サリカ樹林のクリスタルを中心にして仲間は全員寝ている。今の時間は、バルフレアが見張り。 細い蔦が大量にからまった幹を背にして、困ったように自分達が向かう先の闇を見つめていた。 (16で家を出てから、かなりの時間、心を占めていたはずじゃなかったか?) 今、バルフレアの頭を占めているのは、父親との事ではない。確かに、まったく考えていないと言ったら嘘になるが、ここの時間でおよそ一ヶ月前のように、虚空と話しをし、自分を一切省みなくなった父の姿は無い。 それに代わり、やたらと思い出すのは、一緒に図面をひいたり、機械を組み立てていた頃の幸せな記憶。 (ったく、あの人には敵わないって事か。しっかり、教育されてたな……) バルフレアの口元には、笑みが浮かんでいた。 ◆KIREI・バルフレア 「おかあ様ー!」 バルフレアの掌をぎゅっと握ったまま、走って家の中に入る。キラキラその1。 「綺麗、拾ったのー!」 バルフレアの掌をそっと握ったまま、隣に立っている。キラキラその2。 (俺は、拾われたのか?) バルフレアは、拾われた猫のような状況に、少々の頭痛。ついでに、こんなに疑いの無い子供だけで遊ばせてちゃだめだろ?と、帝国で育った大人は思う。 「綺麗」 「ね」 キラキラ二人が、現れた女性に俺を指差しにっこり笑う。あまりの微笑ましさに眩暈。そして自分に向かう純粋な笑みに、「違う」という言葉は口の中で消えた……消えたが、目の前に現れた女性からの視線が、非常に痛い。そりゃぁ、拾ったのが人間で、いい大人で、何も言わず己の子供と手を繋いでいるっていう状況は、激しく怪しいだろう。 「貴方……、捨て子なのかしら?」 「い、いや……」 「そうよねぇ」 「あのねー」 「迷子だって」 「言っていたぁ〜」 「迷子……ねぇ……」 そりゃぁ、自分も、こんなデカイ図体で迷子だと言いたくも無かったと、バルフレアは思う。だが、未だに自分を見ている視線が痛いのも、事実。 バルフレアは心の中でため息をついて、ある程度本当の事を言うしかないと諦めた。 二人の子供と目を合わし、静かに手を外し、女性に向かって優雅に頭を下げた。 「私は、ほんの少し前にとある洞窟に居ました。その壁に触れた瞬間、ここに送られた感じなのですが……ここは、本当にランティスですか?」 「えぇ。貴方は、トレジャーハンターなのかしら?」 「似たような者です」 未だ視線が痛い。いや、それどころか痛み上昇。 「その洞窟は、どの辺なのかしら?」 「ラバナスタの近くです」 嘘をついている訳ではない。言っていない事があるだけ。バルフレアは、母親の視線に負けないよう、いつも道りの所作で見つめ返している。心の中では、一介の母親とは思えないと思いながら。 「そう、分かったわ。 貴方、食事はどうかしら?子供達の食事の時間なの」 言われて初めて、空腹に気づいた。洞窟に入って数時間、食事は朝にとったきりだった。 「お願い致します」 「そう。バッシュ、ノア、迷子さんと一緒に手を洗っていらっしゃい」 「はーい」 「はい」 母親とバルフレアの会話をドキドキしながら見守ってきた二人は、満面の笑みを浮かべて、バルフレアを再び引っ張った。 「おいおい、自分で歩ける」 「うん。行こう」 二人は、手をしっかり握り締めて離さない。 「連れて行ってあげる」 ぎゅっと握って、にっこり笑う。 バルフレアは、困った事になったと思いながらも、目の下の小さな二人に笑みを返していた。 「貴方……」 「バルフレアです」 「そう、バルフレア」 にっこりとした笑みがバルフレアを見ている。 「貴方を、この二人の保護者係りに任命するわ!」 女性の指は、ビシリとバルフレアを指差していた。 「は?」 その勢いに呆然。バルフレアの手は、フォークをポロリと落としていた。 「私は、仕事に行かなくてはいけなかったのだけれど、つい昨日まで、熱を出していたのよ。この二人」 「………し、使用人が居るように……見えるのです、が…」 「熱を出した子供に、母親はついて居るものでしょう?」 「お母様、ありがとう」 「ありがとう、お母様。僕達、もう大丈夫だよ」 「ね、こんな事を、可愛い笑顔付きで言ってくれるのよ〜。子供の傍に居て正解でしょう?」 正解でしょう?と言われても、バルフレアには、どう答えていいのか分からない。 「先ほどから、貴方の所作をずっと見ていたのだけれど、安心したわ。 これから、私は仕事に行くから、それが一段落するまで、よろしくお願いするわ」 よろしくと言われても、さっぱり状況がつかめない。 「返事は、聞かないでおいてあげるけれど、貴方、長い名前があるわよね? 玄関での立ち居振る舞い、食事の仕方、教育係りとして、十分だわ」 それを見ていたのかと、目の前の元気な女性を改めて見返す。 「報酬は、貴方が迷子の間のベッドと食事。他に何か必要なものは、あるかしら?」 バルフレアは、頭を抱え、ため息をめいっぱい吐き出した。 「……ありがたいが……あんた、息子達をトレジャーハンターにさせたいのか?」 言葉がぞんざいになった。 「綺麗、僕達、騎士になるんだ」 「うん、お父様みたいになるの」 その綺麗っていう呼びかけは何?とか、思ったが、「俺は、騎士じゃないぞ」と言うのが精一杯。 「あら、長い名前のある貴方なら、一通りは出来るはず。でしょう?」 にっこり笑って、さらりと言われた。キラキラした瞳が「うわぁ〜」って言葉を目に貯めて、二対見上げている。 「捨てた名前に、意味は無い」 「貴方は、バルフレアなのでしょう?」 「………俺の本職は、空賊だ…」 なんとかして逃れようと言った言葉に、「そんな些細な事は気にしないわ。トレジャーハンターとさして変わりないわ」とまで、言われる始末。 「バッシュ、ノア」 「はい」 「はい、お母様」 「午前中は、お勉強。お食事の時は、バルフレアを手本にして食べなさい。午後は、彼が剣を教えてくれるから、頑張るのよ」 「はい」「はい」 バルフレアは、置いてけぼりにされ、さっさと会話は進んでいく。 「綺麗、お願いします」 「綺麗、よろしくです」 椅子から立ち上がった兄弟は、にっこり笑って、お辞儀をした。 その後、親子の熱い抱擁と数日分のさよならと指示を言って、母親は鮮やかに出かけていった。 「今日は、何をするの?」 期待にキラキラした目が二組。 だが、現在、もう夕方。 「………あ、明日から……な……」 そして、バルフレアの保護者兼家庭教師兼剣の指南の日々が始まる。 これは、母親が帰ってきても、一切変わらず。変わるどころか、日々余計な肩書きが増えるという状況だった。 ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・ (とことん、子育てと教師役を覚えこまされたよなぁ〜) 顔に浮かぶ表情は苦笑だが、暗いものは何も無い。 (あの後から、親父の事は、あれでいいと思うようになったのは………あの人の教育の成果だ……な……) 表面上に見えるものだけが、子育てでは無いという事、子供への愛情では無いという事を、半年の間に十分と教え込まれた。 指導したのは、母親だったが、既に亡くなっていた父親代わりまでしていた彼女は、とことんバルフレアを教育し、変えていった。 「ったく」 もう、二度と父親に会うとは、思っていなかった。 もし間違って会うような事態になった時は、敵対しているかもしれないと思っていた。 それは、酷くドロドロとした暗い思いだったはず。なのに今は、静かな感情しか無い。 (それどころじゃないよな) 間違いなく、バッシュとノアは、自分の事を気にしている。 父親と息子が対峙する事を。 二人共、方向は違えど、優しい子供達だった。それは、今も変わらない。再会して十分に分かった。 だからこそ、自分の為に余計な荷物は背負わせたくない。 (親ってのは、大変なもんなんだな。なぁ、親父) 見上げる月に向かって、バルフレアは小さく笑っていた。 to be continued…
08.11.01 砂海
お父さんだ。困った……ラブから遠のいていってるよぉ〜orz