一ヶ月の訓練は、無駄では無かった。連携の取れた戦いは、今までより数段楽に戦え、疲労を少なくした。 誰も、零れ落ちる事無く、前へ進んでいる。 それは、多くの事を知り、多くの疑問を抱えた。 だが、疑問は解消されずに指定される行き先。それが、次々と変わる。 今、彼らは、大灯台へ行く為に、バーフォンハイムの中で、それぞれ動いていた。 その中で一人。バッシュだけは、レダスから与えられた部屋に残っていた。ベッドに座り、外をぼんやりと眺めている。守らなければならない主は、女性だけの買い物に出かけてしまった。 突然出来てしまったゆったりとした時間、そんな慣れない時間を一人持て余していた。既に、武器や防具、アイテムは、事前に用意してある。必要な食料は、女性達が用意するから、必要無いと言われてしまった。流石に太陽が高いこの時間から酒を飲むのは不謹慎だと、手にする気も起きない。何もする事が無い。ただ、ぼんやりと瞳は窓の外の景色を映し、頭の中では自分の心が映すものを見ていた。映るのは、彼、バルフレアに関する記憶ばかり。 バッシュの口からため息が漏れた。 (自分の価値観を押し付けてしまったのは……間違いだっただろうか……) 父親と戦う事。戦わなければならない状況下にあったバルフレア。 自分は、バルフレアを前衛に立たせ、自分を含め他のメンバー全員を補助にまわした。もし自分の前にノアが立ち塞がったならば、間違いなくそうして欲しいと強く思うだろう。それこそ、サポートもいらない。自分一人で戦いたいとさえ思う。他人に介入して欲しくない。そういう戦い。そう思ったからこそ、バルフレアだけを前衛に立たせた。だが、ただ、見ているのは、剣を持つ自分の体が拒んだ。せめて傍に在りたい思った。 (……そうか…これも欲…か) 彼の父親が消えた瞬間。その動揺を間近で感じられた事に、体が震えた。 (なんて…浅ましい……) 握りすぎて白くなった拳が、一瞬のうちに元の色に戻る。焦点が合ってなかった瞳に、くっきりと亡霊でない彼の像が結ばれた。 窓の外。階下では、バルフレアと、レダスの部下、三人が立っていた。 「ちょっと、お待ちよ」 エルザが、苛立たしげにバルフレアを呼び止める。 「あんた、空族なんだって?なんだい、そのチャラチャラした格好は?空で、ダンスパーティでもしようってのかい?」 「空のダンスパーティねぇ…、敵とは良くやってるぜ」 バルフレアは、相手の苛立ちを皮肉げな笑みで受け止め、軽々しい言葉を返す。 「っ……空をなめてんじゃないよっ!」 バルフレアは、チラリとエルザを見る。 「舐めたら旨いだろうな」 背後でエルザを見守っていた二人には、エルザからプチッと何かが切れる音を聞いた。 レダス至上主義のエルザ。服装からしてチャラチャラしている男が空族と名乗っている事に納得いってないのだろう。そこまでは、二人共理解していた。だから、言いたい事だけ言って終わると思っていた。 だが、目の前の男の態度や言葉は、エルザを怒らす最短コースを選ぶ。二人が「やばい」と思い、エルザを止めようと動いた時には、時既に遅し。エルザは、腰に下げた短剣を抜きバルフレアに切りつけていた。 「危ないな」 それを、ほんの少し動いただけで、バルフレアはかわす。その態度は、面倒臭げで、エルザの怒りを一層煽った。荒事は避けて通れない空族家業。エルザは、即座に身を翻し、立て続けに短剣をバルフレアに向けた。 バルフレアは、「おいおい…」とボヤキながらも、(面倒だな…)と思った事は、流石に口にしない。避けたついでに、相手の手首を取り押さえつけ、動きを封じてから、短剣を取り上げた。 「あんたが、何に対して怒っているんだか知らないが、空族は格好でやるもんじゃないだろ?」 短剣を腰のホルダーに戻してやり、抑えていたエルザの手首を持ち直した。 「っ………」 まるでエルザが淑女かのように、恭しげな仕草で掌を取り、手の甲に口付ける。 「俺みたいな空族が居ても、いいだろ?」 ゆっくりと手を離し、バルフレアは踵を返す。背後に向かって手を振りながら、宿屋の入り口に消えていった。 その一部始終をバッシュは、見ていた。流石に声は聞こえなかったが、何があったかぐらいは、簡単に推測がつく。バッシュは、窓の外を見つづける。取り残されたレダスの部下達。その中で、呆然としたまま掌を押さえ、真っ赤になっているエルザだけを見ていた。 (そうだ…初めて見た光景じゃない……) バルフレアと行動を共にするようになってから、酒場で女性と話していた姿を幾度も見ていた。 バッシュの心が、ギリリと音をたてる。顔が歪む。 (っ…ここまで………) まるで進行の早い病気のようだと、バッシュは、自分の変化に小さく体を震わす。彼に魅かれていると自覚はしていた。だが、自分の心の大半は、今の旅に向かっていると信じていた。だが、簡単に思い出せる、彼の言葉、彼の行動。そして、嫉妬をするようになった自分の心。触れたい、触れられたいと思う欲。 ここまでの事にようやく気づいた。 (なるほど…こういう事を言っていたのか……) バッシュは、ダルマスカで将軍という地位を得て、決して短くない時間を過ごしていた。それは、兵士だけではなく、貴族という人種との付き合いも長かったという事。流れ者だという事で、避ける者も居たが、それでも将軍という地位は、難民でさえも輝かせたらしい。決して少なくない人数の女性と、会話を望まれた。実際は、もっとあからさまな事も求められたが、そういう事は気づかないふりをし、無粋な軍人という殻を被って避けた。 そうやって知り合った女性の一人と、奇妙な友人関係が出来た。自分のあまりな態度に、呆れながらも艶然と微笑んで、女性というもの、恋というものをよく聞かされたものだった。 『もし、その人との記憶で、ほんの些細な事から、全てを刻むようになったら、それは恋なの。さっき居たお嬢さんも、同じなのよ。決して、貴方の肩書きに恋をしている訳ではないの』 その女性に会う、ほんの少し前、自分と同じぐらいの年齢の女性に呼び止められ、ひと時の時間を望まれた。記憶には無いが、その女性を街中で助けた事があったらしい。そんな話をしていた。 だが、自分は単に職務をまっとうしただけで、他に何の意味も無い行為だった。当時、たったそれだけの事で、自分を求める事が、どうしても理解出来なかった。今なら分かる。あの時、彼が救い出してくれた。そして、ヴァンから自分を守った行動、その言葉、一つ一つを余す事無く覚えている。刻むという言葉の意味、頭にでは無く、心に刻むという事だったと、今、思い知った。 『貴方には、いつ、そんな人が現れるのかしら? その時になれば、きっと私の言葉を思い出すわ。そんな事が起きたら、それが恋だと、その人を心から排除する事は叶わないという事。ねぇ、その時の貴方は、どんな顔をしているのかしらね?』 あの時の自分は、『私は、任務だけですから』と答えたような気がする。 (参りましたと…いつか、彼女に伝えねばな……) バッシュは、苦笑を浮かべていた。 どうやっても、どうしようとも、バルフレアを自分の心から消す事は叶わない。ようやく、正確に自覚した。 (ならば…… 自分の一番の目的は変わらない。決して逃げない。最後までアーシェ様のお傍で戦う。それは変わらない。 だが、彼への想いからも逃げられない。ならば、それを背負って、最後まで戦おう) バッシュは、瞳を閉じ、掌をきつく握り締めた。 (だが、この想いを決して誰にも悟られぬよう……いつか、この想いが風化し、朽ち果てた頃に…彼と飲んで…笑い話に出来るよう…それまで……) バッシュは、静かに目を開き、右手で武器を確認しながら立ち上がった。 生き残る為に、そのいつかを現実にする為に、「鍛錬はいつまでも必要だな」と、小さく呟き歩き出した。 ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・ リドルアナ大灯台・至上への旋回廊、最上階一歩手前のクリスタル付近。 全員が、それまでの戦いで疲れ、それぞれ散らばって休んでいた。今までとは違う、多くの強固な敵、登るほどに強くなる敵は、味方が一人増えていても、疲れを十分に蓄積させた。この先、どんな敵が出てくるか分からないダンジョンの中、安全を取って、全員が休む事にした。 「……なんだよ」 周りが寝静まった中、バルフレアは、遠くに聞こえる水音を聞きながら、ぼんやりと闇を見つめていた。その横には、いつも通りにフランが居る。その視線を感じたバルフレアは、ため息と共に小さな声を出した。 「ここが、終点かしら?」 「どうだろうな…」 「こんなに先の見えない旅も珍しいわね」 バルフレアは、暗闇の中で、フランが小さく笑う気配を拾う。 「最初っからだろ……」 「…そうだったわね」 フランが、バルフレアを拾い、二人で試作品のシュトラールを盗む所から、旅は始まった。その後は、宝物を求めて世界のあちこちへ飛んでいた。それこそ、行き先など、その時の気まぐれでいくらでも変わった。 「お前が仄めかしたあれな、もう逃げられるレベルじゃないって、思い知ったよ」 以前、彼の淡い笑みが嫌いだった。だが、彼は、彼の意思を貫いている旅に居る。騎士として立っている。だからこその笑みだと気づいたのは、ほんの最近。最初は、同情や、彼を惜しむ心が、そういう感情を引き出していたのだろう。彼への気持ちに朧げながら気づいてからは、その笑みで安堵するようになった。あの笑みが浮かべられているのなら安心だと。だが、今や、嫉妬に摩り替わってしまった。自分にだけ、あの笑みを向けて欲しいと欲が出てしまった。 ここまで感情が育ってしまったら、もう逃げようが無い。 「俺は、過去から逃げてきただろ。だが、必死に逃げたはずなのに、あっさり過去に追いつかれた。どうせ、これも同じだ。 どんな事からも逃げられない。逃げても無駄だって、ようやく分かったわけだ。悪かったな、フラン、察しの悪いガキで」 フランの口から小さな笑い声が漏れる。 「見捨てようかと思ったわ」 「やれやれ、なんとか間に合ったって訳か」 「ギリギリよ」 二人が相棒として組んだ時にした最初の唯一つの約束。 子供だからと言って、馬鹿とは組めないとフランは言った。言って分かるような説明などしない。フラン自身の行動で、彼女自身が何を望んでいるかを理解し、答えを出せと、バルフレアに言い聞かせた。 ゴルモア大森林で、結界に阻まれた時、フランは、即座にエルトの里へ向かった。それまで、彼女は、一度も里へ向かおうとはしなかった。その話もしなかった。それは、彼女の中で、追いついてこない、既に終わった事柄だったから。だが、彼女は、行った。そして、彼女と、彼女の里とのありかたを、破魔石に迷っているバルフレアに示した。 たとえ、過去に心が囚われていようとも、彼女との約束は変わらない。バルフレアは、もっと早くに気づき、答えを出さなくてはいけなかった。 「それで、貴方はどうするのかしら?」 「俺の望みは変わらないさ。自由であることだ。だから、ここに居るだろ?」 バルフレアにとって、何よりも優先すべきは、己の自由。心も、体も、自分の望むままに生きる。それだけ。それは、この間エルザと話して、一層はっきりした。 だからこそ、今、逃げてしまった過去に立ち向かわねばならなかった。心が囚われたままでは、『自分みたいな空族も居てもいいだろ』と、胸を張って言えない。あの時、言った後に、自然と苦笑が浮かんだ。それを隠す為に彼女から背を向けなければならないぐらい、はっきりと自分で分かった。自分が空族だと胸を張って言えない、その無様さに苦笑が崩れていく。 天陽の繭まで、あと少し。そこへ行けば間違いなく、シドと会う事が出来るだろう。彼の目的は、はっきりとはしていないが、間違いなく天陽の繭に関係する。 既に、大灯台の結界はアーシェによって開かれた。そして、彼女は、繭から力を分けてもらう為の剣、契約の剣を持っている。 その場に、シドが来ない訳が無い。 「どうなるかは、分からないが、あいつと会えば、何かが分かるだろう」 「そうね……」 バルフレアは、はっきりとした過去への決別をする気だった。 「もう一つは、どうするの?」 「あいつの望みが叶ったら、迎えに行く事になっている」 「そう」 「次に仕える国を見つけるまで、シュトラールで静養するんだとよ」 フランは、くすくすと笑い出した。 「その時に、結論を出すさ」 「出せるの?」 「出さなきゃまずいだろ?じゃないと、結論を出す前に手が出そうだしな」 フランの笑いが止まらない。 「ちっ……あれから、6年経ったんだぜ、少しは子供扱いを減らしてもいいだろ?」 「無理ね。私から見れば、バッシュも子供なのよ」 「……そうかよ」 自分より十以上上の男に向かって、子供だと言い切られては、続く言葉が無い。 「なら、そんな大人なフランは、どうするんだ?」 フランは、笑いを収め、目を瞬かせる。 「あら、随分と余裕があったのね」 「自分と同じ匂いを嗅ぎつけただけさ」 今度は、バルフレアが小さく笑う番。 「勘はいいようだけど、鼻は悪いみたいね。同じではないわよヒュムの子」 「……子かよ。それで?」 「そうね。私は、ヴィエラではなくなってしまったけど、それでもヴィエラなの。ヒュムに、貴方のような気持ちを抱く事は無いわ。ただ、見つめているだけ」 「それにしちゃぁ、熱い視線だったぜ?」 フランが、静かに瞳を閉じる。 「それに、ラバナスタで、恋愛しているヴィエラも、いただろ?」 「彼女は、若かったわ。そう、まだ何も知らないの」 その声の響きは、乾ききった砂漠の空気のようだった。 「私達は、ヒュムとは寿命が違う。一生連れ添う事は不可能なのよ」 バルフレアは、フランの過去をほとんど知らない。彼女が幾つで、何人のヒュムと知り合ったのかさえも知らない。ただ、想像する事は出来た。まずい話題を選んでしまったと、バルフレアは心の中で舌打ちをする。あんな乾いた声を出すようになるまでには、多くの辛い現実があったに違いない。 「だから、一生懸命頑張っているあの子を見ているだけで十分なの。彼女が、幸せに笑っていてくれればいいのよ」 「そう…か」 バルフレアは、それ以外の言葉を持たなかった。ヒュムより格段に寿命の長いヴィエラ。今のフランの外見からして、自分も間違いなく、彼女を置いて逝ってしまうだろう。 「それより、貴方の初恋の行方に、とても興味があるわ」 「っ?!!…初恋だぁ?」 「あら、違うとでも言うの?まさか、お遊びを恋だと勘違いするような子供じゃないわよね?」 「……お前に会う前だってあるだろ?」 「あら、機械は恋人にならないわよ」 バルフレアは、心の中で盛大に舌打ちしていた。全て見透かされている。そう、見透かされるぐらい濃い付き合いだった。 「私は、貴方の幸せな笑顔も見たいのよ」 「ちっ……存分に見せてやるよ。眺めるだけじゃなくて、自分もそんな笑みを浮かべたいと思うぐらいにな」 フランの口から、クスクス笑いが漏れ、「楽しみにしているわ」と笑い混じりの声が続く。だが、その声には、微かな喜びも混じっていた。 そう、バルフレアは、フランにも、眺めているだけではなく、時期がきたら、同じ種族でも、他種族でもいいから、誰かの手を取って笑えばいいと言外に伝え、フランは、それをしっかり受け止めていた。 「貴方が、将軍に切られたら、ちゃんとアレイズをかけてあげるわよ」 「へーへー言ってろよ」 バルフレアも笑っていた。 そして、夜が明け、全員が最上階に行く。 ガブラスが現れた時、バルフレアの指示により、バッシュだけを前衛にし、他全員がサポートにまわった。バッシュは、一瞬だけ口元に笑みを乗せた。 シドが現れた時、バッシュの指示により、バルフレアだけを前衛にし、再び他全員がサポートにまわった。バルフレアは、皮肉げに口の端をあげ、剣を持ち直した。 ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・ 「将軍様〜、居るか?」 明日、大規模な戦いが起こる。 解放軍と帝国との戦い。 その準備の為、それぞれが、バーフォンハイムの中を動き回っていた。 バルフレアは、シュトラールの最終整備をした後。作業着のまま、バッシュの部屋のドアをノックしていた。 「開いているぞ」 部屋から漏れ聞こえる声に、バルフレアは苦笑を浮かべながらドアを開ける。 そこには、上半身裸で、滝のような汗を流しながら、未だ剣を振っている将軍が居た。 「悪い、後にするわ」 「いや、いい。少し休憩をしようと思っていた所だ」 「…あんた、いつからやっていた?」 「昼食後からだな」 「体を悪くしそうだな」 バッシュは、バルフレアの言葉に笑いながら、汗を拭き、剣をベッドの上に置いた。 「君は、朝から飛空挺につきっきりだっただろ?その方が体を悪くしそうだが」 「俺は、ちゃんと食事も取っているし、休憩も入れている。まだ、やるのか?」 「あぁ……そうだな……落ち着かんもんでな」 「少しは体を休ませておけ。あんたは、鍛えてきた今までがあるだろ?今日やりすぎたとしても変わらない。落ち着かないなら、酒でも飲んでろ」 バッシュは、苦笑を浮かべ首を横に振る。その内心では、バルフレアが鍛錬していた事に気づいてくれた嬉しさを感じる。まだ当分、心は風化しそうにない。 「君の用は?」 「そんなのは、たいした時間を取らない。それより、シャワーを浴びろ!そんな格好で居て風邪をひいたら、明日笑ってやるからな」 バルフレアは、バッシュをバスルームへ追い立てるように突っ込み、扉を閉めた。「すまん」という声が扉ごしに聞こえる。だが、バルフレアは、それどころでは無かった。安堵によって、体の力が抜ける。それに抗う事なくへたりこんだ。 (やばかった…) 間違いなく男の、それも将軍という肩書きを持つ、逞しい体を見て欲情した。押し倒し、汗ごと味わいたいと思ってしまった。 (まだ、あいつも、俺も、望みを叶えてない) バルフレアは、父親の残した物騒な武器を壊した後に、バッシュは、女王の望みを叶えた後に、それぞれの望みが叶う。 (叶えた瞬間、押し倒さないよう気をつけないとな…) バルフレアは自分の掌を、まるで他人の掌のように見つめていた。 「バルフレア、すまない、バスタオルを取ってもらえないだろうか?」 バスルームからの声が響いて、バルフレアの体が一瞬揺れる。 「あ、…あぁ」 のろのろと立ち上がり、ベッド脇にあった、バスタオルを手に取った。だが、バスルームの扉を開ける勇気が無い。 「あ、すまん」 その時、扉が開き、手にもっていたバスタオルをバッシュは取り上げた。 「その……すまないついでで悪いが……」 「服か?」 バッシュは、バツが悪そうに頷く。 バルフレアは必死になって裸体から目を離し、バッシュの鞄の中を物色始めた。 「これでいいか?」 振り向かない。適当な服を持ち上げて、バッシュに示す。 「あぁ、それでいい」 この服を彼の所まで持っていかなくてはならない。だが、自分が冷静でいる自信がカケラも無い。かといって、このまま固まっていては、不審に思われるだろう、諦めてバルフレアは立ち上がった。心の中で、必死に自分を押さえ込みながら。 「ほいよ」 バッシュの顔だけ見て、服を渡す。 「待たせてすまなかった」 「いや…」 バルフレアにとって、あっという間に出てきたとしか思えなかった。 「君の用は?」 「あぁ、着替えながらでいい。明日の後の話だ」 バッシュは、自分の鞄の傍へ行き、残りの服を身に着けている。 バルフレアは、ベッドに座り、バッシュの居ない方へ視線を泳がせている。 「俺の仕事は、あのデカブツをなんとかする事だからな。ヴェインと戦った後が、俺の本番だ」 「そう、だな…」 「あんたは、アーシェにある程度まで付いていくつもりだろ?」 「アーシェ様を安全な場所へお送りするまでが、私の仕事だな」 「なら、そこから、なんとか逃げ出して、あんたん家で落ち合う。いいな?」 「あぁ、よろしく頼む」 「レアものが見つからなくても、一回は来いよ。後はあんたの交渉次第だ」 レアものと言うだけあって、なかなかバッシュの納得のいくものが手に入らない。灯台でめったにお目にかからないモンスターに出会ったのにも関わらず、手に入ったものは、凡庸なものばかり。バッシュは、心底困っていた。 「すまん…」 「あぁ、いいって。手に入らなければ、あんたの体で払ってもらうさ」 バッシュは、一瞬息を吸ったが、「用心棒の必要など、君にはいらないだろう?」と、必死になって心の動揺を押し隠した声を出す。風化するどころか、彼の言葉に喜ぶ心。それを押さえつけるのに、かなりの労力が必要だった。一瞬考えた言葉の意味など、一生涯有り得ない事だと、繰り返し自分に言い聞かせた。 バルフレアは、「楽をさせろよ」と即座に答えたが、無意識の口が漏らした正直な心の声に激しく動揺していた。それを見透かされないよう、ゆっくりと立ち上がる。 「状況がどう動くか分からないが、臨機応変にな。ちゃんと逃げてこいよ」 用は済んだとばかりに、バッシュから背中を向けて扉へ向かう。 「君も、気をつけてな」 「…明日、俺達はどこへ行くんだったっけか?」 普段通りに動いて、振り向いた先を見たバルフレアは、激しく後悔した。目の前に、柔らかな笑み。自分が一番欲しいもの。それに、「私達が生き残る。大丈夫だ」と笑みと同じような声音が加わった。 「ま、俺が主人公だからな。主人公は死なない、だろ?」 必死になってバッシュの顔から視線を外し、扉を開ける。背中ごしに掌をひらひらと振った。 そして現実は、彼らが想像していたものよりも、遥かにリアリティの無い状況を彼らに突きつけた。
10.02.03 砂海
バッシュって、天然要素抜いたら、カッコ良かったんだねぇ。びっくりだよ。 フランの実年齢を想像しちゃいまして、バルフレアとの会話が大人と子供になってしまった。 他のバルフレアも逃げるの大好き野郎でいまいちカッコよくないのですが、今回は、子供扱いにまで…orz ちょっと悲しい(;_;) いつになったら、カコイイバルフレアが書けるんですかね? あぁ、バルフレア+双子の話で頑張ればいいのかf(^-^;)