山車人形「石橋」は「獅子口(ししぐち)」と呼ばれる獅子の面(おもて)を付け、衣装は、朱赤色の下地に金糸で龍と亀甲模様(きっこうもよう)が施された小袖と、青地に金糸で牡丹模様が施された袴をまとい、その上に金地(きんじ)で亀甲小紋柄(きっこうこもんがら)の肩衣(かたぎぬ)を羽織っています

 能の演目「石橋」で、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の使いの獅子が山一面に咲き乱れる牡丹の花の中で両手を広げ、右足を上げて豪壮な舞をしている姿を表現しています。

 能面「獅子口」とは、口を大きく開き、牙をむき出したいかめしい形相をしており、戦前の麻賀多神社祭礼では神社御神輿が渡御するまでは面を外した姿で、見送る時は面を付けた姿にしたと伝えられています。

 この山車人形は、万延元年(1860)の山王祭りの番附絵に描かれている山王祭廿五番・上槇町(かみまきちょう)、現在の東京都中央区八重洲一丁目が所有していたものと言われています。

 人形衣裳収納箱には「石橋人形装束入 紀元弐千五百三十九年(明治12年)九月十五日」の墨書きがあり明治12年に購入したと思われます。

山車    三層せり出し構造の江戸型山車
山車制作年 不明
山車購入年 明治12年(1879)


山車人形  石橋
人形制作年 不明
人形作者  不明
人形購入年 明治12年(1879


横町の山車は全て着色をしない素地でできていて、能の演目「石橋」で文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の使いの獅子を題材に、「獅子」と「牡丹の花」で統一されています。
 人形をせり出す構造は、上段をせり出す時に利用した四隅の親柱とは別に、内向きに溝が入った「コ」の字型の親柱が依代空間の前後2箇所に立ち、親柱の内側をH型の枠が上下します。

このH型の枠は構造上、下段上部までしか上げられないため枠の中央部分には、人形を支えている柱が通っており、その柱自体も上下して人形をせり出します。

 櫓行灯のさらにその外側には囃子台欄間と同様の欄間を取り付けるための柱があり、その欄間をささえる平桁(ひらげた)には櫓行灯が上がった時に依代空間を覆うため下段幕が取り付けられています。
三層せり出しの構造

 囃子台後方の依代空間の四隅に立てた親柱の外側を櫓行灯(やぐらあんどん)が上下し、三味線胴と上段四方幕をせり出します。

 下段は、逆蓮(さかばす)をつけた櫛形の腰板とその上に擬宝珠勾欄(ぎぼしこうらん)が取り付けられていて、そこにも「牡丹の透かし彫り」が彫られていて、人形と山車が能の演目「石橋」の物語にそって制作されていることがわかります。

 山車の下廻りである井桁台(せいごだい)部分は斗(ときょう)を組み、側面の板には蟇股(かえるまた)も取り付けられており、寺社建築のような構成になっています。

 上段四方幕は紺の縦縞模様の上に「波に牡丹」の刺繍があり、下段幕は緋羅紗地(ひらしゃじ・赤い生地)に「波に千鳥」の金刺繍が、囃子台の後幕には巴紋の刺繍が施されています。囃子台の水引幕には横町を示す「一番」の刺繍がされています。
横町(よこまち) 石橋(しゃっきょう)人形山車
依代空間下部の「おだまき」
依代空間四隅の親柱(下丸)の外側に櫓行灯(上丸)が設置されている
奥 中段欄間「牡丹」 手前 お囃子台欄間「獅子と牡丹」
横町「石橋人形山車」
下段腰板「牡丹」及び井桁台
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 三味線胴には大柄な「牡丹の透かし彫り」が、中段欄間及びお囃子台欄間には「獅子と牡丹の透かし彫り」が施されています。

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 山車人形
  山 車

 いずれも滑車と縄を利用してせり出す構造になっていますが、縄を巻きとる「おだまき」は、依代空間下部に組み込まれており、中央にある穴に棒を差し込み回転させて縄を巻き上げ、櫓行灯や人形枠をせり出すようになっています。
「コ」の字型の親柱(下丸) 「H」型の人形台(上丸)

櫓行灯の外側に組まれた中段欄間を取り付ける柱
三味線胴「牡丹」 上段四方幕「波に牡丹」
山車人形「石橋」