剣を捧ぐ  

  子供の腕を止めた姿に目を奪われた。 牢獄では見る事の出来ない新緑を瞳に持つすらりとした姿。   「歩けるか。行くぞ」」   その瞳が自分を見る。 言葉が自分に向けられる。 たとえ立てなくても、たとえ歩けなくても、意思だけでそれを実現しただろう。   「盾にはなるだろ」   当然そのつもりだった。 そして、戦いが専門の自分が盾だけのつもりはない。 最前列で戦う。 あの鳥籠から放ってくれた者への礼として当然の事。   「まわりくどい陰謀だが、筋は通ってる。あいつ、似てたしな」   おそらく彼は、ダルマスカの者ではないのだろう。 だからこそ、冷静に自分の言葉を聞き、その言葉を導き出したと、落ち着いた声は伝える。 言葉も態度も決して率直ではないが、この短い時間で何度も手を差し伸べてくれた。 この自分に。 剣を握り締める手に力を込める。 自分には、勤めがある。 しかし、ダルマスカにたどり着くまでは、彼に剣をこの身を捧げようと心の中で誓う。 そう思わせるぐらい、彼の言葉の優しさに、救われる自分が居た。   ◆剣を捧ぐ   「あんたなぁ…」 「何だ?」 「やめろ」   バッシュは、バルフレアの言っている意味が分からず、訝しげな顔をする。   「俺は、弱いか?」 「いいや」 「だったら、何で俺までかばう?」   あの地下道の時からそうだった。 己が二年も幽閉されていたこと、拘束されていたことを省みず、自分もヴァンも背後に庇い新しい傷を作っていった。 それが、今も変わらない。 宿屋で同室だった時に見た体中にわたる傷と火傷跡は、拷問を施された印。 しかし、そんな痛みを一切見せずに、今も仲間を守って前を行く。 バルフレアはバッシュの胸倉を掴んで、その瞳を覗き込んでいた。   「俺は、あんたの庇護下に入った覚えはないぜ」 「っ…そんなつもりでは…ないのだが…」 「じゃぁ、どういうつもりだ?」   バッシュは、心底バルフレアが怒っている事は直ぐに理解した……が……怒っている顔は初めてだと、ぼけっと彼の顔を見続ける。   「バッシュっ!てめぇ、聞いてんのかっ!」 「あ…すまない…き、聞いてはいる」   その微妙な「は」の位置に、バルフレアは目を細めた。   「あ〜?んなら、どういうつもりか言ってみろよ」   バッシュは、にっこりと笑う。   「君の事が、好きだからかな」   バルフレアは、ドンムブとドンアクを同時にくらった。   「私は、剣しか能がない。  だから、守るぐらいしか出来ないだろう?」   未だ胸倉をつかまれたままにも関わらず、将軍はほっこり、にっこり笑う。   「体が勝手に動いてしまうのだ」   エスナを唱えたくても唱えられない。   「しょうがないと、諦めてくれないだろうか?」   バッシュは、ゆっくりとバルフレアの指を服から外し、強張った体を抱きしめ、背中をポンポンと叩く。   「ば、バッシュ?!!」 「安心したまえ、別に何もする気はない。というより、どうしていいか分からんのだ」 「はぁ?」   ようやく回復しはじめた状態異常が、再び発動しそうになる。   「あ、あんたは、男が趣味なのか?」 「いいや、ごく普通だが」 「俺は、男に見えるよな?」 「あぁ、もちろん。シャワーを浴びた後、君はいつも上半身裸じゃないか」 「じゃぁ、何でだ?」   バッシュは、バルフレアをマジマジと見た。   「君の優しさに救われたから」   笑いながら言う。   「君が望まない事はしないし、強要しない。  だが、戦いの時に体が勝手に動いてしまうのは、許してくれないだろうか?」   小首を傾げて見つめてくる姿を見て、眩暈のような感覚に襲われる。 あんたの年齢はいったい幾つなんだと問いたい。 だが、そんな言葉は口からは出ず、バルフレアは「あぁ」と一言だけ言うのが精一杯だった。                 ◇◆◇                 あの会話があった後も、バッシュの態度は一切変わらない。 いつものように最前列で戦い、仲間をまとめ、バルフレアを庇っている。 バルフレアは、それを一切無視して、あの言葉を聞かなかったように振舞っていた。 そのうち、仲間が一人増えた。 ダルマスカのもう一人の将軍。ウォースラ。 バルフレアは、うっとおしいとため息をついていた。 ウォースラから、やたらと視線を感じる。 自分の事を疎ましいと思うのなら無視すればいいのに、纏わり付くような視線を送ってくる。 自分が嫌というほど知っている、貴族という種族から受ける視線。侮蔑、蔑み、そして無意味に高い誇りを傷つけられた事に対する憤慨。 その主の足音が、自分に近づいてくる。バルフレアは、これから起こるであろう不愉快な時間を、どうやって避けようか算段していた。   「話がある」 「俺には、ないね」 「これを持て」   人の言葉を一切聞かずに、片手剣をほって寄越す。   「バッシュ、起きているのだろう?心配なら近くで見ていればいい」   傍で横になっていたバッシュが起き上がる。   「行くぞ」 「俺は寝る。邪魔すんな」 「空賊バルフレア、私と剣を交えてもらいたい」   そのいつもとは違う言い様に、バルフレアの片眉が上がる。   「これが、最初で最後だ」 「………そうかよ」   諦めてバルフレアは立ち上がった。   「銃じゃだめなのか?」 「それでは戦いにならん」   ウォースラの意図が読めない。 疎ましい事を言われるよりかは、まだマシかもしれないと思った時、肩に担いだ剣がピアスに触れチリリと小さな音を立てた。   (なるほどな……こんな事で思い出すとはな…)   昔は、鎧だった。 肩に担ぐ事は無かったが、まだ慣れてなかった頃、よく鎧と柄が触れ無様な音を立てていた。それで、ウォースラの意図に気づいた。 誰が言ったかは知らないが、自分が剣を使う事を知ったのだろう。 将軍と呼ばれる相手に、自分程度の腕では剣の出所を誤魔化せない。 面倒な事になったと、バルフレアはため息をついた。   「バッシュ、大人しく見てろよ」 (あぁ、なるほどな。バッシュに分からせたいというのが趣旨か)   一緒に戦っていれば、嫌でもバッシュの行動の意味に気づくだろう。 庇っている相手が誰だかしらしめたいというのが主旨だろうと、バルフレアは推測した。 バルフレアの口の端があげる。 それならそれで、構わないと剣をウォースラに投げ返した。   「悪ぃ、俺の獲物に変えていいか?」   踵を返し、自分の荷物を物色する。 過去をまったく捨てた訳ではない。戦う為に、空賊で居続ける為に、過去を全部捨てる訳にはいかなかった。 荷物から自分の剣を取り出す。 今まで必要が無かったから出さなかった、過去の武器。両手剣。 ジャッジとして自分が愛用していた得物。   「俺の愛用品だ。銃でなければいいんだろ?」   ウォースラの目が一瞬だけ見開く。視界の端でバッシュも自分の剣を見ているのにも気づいた。 それでも、何事も無かったように、剣を担ぎ歩き出す。   「こんなとこじゃ出来ないよな」   バルフレアに従い、ウォースラとバッシュがついて行く。どちらも口はきかない。 広がる砂漠の真ん中あたりで、バルフレアは立ち止まった。   「あんたも知っての通り、俺の得手は銃だからな。あんたとこれでやり合うには腕不足だ」 「そうとは思えんが」   対峙しているウォースラは、真っ直ぐバルフレアを見ている。   「俺は単なる若造だぜ。あんたとは、年季が違う」   バルフレアは剣を地面に刺し、恭しく頭を下げた。   「アズラス将軍殿、若輩者ではありますが、貴公と剣を交える機会を持った事を私の誇りとさせて頂きます」   そこには空賊でない、美しい所作で剣を再び取り構える若者が居た。   「それが…お前か?」 「俺が、捨てたモノだ」   バルフレアの足が動くと同時に、ウォースラの剣が守りの形に動く。 バルフレアの剣とウォースラの剣が高い音をたて、絡み合う。 一合、二合と、剣が交わった。 それをバッシュは、将軍としての目で冷静に見ていた。 既に、勝負は付いていると言っていい。 バルフレアが言っていたように、戦ってきた年月の差、それを腕の延長として戦ってきた者と銃を持っていた者の差、それは埋めようがない。 バッシュも、バルフレアと同じようにウォースラの意図を解釈している。 あからさまな自分の行動に、不安を感じたのだろう。 彼は、ダルマスカの人間ではない。 空賊という犯罪者というだけならまだしも、敵ならば排除しなくてはならないと、そう思ったのだろう。 だが彼は、その意図に気づいてなお、あの姿を見せた。 バッシュにとっては、それで十分だった。 あの動きは覚えがあるなんてもんではない。何度も刃を交えた。帝国の者の動き。 そして、一時彼が見せた所作。それは国の中枢に居た自分にとって見慣れたもの。 どうして彼が、その場所を離れ空賊になったかは知らないが、彼は捨てたとはっきり言った。ならば彼は空賊バルフレア。バッシュはそれでいいと思った。 一際甲高い音が響き、剣はバルフレアの手から離れ砂に突き刺さる。 ウォースラは、静かに剣を背負う。そして、バルフレアの剣を拾い、彼の手に渡した。   「君と打ち合えて良かった」   バルフレアの目が見開く。   「剣に持ち替える気はないのか?」 「バッシュも、あんたも居るだろ」 「…これから…何があるか分からんからな…」   そう言ってウォースラは踵を返す。 今見たものに対し、それ以上何も言わずにクリスタルの方へ歩いて行った。 バルフレアは眉間に皺を寄せている。彼の言動が理解出来なかった。自分が思っていた意図は、どうも外したらしい。   「バルフレア」 「あ?」 「君は、剣も得手なのだな」 「はぁ〜?あんたの目は節穴か?」   全てを見ていたのにも関わらず、まったく変わらない笑みを自分に返してくるバッシュも分からない。   「君なら、直ぐに伸びるだろう。  だが、そうなると私は困るな」 「はぁ?」 「同じ前衛で戦かわれては、今までのように庇えない」   バルフレアは、深々とため息を吐き出す。 ウォースラより、もっと分からない者がここに居た。 舌打ちを一つして、気持ちを切り替える。   「あんた、あれと一緒に戦ってたんだろ?  今のは何だったんだ?」 「……私にも分からん。君の素性を知りたかったのだと思ったのだが……」 「あぁ、俺もそう思ったんだが、それじゃぁあの態度は頷けない。何で俺に前衛で戦えなんて言った?目障りだったんじゃないのか?」   バッシュは、ウォースラが消えた方をじっと見つめる。   「らしくない……な」   バッシュは、不安げに呟いた。                 ◇◆◇                 ウォースラの意図は、すぐに分かった。 だが、それも推測でしかない。 もう彼は居ない。   『俺はもうお仕えできん。殿下を頼む』   バッシュはその言葉に頷き、彼の望むままそこから立ち去った。 そして暁の断片が弾ける。 あふれ出るミスト。 辛うじて逃げ出した艦載艇以外は、荒れ狂うミストの中、全てが消えていった。 誰も何も言わない。 たった一言、アーシェの「休息を取りましょう」という言葉に頷くだけだった。   「バルフレア?」   バッシュは、明かりをつけないままの部屋で一人ぼんやりしていた。 そこに、バルフレアが帰ってくる。買い物があると言って出て行った彼は、明かりをつけ、買った物を広げ、剣を取り出し手入れを始めた。   「ん?」 「剣を?」 「あぁ、仕方が無いだろ?あんな頼まれ方をしたんじゃな」   バルフレアは手を止め、バッシュを見る。 普段とは違い、覇気の無い顔。アーシェと違い己の感情を隠す事に慣れているようだが、取り巻く空気がそれを裏切っていた。 わざと、楽しげに言う。   「偉そうに上から見下す視線が得意な下々の者なんか人間じゃない扱いをする、自分勝手なおっさんにな」 「そこまでは…」 「だっただろ?俺は間違った事なんか、一言も言ってないぜ」   バッシュは、辛そうに小さく笑う。   「分かっていたんだな」 「だろうな」   あの時から、バッシュを含めアーシェが敵対する事を察してはいたのだろう。 だから、バッシュが信頼した相手の腕を見極めようとした。 それが、あの時のウォースラの意図。 自分が居なくなった時の代わりを託されたと、バルフレアはそう理解した。   「ならば、なぜ…」 「別にあいつの案は悪くなかったぜ。小さな国は大きな国の顔色を伺わなければならないって言っていただろ?死体を増やすより、ずっとましな案だ」   風に流れて聞こえてきた会話。 あの時から、二人の将軍の歩む道は離れていたのだと今なら分かる。   「……そうだな」 「だが、あんたはアーシェに付くと決めた」 「あぁ…」 「あの時に、結果なんか分かってたんだよ」   うち捨てられた施設の説明をヴァンにしていた時、突然ウォースラが現れた。 自分の言葉の端を引継ぎ、顔色を伺うしかないと言った顔がどんな表情を浮かべていたか未だに思い出せない。 あの言葉に、ウォースラが今までに感じていた事全が現れていたのだろうという事を、ようやく自分が理解したと彼が知ったら笑うだろうか? バッシュの拳がきつく握られる。   「あんた達二人は、全て分かっていたんだよ」   バルフレアは、ベッドの端に座るバッシュに近寄り横に座る。   「だから、あんたがぼけっとしてたら、あいつに失礼だろ?」   バッシュの体を腕の中に収める。   「今日までにしとけよ」   まるで昔からの親友のように、腕の中に収められ背中を叩かれる。 バッシュは、困ったように、だが笑みを浮かべていた。 自分が無様に囚われたせいで、ウォースラに手を伸ばすのが遅れたとずっと後悔していた。 その事だけが、頭の中を離れず、繰り返し自分を責める。 だが、王家の臣下としての考え方の違いだと彼は言う。 ならば、ウォースラが貫いたように、自分もこのまま貫き通せばいいのではないかと思えるようになった。 救い。一緒に行動するようになって、日々増えていく救い。これも、優しい彼が自分に与えてくれる救いの一つ。   「バルフレア…」 「ん?」 「あのだな…私は嬉しいのだが……君にとっては、困る事になると思うのだが……」 「あ?…あぁ」   バルフレアは、まじまじとバッシュの顔を見る。   「あんた………」   今までそんなそぶりを一切見せなかった男を見て、呆れたようにため息をつく。   「俺を抱きたいのか?それとも逆か?」   一瞬でバッシュの顔が赤くなる。   「あ……のだな……」   目が激しく泳ぐ。   「…まだ分かってないのかよ?」 「あ…いや……す、すまん…」 「や、別に無かった事にしてたのは俺だから構わないけどな」   バルフレアは、一瞬自分の腕を見下ろす。   「そんな事より、あんたは少し寝ときな。その方がいい」   バッシュの体を軽く押して、ベッドの上に転がす。 そのまま踵を返し、自分のベッドに転がしたままの剣を拾い上げた。   「こっちを向いて手入れをしてくれないか?」 「なんだ、将軍様はお寂しいのかぁ?」 「あぁ、君を見ていると安心する」   からかう言葉を率直な言葉で返されては、こっちの方が恥ずかしい。   「しょうがねぇな」   そう言いながら向きを変えても、剣を手入れするという形を取り決してバッシュの方は見ない。 みっともない自分が出てきそうで、そんな無様は晒したくない。 油断すると真っ赤な顔が自分を見上げてくる。 まだ腕に残る熱が、燻っている。 まるで相手が女性かのように抱きしめそうになった。 自分の感覚がおかしい。   「流石将軍様だな……」   突然言葉にされたものの意味が掴めずバッシュは言葉の続きを待つが、いつまでたっても続きの言葉は出てこない。そのうち瞼が自然と落ち、眠ってしまった。 バルフレアの顔があがる。   (…あんたの意思に、流されかけて…いる………のか?)                 ◇◆◇                 「気の無い仕事は、いつか大怪我につながるわよ」   久しぶりにベッドで寝た体は、懐かしい夢を見せた。 ようやく忘れたと思っていた感情が、まざまざと蘇って来る。いや、忘れたというのは気のせいだったのかもしれない。   「…いつまで見ないフリをし続けるの?」 「何だそりゃぁ?」 「分かっているのでしょう?」   長い付き合いの相棒に、隠し事は無駄だったようだ。加えてヴィエラであるフランの鼻は、最高級品。自分でさえ気づかなかったものを嗅ぎ分けるその鼻から、意識して隠しているものを隠せるはずもない。   「貴方宛にメッセージが来ているわ」 「はぁ?」   手渡されたものは、帝国に流通している新聞。   「これは、貴方へでしょう?」   フランの指が指しているのは、伝言欄。   『空を駆ける自由な翼へ 月の綺麗な晩には翼をたたみにこないか?B』   「本当にあいつか?」   あの生真面目で剣以外の生き方を一切知らないような男が、どうしてこんな詩的な言い回しを思いつけたのかが不思議だと真っ先に思った。   「貴方宛てのメッセージを、彼以外の誰が帝国の新聞に出すというの?」 「ちっ……」   バルフレアが、嫌そうにフランを見る。 その視線をフランは、楽しそうに受けるだけ。何も言わない。 言われなくてもバルフレアには、分かってしまった。 道が別つままに逃げた不甲斐ない自分へのフォロー。連絡を取る手段を本人の了解無しに、取り決めていたのだろう。   「男の呼び出しには、応じない主義なんだがな…」   背後でフランがくすくす笑っている声がする。 それを無視してシュトラールに向かった。                 ◇◆◇                 ここに住むようになってから、部屋の窓は大きく開け放すようになった。 豪奢な作りの官舎。ジャッジ・マスターだった弟の部屋は、まるで王族が住む部屋のように飾り模様が壁に、高い天井に、人が縦に二人ぐらいは通れそうな窓に施されている。 未だ慣れないその部屋で、宿題のように持ち帰った仕事をしながら窓の外を眺める。 この帝国の空には居ないだろう人の事を想う。 ここは彼にとって自由な空ではない。だが、それでも彼が飛んでいる空に間違いなく繋がっている。そう思うだけで、喉に詰まった空気を吐き出す事が出来た。   「ノアに怒られるな……」   道が別れたまま、未だ消息も分からない。 確かに彼は崩れ落ちるバハムートに居たが、強かな空賊、その彼が退路の確保も無しにあの場所に居たとは思えない。 だから、これが答えだと分かっているのにも関わらず、心は囚われたまま。彼の姿が消えない。   「今日も月が綺麗なのにな…」   フランに言われた連絡方法を使ったのは数日前。 未だ彼の姿を見る事は無い。 自分の心を納得させられる最後の言葉さえも、与えるに値しないのかもしれないと思う度、心が締め付けられる。   「っ?!」   背後に置いた剣に手が伸びる。 空気の流れが劇的に変わっていた。風を切る音が近づいてくる。それが、開け放たれたままの窓から進入してきた。 現れたのは、エアバイク。 それは、部屋の真ん中で向きを変え、床に立ちエンジンを止める。そして、その乗り手は優雅にバイクから降り、見慣れた皮肉な笑みを浮かべ立っていた。 体が硬直する。 切望した姿にも関わらず、目が映しているものが信じられない。 バッシュは、剣を構えたまま呆然とそれを見ていた。   「物騒なお出迎えだな。呼んだのはあんただろう?」 「バル…フレア…?」   剣が床に落ちる。   「久しぶりだなバッシュ」 「……あぁ」 「ん?」   バッシュの目の前にヘーゼルグリーンの瞳。   「どうした?」   抱き締められた。 余計言葉が発せられない。   「なんだよ、あんた。痩せたのか?」   ペタペタと体中触られて、真っ赤になる。   「大変なのか?」 「…い、いや……そ、そうだな……」   言葉が意味を成さない。   「弟のフリは、しんどいか?」   一瞬止まった息が、口元から疲れと共に零れ落ちていく。   「バルフレア…」   おずおずと両手を彼の背中にまわした。   「ありがとう」 「あぁ?」 「君は、いつも私を救ってくれる」 「何言ってんだよ」   お互い肩口に顔を乗せていて相手の顔は見えない。バッシュは安堵の笑みを浮かべ、バルフレアは苦笑を浮かべていた。 あの旅の中、逃げていたものを突きつけられた時、それに対峙した時、そしてその最後の時を持った時、どの時もバッシュは自分を一人にはせず一緒に剣を持ち、一緒に酒を飲んでくれた。 たったそれだけだったが、それが自分にとって必要だった事を今なら知っている。 好きだと言ったにも関わらず変わらない穏やかな笑みを浮かべ、自分の気持ちを静めてくれていた。それが、とても心地よかった。 どんな時にあっても、どんな状況でも、笑みを浮かべ前を進むその強さに見惚れていた。   「なぁバッシュ」   強く抱き締める。   「もう分かったか?」 「な、何がだ?」 「俺を抱きたいのか、抱かれたいのか、どっちだ?」   バッシュの目が見開く。 慌ててバルフレアから体を離し、彼の顔を覗き込んだ。   「俺は、あんたを抱きたいが…まぁ、要相談だな」   最後の言葉をもらう為に、メッセージを新聞に載せた。その構えていた心が、バルフレアの言葉に対応出来ない。 今バッシュが、ドンムブとドンアクを同時にくらっていた。   「お〜い」   バッシュの目の前で、掌をひらひらとさせる。 ドンムブもドンアクも解除されない。 その固まっている様子に、バルフレアがニンマリ笑う。   「エスナでも唱えてやろうか?それとも、俺は振られるのか?」   自分の背中に伸ばされた手は、バッシュの心を曝け出していた。 それに安堵しながらも、それを素直に現せない捻くれた空賊は、最初硬直した時の仕返しとばかりにニヤニヤ笑う。   「なぁ、返事は?」   啄ばむようなキスを唇に一つ。 バッシュは真っ赤になって、もごもごと口を動かすばかり。   「あの時は、簡単に言ってただろ?」 「君が…………」   それ以上、声にならない。   「こんな答えを出すとは思わなかったか?」 「……そうだ…な…」 「嫌だったか?」 「そんな事はない……だが…これは現実か?疲れすぎておかしくなったという方が、現実的のような気がするのだが……」   呆れたようなため息が聞こえた後、バッシュの世界が180度回転した。 状況が把握出来ないまま、気が付いたら寝室に連れられ、ベッドに放りなげられた。 途中寝室の場所を尋ねられ、口が勝手に動いた事もバッシュは気づいていない。   「バッシュ…」   バッシュは、バルフレアに体を押さえつけられた現状をまったく理解していない。 ぼけっと、バルフレアを見上げている。   「ちゃんと答えないあんたに、発言権も拒否権もないからな。  喰われれば実感も沸くだろ」   喰うという言葉のまま、バルフレアは噛み付くように唇を合わせた。                 ◇◆◇                 いつも決まった時間に目が覚める。この数ヶ月の仕事で体がそうなった。 だが、今日はいつもとは違った。体が動かない。   「いつも、こんなに朝が早いのか?」   聞こえるはずのない声が、耳元から聞こえる。 体は、その声の持ち主に拘束されていた。   「バッ、バルフレアっ?!」 「よぉ、実感はわいたか?」   直接触れてくる体温に、昨晩の事を一気に思い出した。   「流石にこの状態で、夢かと思ったなんて思わないよな?」   開きかけたバッシュの口は、まさにそれを言おうとしていた。 それを察したバルフレアの目が細くなる。   「もう一回やるか?」 「だだだだ大丈夫だっ。実感した。ほ、本当だ」   それでなくても朝で、何もしなくても自然現象が起こっていて、それが自分だけならまだしも、相手のものまで自分の尻にあたっているのが非常に気恥ずかしい。加えて、あんな事を朝からやったら今日一日の仕事に間違いなく差し障るとバッシュは慌てて体の位置を変え、バルフレアに体を向けながらも微妙に空間を空けた。   「じゃぁ、抱かれた感想は?」   そんな様子をニヤニヤ笑って眺めているバルフレアに、バッシュは穏やかに笑った。   「嬉しかった」   それは、バルフレアが旅の間ずっと見てきた笑み。   「…そうかよ」   そっちの方が、さっきバッシュが感じたであろうものより、ずっと恥かしいとバルフレアは思う。   「あんたは突っ込まなくていいのかよ?」 「君に会えれば、私はどっちでも構わない」   それを誤魔化すように言った言葉は、率直な言葉になって返ってくる。 バルフレアは、少し離れたバッシュを無理やり腕の中に入れ、たぶん赤くなっているだろう顔をバッシュの首に埋めた。   「君は熱いな」   笑みを含んだ声が耳元で囁かれる。   「煩い」 「出来れば、まめに来てくれると嬉しいんだが」 「あんたが、夢だったと思い込む前に来るさ。  それより、休みの前に伝言でも出せよ。今日、この後仕事は無理だろ?」 「いや、大丈夫だ」                   その日、バッシュは急遽体調不良により休む事になる。 それを心配した皇帝は、慌てて部屋にお見舞いに行ったが、今までどこか不安定だった彼が、あの旅の時のような笑みを浮かべていたのを見て、にっこり笑って帰っていった。         そして、時折新聞の伝言欄に詩的なメッセージが載るようになる。         -End-  

 

07.12.05 砂海 し、しまった……どんな展開を考えていたんだ…あたしっ?!! ここまでじゃ分からんだろうがっ!!<途中まで書いて放置していた結果…orz ……バルフレアの剣の出所をバラす気ではいたような気がする……その後わ?…ウォもバッシュもどうする気だったんだろうか……???(T^T)/))   ウォースラと俳句の会に入っていたとか、とてもじゃないがおお馬鹿な方向にいっちゃうネタが……どうしてあたしってorz そっちに行きそうになった会話は全削除しました(--;)だめだよぉ〜。   バッシュがバルに対して、どう親切だったか割愛したんだけど……だめかな? ついでにエロも割愛したけど……もっとだめかな??