KIREI・それでも何かせずには居られない・バッシュ  

  「貴方は、私の次ではなかったかしら?」   フランが面白そうに笑みを浮かべ、目の前の男を見上げている。   「あのだな……」 「どうぞ、座って。首が痛いわ」 「あ…す、すまない」   慌てて、バッシュは座り込む。 ここは、ギルヴェガン地の門にあるクリスタル。ようやくギルヴェガンに入ったが、既に空は暗く、一行は休憩を取る事にした。 当然未知の場所。夜番を交代で行う。今は、フランが担当の時間だった。 フランは、バッシュを見てクスリと笑う。   「随分と大きな子供ね」 「やはり、聞いていたのだな」 「えぇ。貴方方には、お礼を言いたかったの。ありがとう」   その意味が分からない。バッシュは、不思議そうにフランを見つめる。   「理由を聞きたいかしら?」 「あぁ、もし良ければ聞かせてくれ」 「その為に来たのでしょう?」 「あ…いや、貴方が、今話す話が、聞きたかったモノかどうかは分からない。だが、彼の事は、全て知っておきたいと思っている」   やたら生真面目に言うその姿に、もう一度フランは笑みを浮かべる。   「そうね、貴方は、彼の息子の一人ですものね。知る権利がある、と言っていいわ」 「息子…か」 「不満?」 「今は、仕方が無い」   バッシュの浮かべた苦笑に、「今は」と言い切る言葉に、フランは心の中で「そういう事なのね」と納得した。   「貴方方と会うまで、彼の時は止まっていたの。  父親の傍で、機工士を歩み続ける自分を夢見ていた子供。だが、それは叶わず、自分から父親の元から離れざる得ない状況になってしまった。  決して、彼は、あそこを離れたかった訳じゃない。  彼は、あの場にいられなくした父親を憎み、素晴らしいモノを創り出す父親を愛していた。  その両極端な気持ちを抱えたまま、逃げてしまった。それは、心の中に生まれてしまった闇を解消出来ないという事。だから、彼の心は一歩も進まない。時は、彼を通り過ぎていくだけだったわ」    フランは、まるで母親のような淡い笑みを浮かべている。それをバッシュは、じっと見つめていた。   「その時が、動いた。私は、最初、魔物が彼に化けているのだと思ったわ」           「フランっ?!」      その声は、変わらない。姿も変わらない。なのに、纏う雰囲気がガラリと変わっていた。    フランは、弓を持ち、自分を呼んだモノに狙いを定める。     「ちょ、お、おい、待て、確かに、半年以上も留守にして悪かったと思ってはいる。いるけど、自分じゃどうしようも無かったんだ」   「何を言っているの?」      弓を引き絞る。     「ったく、マジかよ………」      バルフレアにとって、フランに向ける武器は無い。一つ苦笑を浮かべ、体の力を抜いた。     「死にたいの?」   「お前に向ける武器なんかないさ」      フランの目が、訝しげに細くなる。     「貴方は、誰?」   「お前が、それを俺に聞くのか?バルフレア。空賊バルフレアだ」   「そう…、では、捨てた名は?」   「ファムラン・ミド・ブナンザ。お前は、十分に知ってるはずだぜ。ったく、何で、そんな事を聞く?」   「バルフレアに似せた貴方。真似をするなら、感情も学ぶべきだったわね」      フランは、容赦なく矢を射った。    彼の過去の名は、禁忌。あっさりと普段の口調で語られるものじゃない。      「っ…………フラン、随分な歓迎だな」      矢は、バルフレアの腕に食い込んでいた。      「何、怒ってんだ?遅くなったのは、悪かったとは思っているし、仕方が無かったとも言ったぜ」    「まだ、バルフレアの振りをするつもり?」    「振りも何も、俺は、俺だ。俺以外の誰にも、バルフレアと名乗らせるつもりはないぜ」      刺さった矢を無理やり引き抜き、背後に捨てる。    そして、バルフレアは、真っ直ぐにフランを見た。      「バルフレアなら、数分前に、ここで消えたわ。だけど、それは、貴方じゃない」    「はぁ?数分前だぁ?」    「えぇ」    「ちょ、ちょっと待った、フラン」      ようやくバルフレアは、時間の流れが違う事を知った。だが、フランが自分に向かって矢を向ける理由が分からない。      「何を待てと言うの?」    「俺は、半年と少しの間、ここに戻れなかった。矢を射るのは、その話を聞いた後でもいいだろ?」      賭けだった。自分をバルフレアと認めていない。しかも、そのバルフレアと同じ姿をしている。それは、フランにとって、敵とみなすのに十分。嬉しいと思いながらも、困った事になったとバルフレアは、苦笑していた。   「まったく雰囲気の違うバルフレアは、その後、楽しそうに貴方方の話をしたわ。  お母様から教えていただいた事。  双子が、とても可愛かった事。  もう、会えないと思ったら、連れ去りたいと思った事。  でも、お母様は、お仕事をとても誇りにしていた。貴方方は、とてもお母様を愛していた。そう、お母様も。だから、連れて帰ってこれなかったと、少しおどけて言ったわ」    フランは、その時の表情を今でも覚えている。  おどけて言った。だけど、その声音から、仕草から、程遠い表情を浮かべていた彼。  あの時、地下雑居坊で彼が浮かべた表情は、嬉しそうに泣きそうな顔をしていた。目の前の二人の男性が、誰だか分かるぐらいに。   「私達は、彼が去った後、約束をした…」    その、同じ表情を目の前の男が浮かべていた。   「二度としがみ付いて離れない……と」 「しがみ付くには、随分と大きくなってしまったわね」 「なんとかなると思うのだが……だめだろうか?」   フランは、この男らしい返答に笑みで答える。   「それで、貴方は何を聞きたかったのかしら?」 「あ…あぁ、もし、話したくないのであれば、何も言わなくていい。私…いや、私達が知りたいのは、彼の性癖の事で……」   あまりに率直な物言いに、フランが噴出した。   「真面目な話なのだが……」 「ご、ごめんなさい……。か、彼の好みを答えればいいのかしら?」 「彼は、ノーマルで、いいのだな?」 「そうね」 「だが、私は、彼と行動を共にするようになってから、一度も…その、そういう場面を…見かけた事が無いのだが…」   フランと二人で酒を飲んでいる姿を見かけた事ならある。だが、宿に泊まる時、一人で酒場に行く事も無く、食事を取ったら、風呂、ベッドというお決まりコースしか見ていない。   「まさか息子の前で、教育に悪い事は出来ないでしょう?」 「……息子というのは……もしかして、私か?」 「えぇ」   バッシュは、頭を抱えてしまった。子供扱いされている雰囲気は感じていた。だが、間違いなく自分は、彼より十以上も年長者で、子供扱いするのなら、間違いなく自分の方だろう。   「私は……そんなに、頼りないだろうか?」 「そうね、私から見れば、どの子も同じに見える程度にね」   長命種であるヴィエラ。そのフランは、見目は若い女性を纏っているが、間違いなく長い時間を生きている。その言葉に重みは感じられるが、自分が見ていて微笑ましいと思うヴァンと同列に扱われてしまっては、ガックリするしかない。   「でも、彼にとって貴方方は、特別なの。  半年間、手塩にかけて育てたと聞いているわ。その時間に培われた父性は、もう一生消えないでしょうね」 「……困った」 「将軍」   その、色のまったく無くなった声音に、バッシュは顔をあげる。   「貴方と、弟さんは、何が欲しいのかしら?」   淡々とした物言い。   「欲しいのは、昔と同じ関係?体?心?それとも?」   フランの言葉にバッシュは、考え込む。彼の相棒としての、真剣な問い。中途半端な回答は、受け入れてくれないだろう。   「………昔と同じ関係を望んでいるのでは無いという事だけは、はっきりしている。  彼を手に入れたい…、だが……、具体的に何を手に入れたいのかと……考えた事が無かったな」   だが、バッシュには、はっきりとした回答をもち得なかった。ただ、ノアと二人で、彼を手に入れたい、そういう思いだけで、行動を始めてしまった。 バッシュは、困ったと思いながらも、これが今の答えだと、フランを真っ直ぐに見つめ返す。   「私も、ノアも、彼の嫌がる事は、絶対に出来ない。あのままの彼で、空賊としての彼で居て欲しいと思っている。……だが、そうだとしたら、私達は、どうしたいのだろうな?」   バッシュの顔に、浮かんだのは苦笑。   「困った子供達ね」   フランの顔に、浮かんだのは笑み。   「二人共、自分に問い、答えを出しなさい。そして、その答えを、そのまま彼に伝えてみるといいわ」 「分かった」   バッシュは、生真面目に頭を下げる。   「では、私の答えの代価を求むわ」 「代価?」 「えぇ、空賊は、無料では働かない。そうでしょう?」 「そうだった」   バッシュは、そう言いながらも、何か価値のあるモノがあっただろうかと、自分の荷物の中身を考えはじめる。   「貴方の過去を」 「……私の?」 「えぇ、貴方が、家族を残して去った理由を知りたいわ」   酷く無様にバッシュの顔が歪む。   「それが代価よ」 「なぜ…」 「そうね……今の貴方を見る限り、らしくないと思ったからかしら」   バッシュの口元に浮かんだのは、自嘲の笑み。   「単に、私が子供だっただけの事だ」 「あの時は?」 「17。そんな年齢にしては、剣の腕は良かった方だったな。だが、戦場という場では、まだまだ拙すぎた」   騎士を目指し、幼い頃から剣を持っていたが、戦場を知ったのは、あの時が初めて。たちまち戦場の空気に呑まれ、ただ人を殺すという行為を繰り返すだけの人形となった。   「そう、では、無事ではなかったのね」 「その通りだ」   あの時負った傷は、未だ体にはっきりと残っている。   「母は、負けが決定されている戦いを避けようと、ずっと努力をしていた。だが、それは少数派の意見。結局は大勢を占める、戦争が選択された。  母は、無駄死にだけはするなと、私たちにずっと言い聞かせていた。仕事で無理をして、病床に付いてもずっとだ。  だがな、単なる一兵士が、無駄死にを心がけていても、戦場ではどうしようもない。そして、事前に抜け出そうにも、私達は時期を失っていた」   家族揃って、国を捨てるという選択肢があった。だが、それには、国の誰にも知らないうちに、逃げ出さなくてはならない。それは、病気を抱えている母が一緒では、かなり困難だったし、戦争ギリギリまで、戦争回避の為の手を尽くしていた母の行動が妨げていた。気がつくと、戦争は目の前に迫っていた。   「結局、私は大怪我をし、たまたま敵から隠れていた町の人間に助けられ、戦争をそのままで終えた」   あの時自分が、守りたかったのは、母と弟だけ。   「ようやく動けるようになった私が見たものは、全て崩壊していた己の家。そして、完膚無くまでに叩きのめされた軍隊。生き残りは、私のように、最初の時点で怪我をし、匿われていた者だけ。  私は、守りたかった母と弟を無くした」 「そう……無くしたと思ってしまったのね」 「あぁ。己の目で確かめれば良かった。戦場の隅から隅まで調べれば良かった。私に与えられた情報は、全ての部隊が全滅した事。ほとんどの避難所も殲滅されていた事。そして、敵の手は、生き残った兵士にまで及んでいるという事。結局私は、生き残る為に、立ち去るしかなかった」   綺麗から何度も言い含められた。生き残れ、生き残る事こそ勝利だと。   「なぜ、ダルマスカなのかしら?」 「一番最初にたどり着いた小国だったからな」   アルケイディアが来なければ、ロザリアが自分の国に来ていただけの話。大国という敵に身を寄せるという考えは、一切無かった。   「単なる兵士では、役に立たなかった。ならば、上にまで上り詰めれば、同じ不幸を味あわずに済むと思ったのだがな……。結局、将軍という立場に就いても、いや、将軍だからこそ、戦争を回避出来なかった……」   王族の血さえ残れば、どこでもやり直せると思っていたが、結局その思いさえも敵に利用され、王を無くした。   「そう……では、今の貴方はどうしたいのかしら?」 「貴方方とならば、安心なのだがな……」 「ヴァンとパンネロ?」 「あぁ」   バッシュは、頭を掻いて、苦笑を浮かべる。 一般市民を巻き込んでしまったのが、この旅の唯一の汚点。   「自分と殿下だけなら、殿下のお心に従い、敵陣に乗り込むのは、構わないのだが……」 「結局貴方は、戦争を回避する手段として彼女を見ているのね」   バッシュは、ただ淡い笑みを浮かべるだけで、それに答えない。 フランは、それに対し、嬉しそうな笑みを浮かべた。 バルフレアの教育の結果が目の前に顕現している。彼は、子供達を失いたくなかったから、必死になって教え込んだのだろう。だが、戦いこそが解決の手段だと思い込みがちな剣士より、矛盾を抱えているが故に必死になって前を進む姿を持つ者の方が人間的に好ましい。   「大丈夫。私が、彼らを守るわ」   バッシュは瞬いた後、フランをじっと見る。   「だから、貴方は、安心して、前に進みなさい」 「なぜ?」 「貴方は、彼の息子だからかしらね」   フランは、音も無く立ち上がる。   「随分と長く話してしまったわね。この後、頼んでもいいかしら?」 「それも報酬のうちだろう」 「そうね」   フランはクスクスと笑う。   「では、いい事を無料で教えてあげるわ」   バッシュは、黙ってフランの言葉を待つ。   「貴方方がどうしようと思っているか結果が出ていない以上、言ってもしょうがないとは思うけど、彼を押し倒すのは、止めた方がいいわ」 「っ……フラン」   バッシュは、一瞬のうちに赤くなった顔を、掌で覆う。   「押し倒すのではなく、乗っかるのがいいと思うわよ」   そう言って、未だ小さな声で笑いながらフランは、寝ている仲間の方へと歩いていった。 残されたバッシュは、困ったように、その後姿を暫くの間、真っ赤になって眺めていた。     to be continued…  

 

09.02.21 砂海
ぐはっ……バッシュの過去を捏造するのって、何回目?前と同じじゃダメだろうと、今回必死に考えましたー。 流石にネタが尽きているよ(--;)苦しゅうございました。 まぁ、でも、17才なんて、こんなもんかなぁ?って所に今回は、落ち着きました。 落ち着く先があって良かった〜と、心から安堵している所です。 もう、無いな。今後新しい話を書く時は、バッシュの過去はスルーしようと決意した今回でありました。