「遅いぞ、シドの息子」 「まったくだ」 バルフレアが、玄関に入った早々言った「俺達が最後か?」という問いに対し、矢継ぎ早にヴェインとシドの回答じゃない、突っ込みが入る。 「あんたらの後始末をしてきたんだ。礼ぐらい、言って欲しいね」 「お前達が、乱入してこなければ、その後始末は必要無かったはずだが?」 「あんたが、アルケイディアで大人しくしていれば、そうしてたな」 「見せしめとしては、あそこが一番の舞台だ。それぐらい分かるだろう?」 堂々巡りに加えて、微妙に会話がずれている。 空気は、殺伐としているというより、茶目っ気が見え隠れしていた。 二階建ての小さい屋敷。ブナンザ家の別荘の一つ。 全員が、吹き抜けの下の小さなロビーに集まっていた。 「儂は、明日から研究所に戻るからな。後は好きに使え」 そう言ったシドは、バルフレアの手に丸めた紙を押し付け、部屋に戻ろうとする。 「ちょっと待てよ。そこら辺のすり合わせをしておかないと、後々面倒だろ」 「お前らが、やればいいだろう?」 それが当然とばかりのシドの言いように、バルフレアはため息をつく。激しく、頭が痛い。 「とにかく、居間に行って話だ。あんたらは、負けたんだから、勝者の言う事ぐらいは、聞いておけ」 シドが、ヴェインが、面白そうにバルフレアを見る。 「この後、勝者は逃げるからな。安心しろ、これが最後の会話だ。 だから、俺の勧誘はするなよ」 ヴェインが、楽しげに笑って、居間へ歩き出す。シドは、「今度こそ逃げ切れるといいな」と言って、その後に続いた。 ノアは、バルフレアの方へ困ったような表情を浮かべ、扉の前で立っている。 もう一度、バルフレアはため息をついた。 「バッシュ」 「あぁ」 バルフレアが何を言おうとしているのか推測ついたバッシュは、ノアと同じような困ったような笑みを浮かべた。 ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・ 壁際にあるソファーに座ったのは、バルフレアとフラン。 困ったように扉近くに立っているのは、ノア。 全体が見渡せるノアとは反対側の壁に立っているのは、バッシュ。 当然とばかりに、豪奢なテーブルの前にある椅子に座ったのが、ヴェインとシド。 「首謀者は、お前だろう?早く進めろ」 「俺かよ……」 バルフレアは、ヴェインの言葉に片眉をあげる。だが、諦めたように(なにせ、相手は一時とはいえ、元皇帝様だ)、組んでいた足を解き、「一番の年長者から、さっさと今後の方針を言えよ」と、投げやりに言った。 「儂は、さっき言ったぞ。何も変わらん」 「ラーサーに筋を通さないと、ダルマスカ側にバレたら面倒だろ」 「ガブラスが、何とかするだろう」 シドの言葉に、ノアは苦笑しながらも頷く。 「私は、ダルマスカの者には、最初の時以外、見られていませんので、明日からも、今までと変わらない執務ですから。 しかし、私が言うよりは、ヴェイン様から言ってもらった方が、全ての説明がスムーズだと思います」 「あぁ、そうだろうな」 ヴェインは、面白そうにノアを見ながら返事をする。 「ここに来る間に、ガブラスから、ジャッジ・マスターにならないかと薦められた」 ノアは、今度こそ、ラーサーの考えの下、彼を支える立場になって欲しいとヴェインに切り出していた。 既に、ヴェインの行動の数々が、ラーサーの為、ラーサーが皇帝になる為の下準備だったと推測していた。それは、たぶん推測ではなく、事実。 目に入れても痛くないぐらい、愛している弟。 その弟の為に、手を汚す事を厭うどころか、進んで行ってきた。 それならば、表に出ずとも、鎧の下に隠れて手を貸すのも、ヴェインの意を汲んでいると判断した。 「その声と顔と態度、あの鎧で隠せるのか?」 バルフレアの声は、無理だろ?といわんばかり。 「それより、裏の執務室でも作って、篭っていた方がいいんじゃないか?」 「主なジャッジ・マスターが、死んでしまいましたので、執務官よりも、ジャッジ・マスターの方が助かります」 「お前達が、殺してしまったからな」 折角ノアが、濁していた言葉を、あっさりとヴェインが、言ってしまう。 「そりゃぁ、俺達は、死にたくなかったからさ」 ヴェインは、バルフレアの言葉に鼻をならしたが、それ以上は何も言わない。 「明日、ガブラスと共にラーサーに会いに行き、私が事情を説明する」 ヴェインは、そこで言葉を切り、バッシュに視線を向ける。 「その時に、お前にも来てもらいたい」 ヴェインの言葉に含まれている意味は、明確。 足りなくなったジャッジ・マスターの穴埋めに、バッシュを勧誘していた。 「……その返事は、一年後で構わないだろうか?」 バッシュは、生真面目な顔で、ヴェインを見返していた。 「なぜだ?」 「バハムートに行く前、アルシドに同じような勧誘を受けてな」 バッシュの言葉に、全員が目を見開き、彼の言葉の続きを待った。 「その返事をする為にも、ロザリアへ行こうと思っている」 「マルガラス家に仕えるつもりか?」 「マルガラス家が、どれほど力を持っているかによるな。 戦争を回避する為に、私がロザリアに仕官して、意味があるのなら仕えてもいい。だが、それが出来ないのであれば、戻ってこようと思っている」 バッシュが最終的に選んだ答えは、バルフレアに心配させない場所に立つ事。 そして、自分の望みを貫く事。それは、バルフレアが自分に望んでいる事だと思うから。 だから、今までどおりに、ダルマスカの将軍であり続けようと思った。 それならば、ロザリアであろうと、アルケイディアであろうと、自分にとって必要な場所に立てると思った。 「はたして戻ってこれるのか?」 「必要であれば」 「そうか。それならば、お前が指針という訳だな」 アルケイディアにとって、ロザリアが危険なものになるかどうかは、バッシュが帰ってくるかどうかで判断できる。 バッシュは、ヴェインの問いに小さな笑みで答えた。 「シドの息子」 「勧誘はするなと最初に言ったはずだぜ」 「だが、お前達が殺した分の補充だ。お前も当たるべきだろう」 「死にたくなかったと言ったはずだ。それに俺は、政治に関わるつもりは一切無い」 「お前の、妻が居るのにか?」 「あぁ?」 その言葉に、動揺したのはノア。 「ちょ、あ、あの、ヴェ、ヴェイン様っ」 「この双子がそうなのだろう?」 ノアは、真っ赤になって慌て、バッシュは嬉しそうに笑っている。 「そこのヴィエラと共に、仕官してもらえると、丸く収まるのではないか?」 「私が、ヒュムの政治に関わるとでも?」 今まで静観していたフランは、面白そうに笑う。 「似合わないな」 「そうね」 バルフレアは、ゆったりとソファーに沈み、優雅に足を組みながら、ノアとバッシュをゆっくりと見た。 「俺が居なくても、ノアもバッシュも、一人で立っている。それを邪魔するのは、俺のする事じゃない」 「…なるほど。それが、お前の立ち位置か」 「親ってもんは、そういうもんだろ?」 「そうか……」 「あんたが、ラーサーにしていた事を思い出せよ」 ヴェインの口元に淡い笑みが浮かぶ。 「だが、俺の、やり方は、あんたと違う。 傍に居ようとは思わない。それが、こいつ等の意思でもあると思っている。 だから、ノアや、バッシュを使って、俺を呼び出そうとするなよ。俺も、結構鼻は効く方だからな」 バルフレアの目が、笑みの形を取る。だが、瞳は笑っていない。 「なるほど、覚えておこう」 バルフレアは、今の言葉が、ヴェインにとって、たいして牽制にもなっていない事は分かっている。 だが、たかが政治ごときに利用されるのは、我慢ならない。 何かがあったら、逃げ出すまでだが、それでも釘はさしておく。 「とりあえず、こんなとこで終わりでいいな?」 「そうだな」 ヴェインが代表で答え、後の面子は、頷いた。 「あぁ、ノア、バッシュ」 驚いたように、二人は動きを止め、バルフレアを見る。 「明日の夜、俺の部屋に来な。話しがある」 「分かった」 笑み付きの即答は、バッシュ。 その横で、ノアは、ぎこちなく頷いた。 「さて、と」 立ち上がりかけたシドの前に行き、先ほど受け取った紙を広げる。 バハムートに行く前、ノアにシュトラールの図面とシド宛ての手紙を送った。 内容は、機体に負担無く速度を上げる改造求む。 図面は、要所要所に赤く文字が入っていた。 「何だ?」 「やっぱり、あんたでも、この方法しか無いのか?」 「普通は、こうするな。お前も分かっているだろう?」 「あぁ、だが、これだと、全面的に改造する必要があるし、時間も金もかさむ。 あんたなら、意外な方法を出してくると思ったんだがな」 親子間で火花が散った。 興味深げに眺めているのは、俺様風味のヴェインと、年の功なフラン。 退出しようとした足を止め、好奇心で親子を見ていたノアは、硬直し、バッシュは、空気とは正反対のほのぼのとした笑みを浮かべる。 「ほぉ、今まで、この程度しか改造をしてなかったお前が、その言い草か?」 「俺には、煩いファンが居るんでね。改造には、時間がかけられないんだ」 「かけられる時間は?」 「長くて1週間だな」 「1週間もあれば、もう少しマシな改造が出来ただろうに。使えんな」 二人の背後の雷の勢いが増した。 バルフレアはポシェットから、ペンを取り出し、無言で、図面に書き込み始める。 「これぐらいは、提案して欲しかったな」 光る、シドの目。 「ほぉ…、だが、それで安定するのか?」 「その保障を、あんたがしてくれると思ったんだよ」 「明後日にでも、儂の所に来い。結果を出しておいてやる」 バルフレアは、ニンマリ笑った。 「分かった。楽しみにしているぜ」 バルフレアは、そう言いながら、掌をひらひらさせ、仲間と共に扉の向こうに消えた。 「シド」 「何だ?」 「ニヤニヤ笑いすぎじゃないか?みっともないぞ」 ヴェインが指摘したとおり、バルフレアが部屋から消えたとたん、シドは笑み崩れていた。 「いくら嬉しかったからとはいえ、見るにたえん」 「ほぉ、それをお前が言うか? ラーサーが、成長する度に、間違いなく今の儂と同じ顔をしているぞ」 ヴェインは、憮然としながらも、無意識に顔に手をあてている。 あの表情を浮かべた自分が想像できない。 「お互い様ということだ」 「………そういう事にしておいてやろう」 シドの楽しげな笑いが、あがった。 ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・ バルフレアは、あてがわれた部屋で一人、ベッドの上に転がっていた。 部屋は、明かりもつけずに、暗いまま。 その天井を、じっと見つめていた。 (さて……、物語が一つ終わった。明日からは、新しい物語が始まる…か……) 居間での話し合いで、ノアとバッシュが自分に見せた、それぞれの道、意思。 それを何度も思い出しては、笑みを浮かべている。 今まで、彼らが、自分とどうしたいのか分からなかった。 小さい頃の感情のままで、口付けてきたのなら、時間を空けようと思っていた。 (立派な大人になったよな) ノアは、ラーサーを守る位置に立った。 (強くなった…) バッシュは、ダルマスカを守る位置に立った。 (あいつらが、空賊になると言ったら、俺はどうしたんだろうな…) それを言うのを、少し期待していた。それならば、話は簡単だと思っていた。 だが、二人は、自分をお守り役にさえしてくれなかった。 (決して真剣に答える気がなかった訳じゃないんだが…) 彼らの言動は、自分に逃げを許さない。 (さて、俺は、どうしたいんだろうな……明日…、夜までに結論が出るのか?) 明日の夜と言ったのには理由がある。 これ以上アルケイディアに居たら、逃げられなくなる。これが限界だろう。 なし崩しに仲間扱いをされるのは、ごめんだ。 だが、ノアが、アルケイディアに居る以上、ゆっくりと会話が出来る最後の機会。 (試してくるか) バルフレアは、勢いよく立ち上がり、暗い部屋から出た。 「ノア」 ドアを叩く。 「綺麗…?」 速攻開いた扉から、不思議そうな表情のノアが現れた。 バルフレアが、おいでおいでと手招いている。 何一つ疑問も持たずに、ノアは、バルフレアに近づいた。 「き……っ?!!」 ノアは、もう一度名前を呼びかけようとして口を開こうとしたが、声を出す事が出来ない。開いた口の中に、バルフレアの舌が入り込んでいた。 バルフレアは、ピントの合わないぼやけた視界でノアを見ている。一言、硬直している。 それをいいことに、ノアの口の中を蹂躙していった。 (刺激が強すぎたか?) 口蓋をつつき舐めたら、ようやく状況を理解したのか、ノアが、目をぎゅっと閉じたのを感じた。 (何で、こんな初々しいんだ??) こっちが恥ずかしくなると思いながらも、ノアの頬から首にかけて指を滑らす。 その瞬間、しがみ付いて来たノアに、バルフレアは、軽く抱きしめてから、ゆっくりと離れた。 「な、……に?」 「おやすみのキス。だろ?」 「綺、麗…」 「明日は早いんだろ?さっさと寝ろよ」 そう言って、頭を撫でながらノアを部屋の中に戻し、バルフレアは扉を閉めた。 (なるほど、な…) バッシュの部屋へ向かいながら、バルフレアは唇を舐めていた。 (やってみなきゃ、分からない事もあるもんだ) 離れるのに、酷く努力を強いられた。 己の未来を語る二人の表情に、全ての意識を取られた。それは、ほんのさっきまで、父性愛だと思っていた。 (こりゃぁ…バッシュのとこへ行かなくても結果は分かったも同じだが……子育ては平等にと教育されたしな) 口の端をあげて、たちの悪い笑みを浮かべる。 子育てじゃない。父性愛だなんて、欺瞞もいいところ。 バルフレアは、バッシュの反応は、どんなものかと楽しみにしながら、彼の部屋の扉をノックした。 「鍵は、開いている」 中からバッシュの声。 扉を開けた中には、腰にタオル一枚で、濡れた髪の毛を拭いているバッシュが、こっちを見ていた。 「お前なぁ…」 毎回毎回、宿屋に泊まる度に思ってはいた。男同士の一室で、気取ってもしょうがないと思うが、このあけっぴろげさは、その手の趣味のある男にとっては、毒だろ?と思う。はっきり言って、ラバナスタでの彼の周囲が、本気で気の毒になる。 「綺麗、どうしたんだ?」 「いや、お休みのキスをしに来ただけだ」 必死になって、この色気皆無の世界を立て直そうと、気力を奮い立たせる。 そうしたら、バッシュは、にっこり笑って立ち上がり、バルフレアの前に立った。 (うっわ、子供ん時のおねだり顔と一緒だ…ぜ) 「綺麗?」 「ほら、目を閉じてな」 バッシュは、素直に目を閉じる。その動作もいつものもので、何の意図も見えない。 (あぁ、そうだった。会わない間に、一層天然に磨きがかかっていたっけな) バルフレアは苦笑を浮かべながらも、バッシュの頤を指で辿り、口付けた。 「ん?!」 バルフレアのピントの合わない視界のバッシュの瞳は、一瞬見開いた後、笑みの形に変化してから、もう一度閉じられた。 バッシュの腕は、バルフレア後頭部にまわり、「もっと」と強請るように、深く口付けていく。 (なるほど、バッシュらしい反応だな……) バルフレアが体を離しても、バッシュの舌は、彼の舌を追いかけていた。 「お前なぁ…」 キスした時、バルフレアが手に取ったバスタオルをバッシュの頭に乗せ、がしがし拭いていく。 「風邪ひかないよう、早く寝ろよ」 「あぁ」 「明日の夜な」 バッシュは、穏やかに笑って頷く。 バルフレアは、その笑みを見ながら扉を閉めた。 (あれだけの事をして、あの何も無かったような笑みを浮かべるのか……ったく、子供の頃から、何事にも動じないやつだよなぁ) バルフレアの口元には、笑みが浮かんでいる。 男と、明らかに情の入った口付けをしても嫌悪感一つ沸かない。それどころか、その先を勝手に望む体を抑えるのに必死だった。 (さて、と…俺の立ち位置をどこにするかだな…) 自分の部屋の扉を開け、出た時と同じように明かりも付けずに、ベッドに倒れこむ。 カーテンから漏れた細い月明かりを、ぼんやりと見る。 (明日、あいつらの望みを聞いてからでも、遅くはないと思うが……) ラバナスタを守る為に、動こうとしているバッシュ。 ラーサーを守る為に、変わらず立とうとしているノア。 空賊の自分が、二人に出来る事は少ない。 世界が違いすぎる。 かといって、自分が同じ場所に立つのは、彼らの意図に反するだろう。 ただ、前を見過ぎて、省みないバッシュに、周りを見過ぎて、全てに手を伸ばそうとするノアに、一息つかせる役割も悪くはないと思った。 それは、ヴェインがノアに提示した事と同じ答えだった。 to be continued…
09.05.12 砂海
ノアが可愛くてしょうがないっ!いっそのこと、バッシュを捨てて、ノアとっ!!<をいをい ということで、少し甘くなりました?f('';)ラブっぽくなったよね? さぁ、明日の夜は、どうなるのかな?<ヲイ