「男しか出て来ない1幕で終わるハムレット」

崎田和香子


〈登場人物〉
ハムレット:デンマークの王子
ハムレットの父:先代のデンマーク王の亡霊
クローディアス:デンマーク王 ハムレットの叔父
ポローニアス:クローディアスの部下 大臣
レイアーティーズ:ポローニアスの息子
フォーティンブラス:ノルウェーの王子
隊長:フォーティンブラスの部下
役者:ハムレットが連れて来た旅芸人
2人の家来:王家に使える家来たち

(幕が開くと舞台上は暗く、ピンスポットで照らされた中央にハムレットの父が立っている。舞台奥に壇)
ハムレットの父「私はデンマーク王の亡霊だ。ノルウェーから領地をぶんどって浮かれていたら、弟のクローディアスに殺されてしまったのだ」
(舞台全体が明るくなり、ハムレットの父、舞台奥へ移動する。クローディアス、上手より書類を手に登場)
クローディアス「兄を殺してまんまとデンマークの王になれたぞ。(書類に目を落とす)しかしノルウェーのフォーティンブラス王子が領地を取り返そうと兵を集めているという情報、これはストップをかけねば。
(クローディアス、上手へと退場。ハムレットの父、舞台奥からまた前方へ出てくる)
ハムレットの父「おのれクローディアスのやつめ、許せん。息子よ。ハムレットよ。私の仇(かたき)を討ってくれ。(下手に向かって呼びかける)ハムレット!」
(ハムレット、下手より登場)
ハムレット「誰かが私の名を呼んでいる。(亡霊を見て驚いて)父上! 亡くなられたのでは?」
ハムレットの父「そうだ。クローディアスによって毒殺されたのだ」
ハムレット「叔父上に?」
ハムレットの父「寝ている耳の穴に蛇の毒を垂らし込まれたのだ。ハムレットよ、私の仇を討ってくれ」
ハムレット「父上の仇を?」
ハムレットの父「そうだ。だが、ああ、もう夜が明ける。私は去らねばならない」
(ハムレットの父、上手へと退場)
ハムレット「あれは父上の亡霊だったのか? 私は夢でも見たのだろうか? 叔父上が父上を殺しただと? だが何の証拠もない。どうすれば良いのだ。(何かを思いついたように)そうだ!」
(ハムレット、下手へと走って退場。クローディアス、上手より上機嫌で登場)
クローディアス「ノルウェーのフォーティンブラス王子を止めるのに成功したぞ。やつめ、ポーランドを攻めると偽って兵を集めていたらしい」
(ハムレット、役者と共に下手より登場)
ハムレット「おめでとうございます、叔父上。わたくし、面白い旅役者を見つけて参りました。お祝いに芝居をお目にかけましょう」
クローディアス「芝居とな? それは面白そうだ」
ハムレット「では。(クローディアスに一礼してから、役者に向かって)王様に、打ち合わせ通りの芝居をやって見せろ」
役者「(紙の王冠を手に舞台中央に進み出て)俺は王様の弟だ、兄貴に一服盛ってやり、ホレ、王冠を手に入れた」
クローディアス「(激しく動揺して、ハムレットに)これはいったい何の芝居だ?」
ハムレット「イタリアの有名な芝居です。いまどこでも大人気で」
役者「寝ている兄貴の耳の穴、蛇の毒を垂らし込み、この王冠は俺のもの」
クローディアス「不愉快な芝居だ。(役者に)とっとと出ていけ!」
(役者、あわてて走って下手へと退場)
ハムレット「おい、代金をまだ渡していないぞ」
(ハムレット、役者を追って下手へ退場)
クローディアス「いったいあの芝居は何だったんだ? ハムレットは私を疑っているのか?(下手に向かって)ポローニアス、大臣はおらぬか!」
(ポローニアス、畳んだ大きな布を持って下手から登場)
ポローニアス「王様、お呼びでしょうか?」
クローディアス「ハムレット王子が不穏な行動をとっている。様子を見張るように」
ポローニアス「承知いたしました」
クローディアス「(独白)まさかハムレットに私のしたことがバレているはずはないが(言いながら上手へと退場)」
(ポローニアス、布を広げて忍者の要領でその後ろに隠れる。ハムレットが下手から登場)
ハムレット「芝居を見た叔父上のあの慌てよう。やはり父上の亡霊が言ったことは正しかったのか?」
(布に隠れたポローニアスの気配に気づいて)
ハムレット「誰かに見られている気がする。まさか叔父上? 私まで狙っているのか?(剣を抜き、ポローニアスに近づく)正当防衛! (布ごとポローニアスを斬る)」
ポローニアス「うわー!(よろめきながら何歩か歩くものの倒れる)」
ハムレット「(倒れたポローニアスを見て)これは、ポローニアスではないか! 人違いだったか。でもどうせ叔父上の差し金でこんなところにいたのだろう。まあいいや」
(ハムレット、抜いた剣を持ったまま下手へと退場)
ポローニアス「まあいいや……って(力尽きる)」
(レイヤーティーズ、下手から登場)
レイヤーティーズ「父上の叫び声が聞こえたぞ(倒れているポローニアスを見て駆け寄る)父上、誰がこんなことを! そう言えばさっき血のついた剣を持ったハムレット王子とすれ違ったぞ。何かおかしい気がしたのだが、さては王子が父上を殺したのか。仇を討ちたいが、相手が王子では手が出せない」
(クローディアス、2人の家来を伴って上手より登場)
クローディアス「良い方法があるぞ」
レイヤーティーズ「(驚いて)王様!」
(クローディアス、家来たちに合図する。2人の家来、ポローニアスの死体を上手へと運び去る)
クローディアス「実は私もあの甥には手を焼いておったのだが何しろ兄のひとり息子なので扱いに困っていたのだ。そこでだ。剣の試合をすることにしてはどうだろう? 試合中の事故で死んだことにしてしまえば問題がない」
レイヤーティーズ「名案ですがハムレット王子は剣の達人です。私の方が逆に殺されてしまうのでは?」
クローディアス「なに大丈夫だ。剣の先に蛇の猛毒を塗っておけばよい。そうすればチョンと突つくだけで毒がまわり、ハムレット王子は死んでしまうだろう」
レイヤーティーズ「チョン、ですか」
クローディアス「そうだ。チョン、だ」
レイヤーティーズ「チョン、と」
クローディアス「チョン、で」
(クローディアスとレイヤーティーズ、話しながら上手へ退場)
(ハムレット、2人と入れ違いに下手より登場)
ハムレット「よく考えたら、手下のポローニアスは倒したが、肝心のクローディアスはそのままだ。父の仇撃ちも満足に出来ないでは、私は王子として失格ではないか! ああ、To be or not to be that is the question!(苦悩のあまり、頭を抱えてうずくまる)」
(上手から、フォーティンブラスが登場。その後を追うように隊長が登場。隊長は車輪のついた大砲を引っ張っている)
隊長「王子、少し待って下さい。こっちは重たい大砲を引きずっているんですから。ノルウェーからの船旅で、ただでさえ疲れているのに」
フォーティンブラス「(振り返って足を止め)ポーランドを攻めると偽ってデンマークから領地を取り返す作戦がバレてしまった」
隊長「仕方がありません。もう行きがかり上、本当にポーランドを攻めるしかありません。攻めて領地をちょっとだけ取りましょう」
フォーティンブラス「『ちょっと』って言ってもなあ……」
隊長「大丈夫です。あの土地はポーランドも実はいらないと言っていて、なんなら引き取ってくれるならば引き取り料を払いたいぐらいだと言っている場所ですから」
フォーティンブラス「だったら普通に貰っちゃえばいいではないか」
隊長「そこはそれ、王子ですから、雄々しく命懸けで戦ってぶんどって来た体(てい)で」
フォーティンブラス「体かあ」
隊長「王子ですから」
フォーティンブラス「ところで港に着いたのはいいが、ここはどこだっけ?」
隊長「デンマークですよ」
フォーティンブラス「デンマーク?」
隊長「ノルウェーからポーランドへ行くには、ここを通るのが近道なのです」
フォーティンブラス「勝手に通っていいの?」
隊長「いや、ちゃんと話はついているはずです」
(ハムレット、2人に気づいて顔を上げる)
ハムレット「あなた方は?」
隊長「『あなた方は?』と聞くあなたはいったいどこのどちらかな?」
ハムレット「これは失礼しました。私はデンマークのハムレット王子」
フォーティンブラス「私はノルウェーのフォーティンブラス王子です。ポーランド軍と戦うため、デンマーク王との約に従い、ただいま当領地を通過するところです」
ハムレット「ポーランド軍と戦うため?」
フォーティンブラス「そうです。雄々しく戦うためです」
隊長「命懸けで戦うのです」
フォーティンブラス「王子なので」
ハムレット「(感服して)なんと立派な」
フォーティンブラス「王子ですから」
ハムレット「雄々しく命懸けで戦場に赴くフォーティンブラス王子よ。どうぞお通りください」
フォーティンブラス「では有り難く」
隊長「帰り道もよろしく」
(フォーティンブラスと隊長、下手へと退場)
ハムレット「フォーティンブラス王子、なんと立派な方だろう。あれこそやがて王位を継ぐにふさわしい王子の中の王子」
(上手からレイヤーティーズが現れるが、ハムレットは気づかない)
ハムレット「それに引き換えこの私は、親の仇も討てずにいる」
レイヤーティーズ「親の仇討ちとは興味深い話」
ハムレット「(驚いて振り返り)誰だ?」
レイヤーティーズ「(大袈裟に頭を下げ)ご存知ないとはいささか驚愕」
(クローディアスが上手から現れる)
レイヤーティーズ「つい最近、何者かに殺されたポローニアスの息子、レイヤーティーズにございます」
ハムレット「(しらばっくれて)それは気の毒に」
クローディアス「気の毒であろう? ハムレットよ」
ハムレット「(なぜクローディアスが現れたのか分からず、困惑しながら)これは叔父上」
クローディアス「では、愛しい我が甥ハムレットよ。この気の毒なレイヤーティーズの願いを聞いてやってはくれまいか?」
ハムレット「願い?」
クローディアス「レイヤーティーズは、お前と剣の試合がしたいのだ」
ハムレット「試合?」
クローディアス「審判は私が勤めよう」
レイヤーティーズ「(剣を抜きながら)試合をいたしましょう、ハムレット王子」
ハムレット「尋常な試合なら受けて立たぬでもないが(剣を抜く)」
クローディアス「聞いたかレイヤーティーズ、ハムレットも受けて立つと言っている。(言いながらレイヤーティーズに近づいて小声で)良いか、チョン、だぞ。チョン」
レイヤーティーズ「(クローディアスに頷いてからハムレットを睨みつけ)では尋常な試合を致しましょう」
クローディアス「さあ、合図をしたら試合開始だ。よいな?(言いながらレイヤーティーズに目で合図を送る)」
レイヤーティーズ「(いきなりハムレットの腕を刺し)チョン!」
クローディアス「試合開始!」
ハムレット「(激昂して剣を投げ捨て、レイヤーティーズにつかみかかる)お前、合図の前に刺しただろう!(レイアーティーズの剣をもぎ取って)お返しだ。それチョン!(レイアーティーズの腕を剣の先で軽く突つく)」
レイヤーティーズ「(パニックになって)うわあ! 毒だ! 蛇の猛毒を塗った剣で刺されてしまった!」
ハムレット「なに、蛇の毒だと?(クローディアスを見る)」
(クローディアス、逃げようとするがハムレットに飛びかかられ、押さえつけられる)
クローディアス「待て! ちょっと待て! 毒を塗った剣で私の体を刺すな!」
ハムレット「やはりお前の企みか! 我が父を殺し、ポローニアスを操り、その息子のレイヤーティーズまでも手駒のように使って私を殺す計画だったのだな!」
レイヤーティーズ「なにその話、聞いてないんだけど。あ、ダメだ。毒が……(倒れる)」
ハムレット「全部お前が悪い!(クローディアスを刺す)」
クローディアス「刺すなと言っているのに……(息絶える)」
ハムレット「父上、仇は討ちました(言いながら舞台中央にヨロヨロと歩いていき、倒れる)」
(フォーティンブラスと隊長、下手より登場。隊長は先ほどと同じ大砲を引っ張っている)
フォーティンブラス「ポーランド王が話の分かる人で良かったねえ」
隊長「まあ向こうもいらない土地ですから、引き取って貰えて却って有り難かったんじゃないですか? それにしてもこの大砲、重たい思いをして運んで行ったのに、結局1度も使う機会がなかったですね」
(フォーティンブラス、倒れている3人に気が付く)
フォーティンブラス「これはいったい何事だ?(ハムレットに駆け寄って抱き起こす)ハムレット王子!」
ハムレット「(目を開け)ああ、あなたは雄々しく立派なフォーティンブラス王子。ご覧の通り、我が王家はたったいま滅亡しました」
フォーティンブラス「え?」
ハムレット「ついては、雄々しく立派なフォーティンブラス王子よ。私に代わってあなたにこの国、デンマークを治めて欲しいのです」
フォーティンブラス「はい? えーと、あの……私が返して欲しいのは、そちらの国がうちから持って行った、あのちょこっとの領地だけだったんですが」
隊長「(フォーティンブラスにささやく)王子、くれるというものは遠慮なく貰ってしまいましょう」
フォーティンブラス「そ、そうか?(ハムレットに)ハムレット王子、なんと立派な方だろう。あなたこそ時が来れば世に並びなき素晴らしい王となられたはず。(立ち上がって)だが、心は悲しみに沈みながらも運命の贈り物は受けるとしよう」
隊長「新しいデンマーク王よ、王として最初のご命令を」
フォーティンブラス「えっ?(と、一瞬とまどってから隊長が引いて来た大砲に気づいて)では、この素晴らしいハムレット王子のご逝去を世に知らしめるため、礼砲を撃て!」
隊長「はっ!(フォーティンブラスに1礼してから大砲を撃つ)」
(砲声をきっかけに舞台が暗くなっていき、葬送行進曲が流れ始める、直立したままその音に耳を傾けるフォーティンブラスと隊長にピンスポット。背後では2人の家来たちが舞台奥から中央に白い壇を運んで来る)
(フォーティンブラスと隊長、家来たちに手伝わせてハムレットの遺体を壇の上におく)
フォーティンブラス「(隊長に)さあ帰って、このことをノルウェー王に伝えなくては」
(2人が退場し、残されたハムレットの死体にピンスポット。葬送行進曲の音が高まり、幕が降りる)

目次へ