知らないままでいれば、このまま道が離れるはずだった W  

   フォーン海岸、ハンターズ・キャンプにある宿屋。その一階にある食堂で、全員が朝食をとっていた。  食事は、ビュッフェ形式。それぞれが、好きなものを皿にのせ、たわいもない会話をしながら、のんびりとした雰囲気でゆったりと時間は流れていた。  そろそろ食事も終わろうと食後の飲み物や、フルーツを手に取リ始めていた仲間を見て、「この先の事なんだが…」とバッシュが言いかけた。  だが、それは最後まで言う事が出来ず、バルフレアの手が横に振られ、バッシュの言葉を遮った。   「何だ?」 「あぁ。今日からの予定だが、当分ここで全員の戦力アップだ」    バルフレアのまとう空気は、一切変わらない。まるで、食事の追加をしているような雰囲気。だが、その言葉に含まれる意味は、明らかだった。  アーシェの眉間に皺が寄る。それを察知したバッシュが、主君の代わりに口を開こうとして、再びバルフレアの手に遮られた。   「このままじゃ、先へは進めない。全滅するのがオチだ。  この先にあるのは、帝国。軍事国だ。誰かを庇ったまま戦って勝てるなんて、思い上がりもはなはだしいぜ。  俺は、こんなとこで死にたくないんでね。全員が、全員、それなりになってもらわなきゃぁ困る」    腰を浮かしかけたバッシュは、バルフレアの言葉に含まれる意味を察知し、苦笑を浮かべながら椅子に座り直した。   「フラン、アーシェ、ヴァン、パンネロ。その四人で、1パーティだ。  お嬢ちゃん、フランを除いたら、あんたが、一番的確なサポートをしている。頼んだぜ」    パンネロは、嬉しそうに「はい!」と答え、頷く。   「ヴァン、適当な片手剣を買ってきな。前衛で戦ってみろ」 「まひゃせとへ!」    今までボウガンで戦ってきたヴァンは、嬉しそうに笑う。既に頭の中で、どの武器を買うか検討中。ついでに口の中にある食べ物を租借中。ヴァンの目の前には、一枚の皿の上に山のように積み重なっている食事がまだまだ残っていた。  バルフレアは、そんなヴァンの額にデコピンして、「器用貧乏になるなよ」と苦笑した。   「フラン、悪いが子守を頼む。場合によっては、お前も剣を持ってくれ」 「分かったわ」    フランは、バルフレアの望む事を正確に理解し、小さく微笑む。   「パンネロに負担がかからない範囲で、剣を持つわ」 「あぁ、頼んだ」    今まで、旅の工程を決めるのは、アーシェの意を汲んだバッシュだった。バルフレアとフランは、一緒に行動はしていたが、何一つ異論を挟まず、興味深げに聞いていただけだった。  だが今、バルフレアが主導権を握り、次々と決めていく。アーシェの口を挿む隙を与えないどころか、一切無視をしている。  アーシェは、話しが一段落したのを待ち、苦々しげに口を開いた。   「貴方は、どうするのですか?」 「俺か?俺は、将軍様と組んで、別行動だ」 「バッシュと?」 「あぁ、弓を持ったバッシュとな。俺は剣に持ち変える」    アーシェが、ますます分からないと困惑する中、ヴァンは、「バルフレアって、剣、使えるのかよ〜?」とからかい、「強そうなパーティですね」とパンネロが笑っている。   「バルフレアなら、銃と変わらないぐらい剣を使えると思うな」    ヴァンの言葉を無視して食べ始めたバルフレアの代わりに、バッシュが言葉を添えた。  バルフレアの手が、一瞬驚いたとばかりに止まるが、流石将軍様と心の中で賞賛する。今までの銃の戦いだけで、剣の腕を推測されるとは思いもしなかった。だが、買いかぶりすぎだと一人ごちながら、食事を続ける。   「それなら、最強ですね」    パンネロは、「いつか私も、見たいな」と言いながら、フォークとナイフを置き、食事を終えた。   「この組み分けの意味は?」    そんな和やかな雰囲気から一線を引いたままのアーシェは、苛立ちを隠さないままで尋ねた。   「そりゃぁ、戦えば分かるさ。あんたは馬鹿じゃない、だろ?」    その言葉に、アーシェは答えなかった。無言で立ち上がり、後ろを振り返らず食堂から出て行ってしまった。   「ったく……分かっていはいたが、自覚がなさすぎだぜ」 「すまない」 「そうだな、あんたと、あの高慢ちきなおっさんが、甘やかしすぎた結果がこれだ」    バッシュは、黙って頭を下げる。  このパーティは、力が偏りすぎていた。バッシュと同等に戦えるのは、バルフレアとフランだけ。だが、バルフレアとフランは、パンネロとヴァンと一緒に後方支援をしていた。いや、後方支援にまわらざるえなかったというのが正しい。  前衛は、アーシェとバッシュの二人。その力量の差は、あまりにも大きすぎた。加えて、臣下と主。バッシュは無意識の動きでアーシェを庇い余分な怪我を負う。アーシェは、それを当然と思っているようで、戦い方を変えない。  その負担が、後衛に及んだ。  フランは、パンネロと協力しながら、補助に徹する事しか出来ない。  バルフレアは、庇いながら戦っているバッシュに向かうモンスターに銃を向ける事しか出きない。  ヴァンは、その中で、適当に戦っているという状況。  あまりにも、バランスが悪すぎた。  それぞれの仕事をこなす以前の問題。  バッシュは、バルフレアの最初の言葉で、何を言いたいのか十分に分かってしまった。そして、この先に進めないだろうと同じ危惧を抱いていたからこそ、黙ってバルフレアの話を聞いているしかなかった。   「すまない…」 「ったく、あんたは謝りすぎだ。  そんなのは、俺のサポートをしっかりやって、返してくれればいい」    バッシュは、「分かった」と言い、穏やかな笑みをバルフレアに見せる。だが、バルフレアはそれから視線を逸らし、苛立たしげに立ち上がった。   「バッシュ、10分後だ。  フラン、頼んだぜ」 「えぇ。貴方も頑張ってね」 「あぁ」    バルフレアは、振り返らずに自分の部屋に向かう。  背後でフランが、ヴァンを指導している声が聞こえる。少しは周りを見ながら戦えるようになってくれよと、フランの教育結果を期待しながら、自分の部屋の扉を開けた。  そして小さく笑う。  そんなヴァンと一緒に戦うからこそ、アーシェは、己の戦い方の不備に気づくだろうと、バルフレアはふんでいた。一番成果が出て欲しいのは、アーシェの意識改革。その道は険しそうだなと、笑っていた口元を苦笑に変えた。   「ちっ……」    忌々しげな舌打ちが、バルフレアの口元から漏れる。  わざわざ理由付けしている自分が、腹立たしかった。自分が見ようとしないモノを知っている。アーシェは、関係無い。傷つきながらも、変わらない穏やかな笑みをのせる表情を見ていたくなかった。それだけ。  それを必死になって、建前を作り、誤魔化している自分を無性に殴りたくなった。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「なるほど、両手剣か」    宿屋の前で立っていたバッシュは、現われたバルフレアを見て、しきりに頷く。   「んだよ」 「君の戦っている時の動きが、気になっていた。  銃を持つ者と傍で戦う事は無いし、もし傍で戦う事になっていたら、そちらに気を取られて戦いづらいだろうと思っていたのだが、その…、君とは、とても戦いやすかった。それで、君の戦い方を気にするようになってな。普通、銃身を盾には使わんだろう?だからこそ、君は、毎晩分解作業をしていた。  最初は、何であんな面倒な事をするのかと思ったのだが……せざる得なかったのだな」    バッシュは、バルフレアに頭を下げる。自分の傍で戦わざる得なかったのは、自分がアーシェを庇っていたせい。その為に、余計な仕事をバルフレアにさせていた。   「あの動きは、両手剣の動きだ。銃に負担をかけさせてしまった、な」    銃は、精密機械。盾として使う事によって、狂いが生じたら正確な射撃は期待出来ない。武器の特性もあるが、それが故に、前衛で戦う事は無い。  だが、バルフレアは、背後に居てバッシュをフォローする度に、前衛近くまで上がってくる。アーシェをフォローしているバッシュに、立て直す時間を与える為、バッシュの傍で戦っていた。それに、まったくの違和感を感じない自分に、バッシュは違和感を感じていた。  だが、彼が両手剣を得手とするならば、納得がいく。同じように両手剣を持っている自分に違和感など沸くはずがない。  バッシュは、一人納得して、頷いていた。   「君の得手は、両手剣だったのだな」 「得手じゃないぜ。その上に、数年も触ってない。  あんたの弓、かなり頑張ってもらわないと、先に進めないと思っていてくれよ」    バルフレアは、苦笑を浮かべ、呆れたように言う。  バルフレアが両手剣を持っていたのは、ジャッジをしていた数ヶ月と、空賊になりたての頃の数年。  「私達の技量では、二人共並んで後衛の武器を持つ訳にはいかないの。   諦めて、その剣を拾いなさい。死にたくはないでしょう?   私は、貴方とここで、共倒れは嫌よ」  フランは、諭すようにバルフレアに言った。戦いに慣れる為に、ありとあらゆる場所に行き、戦いの勘を養った。ようやくフランから合格をもらい銃に持ち替えた時には、ホッとしたものだった。  だが、バッシュが言ったように、その時に両手剣の戦い方が体に染み付いてしまったのだろう。  バルフレアは、それを見抜いたバッシュを賞賛しながらも、それを苦々しく思った。   「そうれは、どうかな」    バッシュは、小さな笑みを浮かべ歩き出すが、直ぐに立ち止まり振り返る。   「どこか、目当ての場所はあるのか?」 「あぁ、ついてくれば分かるさ」    バルフレアは、小さく息を吐いて、歩き出した。             「君は、随分と嘘つきだな」    ツィッタ大草原、三界交わる草原。  今、バルフレアが、クアールを一体倒した所。  ここに来るまでに、既に何度も戦闘になっている。その一つが終わったに過ぎない。  だが、バッシュは、呆れてバルフレアを見ていた。   「やはり、銃の時に同じ動きをしていたからだろう。ブランクをほとんど感じないぞ」    バルフレアは、両手剣を担ぎ、呆れたようにバッシュを見返した。   「あんた、いったい何を見ていたんだ?  さっきは、流石将軍様、戦いを見る目が違うと思ったんだがな…今ので、チャラだ」 「それこそ、私も言いたいぞ。君は、ここまで無傷ではないか」 「その分、あんたが、矢も、精神力も消費しているだろ?  俺は、ここまで一人で来た訳じゃない」    少し休憩をしようと、バッシュは崖を背にして座り、「君も休むといい」と言って、横の地面を叩いた。   「やれやれ…ここで休むと先が辛いぜ」 「先?」 「この先が、ソーヘン地下宮殿だ。ここまでは、慣らしだな。この先で通用するかを見極めるのが、今日の目的だ。  最低限、あんたと俺でこの先を行ければ、まぁ、帝国に行っても、なんとかなるだろう。その途中で、嫌でもアーシェも目が覚めるだろうしな」    バルフレアは、ため息をつきながら、バッシュの横の崖によっかかる。座りはしない。   「……アーシェ様は、馬鹿ではないぞ」 「たぶんな。だがあいつは、今でも仲間じゃなくて王女様、だろう?分かっていても無視をするっていう選択肢だってあるんだぜ」    アーシェが居る時と、居ない時で、態度が変わらないのは、バルフレアとフランだけだろう。  アーシェは、必死になって王家の者としての行動を取ろうとしている。それによって、立っていると言ってもいい。その態度が、他の仲間達の態度に影響している。王族として扱わなければいけないと思わせている。  あの何も考えないで行動するヴァンでさえも、たまにだが、一瞬言葉を躊躇う。それほど、分かりやすい態度を取っているという事だ。   「それにな、あんたも悪いんだぜ。王女様扱いは止められないだろうが、あんたは、何でも頷く犬じゃないだろ?言わなくちゃいけない事は、ちゃんと言って態度で示せ。それぐらいしても、あんたの忠義心は、疑われないさ」    バッシュは困ったような表情を浮かべて、バルフレアを見ている。   「さて、どうだろうな……既に助けられなかった過去を作ってしまったしな。しかも、私の行動は、私の為であって、アーシェ様の為ではない………それは、アーシェ様も、気づいておられるだろう」 「そんな事気づく余裕が、あいつにあるとでも思ってるのか?」    バルフレアは、苛々しながら、バッシュの頭を派手な音をたてて叩く。   「だいたい、あんたの思惑は、結果的にあいつの為になるんだから、あんたが、引け目を感じる必要なんか無い」    叩かれた事が意外だったバッシュは、呆然とバルフレアを見ている。   「んだよ。ちゃんと、聞いてんのか?」 「あ、…あぁ」 「ったく。さ、行くぞ。これからが本番だ」    バルフレアは、バッシュに手を差し伸べる。  バッシュは、一瞬その手をまじまじと見た後、自分の手を重ねた。   「すまない…」 「まぁ、俺の方が若いからな。敬老精神だ」 「いや…その事ではなく、君が私にくれた言葉に対して言ったのだが……しかし、その敬老精神という言葉は、受け入れられん」    バルフレアは、握っていた掌を振りほどき、背を向け歩き出す。そこからは、げらげらと笑い声が聞こえた。   「あんた、俺より、いくつ年上だと思ってんだよ」 「たった、十と少しだろう」    バルフレアの笑い声が、大きくなる。   「そうだな、たった、十と、少し、だ」 「バルフレア!」 「ほら、行こうぜ」    バルフレアの未だ震えている肩を見ながら、バッシュはその後をついて行く。  そうしながら、彼の言った事を反芻する。情けなさに顔が一瞬歪む。そう、自分は十と少しも年上なのだ。それにも関わらず、今、自分を引っ張って行っているのは間違いなく彼、バルフレアだ。  バッシュは、この先、彼の心を占めている迷いを増やさぬよう、彼よりも前に立って戦おうと、心の中で静かに誓った。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「パンネロ、悪いけど、彼女にサポートの仕方を教えてもらえるかしら?」 「はい。分かりました」    フォーン海岸にある、ヴァドウ海岸の奥。  四人は、ヴァンとアーシェを前衛にし、ここまで来ていた。だが、フランとパンネロのサポートが回りきれない。ヴァンは、相変わらず好き勝手に戦闘を行っているだけ。バッシュに守られていたアーシェは、自分を守る術を知らず、怪我を負う頻度が高すぎた。   「アーシェ、パンネロの言う事をしっかり聞いてちょうだい。彼女ほど、戦闘を分かっている子は居ないわ」 「っ……」    アーシェは、今までと違い、今回がなぜ、こんなに戦いづらいか、なぜ、自分がこんなに攻撃を受けるのか、理解出来なかった。昨日まで出来ていた事が、まったく出来ない。その困惑の中で、未だ肩で息をしていた。フランの言う事に納得はしていないが、この荒い息の中、反論する体力も無い。それぐらい消耗していた。  それが、アーシェの表情に現れる。素直に心情を表す。戦いずらい現状が納得いかず、フランが主導しているのも納得がいかない。それは、必死になって掴んでいる王家のプライドに、酷く響いていると伝えていた。  だが、フランは、それを一切無視する。   「ヴァン、貴方は、あまりにも周囲を見なさ過ぎるわ。宿でも言ったでしょう?  前衛の仕事は、背後の仲間に決して敵を向かわせない事。そして、助け合う事。周囲を見なければ、どれも叶わないわよ」 「うん……」 「貴方は、動きが早いのだから、それを生かして、一回息をついて、周囲を見るよう心がけなさい」 「それで、間に合うかな?」 「間に合わせるのよ」 「う………分かった」 「さぁ、行くわよ」    フランは、アーシェが未だ荒い息を吐いているのに気づいていたが、それを無視して、さっさとモンスターに向かっていくヴァンの後に続く。甘やかすつもりは、一切無かった。それでは、今までと変わりなくなってしまう。   「ヴァン、今の私達の位置を分かっている?」    とりあえず、ヴァンの動きをどうにかしようと、赤子と同等な扱いで指示をする。ヴィエラの子の方が、よっぽど聞き分けが良いと、ため息をつきたくなるのを抑え、持ち替えた剣を構える。   「常に、私達の位置を意識しなさい。先に行っては、分からないわよ」 「う…うん」 「そこは、はいよ」 「は、はい!」 「いい子ね」    戦いながらのやり取り。ヴァンは、言われたとおり、前に出る度に、一度元の位置に戻り仲間の位置を必死になって確認していた。  その気配を辿りながらフランは、戦っていた。   「私の動きを真似なさい!」    ヴァンは決して弱くない。そのヴァンが、協力的に動くのであれば、背後に敵を寄せ付ける心配が少なくなる。フランは、もっと効率的に動く戦い方を、己ら示しながら、一体、また一体と敵を切り伏せていった。   「アーシェ、二人にプロテスを」    パンネロは、戦いが始まった瞬間から、今までのように前衛二人の状態だけに意識を向け、必要な魔法を選び唱えるだけになっている。その中に、王族のアーシェという意識は一切無い。自分がしなければいけない事だけを、必死になって行っていた。   「ファイラ!」    サーペント二体に魔法を投げつける。   「ケアルダ!」    それに乗じてヴァンがサーペントを斬るが、反撃を食らう。瞬時にパンネロの口から魔法が紡がれた。   「アーシェ!パンネロだけに働かせないで。貴方も状況を見極めなさい」    指示通りにしか動かないアーシェに、フランの叱責が飛ぶ。   「アーシェ!私が、黒魔法を使うから、白魔法と緑魔法を」    パンネロは、フランがアーシェに対し、何を望んでいるのか朧げながらに理解していた。本来なら自分が補助魔法を行った方が効率がいいと思ったが、思い切ってそれをアーシェに頼む。この戦闘で、自分をずっと見ていたアーシェなら動けるだろうと、それに賭けた。   「わ、分かったわ」    そして、いつもと違う戦いが始まる。  フランが一番先頭で、的確に剣を振るう。  ヴァンの動きがコンパクトにまとめられ、フランを補うように動き始める。  普段、それほど黒魔法を使わないパンネロが、敵に向かって魔法攻撃を連発する。  微妙に遅い補助魔法が、アーシェの口から紡がれる。   「アーシェ!もっと見抜いて!遅いの」    パンネロが、呪文の合間に叫ぶ。  本来ならば、フランとパンネロだけで戦いは終わる程度の敵。だが、慣れない動作をしている二人が加わっているが為、戦闘が長引く。   「わ、分かった…わ」    そんな二人のやり取りも、フランは全て追っていた。  口元に小さな笑みが浮かぶ。もう少し成長してもらわないとねと心の中で付け加えながら、「ヴァン、もっと早く!」と指示を与え、敵を切伏せた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「バルフレア!」    バッシュは、次の敵を探そうとしているバルフレアの腕を掴んだ。   「んだよ」 「今日は、もういいだろう?帰るぞ」    バッシュは腕を掴んだまま、入り口に向かって足を出そうとするが、その腕は一切動かない。   「バルフレア!」 「まだ入ったばかりだぜ」 「君は気づいていないのか?血が流れすぎている」    その言葉に返ってきたのは、呆れたようなため息。   「バルフレア!ふざけている場合じゃない」 「あぁ、俺もふざけてなんかないぜ」    バッシュの手は、バルフレアの小さな動きで、外される。   「将軍様」    皮肉げな呼び方。   「これが、いつものあんたの姿だ。あんたは、戻るって言うのか?」    ソーヘン地下宮殿。ツイッタ大草原から入ったばかりの、迷いを捨てる路。今までとは違う、手ごわい敵が多く居る、入り組んだダンジョン。その中にある、枝道の一つの行き止まりに二人は居た。  バッシュは、必死な形相で。  バルフレアは、そこかしこに傷を負い、ケアルでは消えない血の跡を体中に飾りながら薄い笑みを浮かべて。   「……私は、軍人だ」 「だから?その軍人様の動きを、結構模倣してただろ?」 「…っ……君は…殿下だけではなく、私にも言いたい事があったのだな……」    バッシュは、バルフレアに向き直り、「すまない」と頭を下げる。  だが、バルフレアのため息は止まらない。   「違うだろ。これが前衛の役目だ。そうだな?」 「………あぁ」 「流した血は、未熟だからだ。それ以外の何物でもない」 「…しかしっ」 「あんたは知ってるはずだ。自分が下っ端の時を思い出せよ。あんたの前で、血を流していたヤツはいくらでも居ただろ?」    まだ、守られていた頃。確かに、目の前の男の姿は、見慣れたものだった。しかし、理由が見つけられない感情が、それを拒否する。バッシュは、バルフレアの言っている事を理解しながらも、未だ彼を帰らせる理由を探していた。   「俺は、未だこの剣に慣れてないだけだ。俺の邪魔をするな」    それを察したバルフレアは、きっぱり言い切り、バッシュを後に分岐点へ足を向けた。   「バルフレア…」 「………」 「邪魔は…しない」    バッシュは、手にした弓をきつく握り締めている。   「そうか」 「……君が最初に持ったのは片手剣だな?」 「そうだな」    バルフレアは、この短時間で見透かされたものに、心の中で舌打ちをする。   「片手剣で養った時間の方が、両手剣の時間より長い」 「あぁ」    バルフレアは半ばヤケになって答える。その通りだ。貴族に生まれた子供は、小さい頃から片手剣の教育を受ける。それは、ジャッジになるまでずっと続いていた。   「だから、剣で防御した後に齟齬が生じている。右と左が違う動きをしようとするから、そこに隙が生まれる。君の血の大半は、それが原因だ」    バルフレアは、嫌そうに頭をかきながら立ち止まり、バッシュの方へ振り向いた  バッシュは、自分の足元を見ながら淡々と感想を言っていた。その顔を上げる。   「君は、私の動きを見ていたのだろう?それを思い出せばいい」 「思い出すだけで、癖が直るなら、みんなあんたのように出世出来るだろうよ」    バッシュは、小さく笑う。   「君なら出来るだろう。それだけのものを見せておいて、出来ないとは言わせん」 「はいはい、なんとかすりゃぁいいんだろ。ったく、将軍様は、厳しすぎるぜ」 「私は、出来ない事を言っているつもりは無いが」 「へーへー」 「出来なければ、また明日だ。帰るぞ」    これがバッシュの譲歩出来る最大限だった。決して無理を言っているつもりは無いが、確かに一石一夕に出来る事じゃない事も分かっている。バルフレアも、それは分かっているだろう。  だが、今、自分の目の前には、鮮やかに不敵な笑みを浮かべて立っている空賊が居た。   「さぁ、行こうぜ」    バルフレアは、剣で肩を叩きながら、バッシュに背を向け前へ進む。  バッシュは、それに見惚れたまま、眩しそうに眺めていた。   「来ないのか?」    振り向きもせずに、バルフレアはバッシュに問う。   「私が行かなくて、誰が君の援護をする?」    バッシュは、足早にバルフレアに続く。   「あんたしか、居ないさ」    分岐点に出た瞬間、モンスターが現われた。   「行くぜ」 「あぁ」    強い視線で敵を見据えたバルフレアは剣を、小さな笑みを浮かべたバッシュは弓を構えた。    ・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・   「バルフレア」 「どうだった?」 「貴方こそ、どうだったの?」    宿屋のバルフレアの部屋。フランが入り口に立っていた。   「あと、数日かかりそうだ。頑固な将軍様を納得させないと、剣を持たせてもらえないんでね」    あれから、数体のモンスターを倒したが、意識して動きすぎた体は、動作が鈍くなり別の血を流すようになっていた。だが、少しづつ体は覚えてきていると分かる。  だから、今日はバッシュの意を汲んで、一旦宿に戻る事にした。  バルフレアは、部屋の中で剣を構え、見えない敵と戦っている最中だった。  そんな様子を見て、フランは小さく笑う。   「んで、そっちはどうなんだよ」    剣を操る手は止めない。   「そうね、ようやく少し気づいた事があるんじゃないかしら?」 「まだ、少しかよ」 「必死になって王家にしがみ付いている子よ。その割に、気づくのが早かったと誉めてあげるべきね」 「…そうか」    バルフレアは、振っていた剣を下ろす。   「貴方の迷いは消えたかしら?」 「フラン?」 「ねぇ、今の貴方は、何を思い煩っているのかしらね」    バルフレアは、忌々しげに舌打ちをする。   「何を勘ぐってるのか知らないが、今は剣の事以外は考えてないぜ」 「そう……貴方も、少しはアーシェを見習った方がいいかもしれないわ」 「フラン、何を言ってる?」 「貴方がおせっかいを焼いているのは、アーシェの為でも、このパーティの為でも無いでしょう?」 「俺とお前の為に決まってるだろ」 「そうかしらね…少し考えて御覧なさい。帝国に着く前には、解決しておいた方がいいわ。迷いがあると、腕が鈍る。そうでしょ?」    フランは、バルフレアの返事も聞かずに、部屋を出て扉を閉めた。  バルフレアは、その閉じた扉を見つめている。フランが何を示唆していたか、分かってはいるつもりだ。あまりにもあからさまに告げられてもいた。だが、理由が分からない。困惑した視線が落ちる。   「将軍様に…俺が何を思っているって言うんだ?」    その時、繋いだ手の冷たさが掌に蘇る。眉間に皺が寄る。   「そう、同情だ。それ以外の感情は………無い」    バルフレアは、置いた剣を持ち上げる。再び見えない敵と戦い始めた。  その表情は必死だった。それは、戦う事にではなく、戦いに没頭する事に必死だとしか見えなかった。    

 

09.12.26 砂海
さてさて……お互い色々無意識下で、感情が進行中。だもんで、全然つまらないです。 いいムード、何、それ?って雰囲気です。 んでも、気づくものはあるし、聡いフランおねー様がいらっしゃるので、未来に期待しましょう。 <フラン頼み   ということで、一年近く放置していた、長いタイトルの続きを始めました。 <未だタイトルを覚える気は無い。 このまま、最後まで行くつもりではありますんで、よろしゅうにm(__)m