神都に着いても、誰一人道を分かつ事は無かった。 新しい場所に行き着く度に、状況が激変する。 今、バルフレアは、仲間の先頭に立ち、帝国を目指していた。 その表情は、何ものせていない。 神都を離れてから、彼の口は必要以上の事は一切語らなくなっていた。 ◆知らないままでいれば、このまま道が離れるはずだった V ここは、モスフォーラ山地、水音の伝わる場所。夜も更け、そこかしこから寝息が聞こえている。 バルフレアは、そんな仲間達から離れ、星を見上げていた。 「バルフレア」 バルフレアの視界から、星は消え、月明かりに光る金色が視界を占める。 「痛いのだが……」 バルフレアの手が、無意識にそれを掴み引っ張る。 「バルフレ……っ?!」 もう一方の伸びた手が、金色に縁取られた首をすくい、腕の中に全てを収めた。 「あんた、抱き枕に丁度いいな」 「そ、そうか?」 「あぁ、ひんやりとして気持ちいい」 「暑いのか?」 水の傍に居るのにも関わらず、涼しさよりも蒸し暑さを感じる夜。 「あぁ…」 壊れた体は、正確な情報を脳に伝えない。 「んで、それはもらえるのか?」 バッシュの右手には酒瓶。 「これでは、飲めんぞ」 「そうだな…」 いつも通りの所作で、手を放してから起き上がり、服に付いた埃を払う。だが、バルフレアの頭の中は、混乱中だった。 体温感覚の異常に、顔をしかめていいのか、無意識に動いた自分の手に動揺していいのかが、分からない。 手のひらを呆然と見ていたら、目の前に酒瓶が二本現れた。 「君の分だ」 「二本……いいのか?明日も早いんだろ?」 「大丈夫だ」 己の過去を思い出す。この状態の彼は、きっとどんなに泥酔しても、深い眠りは訪れないだろう。せめて、眠りやすいよう用意した酒。 「悪いな」 主を意思を支える為だけに気を使い、まるで戒めかのように口を湿らす程度にしか酒を口にしない。ただ、前を進む事以外しないバッシュが用意した酒。そんな気を使わざるえないほど、自分の感情が態度に出ていたと、ようやく気づく自分の余裕のなさに舌打ちが漏れた。 「君一人じゃない」 その言葉に顔があがる。 「私も同じだ。今度こそ逃げ場はない」 バルフレアの顔に、苦笑が浮かぶ。逃げるつもりなど、カケラも無いくせに、何言ってんだと思う。たとえ自分の弟が目の前に現れようと、彼の意思は一切変わらず、文字通り切り開き前に進み続けるだろう。 この言葉は、自分の為に紡がれたもの。 瓶を咥え、一気に煽った。 「年の功ってのは、腹が立つな」 決してお互いの詳しい過去には触れない。触れても、傷口にナイフを立てえぐるようなものだと、お互いが知っている。 「今の君が私のようでは、昔の私の立つ瀬がないだろう?」 「それもそうだな…」 バルフレアは、そう言った後、もう一口、酒を口の中に落とす。 「俺は、あんたの代わりに、アーシェを気にかけるとするか。まったく、世話が焼けるお姫様だよなぁ」 バッシュが小さく笑う。 「あの方は、昔から変わらない…」 「そうか。そりゃぁ、ご苦労さんなこって」 バッシュも、一口酒を口の中に零す。 「では、帝国までの詳しい道のりを教えてもらおう。私が先頭に立つ」 バルフレアの口の端があがった。 お互いが、単なる、言葉遊びだと分かっている。 バルフレアがアーシェを気遣ったとしても、バッシュの姿勢は一切変わらない。 バッシュが先頭に立っても、バルフレアの迷う気持ちは消えない。 それでも、その言葉が笑みを浮かべさせ、心のどこかを軽くしていた。 自分の荷物を探る。 取り出した地図をバッシュに放った。 「あんた、ナブディス辺りは分かるんだろ?」 「あぁ」 「フォーン海岸は?」 「いや、サリカ樹林までだな」 「そうか」 月明かりの下、地図を広げ、一つ一つ確認していく。 その夜二人は、帝国までの道や、帝国の事について遅くまで話していた。 ◆◇◆ 既に空は白み始めている。 寝る時間はもうない。 (彼は迷っていても…強いな) 彼は、一人で前に進む決心をした。たとえ、躊躇っていたとしても。 自分は、未だ立ち止まったまま。逃げた心を納得させる行為だけで時間は過ぎていった。自らノアの元へ行こうとさえしない。ただ、偶然を待つだけ。 その、自分に持ちえないものに強い嫉妬を感じているのか、強い憧れを感じているのかが分からない。 (どちらにせよ、無様だ) 彼と話す事によって、無意識のうちに救いを求めていたのかもしれない。 (あれは……) そんな卑しい気持ちが表情に出ていたのだろう。 そんな自分に、手を伸ばす余裕さえ、彼は持っていた。 抱きしめられて安堵の息を吐いた自分を知っている。 (…弱い者は、強い者を見て救われるのを待つ…………最低だな…) バッシュの顔に、笑みは無かった。
08.01.20 砂海
へたれじゃないバルフレアは、いつになったら書けるのでしょうか?