KIREI・バッシュとノア  

    ◆KIREI・バッシュとノア   神殿の中では、祈りの声が止む事なく響いている。 大僧正の死に、信者達は全員俯き、祈り続ける。 バルフレア達は、その片隅で、戦いの疲れをそれぞれが取っていた。   「バルフレア」   聞き取れるかどうか分からない程の声に、バルフレアの視線があがる。   「いいだろうか?」   バッシュの真剣な眼差しに一つ頷き、立ち上がる。 二人は、そのまま建物から出て、人の居ない一角に移動し、立ち止まった。 バッシュは、何も話さない。バルフレアを見ては、躊躇い、眉間に皺を作っていた。   「バッァシュ」 「……綺麗」 「んだよ、今度こそ、ちゃんと名前を覚えたんじゃなかったのか?」 「俺達にとっては、いつだって綺麗だったから」   夜にも関わらず眩しそうにバルフレアを見ていた、その視線が下がる。   「綺麗」 「何だ?」   バルフレアの声は、仲間達と居る時とは違い、酷く優しい。   「もし……、もし、その…、綺麗がアルケイディア…に、行きたくないのであれば、ここで………分かれても、構わない」   バルフレアからは、俯いたバッシュの表情は見えない。普段は自分の思う所を一切押し隠し、泰然としている態度が、まるで子供のように揺らいでいた。 口元が笑みの形になる。   「お前なぁ、どう考えても、お前らだけでアルケイディアを歩ける訳がないだろ?俺は、あそこの出身だ。そんな便利な案内役なんて、今からじゃぁ見つからないぜ」   アルケイディア出身と言っても、バッシュに動揺は無い。バルフレアが帝国を案内すると言った事で、推測がついていた。   「お前は、ちゃんとついて来ればいいんだ」 「だが…」 「ん?」 「綺麗は行きたくは無いのだろう?」   バルフレアの口元に苦笑が浮かべながらも、さすが将軍だと、感心していた。   「まぁな…一度逃げた所に行きたいヤツは、いないだろうな」 「逃げた?」 「あぁ、俺達が目指す場所は、俺の親父が居る所だ。機工士になりたいという俺の夢を取り上げ、重たいジャッジの鎧を着せた親父のな」 「綺麗…」 「俺の親父は、ドラクロア研究所所長、ドクターシドだ」 「それは……」   バッシュの眉間の皺が深くなる。 研究所所長。それならば、間違いなく今度の敵、対峙しなければならない相手。バルフレアが道案内の名乗りをあげた表情は、酷く作り物めいていた。それは、彼の激情を隠していたのだろう。 ダメだと思った。その思いのままバッシュの頭は、左右に振られる。   「綺麗っ!」 「バッシュ」   その静かなバルフレアの声に、彼を止める言葉が続かない。   「いいんだよ、バッシュ。逃げられないって事だと、ようやく分かったんだぜ。だから、俺は、俺の為に行くんだよ」   バルフレアの手のひらが、目の前の頭をポンポンと叩く。   「綺麗…」 「お前、そんな顔をすんな。気にする事なんか、無い」 「そっ…そんな事は……っ」   きっと自分さえ、この中に居なければ、バルフレアは、父親の顔を見ずに済んだのではないかと、思ってしまう。いや、最初から参加さえもしていなかっただろう。 自分が小さい頃、バルフレアは、自分にも、ノアにも、酷く優しかった。その優しさに甘えてしまう自分が、情けないと握り拳を作る。   「バッァシュ」 「………」 「らしくねぇなぁ。お前は、前だけを見ていればいいんだよ。それがお前、だろ?」 「……綺麗。ダメだ」   まるで子供をあやすように、バルフレアの手がバッシュの頭を撫でる。   「ダメだ。私がなんとかする。大丈夫だから、だから……アルケイディアだけは…」 「お前なぁ。お前ばっか前に進んで、俺に立ち止まれって言うのか?」 「ちが……っ」 「俺にも、前に進ませろよ。な」 「綺麗……」   彼の意思なら尊重したい。だが、どう考えても、自分が無理強いしたようにしか感じられない。   「安心しろ。嫌になったら、最速で逃げてやるさ。俺は、最速の空賊バルフレアだ。だろ?」 「っ………、ほ、本当だな?」 「あぁ、俺は、正直者なんでな」   バッシュの手のひらに、爪が食い込む。かみ締めた歯が鳴りそうになる。 情けない。情けないとこれほど思った事は無い。 バルフレアの手を借りなければ、土地勘の無い者が、帝国奥深くどころか、足元さえも近づけないだろう。 将軍として自分は、それをよしとしている。 綺麗の手を知っている自分は、ダメだと叫んでいる。 プチリと音がしそうな勢いで、手のひらが切れた。 バッシュは、ようやく顔を上げ、バルフレアを真っ直ぐに見た。   「…分かった」   それならば、今までどおり、剣を敵に向けるのは自分で居よう。彼を決して前に出させない。それが彼の手を無理やり借りた自分の仕事だと、心に誓った。   「お前……」   面白そうにバッシュを見ている目が細まる。口の端があがる。   「ま、いいか。それがお前らしい」   バルフレアの手は、バッシュの頭をぐしゃぐしゃと撫でた後、「ほら、寝るぞ」と言って、仲間の元へと歩き出した。   「綺麗…」   バルフレアの背後では、真っ赤になったバッシュ。 頭から消えない。最後、自分に見せた酷く甘い表情。 慌ててバッシュは、頭を振った。 将軍という地位を拝命してから、多くの部下を守ってきた自分。そんな自分が、守られる事に甘んじている訳にはいかない。 まるで縋るように柄を握り締める。もう一度頭を振って、バルフレアの背中に向かい歩き出した。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   モスフォーラ山中、水音の伝わる場所。 バルフレアは、仲間から少し離れた場所で、空を見上げていた。 予感がした。 今までは強行軍だった事もあり、時間の余裕など一切なかったが、今なら余裕がある。そして、神都で聞いたガブラスの名。微かな足音が聞こえてきた。 バルフレアの口元が、自然とあがった。   「俺の横が、空いているぜ」   モブハンターのような旅装をしているノアが、音も無くバルフレアの横に座った。 バルフレアは空を見上げたまま。ノアの言葉を待っている。   「ヴェインが動いた」 「戦争か?」 「そうだ」 「解放軍も、ロザリアも、叩き潰される」 「そうか……」   ようやくバルフレアは顔を下ろし、真横に居るノアを見た。   「お前は、ここに居て大丈夫なのか?」 「…、だ、大丈夫、だ」 「ノア、いざとなったら俺達を切り捨てろよ。お前の立場を命を優先しろ」 「バッ……」 「お前は優しいからな、自分の立場を放り捨ててまでも、俺達を助けようとしかねない」   バルフレアの手がノアの頭を撫でる。   「バッ……、お、俺は、お、お前より、年上なんだぞ」 「分かってはいるぜ。だがなぁ、ちょっと前まであんなにチビで、ぽてぽてしていたからなぁ」 「あれは、20年以上前だっ!」 「俺にとっては、一ヶ月程度前、だ」   文句を言っても、ノアはバルフレアの手を払わない。そのままでいる。   「とにかく、お前はちゃんとアルケイディアでの仕事をしろ」 「大丈夫だ。綺麗が思うようなミスはしない」 「どうだかな……まぁ、いい。お前が答えられる範囲で、教えて欲しい事がある」   ノアは、重々しく頷く。 バルフレアは、それを見て、本当に変わらないんだがなぁと、心の中で笑う。目の前の大きな男が、記憶の小さな子供と重なりすぎる。   「ドラクロア研究所の警備施設の変更は?」 「……ここ数年聞いていない」 「そうか。所長の部屋の位置も変わりないな?」 「あ、…あぁ」   ノアが訝しげにバルフレアを見た。   「ん?あ、あぁ。俺はあそこを知ってるからな」 「綺麗は……」 「そうだ、あそこが俺の生まれ故郷。俺は、ドラクロア研究所で育ったようなもんだ」   一瞬、分からない叫びがあがりそうになったノアは、バルフレアの酷く苦い表情に声が止まる。   「ドクター・シドは、俺の親父だよ」 「ブナンザの………行方不明の三男か?」 「へぇ、良く知ってんな」 「ヴェインは、シドと組んでいる。陛下に言われヴェインの調査を行った時に、シドの事も調べた」 「そう、か。なぁ、六年前、シドがヤクドディフォールに行った時の事は知っているか?」 「あぁ、調査に行った事は知っているが、何があったかまでは掴めなかった。ヴェインと頻繁に会うようになったのは、その後からだ」 「そう……か」   ノアは、彼らの行き先を知っていた。聞かなくても分かる。破魔石を持っていた皇女。ラーサーがその皇女と同行していた。ラーサーが何を目指していたのかは、知っている。戦争を止める事。しかし、皇帝の死によってその道が分かれてしまった。 だが彼らは、この道を進んでいる。その意味は、ラーサーと同じ戦争を止める為、もしくは、戦争を有利に運ぶ為の究極の武器調達。破魔石。 ならば、行き先はドラクロア研究所。シドの三男であるバルフレアが、破魔石のありかとして、その場所を示すのは容易い事だろう。 だが、それは、親子が敵対する事を示す。 シドの三男が行方不明になったいきさつも、報告書の内容から推察済み。 自然とノアの表情が曇った。   「どうした?」   シドの三男は、シドの元へは、行きたくないだろう。それを押しとどめ前へと進んでいる。それは、皇女の為というより、バッシュの為。そんな状況にも関わらず、バルフレアは、自分にまで気を使う。   「綺麗……」 「仕事は、大変なのか?」   ノアの首が横に振られる。   「綺麗…」   ノアは、バルフレアの体を抱きしめた。   「ノア?」 「俺は、大丈夫だ」   小さい笑い声が耳元をくすぐる。   「俺も大丈夫だぜ」   自分が思っている事を気づかせてしまった事に、ノアの腕の力が抜ける。   「俺の事なんか、些細な事だ。どこにでもあるような事だろ?」 「綺麗…」 「俺は、ノアとバッシュの保護者だからな。お前の母親に任命された日からな」 「俺達は、もう、綺麗より歳をとった」 「俺の任命は、未だ解かれてないぜ。それに、任命された以上、保護者が逃げてなんかいられないさ」   バルフレアの手が、ノアの背中を撫でる。   「だから、俺の見えない所で無理すんなよ」 「大丈夫だ」 「まぁ、バッシュと違ってお前は、頭で状況判断するからな。あぁ、安心してるよ」 「綺麗…。そうだ、安心してくれ」   バルフレアの肩の上で、ノアが小さく続ける。   「兄さんを…頼む」   ここまで彼に無理を強いて、それでも願いの言葉を言ってしまう自分に嫌気がさす。   「俺は、保護者だって言ってるだろ。そんな事は当然だ。だから、ノォア。お前は、お前自身を頼んだぞ」 「っ………分かっている」   ノアは、バルフレアから離れ、もう無くなってしまった国の形式で礼をする。   「また、来る」 「絶対に無理をすんな」   ノアは、堅苦しく頭をもう一度下げた後、暗闇の中、元来た道を歩き出した。 バッシュが今知った事実を知っているのなら、彼と父親が戦う時、彼を無理やり背後に押さえつけるぐらいの事はするだろう。 ならば自分は、彼がアルケイディアに到着する前に、彼らが楽に帝都に入れるよう、もっと有効な情報を与えられるよう、動こうと決心をする。 但し、自分の安全をある程度確かなものにしなければならない。それが彼の望みだから。   (難しいな……)   そう思いながらも、それを実現する方策を、ノアは頭の中でいくつもあげていた。     to be continued…  

 

08.10.21 砂海
双子の違いを理解してもらえたでしょうか?……双子だから似ている?いや、違うだろ!という趣旨なのですが、……バルを助けたいという共通の意思があるんで、似通っちゃった?…orzブンサイガ…。 ということで、たらしのバルを一生懸命書いたブツでしたm(__)m