは、非常に機嫌の悪い声音を聞いて、少々身構えた。   「拉致監禁されるほど、時間に余裕が無いのですが」 「バッシュ……、お前は、どうして、そういう変な言い回しを選ぶ?」 「変ですか?」 「自覚しろ。お前は、もう少し簡潔にモノを言え。世間の迷惑だ」   バッシュは、最近良く聞く「変だ」という評価をする相手が増え、眉間に皺がよる。自覚をしろと言われても、普通に会話していると自分では断言できる。   「普通です」 「お前の認識力は、解析力の正反対だな」   解析部部長は、一つため息をついてから、顎をしゃくる。   「ちょっと付き合え」   バッシュは、忙しいのだがと思いながらも、長い付き合いなだけに、断れない。諦めて、部長の後ろを歩く。行き先は、知っている。このフロアーの非常階段。青空喫煙所。 バッシュは、煙草を吸わないが、元部長と短時間の話をする場合には、無理やりつき合わされていた。   「何も、お伝え出来る事は、ありませんが」 「俺は、事前に言ったはずだな。企画部部長には気をつけろと」 「はい」 「だいたい、お前に被害が行くまではいい……が、何で、俺まで巻こんだ?」 「それは、以前お伝えした通りです。あの時、既に言っておいたはずですが?」 「その時も俺は言ったはずだ、巻き込むな、とな」   忌々しげに煙草に火をつけている姿に、苦笑が浮かぶ。   「うちの部長が、YPX2の企画を通すのに、ありとあらゆる手腕を用いたというのは……」 「本当だ。あの当時、入社して10年も経っていない程度の平社員が、だ」   その話に、普段は泰然としているバッシュでさえも、目を丸くする。 迂闊な事に、YPX2の発売した時期を考えても、現上司の入社年数が、あり得ない数値を示している事にようやく気づいた。   「あの人は、俺も、設計部の部長も無理やり巻き込こんだ」   YPX2の開発の主担当だったのは、知っていたが、それに元上司まで関わっているとは、思ってもみなかった。   「……企画部長は……、社長の息子だったりするのですか?」 「そんな訳が、ないだろ。  なぜか豊富な人脈を持っていて、ありとあらゆる情報を手にしているというだけの人だ」   だけじゃない。十分だと、バッシュは、感嘆する。   「では、今回の事も、俺のせいじゃないでしょう?」 「そうだな」 「諦めて下さい」 「これからの仕事量を考えると、諦める訳にはいかんな。  お前まで、取られて、どれだけ迷惑していると思っているんだ」 「俺は、大丈夫です。あと、数ヶ月でそちらに戻りますから」   にこやかに笑うバッシュに、部長は非常に冷ややかな視線を返す。   「帰ってこれると、本当に思っているのか?」 「えぇ、俺は、企画部に居て、役立つような人間じゃないですから」 「俺は、そうは、思わんが……」   解析部部長が、小さな笑みを浮かべた時、非常階段の扉が開いた。   「ん?」 「へぇ〜、随分と余裕だな」   バルフレアが煙草を咥えて、出てきた。   「お前も、ここが喫煙所代わりか?」 「ここの方が、のんびり出来るんだよ」   バルフレアは、バッシュの背後に居る人物をチラリと見た。 解析部部長は、面白げにバルフレアを見ている。   「直接顔を合わすのは、初めてですね。アーロン部長」 「そうだな」   バルフレアは、軽く会釈をした後、煙草に火をつけ、バッシュを見た。   「書類は?」 「お前こそ、どうなんだ?  こちらの元上司様を、納得させられるのかよ?」   バッシュは、にこやかに笑う。   「俺がどんな書類を作ろうとも、絶対に頷かないだろうな。だが、うちの部長が居る」 「バッシュ!」 「部長、俺は、忙しいんです。デザイン部との調整と、説得資料も俺の担当ですからね。  早々に諦めて下さると、助かります」 「俺は、助からないし、お前より忙しいのだが?」 「だから、俺が早く戻った方がいいでしょう?」   変らないバッシュの笑顔を見て、解析部部長が低く唸る。   「お前なぁ……上司苛めは、良くないぞ」 「俺は、現実を話しただけだが?」   バッシュが口を開く度に、解析部部長の唸り声が大きくなる。 バルフレアは、この気力を根こそぎ奪っていく男の上司をしているだけで、この解析部の部長に価値があると、同情心と共に感心した。   「バッシュ」   今までの唸り声が嘘のように、口元に淡い笑みを浮かべた解析部部長がバッシュの前に居た。   「そうだな…。現実を知るのも、いいかもしれん」   解析部部長の手は、煙草を灰皿に押し付けている。   「それは?」 「さあな。打ち合わせを楽しみにしているぞ」   今までとは、まったく逆の立場になったように、バッシュの眉間に皺が寄る。 バッシュは、扉を開け、去っていく解析部部長の背中を訝しげに見続けた。   「バッシュ」 「あ、あぁ」 「現部長に、頼れなくなったって事だろ?」 「そのようだな」 「さぁて、何が出てくるやら。俺の資料も、とことん逃げ道を塞がないといけないようだな」   バルフレアは、煙と一緒にため息を吐く。   「せめて今週中に、デザイン部との打ち合わせをしたかったのだがな…」   同じようにため息を吐きながら言ったバッシュの足は、既に扉に向かっている。 バルフレアも煙草をもみ消し、その後に続いた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   夢の中では、現実と異なり、平穏な日々が続いていた。 バッシュは、ガブラスとしてラーサーを支え、剣を振るう。 バルフレアは、二人の兄の補佐としてブナンザ家を支え、フランとノノを加えて、今は手元に無いシュトラールの改造計画を立てている。 そして、二人が会う夜は甘く時間を刻んでいた。   ラーサーの手元に一通の手紙が届く。 バッシュは、その手紙を見て、心の中でだけ、再び弟に誓いを立てた。 バルフレアは、シュトラールを再び手にする。 新しく改造されたシュトラールは、空を飛んでいた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「今日の打ち合わせは、現状確認と、デザイン部としてのご意見を伺いたいと思っています」   バッシュとバルフレアの前には、デザイン部の部長キロスとアグリアス課長の二人が座っていた。   「事前にお渡しした、以前我々が作成した資料の数々は読んでもらえましたでしょうか?」   元部署に居た時に作った、デザイン部用報告書は、デザイン部に見てもらえるよう、事前に送付した。   「あれは、元解析部の私と、元設計部の彼が作ったものです」   目の前のキロスとアグリアスは、まじまじと二人を見ている。   「企画部を通った時点で、我々の書類は5行程度にまとめられて、そちらに送られていたようです」 「そのようですね」 「今、見られる範囲は、私が見ていますが、私の後輩は、デザイン部の現状を知らないので、事前にお渡しした資料よりは、専門的な内容になっています。  それは、キロス部長の方が分かっていると思いますが?」 「そうですね。私には、以前の簡略化された内容でも、十分でしたが…」 「どういう事ですか?」   アグリアスは、冷ややかな声と、睨みつけるような目で部長を見る。   「簡単な事です。部長には、専門的な知識がおありになる。それを見れば、十分だと判断したのですね?」 「そうですね」 「だが、アグリアスさんには、専門的な知識は、無い。それを補う時間を作られていない。  結局は、見た瞬間問題のあるデザインを提出し、我々がそれを見て、解析した結果を書いて、ボツにするという流れが出来てしまっている」   キロスの口元に、苦笑が浮かんでいる。   「まず、お聞きしたいのですが、貴方は、なぜ、それが分かっていて、放っておかれたのですか?」 「そうですね……まず、今、私が理解している事は、大学や、大学院で得た知識です。それを、短期間で習得するのは、無理だと判断しました。  また、企画部から返ってくる書類は、確かに簡略化されていましたが、的確な事が書いてありました。普通、分からなければ、時間を取ってでも、今後の仕事の為に分かろうとするのが、私の常識です。ただ、それには時間がかかる。  今、私の意図を汲んで、想像よりも早く書類を理解し、動いている課があります。それが、私の求めていた事なのですが…」   バルフレアは、呆れていた。 デザイン部の部長をまじまじと見る。 手元に抱えている部員達は、新卒ではなく、他社から転職してきた者がほとんどだと聞いている。だが、それはデザインに関係する会社に居たのであって、機械系の会社に居た者は、ほぼ皆無だろう。知識はゼロだが、デザインに関しては、プライドを持ってしまった者。 その者達に対して、言葉として表さない要求が高すぎる。   「キロス部長……望む所が高すぎではないですか?」   バルフレアの問いに、キロスは、笑みを深くする。   「どうせ、上に蹴られて、まったく違うデザインにあがるのが分かっているのですよ。  ならば、今から慣れていた方がいいでしょう?」   その言葉に、バルフレアもバッシュも、苦笑を浮かべるしかない。   「それでデザイン部がつぶれてしまっては、困るのではないですか?」 「私は、困りませんね。それどころか、現場に戻れるであれば、嬉しい限りです。  だいたい、どの分野であっても、努力を怠り、自分だけの主張をする者に、未練はありませんから」 「キロス部長……」   呆然と、アグリアスがキロスを見ている。   「違うとは言わせませんよ。  最初に私は、言ったはずです。ここは、貴方方が今まで居た場所とは、まるで違う分野だと。覚えていませんか?」 「……覚えて…ます」 「その割に、努力が足りませんね。  貴方は、今まで企画部から返ってきた資料に対し、何一つ調べる事もせず、私に質問さえもしなかった。  迂闊だと思いませんか?」 「……それが、必要だとは……」 「貴方は、会社員であって、学生ではないのですよ。それが、会社だというものなのです。  言わないと分からないでは、すまされない世界だという事を認識していますか?」   目の前で繰り広げられる会話に、バルフレアもバッシュも、頭を抱えていた。 機械系で良く見かける会話の苦手な上司だと思っていたデザイン部の部長は、部長らしい部長だった。 どの言葉も、的確で、アグリアスに反論する場所は無い。   「私も、デザイン部の部長になって、色彩の勉強を始めました。  貴方方の提出してくるデザインの中で、私の既成概念に刺激したのが色彩です」   そう言って、キロス部長は、にこやかにバルフレアへ視線を合わせる。   「色彩を勉強する上で、元設計部に在籍していた貴方がお勧めする雑誌は、ありますか?」   バルフレアは、ため息をつきながらも、頭の中を検索する。   「ELLEDECOの今月号は、見られましたか?」 「えぇ、北欧デザイン特集でしたね。あれは、興味深かいものでした」 「今月号に関して言えば、あの特集に掲載されたモノも、色合いも、車内デザインに関して、いいサンプルだと思いました。  他は、図書室に置いてある、デザイン関係の本、全てに目を通されたらどうでしょうか?私が設計部に居る時に、必要なものは全て購入するよう要求を出しましたから」   即答するバルフレアに、キロス部長が頷く。   「分かりましたか?」 「……はい」   専門分野外の雑誌にまで、細かく目を通しているのが、分かる言葉。その向上心には、納得出来るものがあったようで、アグリアスは、素直に頷いていた。だが、未だ、キロス部長の言葉全てには、納得していないのも、見て取れる。   「あぁ、そういえば、この間私が許可しなかったデザインは、良く出来ていたと思いますよ」 「……ならば、なぜ?」 「貴方は、芸術家ではなく社員だという事が分かっていなかったようなので、許可しませんでした」 「それはっ!」 「仕事には、納期というものがあるのです。会社では、絶対なのですよ。  貴方があれを提出したのは、私が指定した期限を過ぎていました。だから、許可出来なかった。簡単な事でしょう?  貴方は、デザインを追及すると同時に、時間も見なければいけない立場です。会社の利益の為に、働いているのですからね」   バルフレアは、これ見よがしにため息をついた。 自分達が説得すべき事は、全てキロスが言ってしまった。そこまで分かっているのなら、自分の部内でやって欲しいと、切に思う。   「何か?」 「何かでは、ないんじゃないですか?キロス部長…」 「あぁ、なぜ、今、ここで、この話をするのか?という事ですね?」 「……はい」   元上司と同じと言っていいほど、的確な指摘と、相手の考えを読む才能を目の当たりにした。その技量があって、何であの書類を作らされたんだと言いたい。   「もしかして、自分で動くのが嫌だったのですか?」   バッシュの声音も、珍しく刺々しい。   「簡単です。私のやり方で一人もついて来れないのであれば、改善したのですが、先ほども言ったように、一部門はこれで機能しました。  ならば、そちらを見習うかと思ったんですがね」 「そっちの部署は、女世界ですよね?無理じゃないですか?」 「そのようですね。頑張らなければと思っていたようですが、その方向が間違っている。しかも、その相手がどうしているか知りもしない。  女性という者全員がそうではないはずなのですが……芸事では、どうも違うようで」 「芸っ?」 「そうでしょう?第三課の提出する物は、技術分野と言っていいですが、第一、第二課の提出する物は、趣味の延長戦、間違っても仕事ではなかったのですから」   アグリアスは、俯いていてしまった。だが、バルフレアもバッシュも、何も言うつもりはない。ここで話すべき事ではないが、キロスの言っている事に、間違いは無かった。   「アグリアスさん、貴方は、先に席に戻りなさい。  ここには、必要ありません」   キロスの静かな声に、「…はい」と小さく答え、アグリアス課長は、出て行った。   「さて…」 「さて、じゃないよな」 「あぁ、ああいう事は、部署内でやって欲しい」   二人の冷ややかな態度に、キロスは、にこやかに笑う。   「まさか、あそこまでの資料を作っているとは、知らなかったしなぁ。加えて、私達の為に、君達が生贄になっていると聞いたのも最近で……悪かった」   あっさりと言われた言葉に、バルフレアの目つきが悪くなる。   「悪かったの一言で、すむとは思ってないよな?」 「自分の所の揉め事は、自分の所で対処しろ」   言葉使い、非常にざっくばらん。バルフレアとバッシュは、はっきり言って、目上だろうが、肩書きがあろうが、自分達の今までの苦労を台無しにした相手に、礼儀は必要無いと判断した。   「う〜ん、夕飯おごるからで、ちゃらにしてもらえると、助かるんだけどな」   バルフレアの視線が一層冷ややかになる。   「あんた…設計部の部長の知り合いか?」   以前、知らないような事を言っていたが、自分の元上司の言葉なんか、あてにならない。ぐるだったら、怒鳴り込むと、バルフレアは心の中の元上司にも睨みつける。   「今の君以上に、物騒な視線を数ヶ月前に貰った所だ。  バイクの話をしている時には、機嫌がいいんだけどなぁ」 「……バイク?」 「あぁ、君らは乗用車担当だから知らないだろうが、デザイン部のバイク担当者は、さっきアグリアス君に言ったように、努力家でね。美大卒とは思えないほど、機械系に詳しくなっている。  あ、ほら、最近出た、カラフルで外見がシンプルな原付があるだろ?あれは、全部デザイン部からあがってるモノだよ」   それには、バルフレアも覚えがある。 自分の会社にしては、随分と勇気のある決断をしたものだと、感心をしたし、あのデザインを考えた者が、誰だか知りたいとさえ思っていた。   「あれが出たのが、4ヶ月前だったな……、その時点で、いや、そのデザインが通った時点で、アグリアスさんの軌道修正が出来たんじゃないのか?」   バッシュが、唸るように言う。   「ブラスカさんに、言われてなぁ」 「あ?」 「はぁ?」 「既にバッシュ君、君が企画部にいるから、それを利用しろって」   キロスが、楽しげに二人を見ている。   「う〜ん、君ら、社内の事にうといねぇ」 「どういう事ですか?」   バルフレアのやけに低い声が消えないうちに、会議室の扉が開く。   「キロス」 「あぁ、ブラスカさん」 「そこまで言えとは、言ってないはずだけど?」 「いやぁ〜、流石に可哀相で。彼らは、私と同じく、現場が好きなタイプみたいだから。一応彼らにも、応戦出来るようにしておいてあげないと、不公平だと思いませんか?」   ブラスカは、そんな事を言ったキロスを見ずに、二人を見ていた。   「その不公平を、私が作っているのですが?」 「ん〜、設計部も、解析部も、黙ってないでしょう?」 「黙らせればいいのですよ」   バルフレアは、バッシュの腕を掴み立ち上がる。   「荷物をまとめるとするか」 「そうだな」 「バルフレア君?」 「キロスさん、別に俺は、社内の事に疎い訳じゃないぜ」 「へぇ〜」   キロスは、面白そうにバルフレアを見上げる。   「今度、バイクのデザインをした人を紹介して下さい」   キロスの返事を聞かずに、バルフレアは、荷物とバッシュを持って、会議室を出て行った。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「さぁて、どうするかね?」 「どうするかって言ってもなぁ…」   非常階段に座り込み、煙草を吸っているバルフレア。 その反対側に立ち、コーヒーを飲んでいるバッシュ。 二人は、キロス部長がほのめかした事が、何か、おおよその見当がついていた。   「立て直そうとしてるのは、アメリカと中国」 「あんたんとこの、元上司は?」 「あぁ、十分に噂になっている。だとすると、お前の所も同じか?」 「そうだな」   二人の表情は、渋い。 決して小さくない会社。小さくないどころか、海外にも多くの拠点がある。 才能があり、身軽な人間ほど、単なる駒として、あちこちに行かされる可能性は大きい。二人は、今まで、まったく移動を考えてない訳では、無かった。   「お前は、いい設計をするからな」 「あんたも、十分以上の解析をするだろうが…」   以前、この場所で、解析部の部長が見せた笑みが気になって、バルフレアとバッシュは、それぞれ別々に、元上司の事を調べていた。 二人の元上司、そして、現上司にも、移動の噂。 単独で移動なら構わないが、新しい国で自由に動くのなら、それなりの腕を持つ部下も連れて行くだろう。 一番行き先として可能性が高いのは、アメリカ。現地での、大きな不審を考えると、一人で移動はあり得ないという事は、簡単に想像がつく。   「もててるなぁ〜」 「迷惑だ。折角、お前と出会えたのだぞ」 「あのなぁ…、国ごとに違う規格を、勉強し直すのは、構わないのかよ」 「まぁ、確かに面倒だが、ここに、一生居るとは思ってなかったからな」   バッシュは、コーヒーを一口飲んで、ため息をつく。   「移動だけじゃないな…、後釜という事も考えられるだろう?」 「あぁ、それも考えたけどなぁ……なぁ、ブラスカ部長が、絡んできてるだろ?あんたは、どうみる?」 「後釜の取り合いか」   バルフレアは、ため息と共に、煙を吐き出す。   「あんたさぁ、部長の席と、移動先で元上司と一緒と、どっちがいい?」 「それは、お前次第だな。俺は、お前の傍に居たい」   飾りが一切無い直球の言葉に、バルフレアは肩を落とし、もう一度ため息をつく。   「俺は、第一課の課長に戻るのが、ベストなんだがなぁ…」 「それなら、俺は、解析部の車担当という事だな」   バルフレアは、手にしていた煙草を灰皿に押し付け、最後の煙を吐き出す。   「……資料は、今あがってるレベルでいいな」 「そうだな」 「なら、ブラスカ部長を見習って、情報を集めるとしますかね」 「再来週までだぞ」   バッシュの眉間に、皺が寄る。   「あんた、情報収集担当のガブラスだろ?」 「お前は、空賊だったな」   バッシュの口元に、ようやく笑みが浮かぶ。   「さぁて、努力をしますかね」 「あぁ」   二人は、この世界では、似合わない、物騒な笑みを浮かべていた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   一見落ち着いたかのように見えていた。 民は、戦の無い生活を満喫し、街には笑みが零れていた。 だが、人間の欲は、消える事は無い。 あの時、手に入ったかもしれないという、一瞬を見てしまったがゆえに、戻した手は、再び伸び始める。   「お久しぶりですなぁ」   最初に会った時と変らない。あの時と同じ場所で、同じように優雅な挨拶をみせる。 バッシュは、そのアルシドの言葉に、小さく頷く事だけで、済ました。   「用件は?」 「挨拶も無しですかぁ〜?随分と、つれないですねぇ」 「戦争が、始まりますか?」   その言葉で、曖昧な態度を一切払拭し、サングラスを外したアルシドは、真っ直ぐにバッシュを見つめた。   「貴方はぁ、将軍様ですかぁ?それとも、ジャッジ・マスター?」 「それによって、答えが変りますか?」 「えぇ」   情報収集を主とする、第9局にいるガブラスにとって、些細な情報でも、いち早く手にする立場に居る。 その集まった小さな情報は、全体を見渡すと、戦争という文字が見え隠れしていた。そして、唐突に、アルシドからの回りくどい方法を取った呼び出し。 戦争は、間違いなく起こるだろうと、バッシュは、既に確信していた。   「今の状態だと、再びダルマスカが戦場になるという事ですね」   アルシドは、バッシュの言葉に、曖昧な笑みを浮かべたまま。   「今でも、私の一番の望みは、ダルマスカの平和です。これが、貴方の問いの答えになっていますか?」 「……そおですかぁ」   再びかけられたサングラスの下で、アルシドの目が細まる。   「アーシェ王女には、貴方から伝えて下さい。私は、あの時と同じように、私の仕事をしましょう」 「ありがとうございます」 「いぃえぇ〜、私の考えと、貴方方の考えが一致しているだけのことですよ」   バッシュは、一礼をして、すぐさま踵を返す。早急に、動かねばならない事が多すぎる。バッシュは、振り向きもせずに、神殿から出て行った。   to be continued…     08.07.09 砂海
▲私の頭の中では、企画部部長:黒ブラスカ様。設計部部長:ジェクト。解析部部長:アーロンになりました。名前…使っちゃったしね(((脱フラン キロスは、誰でしょう?ヽ( ´ー`)丿あははぁ〜ん。最初サリタにしようかと思ったんだけどねぇ……<分かる人には、分かるかもしれない<多岐にわたりすぎか?   ▲アルシドの会話を書く度に、頭の中で若本氏の声が……「〜」とか「ぁぃぅぇぉ」とか、大量に使いたくなる……これでも、制限しましたーorz   ▲製造業というか、車産業の内容がこうだという訳ではないですからー。 だいたい、日本に居る設定で、日本企業の設定で、外人名前ばかりってどうよ?加えて、書いたような、巨大な設計部とか解析部とか、あり得ないだろ?<ファンタジーですから(・o・)b