KIREI・それでも何かせずには居られない・ノア  

  これから会いに行く相手を思い出しては、少し歩みが遅くなる。 普段、この場所では見せないような躊躇ぎみの表情が浮かぶ。 目の前には、硬質なドア。 貯めすぎた息を一つ吐いて、ノックした。   「誰だ?」 「ガブラス…」   直ぐに声は返ってこない。当然だ。ここに一人で来た事は無い。   「勝手に入れ」 「失礼する」   開いたドアの向こうに、訝しげな表情のシドが立っていた。   ◆KIREI・それでも何かせずには居られない   暫しの間、二人の間に沈黙が落ちる。 突然、自分の研究室に、現れたジャッジ。シドは、自分に対して、ある意味敵対している立場に居る者が、たった一人でここに来た理由が推測できず、うかつな事を言うのを避ける為に口を閉じていた。 そのジャッジをじっと眺める。 普段見せないような、躊躇い落ち着かない様子。シドは、訝しげな表情を浮かべる以外に何も出来なかった。   「や、夜分に…すまない」   ようやく相手が言った言葉がこれ。それに、反応出来ない。シドは硬直しながら、自分の耳が壊れたと思っていた。   「あ、あの……」   ジャッジマスターとまでになった男の目が、泳いでいる。表情は、間違いなく困っている。   「どうした?」   シドは、ついつい、親切に言葉をかけてしまった。今まで感じた事のない、そうさせる雰囲気をガブラスは纏っていた。   「……き、聞きたい事が…」 「何だ?言ってみろ」 「こ、こ、子育てについてっ!」   シドは、心底固まった。 今までうん十年生きてきて、自分に子育ての相談に来たものは皆無。通常聞いてくるのは、当然機械に関するものばかり。今度こそ、空耳だと確信した。   「あ…貴方は、三人の子を育てた。そ、その秘訣を……」 「……子供が出来たのか?」 「ち、違っ」   固まったまま、思うままに出した言葉に、真っ赤になってノアが訂正している。 今度は、自分が夢を見ているとシドは推測しだした。   「あ、あの制度があるだろう!こ、今度、養子を取る事にしたっ。  だ、だが、私は、子育てをした事は無いし、引き取るのは、小さい子供だし、どうしていいか………」   ノアの言葉で、シドはようやく理解したと、少し心をなでおろす。 帝国内、高給取りの者用に設けられた制度。孤児が多い戦争続きの昨今、その対策として、養子及び養女を向かえる事で、少しでも孤児を減らそうという主旨のもの。戦争反対派への緩衝材の制度である。   「他に聞く相手は、いないのか?」 「………知り合いは全員独身者か、養子を迎えて間もない。ちゃ、ちゃんと子育てしたという実績のあるのは、………」   言葉が続かない。ノアの視線は、上目遣いで、藁をも縋る状態。   「儂は、ちゃんと子育てなぞしておらんぞ」   その視線の期待に答えてあげたいが、研究所の者なら誰でも知っている、家庭を顧みない所長は、珍しく「すまない」という表情をして答えた。   「だ、だが、貴方のご子息は、皆、機工士になり、立派に貴方の後を追っているではありませんか」   シドの表情に苦笑が浮かぶ。   「よく、調べてあるな。ならば、儂の三男が行方不明なのも知っておろう?」 「あ…はい」 「あれは、行方不明じゃなく、家出だ。  何が気に食わなかったのか…ジャッジにして直ぐに消えた。あれは、うちの家系では珍しく運動神経の良い、元気者だったのだが…」   シドの顔に、酷く無様な苦笑が浮かぶ。 その表情を見て、ノアは心の中で一つ息を吐いた。   「機工士を止めさせ、ジャッジにしたのですよね?」 「…あぁ」 「私は、父の記憶はありませんが、母親から何度も聞かせられた騎士としての父は、良く知っています。だから、私は騎士になろうと子供の頃から剣を取りました。  その…家出をされたご子息も、貴方と同じ職につきたかったのではないのですか?」   シドの口が、ポカーンと開いている。   「貴方のご子息皆さんが、機工士になられているのは、貴方の姿がカッコ良かったからではないのですか?」   シドは、何も言えない。   「私は、話に聞く父の姿が凄くカッコ良かったので、騎士になろうと思ったのですが」 「カッコ良い?」 「えぇ」 「機工士がか?」 「息子さん達にとっては、そうだったからこそ、同じ職につかれたのではないのですか?」   シドの顔は、彼の大きな右手によって隠された。   「儂は、ほとんど家に帰らず、研究所に篭っていたのだぞ」 「奥様か……使用人から聞いたのでは?」   シドの母親は、三男を産んで数年しか生きられなかった。流行り病だと、報告書には書いてあった。   「私も母親から聞いた話しか、知りませんでした。  ただ、話をしている母の姿を見ていると、それが凄くカッコ良いものだと、子供でも簡単に推測出来ました」 「騎士なのだから当然だろう…」 「私は、使う側だから具体的には分かりませんが、父親が戦艦を作ったのではあれば、それはカッコ良いと、誇らしいと思います」   のろのろと、シドの顔があがる。   「そうか…」   酷く力無い声。   「あの………私は、そんな父親になれるでしょうか?」   シドの顔に苦笑が浮かび、ノアに近寄り肩を叩く。   「お前は、私より立派な父親になるだろうよ」 「しかし……、私は、母が言っていたような騎士では………」 「儂も立派な父親からは、かけ離れているぞ」   困ったようなノアの表情が、返事をしていた。   「お前は、儂をカッコ良いと思っておるのか?」   訝しげな声が出た。   「ほとんどの戦艦の設計を、シド殿がされたと聞いています。それは、尊敬に値しますし、カッコ良いと思いますが…」 「家庭を顧みなくてもか?」   力強い頷きが、返答の代わり。   「……お前……有能で弁の立つ家政婦を雇え。どうせ仕事が忙しくて、ほとんど家に帰ってないのだろう?」 「は、はい」 「家政婦に洗脳してもらえ」 「分かりました」   ノアが、にっこりと笑って頷く。   「きっと、家出された息子さんも、今は貴方と同じような仕事をしていると思います」 「いいや…あいつは、空賊になった」 「それは………なるほど、自分で飛空挺のメンテナンスをしているという事ですね」 「………ガブラス?」 「空賊ならば、己の愛機をメンテナンス、改造するのは当たり前。それは、貴方の仕事と同じです」 「お前は………随分と優しい見方をする……だが、それは間違いだ。先日、刃を交えたからな」   ガブラスの眉間に皺がよる。   「なんと、ダルマスカの王女と一緒だった。当然、お前の兄ともな」   『やばい』と、ガブラスが心の中で焦る。必死になって、過去に抱いた憎悪を胸に置く。兄の変わらない言動を思い出したら最後だ。ほのぼのしてしまう。   「私の兄は、なくなりました。  ………私の思いを知らずに行ってしまった……私の声は、…そう、いつも届かなかった……。  私はもう、その全てを切り捨てるつもりです………が、近しければ近しいほど……それは難しいのでしょう……ね」   ノアは、俯いていた顔をあげ、シドに向ける。 望む未来がある。その為に望む答えが得られるならばと、無様な自分を晒す事も構わないと思った。 自分が、ここで生き残る為。 自分と兄と彼との未来を掴む為。 彼が自分達にしてくれた事への、ささやかな感謝の為。 ノアは、真っ直ぐにシドを見つめた。   「私の母と、子供の頃半年ほど一緒に居た保護者の二人は、『無駄死にだけはするな。生き残る事を最優先にしろ』と、私達に教えました」   突然変わった話に、シドは驚くよりも、その話をするノアの表情に目を奪われていた。   「母は、評議会の一員で、小国が生き残るよりも、民が生き残る方を薦めていました。そう、帝国に敵う訳がないと知っていた数少ない人でした」   ノアの表情は、酷く歪んでいる。   「あの戦争の時、母は既に病床についていて動けませんでした。避難する事さえ難しかった。  あの時も母は、自分を置いて逃げろと、何度も私達に言いました。  だが、私にはできなかった。  家から遠い地で戦っていた私は、何も知らずに、目の前の敵さえ倒し続けていれば、もしかしたら、もう一度母や兄と会えるとさえ思っていました」   まるで、今にも泣きそうな、その顔。   「そして、戦争は終わり、実家は燃え、ほんの少し永らえた母も、避難生活には耐えられず死に、兄は戦死したと思っていました。  だが数年後に、兄の行方が分かった時、私は良かったとは思えなかった……なぜ、私を連れて行かなかったと、なぜ、母を捨てたのだと、なぜ、生き残ったのなら、私を探してくれなかったのだと。そんな事しか思えなかった。  そして私の声は、兄には届かない。  あの牢獄で会った時……彼は、私に何も言わなかった。一言も………」   あまりに痛々しい言葉に、表情に、シドは、ノアの頭引き寄せ、頭を軽く撫でる。   「なぜ、何も言ってくれないのでしょう?」 「………」 「一言、言ってくれれば……信じるのに……納得するのに……もう、何一つ言う価値も私に無い…のでしょうか?」   ほんの少し前までノアの心の中に沈殿していて、黒く渦巻いていた感情と言葉。それは、解消された今も、簡単に引き出せた。   「大きい図体して、そんな顔をするんじゃない」 「シド…殿」 「ったく………お前は幾つになったんだ?」 「…36です」 「36でも、それか………」   シドは、困ったように頭を掻く。   「ありがとうな」   その言葉に、ノアの顔が勢い良くあがる。   「悪かった。儂に言いたかったのだな?辛い言葉を言わせた。  ……確かに儂も、何一つ説明してやらなかったなぁ」   かといって、まだまだ子供だったあやつに、全てを教える訳にはいかなかったしと、シドは、ブツブツと口の中で言い訳がましい事を言う。 そして、苦笑を一つ。   「お前…、そんな優しい性格していて、よくジャッジなんか勤まるな」 「……優しい?」 「今のお前の言動、そうじゃなかったか?」   眉間に皺を寄せたノアに、シドは跡が付くぞと言ってそこを叩く。まるで、バルフレアのように。 ノアは、目を瞬かせて、シドを見た。   「もし、今度お前の兄に会う事があったら、ちゃんと儂が説教をしてやろう。  そして儂は、あやつに伝える事は、全て伝えよう」   自分を棚に上げて説教をするのかと、ノアは心の中だけでつっこむ。しかし、その言葉が傲慢ではなく、優しさからきているのが分かるから、何も言わない。   「だからな、もうそんな顔をするな。  お前は、偉そうに皇帝の犬を勤めていないと、儂はどうしていいか分からなくなるだろう?」 「もう、グラミス陛下は、居ません」 「あぁ、だが、お前は、未だラーサー殿についているな?  ならば、厳しい顔をして、ラーサー殿の横に立ってろ。じゃないと、儂の調子が狂う」 「そう…ですか?」   シドは、苦笑を浮かべ「あぁ」と言う。 目の前の若者。本当ならば、ヴェインよりも十分に年を重ね、壮年期に入った立派な男性と言っていい年齢。 なのに、今日初めて会った彼は、未だ青年期を歩んでいるような不安定さと、年長者の助言を必要とする危うげなものを持っていた。 手を差し伸べそうになる。 だが、現実の自分は、彼と敵対しているか、もしくは彼を一つの駒として捨てる者として立っているはずだった。その姿勢を崩すのは、危険すぎる。   「父親になるのだろう?もっと、しゃんとしろ」   そう言って、自然と背中を叩いてしまう。   「は、はい」 「あぁ、そうだ。ガブラス」 「はい」 「お前、あいつらの足は追っているのか?」 「おおよそ、把握しているつもりです」   彼らは、間違いないくギルヴェガンに行くのだろう。ならば、それから帰ってきてからの方が話しが早いなとシドは、ニンマリ笑う。   「そうだな……ギルヴェガンから戻ったら、町で宿泊するだろう。その時に会おう」 「は?」 「お前は、兄に聞きたい事があるのだろう?  儂も、あやつに言うと、お前に言ってしまったしな」   ノアの目の前には、茶目っ気をたっぷり乗せた顔。   「お膳立てをしておいてくれ」 「わ、私がですか?」 「おう、当然だ。儂の名前であやつが出てくる訳が無いだろう?」 「し、しかし……私の名前でも………」 「適当に誤魔化せ。石をやるだとか、決闘をしたいだとかな。  だが、呼び出すのは、お前の兄と儂の息子だけにしておけよ。他の連中が居たら、面倒だ」   ノアは、呆れてシドを見ている。 確かに、自分は彼らと通じているのだから、簡単に呼び出す事は出来る。出来るが、もし以前の関係のままだったら、激しく困難。それを、いとも簡単に言ってくれる。 ノアは、クスリと笑った。   「強引ですね」 「ん?儂は、昔からこんなもんだよ」 「分かりました。では、彼らが戻ってきたら、また連絡をしにまいります」   ノアは、一礼をして、部屋を下がろうと、ドアに向かう。   「あぁ、ガブラス」   立ち止まり、振り向く。   「お前、養子に迎えるのは、男の子か?女の子か?」   実は、養子の話自体、彼の話を聞く為の方便だったので、ノアは、そんな具体的な事は考えていなかった。   「お前、男の子にしておけよ」 「なぜでしょうか?」 「女の子を迎えて、どんな遊びを一緒にするんだ?」   ノアは固まった。そんな事は想像外。   「お、男の子にしておきます」   ノアは、もう一度一礼をして、ボロが出る前に慌てて扉の外に出た。 背後から小さな笑い声。   (話が聞けて…良かった……)   バルフレアは、自分達のこじれた関係を直してくれた。 だから、バッシュと自分は、そのお礼とまで言わないが、感謝の気持ちとして親子の関係を修復したいと思っていた。 それには、父親の考えを知る事が先決。 ノアは、小さく微笑む。   (兄さん、俺達はまた、喧嘩をしなくてはいけないようだ)   そんな事ぐらいで、彼らの関係を修復出来るのなら、頑張って喧嘩をしよう。兄だって、間違いなくそうする。 ノアは、彼らが早くギルヴェガンから帰ってくるといいと思った。     to be continued…  

 

09.01.15 砂海
ノアが頑張っています。かわえぇのぉ〜Vv   んで、実はここの話で、悩んでいたのです。 最初の妄想では、ノアが頬を赤らめ、シドが手を出しそうになっていましたからf('';) 大丈夫です。健全です。 ただ、シドも、ノアに父性愛を抱いたようです……ノアったら可愛いから、仕方が無いね!