知らないままでいれば、このまま道が離れるはずだった Z  

  「将軍は、就職先を見つけてしまったようね」    崩れ落ちるバハムートの中。負傷したフランは、バルフレアに抱かれ運ばれていた。   「そうだな」    バルフレア達がシュトラールを出た時、ジャッジ・ガブラスは、瀕死の状態だった。停戦の呼びかけが出来る状態じゃない。ならば、あの朗々とした呼びかけは、それ以外の人間。それが誰だか、二人にとって簡単な引き算だった。   「どうするの?」 「そうだな、半日程度なら、帝国のジャッジを盗むぐらい、俺達にとって簡単な事だろう?」    フランが、クスクスと笑う。   「そうね」 「それよりも、治療が先決だ」    小規模な爆発が、そこかしこで起こっている。バルフレアは、それらからフランを庇いながら歩いている。背中が熱い。何かが流れている嫌な感触を絶えず感じる。  だが、フランを抱いた腕も、歩く足も揺ぎ無い。   「やせ我慢が、随分と上手くなったわね」 「そりゃぁ、子供じゃないからな」 「あら…」    二人共楽しそうに笑う。状況は、かなり悪いが、退路は最初に確保してある。死ぬ気はさらさら無い。   「俺達の愛する相棒じゃないが、まぁまぁの機体だ。楽しく飛ぼうぜ」    目の前には、残されたヴァルファーレ。小型だが、戦闘に特化した機体。速度は申し分ない。  バルフレアは、静かにフランを座席に納める。  それから、ポシェットから出した、細々とした機械を物凄い勢いで取り付け始めた。横では、フランが手渡された工具を使い、目の前のパネルの下から、小さな部品を取り出している。   「そっちは?」 「取り出したわ」 「こっちも終わった。  さて、と、発進するとしますかね」 「お医者者へ払う代金は、どうするのかしら?」    ここ最近手に入れたものは、ほとんどシュトラールの中。手持ちは、ほぼゼロと言っていい。  バルフレアは、ヴァルファーレを発進させながら、「これでいいだろ?」と、操縦桿を軽く叩く。フランは、「お釣りが、あるといいわね」と言いながら小さく笑った。  バルフレアが取り付けたのは、簡易の非視認装置。シュトラールにもあった機体を隠蔽し、景色に溶け込ませるもの。フランが取り外したのは、機体認証用の発信機。この作業の結果、ヴァルファーレは、人の目からも、機械の目からも、認識されずに飛ぶ事が出来るようになった。   「発進だ」    機体がふわりと浮かび、多くの戦闘機が飛び交う場所に紛れ込む。  そして、誰にも気づかれる事なく、ヴァルファーレは、戦場を後にした。                  戦場を後にし、もぐりの医者へ文字通り飛び込んだ後。医者に文句を言われながらも、二人は三日後に別れを告げた。  今、二人は、崩れかけ多くの植物に侵食された扉を潜り、雑草に覆われた庭を通り、その中に未だしっかりと建っている家の前に来ていた。   「魔法が、かけてあるわね」    フランは、扉に手をあて、苦笑を浮かべる。   「お前でも解けないレベルか?」 「いいえ。だけど、いいのかしら?これは、彼の弟の意思ではないの?」    庭の隅に、小さな墓。誰が立てたか想像はつく。それほど荒れていないのは、墓を作った者が定期的に手入れをしていたからだろう。砲撃も受けていない、目だった略奪の跡も無い。身分を手に入れた早々、対処したのだろう。   「兄貴が了解したんだから、許してもらおうぜ」    森に隠れた家は、無事に残っていたが、街のほとんどが砲撃を受け、壊滅状態だった。雨露をしのぐだけなら他の家を選ぶ事も選択肢の一つとして選べただろうが、松葉杖をついているフランが居る以上、もう少し居心地のいい場所でないと、静養も出来ない。   「…そうね」    フランの目が閉じる。扉に掌をあて、「ディスペル」と小さく呟いた。今まであった魔法が光となって散っていく。開錠され、扉が開く。  二人を迎えたのは、埃以外は見当たらない、綺麗に片付けられたロビーだった。   「定期的に手を入れていたようね」    躊躇無くバルフレアは屋敷の中に入り、近くの部屋を確認する。「ここに椅子がある。座って待っててくれ」とフランに言い、続いて屋敷全体を細かく確認し、少し埃をかぶった姿で戻ってきた。   「どうだった?」 「一階は、台所とリビング、応接室だけだな。二階には、夫婦の寝室とそれぞれの部屋、子供達の寝室兼部屋が二つ、そして客間が4つある」    その、それぞれの部屋が十分な広さを持っていた。さぞかし、名のある家だったのだろうと、十分想像が付いた。   「その全てが、綺麗に整っているのかしら?」 「あぁ……埃もそれほど積もってはない。最後に来たのは、それほど昔では無いようだな」    バルフレアは、誰がとは言わない。言わなくても分かっている。この屋敷の綺麗さから見ても十分に分かる、几帳面さ、生真面目さ。初めて見た時の彼の怒りの出所が分かった気がした。   「俺達は、客間を使わせてもらおう。  食事はどうする?」 「そうね…食べたばかりだから、それなりに遅くなっても大丈夫よ」    二人が訪れたもぐりの医者は、今居る屋敷の背後にある山の上にあった。そう度々行かない場所だったが、決して無傷でここまで来た訳じゃない。バッシュに状況を話せる程度には、訪れていた。  フランは、全治一ヶ月。単純骨折だから、添え木を当て、松葉杖を渡された。こういう怪我は、魔法を使うようり自然治癒の方が、十分に回復出来る為、魔法は使われない。あまり歩かないように言われている。  バルフレアは、背中の火傷と、飛んできた破片による裂傷。破片を取り除くのに、時間はかかったが、それなりに魔法が効いて、血が滲むような事は無くなった。基本的に魔法を使わない医者は、バルフレアにも、自然治癒に任せなと言い、ありふれた塗り薬を与えた。  その後、空腹を訴えた二人に、医者は簡単な食事を用意してくれた。それが、2時間前。   「何か必要なものはあるか?」 「そうね……食事以外なら、シャワーで使う消耗品をお願い出来るかしら?」 「分かりました」    おどけたように、バルフレアが言う。   「それで、どこで買い物をするのかしら?」    そんなバルフレアにフランは笑みを深くして言う。   「ロザリアしかないだろ?」    医者に居たのは、たった3日。つまりは、バハムートから去って、3日しかたっていない。それなのに、苦々しい情報が多数入ってきた。  バルフレアとフランは、英雄に仕立て上げられた。多くの目が、バハムートが墜落しそうな時に、再び浮上し、湖まで移動したのを見ている。多くの耳が、バルフレアがバハムートから発信した声を聞いている。アルケイディアが、ラバナスタが、一切動かなかったとしても、噂になるのは簡単に想像が付いた。実際、それはかなりの勢いで広まっているようだった。  そんな英雄を二国が、放っておく訳が無かった。  ラーサーが、バルフレアの素性を知らなかったとしても、利用する価値は十分にあると判断したのだろう。  そして、素性を知っているアーシェは、今や仲間として動く事は出来ず、国として動いているのだろう。帝国よりも先に見つけ、利用すると考えている可能性が強い。   「ロザリアも危険じゃないのかしら?」 「マラガラス家と対立している領地へ行くさ」 「私は、のんびり、ここで待っているわ」 「客間の森側奥を使うといい。少しは、埃を払っておいたからな。ただ、窓は扉と同じ呪文がかかっているらしく、俺には開けられなかった。空気の入れ替えだけは、やっておいてくれ」 「分かったわ」    バルフレアは、フランの返事を背中越しに聞きながら、手を振り部屋を出て行った。                  ランディスにあったクリスタルを使い、バルフレアは、ロザリアの街の一つに移動していた。  酒場で、暫くの間情報収集をした後、急ぎ必要なものをそろえていく。既に片手は、幾つもの袋をぶら下げていた。  その動きが一瞬止まる。  視線を奪ったのは、柔らかい色の金髪。  そして、バルフレアの口から微かな溜息が漏れた。   (悪化しているな。傍に居ないだけで、これかよ…)    サラリと前髪が落ち、バルフレアの顔を隠す。  ここに来る前に、髪は全部下ろし、アクセサリー類は全て外し、地味な服に着替えていた。バルフレアを知っている者でも、気づくのには、少々時間がかかると言っていいぐらい、普段とは違う格好をしていた。  その髪の隙間から、人ごみに紛れていく金髪を見続ける。   (完治まで1ヶ月はみろって言ってたよな……だが、行き先は帝国…アルケイディア)    バルフレアは、心の中だけでは止められず、無意識のうちに舌打ちをしていた。  アルケイディアへ行くには、どうしても事前に情報収集と準備が必要となる。だが、今の自分が行っては、反対に自分が捕まる可能性が高い。ジュールに迂闊に近づけない。  かといって、今まで近寄らなかったアルケイディアで、ジャッジの屋敷がどこにあるかなど、一人で探せる訳も無い。   (あてはあるが……)    今回の事は、自分の家族の事でもあった。  いくら自分が出た家とはいえ、兄達に含む所は無い。病院に居る間、真相を詳しく記し、ブナンザ家へ手紙を送った。ラーサーに利用されないよう、特にヴェインについては、詳しく記した。十年離れて、心も離れてしまったかもしれないが、父親のことがあるだけに、送らざる得なかった。  ただ、過去を振り返る限り自分と同じように父親に振り回されてた兄達ならば、必要以上の事を教えてくれるだろうと信じている。だが、あの家に近寄りたく無かった。それは感情的な話ではなく、自分とブナンザ家の繋がりをラーサーに知られたくなかったから。間違いなく利用される。そんな事は、ラーサーがアーシェに接していた姿勢を見ていて十分に推測が付く。   (八方塞がりだな……ほとぼりが冷めるまで、待つしか無いか…)    飢えが、体全体に広がる。  最後に聞いたガブラスの声のバッシュ。あの瞬間、不確実な繋がりが切れた音を、バルフレアを聞いていた。それから、広がり続ける飢え。  もうこれ以上広がる場所などないほど、体全体を占めてしまった。   (奪うのが身上の空族が……)    情けなさに、身動きの取れない立場に追い詰められた事に、再び舌打ちが漏れる。だが、どうしようもない現状。バルフレアは、瞳に飢えをのせて人が行き交う街を歩き続けた。       ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・      バッシュが、ガブラスの鎧を纏い、仕事をするようになってから、1週間ほど時が過ぎていた。   「失礼する」    几帳面なノックの後に、静かに扉は開かれた。  ガブラスの部屋に現れたのはザルガバース。多くのジャッジマスターが亡くなった中で、生き残った一人だった。  ラーサーも、ガブラスになったバッシュも、彼には何も言っていない。だが、ジャッジ・ガブラスとバッシュ将軍は、顔は似ていても、性格はかなり異なっていた。加えて、20年近く会っていない弟の模倣をするには、無理がありすぎた。結局バッシュは、ダルマスカに居た時と変わらないやり方で、動いていた。   「卿の方は、落ち着いたか?」 「だいたいはな。緊急か?」 「あぁ、すまな………」    ザルガバースが、まじまじとバッシュの顔を見つめる。   「卿…」 「どうかしたか?」    そうバッシュが返事をしたのと同じく、ノックの音が部屋に響いた。続いて扉の開く音。ザルガバースは、自然と扉の方を見て、訝しげに眉をよせる。そこに居たのはジャッジでも兵士でも無く、白衣を着た料理長だった。   「もう、そんな時間だったか?」 「ガブラス様……仕事しすぎじゃないんですか?寝てますか?顔色悪いですよ」    料理長は、そう言いながら、ザルガバースに会釈した後、ガブラスの前に持ってきたワゴンの上の食事を並べていく。  バッシュは、顔色に関しては何も答えずに、「卿は、食事はされたのか?」と尋ねる。   「いや…まだだが……」 「そうか。  悪いが、もう一つ、普通の食事も持ってきてくれないか?」 「分かりました。普通の食事ですね。直ぐに持ってきますから、ガブラス様は、食べていて下さい」    そう言って、食事を並べ終えた料理長は、カートを持って急ぎ出て行った。   「彼が言ったように、先に食べた方がいい。卿の顔色が悪いのは、確かだ」    ザルガバースの言葉に困ったような笑みを浮かべたバッシュは、「ではお先に」と一言言っただけで、食べ始める。バッシュが、ゆっくりと食べている間、ザルガバースの食事も揃い、彼の前に並べられた。  料理長がバッシュに用意したのは、体を暖める素材で出来た料理。ここに赴任して直ぐに、今までフランが調整してくれていた内容を料理長に伝えた。それ以来、バッシュの体に合った料理を毎回出してくれている。  本当なら静養が必要な体。だが、現実は休む事を一切許してくれなかったし、自分もそうしようとは思わなかった。兄さんと最後に呼んでくれた弟への誓いを破るつもりはない。  だが、彼が今まで気を使ってくれた事を無にはしたくなかった。切れてしまった繋がり。だが、この食事を続ける事で、まだ微かに繋がっているんだと、自分を誤魔化す事は出来た。風化しない心は、未だ必死になって足掻いている。    だからこそ眠れなかった。    あの時バハムートから離脱した戦闘機は、一機も無かった。飛空挺の記録にも残っていなかった。視認した者も居ない。だが、事前から彼が予定していた行動。退路を確保せずにバハムートに戻ったとは思えない。そして、彼らの死体も見つからなかった。  だから生きているのだと。そう、分かっているはずなのに、怯える心が、眠りを妨げる。さぞ、無様な顔をしているのだろうなと、バッシュは自嘲の笑みを浮かべていた。   「ガブラス様、今夜はどうなさいますか?」 「あ…あぁ、卿の用事は、夕食に帰ってこれないような用事だろうか?」    ザルガバースは、目を瞬いた後、「そうだな……やり方次第なのだが……」と言葉を濁す。一般人に任務内容を伝える訳にはいかない。   「そうか。私は、他の任務で、どうしてもここへ一日一回は、帰らなくてはならん。すまんが、弁当を作って、ここに置いといてもらえるだろうか?明日の予定は、弁当を食べた後に、必ず伝えに行く」 「分かりました。戻られたら、誰かを私の所へ寄こしてもらえますか。弁当では、効果が半減します」 「いや…それは、君が大変だろう」 「いえ、その為の料理長です。まずは、お忙しいガブラス様の体調が優先です」    そう言って料理長は、バッシュの返事も聞かず会釈をした後、静かに部屋を出て行った。   「……卿の食事は、特別なのか?」 「あぁ、私の体は壊れていてな。暑さや寒さをあまり感じない、肌も冷たいままなのだ。それを直す為に食事療法を行っている。どれも、体を温める作用がある食材を使っているそうだ」 「それは……」    ザルガバースは、その先を言えず口ごもる。目の前の男が、バッシュ将軍だと分かっている。何があったのかも推測済みだった。そして、ここまでのバッシュ将軍が通ってきた道も知っている。だが、それを口に出した事は一度も無い。それは、ガブラスとして有り続けようとしている彼に、失礼だと思っていた。   「あぁ、心因性だそうだ。心当たりもある。失恋のせいだろう」    そのあまりに場に不似合いな言葉に、ザルガバースの手は止まり、呆然とバッシュを見た。   「卿が振られたのか?」 「いや、告げてもいないから、振られてはいないのだが……もう会う事もないだろうから、振られたも同然だな。今、必死になって、忘れようとしている所だ」    バッシュは、自分の素性を示すような事を言うのは避け、最近加わっただろう原因を言い、誤魔化すつもりだった。だが、言っている間、心は軋み、悲鳴を上げ続ける。   「卿ぐらいの者なら、振られる事もあるまい。休暇が取れるようになったら、探し出して話すといい」    ザルガバースの優しい助言に、バッシュは、静かな笑みを浮かべるだけで答えない。その表情を見たザルガバースは、心の中でだけ溜息をついて、食事を始めた。             「卿の用事というのは?」    ゆっくり食べて下さいという料理長の指示通りに、ザルガバースが食べ終わっても、バッシュはまだ食べていた。これでは、いつまで経っても用件に入れないだろうと、ザルガバースの食事が終わった時点で、バッシュは、言葉を添えた。   「ベッヘム家の領地を知っているな?ブナンザ家の東側に隣接している所だ。元来ベッヘム家は、ヴェイン様と密接な関係があった家で、軍事力が全てという考え方をしらいらっしゃる。  そういう考えの貴族が、多いからこそ、ヴェイン様が皇帝に立たれた時、元老院の方々が全て粛清されても、何一つ揉め事も無く、スムーズに事は運んだのだ。  だが、ラーサー様は違う。平和を全面に押し出していらっしゃる。その事が、多くのヴェイン様を支持していた貴族達の不満になって現れようとしている。  その筆頭が、ベッヘム家だ」    ザルガバースは、ガブラスなら当然知っている事も、事細かにバッシュに伝える。  バッシュは、それを分かっていて、静かに聞いていた。   「ただ、今回ヴェイン様を支持していたブナンザ家が、中立の立場を貫いているように見える。それは、我々にとって助かる事なのだが、本意が見えない以上対処が付け辛い」 「シド殿がやられていた事は、ある意味、ラーサー様が付け込み易い部分では?ヴェイン様から多額の資金を提供され、国の費用を使い、バハムートを作り上げた。それは、グラミス様がご存命の頃からあったと思っていいほどの規模だ」 「あぁ、そうなのだが、その件については、ヴェイン様は、名誉の戦死をされたと発表してしまったてまえ表ざたにしずらい…」 「だが、それは、ほぼ全てを知っている我々だからこそ、言えるのでは?」 「それがだな…交渉しに行った者が、かなり詳しい事を知らないと受け返せないような内容まで、的確に返されたのだそうだ。加えて、もしその点をつつくのであるなら、ヴェイン様の過去を明るみにするとまで言われてしまった」    バッシュの胸が不規則に締め付けられる。   「たぶん、シド殿の差し金だろう。この事を見越して、後継者へ、かなり詳しい手紙を残したのでは無いかと思っている」    期待した心は、ザルガバースの続く言葉に、落胆をする。  彼が、はっきり生きている証明には為らなかった。   「……だが、なぜ、その状況で中立を選ぶのだ?」 「私にも、分からないが……、ブナンザは、正式に長男が家を継ぎ、次男が周りに推薦され、研究所の所長になった。そのごたごたを落ち着かせる方が先だと判断したのではないだろうか?」 「あそこは、元々長男が領地の運営を行い、次男が研究所で研究していたのだな?ならば、今までと、そう環境は変わらんと思うが……」 「あぁ、そうだ……我ながら無理やり理由をこじつけた感が拭えん。中立を信じるべきか、それとも疑ってかかるべきか、それによっても、対応が異なるだろう……」 「………ブナンザ家の長男は、正確にはどう返事をしたのだ?」 「私達ブナンザ家は、何も実績の無いラーサー様を、支持出来ません。これから、彼がどう対処していくのか見せて頂きたいと思っています…だそうだ」    バッシュは、その言葉をもう一度頭の中で繰り返す。  ブナンザ家という言葉が出る度に軋む心を、無理やり捻じ伏せて、心ではなく頭を働かせようと必死に意識を向けていた。   「その長男は、今までシド殿の言いなりだったのだろうか?」 「いや、そのような話は、聞いていない。シド殿は、研究一筋の方だったから、彼が成人してからは、彼の意向で動いていたと思っていいだろう」 「彼の実績は?」 「かなりのやり手だと聞いている。基本的にブナンザ家が、ドラクロア研究所を持っていると言っていい。だからこそ、いち早く軍事以外の研究の成果を手にする事が出来る。それを元手として、領地を運営していると言っていい」 「軍事には、今までも手を出していないのだな?」 「あぁ、そうだ」 「ならば、それを実績として取っていいのではないか?但し、もしブナンザが敵方についた時の為の対処は、いくつか手をまわす必要があると思うが、悪戯に悩む必要もなかろう」    そう言ったバッシュは、フォークを置き、食事を終える。そして、端に置いてあったグラスを取り上げた。   「凄い色の飲み物だな…」 「あぁ、野菜をすり潰したものだそうだ」 「美味いのか?」    飲んだ後のバッシュの顔を見て、ザルガバースは、自分の問いを後悔した。非常に不味いと伺える。   「仕事は自分の体調を考えてくれんからな。不味くても仕方あるまい」 「……そうだな」 「ラーサー様は、どう動こうとしている?」    バッシュは、ノアが従えていた9局に居るのは、素性が確実にバレると判断し、ラーサーと話し合った結果、亡くなったジャッジの局を受け持った。そして、その日からずっと、新たな国に慣れる事よりも、己の配下になった者達を把握し、掌握する事で手一杯だった。   「全貴族との会合の場を設けようとしている」    バッシュの目が見開く。   「私達は、最低限の武器を携帯し、それぞれの貴族との折衝するよう要求された。武力は、無しだ」 「話し合いだけで、参加させるようにするのだな」 「そうだ。  ラーサー様は、多くの意見をお聞きしたいと言っておられた。最終的にご自身がどの意見を取るかを選択するにしろ、聞くという姿勢を持つ事は、意義のある事だろう…だが、それは、弱さと映らないだろうか?」 「ヴェイン様が、あのようなお方だったからこそ、その差は歴然と現れるだろうが、貴族全員が武力を良しとはしていないだろう?」 「あぁ、だが、今まで有力貴族の大半がヴェイン様を支持していた」 「その話し合いの場で、発言出来る者が限られてくる…か」    二人は、暫し考え込む。   「いくつかのグループに分けざるえんな」    ザルガバースは苦々しげに言う。   「ラーサー様の求めるモノを得るには、それ以外術はなさそうだな」    バッシュが溜息交じりでいう。  二人共、貴族という者が、権力と、損得だけで動く事を知っている。弱小貴族が権力を握った貴族を伺いながらの会議では意味が無いだろう。   「では、分担するとするか」    ザルガバースは、食器を片付け、貴族の一覧表を広げる。  これから、二人がやる事は、剣を持たない戦いだった。                  広い帝国の領土。  毎日、文字通りあちこちに飛び、一人一人の考え方や立場を聞き、説得をする。  食事は、なるべく料理長のものを食べるようにはしているが、それでも相手の出されるものを固辞する訳に行かず、彼が思うような食事を取れない事が多くなった。    だが、必ず一日一回は、ガブラスの執務室に帰る。  その奥にある鍵のかかった部屋へ向かう。   「戦っている方が、気が楽だな……」    その部屋の奥にある分厚い布がかけられたモノに向かい話す。   「俺は……お前のようには、ゆかんな……」    布をはがす。  現れた白い棺。   「不甲斐ない……あまり笑わんでくれよ」    蓋を取る。   「だが、成果は出ている……だろう?」    そこには、静かに眠っているノア。   「すまんな。今夜は遅れた」    暫しの間、ノアを見つめた後、バッシュは小さな声で「ブリザガ」と唱えた。  ノアの体がみるみる凍りつく。   「流石に、そろそろ限界……だな……」    ノアの死体を晒す訳にもいかず、この大きな棺を持ち出す時間も無かったバッシュは、ここに隠し、毎日ブリザガを唱えていた。ラーサー以外は、誰も知らない。   「お前が生きていれば………」    そうすれば、シュトラールに乗れた…と、何度も思ってしまう。それは、ノアに対する裏切りだと罵る声と、なにもかも投げ出してバルフレア追おうとする弱い心の声が、バッシュの中で、何度も木霊する。   (いつか、こんな強い痛みも風化するのだろうか?)    バッシュは、胸をおさえ、凍りついたノアを見ながら、幻を見ていた。  

 

10.04.22 砂海
今回は、削除ラッシュ! はっきり言って、この文章の半分の量ぐらいは、軽く削除の目にあっています。 ので、ここまで遅れた体たらく……orz 月の半ばまでには、アップしたかったのに(T^T)るーるー   そして、バッシュが大変でした。 まぁ、なんつーか、仕事をどうするかの捏造あたりが……orzがふっ ここら辺りで勘弁して下さいm(__)m^^^   ということで、あと一つで終わりだーーーーーーー!!<たぶん<を