KIREI・一夜を過ごす為の長い道のり・ノア  

    ランティスの家に住むようになってから一週間。ノアは、激しく困っていた。 足を踏み出す先が分からない。 それどころか、どう足を踏み出していいかも分からない。 現在齢36歳。 36年も生きてきて、こんなに、どうしていいか分からない状況に陥った事は皆無。 今の状況に比べたら、死んだと思っていた兄が、ラバナスタに仕官していた事が分かった時の失望など、ほんの些細な事だと言い切れる。 ずっと手に持っていたカードキーを無意識のうちにひっくり返したり、回したりしている。   『キスはした。その先だ』   兄の言った言葉が、フォントサイズ50、ボールド仕様で頭の中をぐるぐる乱舞している。 女性が相手ならば、そういう行為をいくらでもしたし、軍生活を送る中で、男性同士がそういう行為に及んでいるという事も聞いていた。 だが、自分が、それを実践するとは思いもしなかった。   『フランから、押し倒すのではなく、乗っかる方がいいと言われた』   その言葉が示す事は、あからさまで、今まで自分が行ってきた経験は、一切役立たず。 そして、ここまできて、思考は振り出しに戻る。 困った。 自分が組み敷かれる状況が、想像出来ない。いや、想像が出来ないのではなく、想像を拒否しているというのが正しい。   (気色悪い)   自分にとって、正視に堪えない、気色の悪さ。(今まで組み敷いた女性を、自分に置き換えてみた結果) 今まで子供として愛してくれていたのを、いわゆる男女間の愛情までに、ようやく格上げされたはずなのに、良くて振り出しに戻るか……いや、間違いなく、捨てられる。そう思う。 それだけは、避けたい。絶対に避けたい。だが、どうしていいか分からない。 思考は、出口を見つける事が出来ずに、ぐるぐる空回りしていた。   ◆KIREI・一夜を過ごす為の長い道のり・ノア   ノアは、長い廊下をとぼとぼと歩いている。 縋る為の藁を握り締めに行く途中。 目の前に扉が現れる。 一瞬ためらいながらも、なんとか顔を上げて、扉を開けた。   「何だ?ガブラス」   山のような書類、何の用途に使うのかさっぱり分からない機器類、部品類、そんなものが山と詰まれた狭い部屋。その中で唯一空きがある机の前に、シドは座っていた。   「あ、あの……」   ノアは、聞かなくてはいけないと思いながらも、何から話していいか分からない。   「どうした?」   すっかり可愛くなったなぁと思いながら、シドはノアの言葉を待っている。   「……き、聞きたい事が…」 「何だ?まさか、また子育てについてじゃないだろうな?」 「ち、違っ、子作りについてだっ!」   自分が言ってしまった言葉の内容を、言った後で気づいたノアは、瞬時に真っ赤になる。   「ほぉ〜、お前は、童貞だったのか?」 「違うっ!そうじゃなくっ…」   シドは、分かっていて、からかっている。机に肘をついて、興味深そうにノアを見上げていた。   「っ……シド殿っ!」 「分かった、分かった。悪かった。だが、儂は、女しか抱いた事が無いぞ」 「わ、私もですっ!だからっ……」 「……当然、抱かれた事も無いぞ」   ノアは、がっくりと肩を落として、机に両手をつく。   「それは、たぶん……そうだとは思っていたのですが……」 「ならば、儂に何を聞きに来たんだ?」 「あの………ですね………あの〜〜………う〜………」   真っ赤になって、口を噤んでしまったノアに、シドは、本当に可愛い男だなぁと思いながら眺めている。 少し前まで見ていた、復讐という言葉に囚われていた人物とは、到底同一だと思えない。今なら、あれは必死になって復讐という言葉にしがみ付いていたのだと分かる。本来のノアは、ジャッジ・マスターという職には似合わない男なのだろうと思った。   「き、気色悪くありませんか?」 「何がだ?」 「わ…わっ、私が……あの、その………」   ノアは、これ以上言えなくて頭をかかえ、蹲ってしまう。 シドは、口元に笑みを浮かべながら立ち上がり、そんなノアの頭を撫でた。   「お前は、本当に可愛くなったなぁ」 「っ?!」 「それで、何が気色悪いんだ?」 「あ………わ、私が……」 「お前が?」 「あ…あん……とか……あ、喘いで………その………」   ノアは、叫びながら走り去りたくなった。   「……ガブラス。お前、自分で想像したのか?」 「……はい」 「そりゃぁ、自分で想像したのなら、気色悪いだろう。儂だって、そんなもの想像したくないぞ」   あからさまにノアの視線が、下へ下がる。   「ちゃんと聞いているか?儂が、儂のそんな姿を想像したら、気色悪いって言っているのだぞ」   真っ赤になった顔が、シドを見上げる。   「そんなものは、女だって同じだろう?  だが、惚れた相手の顔なら違ってくる。そういうものだ。  お前は、惚れた女は、居なかったのか?」 「……気づいた時には、貴族達の思惑の中に巻き込まれていまして……」   初めては、部隊の隊長に連れられた花街の女性だった。確かに綺麗で妖艶な女性ではあったが、魅かれる事は無かった。バルフレアより綺麗なものは無いと無意識に思っていたのだろう。実際、ノアにとってその通りでもあった。 そして、肩書きが付くようになってからは、国内の貴族の思惑が自分に伸びていた。一見好意的な縁談や誘惑が、多数舞い込んできた。だが、それを手にする気も無かったし、その自分の意思を覆すような相手もいなかった。   「ならば、色っぽいと思う事はなかったのか?」 「……いえ」   ノアは、心の中で、バルフレアほどでは無いがと付け加えている。   「お前を組み敷きたいと思っているヤツなら、同じように思うだろうよ」 「……で、でも、私は男で……」   シドは、ノアが悩んでいる点を正確に理解して、『関係ないだろ?』と、目の前の、おやぢと言われて当然な年齢の可愛い物体に対して思う。本当に、数ヶ月前の憎悪は何だったんだ?と改めて思うぐらいに、それはすっかり剥がれ落ち、ただただ未経験の物事に対して困惑し、ほんの少し恐れ、戸惑っている子供だけが残っていた。   「お前、この間子育てについて聞きに来た時の話を覚えているか?」   ノアは、静かに頷く。   「あの頃のファムは、非常に情けなかったぞ。この間あいつに言われたんだが、よほど機械いじりが好きだったのだな。だが、儂の元に置く訳にはいかなかった。どうしても離れてもらわねばならなかった。子供がそれを分かる訳もなく、毎朝赤い目をして、日々日々痩せていく体をふらふらと動かしながら生きていた。  儂に何を言う訳でもなく。  ただ、運命を甘受してたよ。  それを聞いても、お前の感情に変化は無かったのだろう?」   ノアの目が見開き、瞬く。   「だいたい、あのヴィエラが居なかったら、今頃あいつは、どっかの娼館にでも売られていたか、死んでたかしていただろうよ。  自力では立てない、ブナンザ家のおぼっちゃんだからな」   ノアは、ずっとシドを見つめ続けている。   「銃を作る為に、銃の腕は磨いてもらったが、あの甘ちゃんのお子様では生き抜けない。世間はそう甘くない。  当然、今あいつが持っているシュトラールも手に入らなかっただろうよ」 「だが……だが、バルフレアは……」 「あぁ、それは、お前らのおかげだと儂は思う。お前らの母親に会わなかったら、教育されなかったら、今の自分は無いとあれも言っておったしな。  今のあれは、お前らと会ったあれは、確かに自分で立っている。だが、それは、お前らが居たからだ。あれの基本は…まぁ儂が言うのもなんだが、優しすぎるファザコンのおぼっちゃまってところだろうからな」 「………シド殿…」 「ここまで聞いても、お前の感情は変わらんのだろう?」   ノアは、はっきりと頷く。   「たとえ、それを、その目で見たとしても、変わらんのだろう?」 「はい」 「それが、惚れたって事だ」   ノアの目がまん丸に見開かれ、シドを見つめたまま、動けなくなる。   「たとえ、情けなかろうと、みっともなかろうと、惚れた相手というだけで、何もかも受け入れられる。いや、そうじゃないな、受け入れるのではなく、全て愛しいと思ってしまう。それが、惚れたって事だ」 「たとえ…相手が男だろうと…」    シドは、頷いた。  ノアは、ここに来て初めて、安堵の息を漏らし、小さな笑みを浮かべた。   「ちょっと、そこで待ってろ」    そう言うとシドは、部屋を出て行った。  そして、数分後に、数冊の本を抱えて戻ってきた。   「読んでおけ」 「は?」   ノアは、手渡された本のタイトルを読む。「愛される為に」「幸せのセックス」「男同士の愛の形」……等々。体全体が、硬直した。 ノアは、必死に気力総動員して、恐る恐る顔をあげ、シドを見る。   「あ、あの……シ、シド、殿」   声が、ひっくり返った。   「お前の事だから、詳しい方法なんか、知らんだろう?」 「な、何で、こ、こ、こんな本がっ……」 「あぁ、ここに帰ってきて直ぐに取り寄せたものだ。儂も、詳しい方法を知らなかったからな。  ちょっとした息抜きに、丁度良かったぞ」   両手にずっしりと重さを感じる量が、息抜きですか?と、ノアは心の中で問う。声が出ていない事に気づいていない。   「これなんか、図解されていて、分かりやすかったな」   その本の山から一冊を抜き取り、態々一番上に載せる。   「儂のお奨めだ」 「あ、あの……こ、これ……」 「あぁ、返さんでいいぞ。もう全部読み終わっているからな」 「は、はぁ…あ、ありがとうござい、じゃなくて、あの………」 「何だ?」 「よ、読まなくては、…いけ、ませんか?」   ノアは、酷く情けない顔で言う。   「そりゃぁ、やる前に読んでおいた方がいいだろう。一応、前処理も必要だからな。  それとも、一から、ファムに仕込まれるのがいいのか?」 「ちっ………」   言葉が続かない。真っ赤になったノアは、ぼたぼたと本を落としたのに気づかない。   「ガブラス…」   シドは、それを一つ一つ拾って、もう一度ノアの両手にしっかりと積み上げる。当然、お勧めは一番上だ。   「頑張れよ」   ノアは、シドにばんばんと背中を叩かれ、促されるまま、ぎこちなく扉に向かって歩き出した。   「出来れば、感想を聞かせてもらえると、ありがたいんだがな」 「シド殿っ!!!」   既に悲鳴。部屋から出ようとした足が硬直した。   「普通は、のろけるものじゃないのか?まさか、部下にのろける訳にもいかんだろう?  いつもで来い。待っているぞ」   非常に楽しそうなシドの声を背後に、ノアはのろのろと廊下を歩き出す。両手が非常〜に重い。 ノアは、泣き出す一歩手前だった。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   ノアは、誰も居ない執務室で、ぐったりと机にうつ伏せている。気力ゲージ、果てしなくゼロ。 その頭の横にシドご推薦図書が、転がっている。 怖いもの見たさという言葉を実践した。 これほど後悔した読書は無い。 ノーマルなセックスしか知らなかったノアには、激しくレベルの高い読み物だった。   (お、俺に……出来るのだろうか?)   これなら、上を目指し、一日中剣の稽古をしていた頃の方が希望があった。   (綺麗………)   ノアの前に立ちはだかった壁は、果てしなく高かった。     to be continued…

 


09.07.09 砂海
どうしよう……ハードルがめさめさ上がっているんですけどーーーーっ!!ノアの馬鹿馬鹿ぁんっ!!!orz どうやって、えっちぃシーンに行ったらいいのよぉ〜orzorzorz   バルフレア……が、頑張って!本気で、あたしを助けてくれっ!!お前の手腕にかかっているっ!