知らないままでいれば、このまま道が離れるはずだった U  

  「ここら辺は、モンスターにとって、住み心地がいいのか・ねっ!」   銃声が、狭い洞窟の中に響き渡る。   「走り抜けろ!」   全てを叩いていたのでは、たった二人だけのパーティ、体力が持たない。 剣で切り伏せながら、銃で威嚇しながら、二人は始終走っていた。   未だ二人は、ゴルモア大森林の地下、言葉通りの獣道を、さ迷っていた。 人通りのある上の道とは違い、この地下では、モンスターが群れをなし、その数は尋常じゃなかった。加えて、ここに白魔法を使える者が居ない。 その為、バッシュはポーションを落としたモンスターだけは切り伏せ、バルフレアは、止めを刺されたモンスターの落としたものを拾いながらの戦闘。 二人は、絶えず走っていた。   「バッシュっ!」   走りながら拾ったモノを握り締めバルフレアが叫ぶ。   「次の角を曲がって、敵が居なかったら止まれ」 「分かった」   簡潔なやり取り。 バッシュは、バルフレアの言う事に一切質問をしない。する余裕も無いが、先ほどした会話が彼に対しての拘りを消し、信頼だけを残し、質問をする必要性さえ感じさせなかった。 走りながら角を曲がる。 モンスターの影は見えない。 続いてやってきたバルフレアは、立ち止まったバッシュを見て「手を出せ」と間髪もいれずに言った。   「バルフレア?」   言われるまま出した掌は、バルフレアの掌に覆われる。 そして、彼の空いた手は、魔法を具現させた。 二人の姿が消える。 バルフレアが拾ったのは、バニシガの破片。 その効果が、モンスターから二人の姿を隠した。 温かいものが、バッシュの手を引いている。 バッシュは、その引かれるままに歩き出した。 視界には、モンスターと入組んだ洞窟。だが、掌から直接感じる温かさだけが、バルフレアの存在を示している。 バッシュは笑みを浮かべながら、彼の温もりが示す方向に歩いていった。 希薄になった彼の気配は、よほど気をつけなければ知覚出来ない。さすが空賊だと感心する。 まるで、モンスターの中を一人で歩いているような感じを与える視覚、だが、その中で唯一与えられた温かさを酷く感じ、一人じゃ無い安心を得る。 嬉しくて、握り締めた。   バルフレアは、突然握り締められた掌に驚き、一瞬立ち止まった。その手の主が立っている所には誰も居ない。見えるはずも無かった。 掌を二回引かれた。立ち止まった事を誰何されているのだろう。慌てて、再び空気の流れを追う。 意識が定まらない。 微妙な空気の流れ。神経を全てそれに向けなくてはいけない状況なのに、意識が掌に向かおうとする。 酷く冷たい掌。 冷え性だとしても、冷たすぎる。ここまで体を動かしていて、この手の温度はおかしいだろ?と思った時、彼と出会った場所を思い出した。 鉄籠の中。鎖に戒められた体。その肌に刻まれたもの。 バルフレアの眉間に、皺がよる。 これだけ熱を持っている自分の体温に、馴染みもしない掌。 体温が狂うぐらいの責め苦。 なのに、今、自分が思い出せる彼の表情は、穏やかな笑み。 衝動的に、彼の掌を強く握りながらも、意識を空気の流れだけに無理やり持っていく。 酷く歪んだ顔が、前を向いていた。   ◆知らないままでいれば、このまま道が離れるはずだった U   「…不愉快だが、エルトの里に戻るしかないな」   ようやく、ゴルモア大森林の通常エリアに戻った二人は、一息ついていた。   「戻るのか?」 「闇雲に行って、すれ違ったら間抜けだろう?」 「伝言が置いてあると?」 「あぁ、フランが何も残さず、進む訳がないさ」   その疑いの無い言葉に、バッシュは、笑みを浮かべる。   「君達は、良い仲間なのだな」   バルフレアは、口の端をあげる事だけで、当たり前だという事を示す。 言葉にする必要さえ無いという様子に、バッシュの笑みが深くなる。   「普通だろ?」   そう言いながら、バルフレアはバッシュから背中を向けていた。 彼の笑みを見るのが、不愉快だった。自分の中で形容しがたいものが、ザワリと動きそうになる。その理由を推測出来ても、その動きそうになるものも、どうしてそうなるのかも、分からない。 バルフレアは、理解出来ない苛立ちのまま舌打ちをした。   「バルフレア?」 「あん?」 「どうしたのだ?」 「別に」 「君は、今、怒っているだろう?」   自然とため息が漏れた。   「気にすんな。あんたのせいじゃない」 「そうか…」   一瞬感じた負の気配。今の会話の中の何が、彼を不快にしたのかが分からない。 しかし、これ以上問う事を許さない背中に、バッシュは諦めた。   「バルフレア」 「何だ?」 「方向が、逆ではないか?」 「あぁ、俺はヴィエラじゃないからな、あの壁を開ける事は出来ないんだよ。この先にクリスタルがあるらしい。そこから入らせてもらう」 「そうか」 「うまくいけば、全員そこに居るかもしれないしな」 「そこに?」 「この先は、雪山だろう?この中で待っている方が安全だ」 「そうだな……」   力ない返答に、バルフレアが苦笑を浮かべる。   「地面が崩れたのは、あんたのせいじゃないだろ?」 「あぁ…」 「アーシェには、あんたが必要だ。あのメンバーで行くのは、あまりに不安だろ?  待たせるのは、当然だと思えよ」 「君も、だろう?」 「俺?」 「君も、必要だ」   地下で出会ったモンスターと違い、弱く、数もいない。そんな敵を倒しながら、前を進んでいく。   「頂いた報酬分の働きしか、してないぜ」   一匹が、剣に切られ、消えていく。   「いや、それ以上に君から、手を貸してもらっている」   一匹が、銃によって四散する。   「それも、あと少しだ」   突然バッシュが、立ち止まった。   「そうだろ?」   その気配に、バルフレアが振り向く。   「神都に行ったら、お姫様は、王位を継いでダルマスカを復興する」 「…そう、だった…な」   バッシュは、戸惑っていた。 彼が、自分達から離れていく事を想像だにしていなかった自分に気づく。 確かに、彼の言う通りだと言う事が、分かっていたはずなのに…今の旅が、ずっと続くと勝手に思い込んでいた。   「あんたは、どうするんだ?」 「私は、アーシェ殿下の即位が決まった時点で……そうだな……どうするかな…」   決めていた事は、アーシェから離れる事だけ。 帝国の罠は、未だにそれが事実としてある。 それを公にするのは、不可能だろうと最初から分かっていた。 ただ、それまで彼女の助けとして傍にいたかった。今はそれだけで動いていた。後の事など、一切考えていなかった。   「そうだな…、空賊というのは、どうだろうか?」 「はぁ?」 「私が空賊になるのは、難しいだろうか?」 「あんたが?…空賊?」   バッシュが、楽しそうに頷く。   「飛空挺を飛ばせるのか?」 「やれば、なんとかなるだろう」   まじまじと、バッシュの顔を見る。   「止めとけ。将軍やってるより、死ぬ確率が高すぎる」 「まったく知らぬ訳ではないぞ」 「ヴァンよりも、危なっかしいな」 「戦艦勤務もしていた」 「中途半端な知識が、身を滅ぼすんだ。止めとけよ、将軍。あんたには、空賊は似合わない」 「ならば、何が似合うと?」 「世界は、広いんだぜ。国なんか、いくらでもあるだろ?あんたは、国を守ってるのがお似合いだ」   今度は、バッシュが、まじまじとバルフレアを見返した。 目の前にいる空賊は、アーシェから離れることについては何も言わない。頭の良い彼の事、自分が考えている事は、お見通しなのだろう。 その上で、自分に見合う未来を示してくれた。   「そうだな…色々歩き回るのもいいかもしれん」   バルフレアが、楽しそうに笑う。   「あんたなぁ、歩いてたら、いつまでたっても辿り着かないだろ?世界は、広いんだぜ」   バルフレアの手が、バッシュに伸びた。 バッシュは、その意味が分からず、それを見つめる。   「バルフレア?」 「おら」   掌が、ひらひらと振られる。 分からないまま、バッシュは自分の掌を重ねた。   「あー?」   ひんやりとした、それ。   「まったく…あんたは、犬かよ。馬ぁ〜鹿」   ピチャンと音を立てて、バッシュの手を払う。   「違ったか?」 「あんたが、行き先を見つけるまで、シュトラールに乗せてやる。それの駄賃」   バッシュは、耳に入ってきた言葉が理解できずに、呆然と彼を見返す。   「おーい、聞こえてるのか?」   バッシュの目の前で、バルフレアの手のひらが、ひらひらと動く。   「バッシュ」 「バル、フレア…?」   その様子に、ため息が漏れた。   「どうせ、あんたの事だから、何にも持ってないんだよな……、しゃぁない、大サービスだ。神都に着くまでに、いいもん拾えよ」   バッシュの顔に、笑みが広がる。   「ありがとう、バルフレア」   バルフレアは、背を向けた。   「レアもんが、希望だ」 「あぁ」   バッシュから見えないバルフレアの顔は、苦々しい表情を浮かべていた。                  ◆◇◆                 バルフレアの予想通り、クリスタルの周りに仲間が待っていた。 子供達は、歓声をあげ二人に駆け寄り、アーシェは、安心したように笑い、フランは、いつもと変わらない笑みで右手をあげた。 それも、もう数時間前。 迎えた仲間は、二人の体力を考え、明日出立する事にする。 クリスタルの周辺に、丸くなって寝ている仲間達の影。 そこから離れた場所でバルフレアは、一人壁に寄りかかり自分の掌を見つめていた。 考えるのは、バッシュへの苛立ち。   (同情か?)   あまりにも似合わない未来を言うものだから、つい手を貸すような事を言ってしまった。 彼の言葉は、自分に合わせて言ってみただけのものだと、分かっていたにも関わらずだ。   (あの冷たい掌)   あんな体になってまでも、国を思い、笑みを絶やさない。その姿が嫌だった。 原因は分かっていた。だが、それが、なぜ嫌だと感じるのかが分からない。   (ま、どうせ、そんなに長くはない。簡単に道は別れるさ)   自分の感情を無視するのは、慣れていた。彼が、己の掟に厳しいのと同じ、自分は、自分の掟に従順なだけだ。己が全てに対して自由である事。その一つだけ。   たとえ、それが逃げる事であっても。 バルフレアは、静かに瞳を閉じ、眠りの気配に身を委ねた。  

 

08.01.20 砂海