KIREI番外・バルフレアからの贈り物  

  「準備はいいな」    背中に馴染みの銃を背負い、片手に持ったスコップを肩に乗せたバルフレアは、のんびりと玄関を出て行く。   「あぁ、大丈夫だ」    同じく、軽装備にスコップを持ったバッシュは、楽しげに笑いながら後をついて行く。   「綺麗、どこへ行くんだ?」    バッシュと同じ格好したノアは、不思議そうに手の中のスコップを見ながら、歩いて行く。   「いいとこだ」    バルフレアにとっては、ほんの少し前まで慣れ親しんだ街。崩壊して様変わりしていても、迷いの無い足取りで進んでいく。  その後ろから続いていく二人は、スコップを持った右手を落ち着かなげに振っている。いつもなら、必ず腰にあるはずの剣を下げていない。その違和感が、無意識に手を彷徨わせてしまう。  出かける前に、バルフレアから、武器は持ってくるなと言い含められていた。そう言うからには、必要ないのだろうと、二人は無条件に頷いたが、こんな違和感を感じるとは思わなかった。   「さぁて…」    10分ほど歩いて、立ち止まったのは、今までと変わりない、崩壊した一軒家。  その家をバルフレアは、見上げていた。   「ここは…」 「ヨーストさんの…」 「お前達も、あのおっさんを知ってたのか?」    十数年前、ここは、鍛冶屋だった。  この街の中で、一二を争う腕を持ったヨーストの家。その手からは、切れ味の良い剣が多く産まれた。   「最初に持った剣も、騎士団に見習いに入った時も、ヨーストさんの手のものだった」    ノアの手は、無意識のうちに右の腰を探る。   「最後に作ってもらったのは、正式に騎士団に入った時だったな」    あの剣は、ここの最後の戦いで無くしてしまったと、バッシュは残念そうに呟く。  そんなバッシュの頭をポンポンと叩きながら、バルフレアは、崩れた家の中に入って行った。   「家の中にしなくて正解だったな」    壊れた扉の中は、一目で誰かが物色した後だと分かる。飾ってあっただろう剣は、一つも無く、部屋は荒れ果てていた。   「いい剣が、壁に飾ってあったのだがな…」    バッシュは、残念そうに、空っぽになった壁を眺める。   「持って行ったのだろう。確か、ヨーストさんは、開戦前に国を出たはずだ」 「そうなのか?それなら、良かった」    何も残ってなかったからこそ、物色した誰かは、八つ当たりのように、部屋をちらかしたのだろう。   「なぁ、引越し先は、分からないのか?」 「確か……ロザリアの方へ行ったと……」    バルフレアの問いに、ノアは考え込む。   「兄さん、見かけなかったか?」 「いや…武器屋に行く事は、無くてな」    バッシュが普段持っているのは、エクスカリバー。クリスタルグランデで手に入れて以来、それ以外の剣を持つ事は無くなった。   「今度行く時には、気をつけて見る事にしよう」    バッシュは、頭をかきながら、「すまん」と付け加える。相変わらず関心の無いものには、目もくれない己の性格が露見する。いつ、何が役立つか分からないのだから気をつけようと、あれほど思っていたにも関わらずの体たらく。   「ほら、行くぞ」    バルフレアは、バッシュの背中を叩いて、ノアは柔らかい笑みを見せて、それぞれが歩き出す。言葉に出さない応援を受けたバッシュは、少しくすぐったいような笑みを浮かべながら、その後に続いた。   「綺麗?」 「こっちだ」    ノアの問いかけには返事をせず、バルフレアは家の裏にある森の中に入って行く。  その後を慌てて追いかけながら、バッシュとノアはお互いの顔を見つめ、お互いが答えを持っていない事を確認した。   「あ〜、結構焼けたな」    バルフレアは、一つ一つの木を確認しながら、進んでいく。   「ここは、戦場の外れだから、それほど被害は無いはずだが…」 「確かにな。そう予想したからこそ、ここを指定したんだが……」    ノアの言葉に、バルフレアはようやく立ち止まり、後ろを振り返る。   「指定?」 「内緒だ」    楽しげなウィンクと笑み。それを見ただけで、二人はそれ以上の言葉を無くし、陶然と見蕩れる。そして目に残ってしまった映像をぼんやり見続けていた二人は、再び歩き出したバルフレアに一瞬遅れた。あわてて走り寄る。   「う〜ん…これ、だよな」    あれから、数分ほど森の中に入ったバルフレアは、一つの木に手を付き、梢を見上げる。  双子は、内緒と言われてから、頭の中では、色々質問を抱えているが、何一つ口を開かず、バルフレアの行動を眺めている。   「……ここまで生真面目とは、思わなかったぜ」    バルフレアが触れている木の幹には、あからさまに傷が付いていた。それを指が、ゆっくりと辿っている。  樹木に傷をつけても、それは成長するにつれ、上へと移動してしまう。そして、傷は目立たなくなって埋もれて行く。だが、目の前にあるものは、ほんの少し手を伸ばした先。未だ白く、周りの樹皮から浮くぐらい新しい。   「さぁて、掘るぞ」    振り向いたバルフレアは、右手に持っていたスコップを放り上げ、持ち直す。   「ここな」    指指すのは、木の傷が付けられた側の地面。   「宝探しか?」 「あぁ。とびっきりのお宝が眠っているぜ」    バルフレアのスコップが、無造作に地面を掘る。   「宝が壊れないか?」 「大丈夫だ。ちゃんと金属の箱の中だ」    バッシュが質問している間、ノアは二人の会話を聞きながら、小さく笑ってスコップを握りなおす。自分の疑問は、バッシュが全部解消してくれた。それならばと、無造作に、スコップを地面に突き立てる。  暫くの間、三人の振るうスコップの音だけが森の中に響く。そして数分後、固い金属の奏でる音が鳴った。   「いくら金属の箱の中とはいえ、丁寧に掘った方がいいだろう」    几帳面なノアは、スコップを地面に置き、手で土をどかし始めた。  バルフレアとバッシュも、同じくスコップを置き、土を掘る。   「もう、いいだろ」    バルフレアは、現われた金属の箱を確かめ、ポシェットから鈍く金色に光った鍵を出した。それを、器用に一回転させてから、鍵穴に入れ、ゆっくりと回転させる。カチリと音が鳴った。  バッシュとノアは、興味津々で箱の中を覗いた。  現われたのは、二振りの剣。  柄に赤い石がはめ込まれているのは、両手剣。柄に青い石がはめ込まれているのは、片手剣。  バルフレアは、両手剣を取り出し、バッシュに渡した。   「お前のだ、バッシュ」    片手剣を取り出し、ノアに渡す。   「お前のだ、ノア」    バッシュは、目を見開いて、ノアは、まじまじと剣を眺めて、それから徐に二人は、剣を鞘から引き出した。   「これは…」    木々の葉から漏れてくる光を浴びた剣は、見事な刀身をバッシュに見せる。  手に感じる重さは、まるで今までずっと使ってきたかのようにしっくりと馴染んでいる。  無造作に振った。  重みのある両手剣。だが、今の自分にあつらえた様に、重心のブレが無い。  「相性がいい…」と呟き、惜しむようにノロノロと刃を鞘に収めた。   「ヨーストさんの手だ…」    ノアは、眩しそうに手の中の鞘から現われた刀身を眺めた。  懐かしいと思う。  ヨーストさんが作ったものは、いつでも、その時の自分に合ったものだった。それは、柄を持った瞬間に分かる。一分の狂いも無く手に収まる。  「今の自分を知らないはずなのにな…」と無意識のうちに呟きながら、剣を横なぎに振るう。  その一体感に、満面の笑みを浮かべた。   「あのおっさんは、お前達の事を良く知っていたぞ。  お前達の父親もな」    バルフレアは、満足そうな二人の表情を確認して、笑みを浮かべる。   「俺は、あのおっさんに、お前達が騎士団に入ったら、二人が30ぐらいになった頃に見合う剣を作ってくれと依頼した。完成品を当分、取りには行けないから、ここに埋めるのも込みでな。だいたい三十数年もつ程度の箱に入れてくれと、その代金も払ったぜ」    バルフレアは、本来の時間で手に入れ、ここに来た時点で持っていた、ありとあらゆるアイテムをヨーストの目の前に広げた。  「剣の材料と材料費だ」と言ったバルフレアに、胡乱げな視線を返してきたヨースト。剣を二振り、将来のバッシュとノア用を作ってくれと言ったら、呆れたように笑い出した。   「さぁ、これから出来を試しに行くぞ」    バルフレアは、空になった箱を肩に乗せ、自分のスコップをバッシュに渡した。   「まずは、帰って、荷物を置かないとな。  それから、灯台に行くぞ」    口の端をあげたバルフレアに、バッシュは満面の笑みで答え、ノアは嬉しそうに笑った。  どちらも、早く、手に入れたばかりの剣を使いたいと言っていた。自然と足が速くなる。  その気持ちは、十分に理解出来るが、バルフレアは、あの頃のままの子供みたいだなと思いながら、小さく笑う。  もし、ここにフランが居たら、「親子って似るのね」と言う事間違い無しなのだが、そんな自分は棚の上の方に投げ捨てていた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・    水の流れる音が、一番よく聞こえる。その中で、その流れを邪魔しない程度の音が止む事なく混ざっていた。  灯台の地下三階。陰裏の層。ネクロマンサー、ナイトウォーカー、ウォーロック。無尽蔵と思われるほど、沸いてきては、侵入者に向かってくる。  その中で、時間をかけずにモンスターが、また一体、一体と消えていく。    バッシュは、手にした剣の馴染みように驚きながらも、その一体化していく感覚に酔ったかのように剣を振っている。剣が自分に寄りかかる重さが心地よい。今までの剣が、剣だったという事が良く分かる。自分の力によって振っていた。剣の力が振っていた。それだけだった。  自分の為に作られた剣というのが、これほど自分の体の一部になれるものなのかと、感動する。後から後から沸いて来る笑みが止まらない。    ノアは、遠い過去を思い出していた。騎士になりたての頃。武器を作る前、ヨーストは、自分の体を丹念に調べた。特に利き手である右側は、穴の開くほどと言っていいぐらいに、調べられた。そうして出来上がった剣は、一見変哲も無い、騎士になりたての者に相応しいロングソード。あの時自分は、剣というものは、こういうものだと思っていた。それが、違う国に移り、支給された剣を取って思い知る。あれは、あの時の自分の為だけの剣だったという事。だが、自分は、それを手に取るしかなかった。国はもう無い。ヨーストの行方も知らない。そして年月は経ち、自分が剣に合わせるのが習いになってしまった。  右手を見る。再び自分の剣を得た。これが最後の剣になるだろう。満面の笑みが浮かんだ。   「そろそろ、いいだろ?」    二人の心は、手に取るように分かるぐらい表情に表れていた。  バルフレアは、天動器の方へ向かう。既に現われてくるモンスターの数は、減っていた。   「良かったな」    バルフレアは、銃を背中に収め、二人の頭に手を伸ばし、同じぐらい撫でる。   「鞘に収める前に、口付けとけよ。命を預ける相棒には、愛想良くしないとな」    自分の性質にあった武器は、長く使う事になる。そうそうお目にかかれるものでは無いが、その武器にとっての初陣後、バルフレアは、必ず口付けを捧げていた。それは、命を預ける相棒に対する神聖な儀式めいたもの。今、背中に背負っているフォーマルハウトにも捧げた。  バッシュは、剣を掲げた後、刀身に口付ける。  ノアは、未だ光を鈍らせない刀身をうっとりと眺めた後、小さく口付ける。  そして、二人は恭しく剣を鞘に収めると、バルフレアに手を伸ばした。   「綺麗、ありがとう」    バッシュは、まるで子供のようなキスをする。   「ありがとう」    ノアも、小さく音をたてキスを贈る。   「んだよ、随分と、お子様向けのキスだな」    そういいながらも、バルフレアは笑っている。  そこに、バッシュの手が伸びた。バルフレアの頭の後ろに回る。お子様のキスという言葉を撤回するがごとく、最初から唇が深く重なった。バッシュのほんのひとかけらは、周囲を気配を伺っている。だが、残り全てがバルフレアに向かう。  それを、バルフレアは楽しそうに受けた。真っ直ぐに自分に向かう気持ちと行動に浸りながら、一つ一つ丁寧にバッシュの中を舌で辿っていく。性急な動きを嗜めるように、ねっとりと口蓋を舐め上げ、背中に回した掌をゆっくりと撫で上げる。   「ふ……ん……」    バッシュの口からため息のような声が漏れる。その平素と違う、甘いため息が、声が、バルフレアを煽る。湿った音が周囲の水音に交わらず高くなっていった。  ノアは、兄のとっぴな行動には、もう慣れたとばかりに、二人から背を向け、周囲の気配を探っていた。その行為とはまるで合わない、胸を押さえた左手。閉じる前のバルフレアの流された甘い視線を受け止めた事で、胸の鼓動が止まらない。兄の行動には慣れても、バルフレアの視線には、未だ慣れないと、ノアは、しみじみ思う。  チュと小さな音が響いた。淫らな音が止む。  ノアは、周囲の気配を探る事を止め、振り向き二人に視線を合わせた。  激しく後悔した。  バッシュは、ここ最近浮かべるようになった、艶やかな笑みを浮かべて、じっと自分を見ている。そしてバルフレアは、おいでおいでをしていた。  ノアは、その手が何を意味しているのか理解し、真っ赤になって首を横に振る。   「あ、…いや……」 「ノォア」    ノアの足が後ろに一歩引こうとする。が、バルフレアの視線に絡めとられているノアは、意思に反して、一歩前に足を出そうとする。   「こ、こんな場所では、お、落ち着かないだろ?」    バッシュは、分からないとばかりに首を傾げ、バルフレアは、「お前もさっきしただろう?」と、楽しげに言う。   「お、俺は、い、家での方が……」 「キスをしたくないのか?」    したくない訳では無い。ただ、いつモンスターが出るか分からない場所では、落ち着かないから、お子様キスが限界だと言いたいのだが、言葉にならない。   「しょうがないな」    バルフレアの言葉に、ノアの理性が逃げ出そうと足を動かすが、実際は微動だにしていない。気がつくと、ノアの舌は、バルフレアの舌と絡まっていた。  こうなるとノアは、思考回路が停止しているせいか、本能だけで、どんどん積極的に行動していく。既に両手は、バルフレアの首筋にまわり、体は隙間が無いくらいにぴったりとくっついている。バルフレアは、舌をねっとりと舐めながら、腿を使い、ノアの股間を擦り上げた。   「んんっ…ふ……」    バルフレアは、ノアの乱れていく様を感じる度に背中がぞくぞくする。だが、流石にここでは、これ以上無理だなと思い、最後に舌を強く吸ってから、ゆっくり離れた。  バルフレアは、二人を視界に入れ、じっくりと眺める。   「まずったか」    バッシュは、柔らかく笑みながら、ノアは、未だぼんやりとしながら、視線だけでバルフレアの言葉の意味を問う。   「これから、おっさんの所へ行こうと思ったんだがな。流石に不味いな」    剣を持って一生懸命戦っていた子供達が、突然色っぽい雰囲気をダダ漏れしながら現われたら、腰を抜かす。   「…綺麗」    ノアが、困ったように、だが、はっきりと非難の声で名前を呼ぶ。  間違いなく、その原因を作ったのは、バルフレアだ。だが、そのきっかけを作ったのは誰だと、バルフレアも二人に問いたい。  結局、お互い様である。   「綺麗、場所は分かるのか?」 「あぁ、手紙が入っていた」    バルフレアは、懐から取り出した封筒をヒラヒラを揺らす。  その中には、几帳面な文字が、現住所だけ記してあった。   「ま、明日でもいいだろ。これから続きもしたいしな」    バルフレアは、再び天動器に向かって歩き出した。  二人を手に入れてから、まだ、ほんの一月。どんどん変わっていく二人に、未だ変わらない二人に、欲は無尽蔵に沸いてくる。  剣の礼を言うよりも、まず、二人を堪能する事が先だと、振り向いて二人を招いた瞳が、言葉よりもあからさまに語る。  バッシュは、楽しげに駆け寄り、「今日は、初日ぶりの三人だな」と、楽しげに言う。  ノアは、急ぎ足で二人を追い抜き、天動器のスイッチを操作する。バルフレアの言葉を聞いてから顔が熱くて上げられない。   「帰ろう」    バッシュは、「あぁ」と嬉しそうに、ノアは、真っ赤になって頷き、天動器のスイッチを押した。  

 

09.11.24 砂海
一行目「準備はいいか?」と書いた瞬間、野郎共!と脳内三蔵様声付きで…続いた…orz ので、「いいか」から、「いいな」に変えた…orz 不便な脳を持っている自分が、悲しい修正でございましたよ(/_;)   えぇ、まぁ、こんな、たわいもない日々を送っている三人です。 フランは、「新婚家庭に居る訳にいかないでしょう」と言って、別のアジトでのんびりしています。 たまに、家に来た時は、双子に分からないよう、バルフレアをからかいます。 なにせ、フラン姉さんは、バルフレアの子供の頃を知っていますから。   という訳で、そのうち、ロザリアに行きます。 ブリズーーーー!逃げてぇぇぇ!!!