「待ったか?」 波打ち際、明かりの無い岩陰に座って居た人影は、首を振って違うと答える。 「ノア」 人影は驚いたように、腰を浮かす。ノア。月光の僅かな光が彼の顔を照らし出していた。 「俺が、連れて来た。たまには会わないとダメだろ?」 「……兄さんの事だから、今日のほんとどの戦闘を引き受けたはずだ」 だから、休んでいればという言葉が、口の中で小さく漏れる。 「ノア、あれから随分と経っている。俺は、もうやせ細ってないだろ?」 「兄さん…」 今までの過去が、その言葉を素直に受け止めさせない。 「ノォア。俺の存在は無視か?」 「綺麗…」 「俺は、ちゃんとこいつを太らせているし、俺の魔法も、銃も、こいつを十分にフォローしているんだがな」 「分かっては…だが、ドラクロアは………」 「あぁ…ったく、お前らは……ほら、バッシュ、座れよ。俺は、お前らに言わなきゃなんない事があるんだよ」 ◆KIREI・伝えられた言葉 三人は、岩陰に座り、そのまま静かな時間が暫し流れる。 「ありがとうな」 そう言ったバルフレアの言葉を、バッシュとノアはそれぞれがかみ締めていた。 ノアは、手元にある情報を元に、情報元を巧妙に隠したドラクロア研究所の警備情報を流していた。 その行き先は、バルフレア達とは違う研究所の情報を欲していた者。忍び込ませるのなら、バルフレア達が入る直前がいい。そうなるよう操作した。 ジュールとレダスは、その意図の下動き、結果バルフレア達は警備の薄い研究所に入る事が出来た。 それが、バルフレアからノアへの礼の意味。 想像通り、ドクターシドが、バルフレア達の前に立ちはだかった。 ここに来る道のりで、バッシュは意図的に己一人を前衛に立ち、フランとバルフレアを背後に置いて戦ってきた。 誰も前に出させない。敵を背後に向かわせない。それが叶う様己に課していた。 そして、それはドラクロア研究所でも、変わらない。剣を振るうのは、敵と対峙するのは自分だけで終えた。 それが、バルフレアからバッシュへの礼の意味。 二人は、それを分かって受け取ってくれた嬉しさに、小さな笑みを浮かべていた。 「だが、この先は手を出すなよ」 その笑みが消える。 二人は、バルフレアを見た。 「親父がな、言ってただろ?」 その場に居なかったノアは、眉間に皺を寄せる。 「あぁ、もう、お前は」 バルフレアはノアの眉間を叩いて、皺になるぞと言って笑う。 「最後に親父はな、『歴史を人間の手に取り戻す』と言ったんだ」 状況を知らないノアに、バルフレアは一通り、ドラクロア研究所であった事を話した。 「親父の歩く道に、邪魔するような輩が居るんだろ。それも地上で暮らす者じゃないヤツがな」 バルフレアが何を言いたいのかが分からず、二人は訝しげな表情を浮かべる。 「あいつの性格なら、自分一人で排除するはずなんだが、あんな化け物まで巻き込みやがって。相手は神様ってところか?」 「綺麗」 バッシュの呼びかけに楽しそうに「ん?」と答える。 「それと、先ほどの言葉とどう繋がるのだ?」 バッシュの言葉にノアも、頷く。 「あぁ、歴史ってのはな、自分が自分の意思と選択で歩んできた過去と未来だって事だ。俺も、お前らも、過去があって未来がある。自分の足で自分が選択した方向へ自分の歴史を作ってきたな。 そんな小さな一個人が集まって、大きな目に見える歴史が作られていく」 「それは…曲げようがない」 「あぁ、そうだな。 だが、覇王に剣と石を与えた神ってヤツが居ただろ?地上に住まないのが。 それが敵だとすんなら、あいつの今までの行動に、納得がいく」 バルフレアは、シドがその為にヴェーネスと組んでいると思っている。そのヴェーネスが神と名乗っている者達と同じ者だという事は分からない。それは地上を歩く者として、知りようの無い事だった。 「それは…御伽噺ではないのか?」 「俺もそう思っていたがな。 実際石はあった。 その威力は、シヴァで分かっただろ? あれは、俺達の歴史で作れるものじゃない」 「しかし…」 「俺は、ドラクロア研究所に居たんだぜ。何が可能か、そうでないかぐらいは、分かっているつもりだ」 バルフレアは、未だ楽しそうに笑って言う。それが二人に違和感を抱かせた。 「綺麗?」 言葉にするのは、バッシュ。ノアは、バッシュが居ると、全ての会話を彼に任せてしまう。だが、表情は、バッシュと変わらない。 そんな様子を見て、本当に変わらないと、バルフレアは笑みを深くした。 「お前達に会う前、俺はあいつが狂ったと思っていた。 ヴェーネスを見た時、それが、あいつを無理やり変えたと思った。 だが、最後の言葉。あれを言った、あいつの表情、あの声音。あれは、意思だ。何かに対抗する為の意思。 その、何かは、あの石を作った者。 だから、あいつは、地上を歩く者として人造の破魔石を作った。それが、あいつにとっての正しい歴史。俺の目が狂ってない限り、それが正解だ。 だとしたら、俺は、俺の意思でこの立場に居続ける。たとえ、親父と対峙する事になってもだ」 バルフレアは、ゆっくりと二人を見る。 自分理由が、目の前に在る。 バッシュの意思を尊重したいと思っている。 ノアの意思を尊重したいと思っている。 あの半年で芽生えた感情が、二人を守り、父親に立ち向かおうという意思を生じさせた。 「だから、手を出すなよ。俺は、楽しんでるんだぜ」 「だが」 「ん?まさか親子で戦うのは、良くないって言うんじゃないだろうな? なぁ、バッシュ、ノア、お前達も自分の意思で敵対していたよな?違ったとは言わせないぜ」 バッシュは言葉に詰り、ノアは顔を手で覆う。 「自分達は良くて、俺が悪いなんて事は無いよな?」 「綺麗…」 「安心しな。あいつも、俺も、自分の意思を貫くだけだ。たとえ親子でも、自分の意思を曲げるのは男として無様だろ? バッシュ、ノア、お前達も、それを実践していただろ?」 ノアが最初にため息を吐く。 続いてバッシュが苦笑を浮かべる。 「分かったな?」 二人からの返事は無い。 「特にノア。お前、俺の目が届かない所で、無茶をするなよ」 「俺は……」 「お前には、お前の立場があるんだ」 ノアは、バルフレアに視線を合わせない。 「……シドは動いてない」 「ん?」 「ギルヴェガンに行く様子は無い…」 ノアは、視線を波に向けたまま、小さな声で言う。 「そうか」 そのあまりに普通な声に、ノアの顔があがる。 「あそこに何かがあるのは、確かそうだからな。ま、あいつの動きは、どうでもいいさ」 「…いいのか?」 「ノア」 「………」 「お前の今の仕事は何だ?」 「……ラーサー様の盾になる事」 この台詞は、亡き陛下の命令から始まり、自分が殺した同僚の最後の言葉になり、自分の意思となった。 「それは、ヴェインの指示じゃないな?」 「あぁ…………グラミス陛下の御命令だ」 バルフレアの手が、ノアの頭をポンと叩く。 「嫌じゃないんだな?」 「…あぁ」 「なら、それ以外に目を向けるなよ。こっちは、こっちで何とかやる」 「………」 「ノォア」 「ノア?」 バッシュが訝しげにノアの顔を覗き込む。 「何があった?」 思っている事をなかなか口にしないノアの代わりに、子供の頃からバッシュが彼の代弁をしていた。そのバッシュの表情が曇っているのは、ノアが沈んでいる時。バルフレアは半年でそれを覚えた。 バルフレアも、ノアの顔を覗き込む。 「たまには、自分で言えよ。傍に居なかったバッシュは、分からないぞ」 「大丈夫だ。……俺は生きている」 それを言うのに、ノアの表情が一瞬酷く歪む。 だが、言葉はきっぱりとしていたから、バルフレアは苦笑を浮かべ、何も言わずノアの頭を撫で回した。 「言った方が、気が楽にならないか?」 ノアは、口元に笑みさえ浮かべ否と答える。 自分が殺してしまった同僚は、二度と生き返らない。 バルフレアに言われた通り、生き残る為にしたと思い切れれば良かった。だが、彼女の最後の言葉が未だ心に残り、表情に出てしまうほどだと、ようやく気づいた。 「そうか。もし、消化できなかったら、いつでも吐き出せよ」 それにも、ノアは笑みで答える。 自分は、バルフレアの言葉を選んだ。選んだのだから、その為の努力をする。消化出来ないとは、自分に言わせない。 そんなノアを見て、バルフレアは笑みを浮かべる。 バッシュに分かるぐらいの事があった。それを自分の意思で飲み込み、笑みを浮かべる。それがバルフレアにとって酷く寂しく、酷く誇らしかった。 「ノア」 バッシュがにっこり笑う。 「もし、行き先が無くなったら、ここへ来い」 ノアは、バッシュを見て瞬く。 「それは……まずいだろ」 「大丈夫だ。なんとでもなるし、する」 「ダルマスカの王女の気が、なんともはならないだろう?」 「アーシェ殿下は、私も受け入れた。だから、大丈夫だ」 実際ありもしない罪をなすりつけられた側と、なすりつけた側では、感情が違うだろうと言いたかったが、言い出したらまっしぐらの兄は、にこにこ笑ってどうにかしてしまうのを今まで見てきただけに、ノアは言葉を続ける事が出来ない。その思いそのままの表情で、ノアはバルフレアを見た。 「そうだな、大丈夫かもしれないぜ。なにせ戦力増強だ」 バルフレアは、笑って言う。 「しかし…」 「その時は、ラーサーも連れてこい。どうせ、そんな状況だろうからな」 今すぐではない。そして、バルフレアは、ノアに自分の事以外の課した仕事をさせたかった。「その時になったらでいい。だが、逃げ遅れんなよ」そう言ってバルフレアは立ち上がった。 「さてと、この後、俺はシュトラールで修理の手伝いだ。お前達は、帰って寝ろよ」 バルフレアは自然と、バッシュの額に唇を落とし、「おやすみな、バッシュ」と言いながら頭を撫でる。そして、同じようにノアの額にも唇を落とし、「おやすみ、ノア」と言って頭を撫でた。 バルフレアにとっては、ほんの数ヶ月前までやっていた行為。 「ちゃんと寝るんだぞ」 笑みを含んだ声音を残し、バルフレアは背後の二人に向かって手を振りながら飛空挺ターミナルの方へ歩いていった。 その姿が視界から消えた時、残された二人は、ようやく息を吐く。 「兄さん…」 ノアの掌は、額を押さえている。 「ノア…」 酷く困った顔がノアを見た。 「俺達は、既に綺麗より歳を取ったんだが…」 同じように困った表情を浮かべたノアが、ポツリと呟く。 「髭のある子供は、いないと思うのだがな」 バッシュは、ノアの横に移動して、同じように呟く。 「兄さん…」 小さなため息の後、ノアが困った表情のまま口を綻ばせる。 「好きなのだろう?」 バッシュがノアの言いかけた言葉を続ける。 「あぁ。兄さんも、だ」 「そうだな」 誰をだなんて言わない。言う必要も無い。同じ顔の同じ瞳が宿しているものを、お互いが確認してしまった。 初めて会ったあの時、一目見た瞬間、目を釘付けにした。 釘付けなんて軽いものじゃない。今思い返せば、鷲づかみされた、奪われたと言っていいぐらいの衝撃。 その瞬間から、大好きだと思った。 それが変わった。 いや、変わったというのは違う。ようやく気づいたというのが正しい。 あの時、二人は恋に落ちていた。ただ、あまりにも子供だったから気づかなかった。 今、お互いの心にあるものを、自分のもの、相手のもの、それがちゃんと見える。 まったく同じ。 綺麗が欲しい。 その一言を瞳に宿していた。 「あの時言ったな」 バッシュが、頬をかきながら苦笑を浮かべる。 「あぁ、子供のくせに……俺達は、ませてたな」 ノアが、呆れたように笑う。 「二度としがみ付いて離れない…だったな」 バルフレアと別れた時に、二人が誓った言葉。 ノアは、笑いながら言う。 バッシュも、同じように笑う。 「ノア、頼んだ」 「兄さん……」 バッシュは、にっこり笑って頭をかいている。 その意を汲み取ったノアは、一層困った顔になる。 「嫌か?」 「いいや、その方が俺も嬉しいが…」 バッシュは、二人で綺麗を手に入れる方法をノアに頼んだと言っていた。 ようやく会えたノアと再び対立する事は、考えられない。 ならば、二人で彼を手に入れるという未来を取りたいと思った。 「兄さんの方が、近くにいるだろう?」 「だが、俺は、ノアみたいに考えて攻略した事なんかないぞ」 「兄さん……分かった、なんとか考える」 久しぶりに二人揃った兄弟は、同じように月と星の淡い光を受けている波を見つめ、まるで今二人が抱えている仕事をバルフレアを捕らえるための道具にして、戦略を立てていった。 to be continued…
08.11.01 砂海
バルは、どんどんお父さん。 ノアが、どんどん可愛く。 バッシュは、相変わらず天然ごぉごぉ。 えーっと問題がありまして。妄想を続けていたら、物凄い展開に……それを実行するとね、話が変わっちゃうの('';)まじで。 どうしよう……(。。;)面白そうなんだけどなー……。もう一人死なない事になっちゃうなー(^-^;)どっちがいいですか?<言わないで聞くな。