西宮の風景
       関連リンク  「ヨットハーバー・イルミネーション」
    
今津灯台
 1973年のピンボールは、村上春樹の初期の頃の作品である。ここに出てくる灯台が今津灯台であるとは書かれていないが、灯台から見えるヨットハーバー、酒造会社の古い倉庫などの情景から、この灯台が村上春樹が少年時代に見た今津灯台であることわかる。

(1973年のピンボール)
 やっと灯台にたどりつくと・・・・その背後には青黒い山並みが空に向けてくっきりと立ち並んでいる。右手には内側に向かって湾曲した海岸線に沿って、静かな住宅街やヨットハーバー、酒造会社の古い倉庫が続き、それが一区切りついたあたりからは工業地帯の球形のタンクや高い煙突が並び、その白い煙がぼんやりと空を被っていた。そしてそれが十歳の鼠にとっての世界の果てでもあった。
    
今津灯台の夕暮れ
     
酒蔵 
 今津灯台の北西から北にかけて、また、村上春樹が住んでいた家から、東の方角に酒蔵通りがあり、清酒灘の生一本で有名な灘五郷のうちの西宮郷と今津郷に、江戸時代から続く酒蔵が軒を並べている。

(1973年のピンボール)
・・・酒造会社の古い倉庫が続き・・・
    
    
宮水発祥の碑 宮水井戸
     
甲山
        関連リンク 「晩秋の神呪寺・甲山森林公園」
   
 六甲山系の東端にある標高309メートルの甲山の名前の由来は、甲を伏せたような形をしているからとか、神功皇后が兜を埋めたからとか諸説があるが、この山は西宮のほとんどの場所から望まれ、西宮のシンボルとも言われている。海辺のカフカの図書館の名前は、”甲村”図書館であるが、この”甲”は甲山の甲であるとは言えないだろうか?
 また、海辺のカフカの前半の部分で、お椀山という山が出てくるが、甲山は、椀を伏せたような形をしており、お椀山と言ってもいい形をしている。
(海辺のカフカ)
 それは私たちがよく遠足に出かける山でした。お椀を伏せたような丸い形をしておりまして、私たちは普通「お椀山」と呼んでいました。
    
西宮沖から 夙川河口付近から
           
市街地から 火垂るの墓の舞台 ニテコ池から
    
鷲林寺から 夙川中流から
    
甲山森林公園から 関西学院大学と甲山
    
小さな川(堀切川)
 歩いていても、気づかない内に、さりげなく西宮市から芦屋市に入ることになる。それは特別な大富豪が住んでいる街へ入ったという感じではなく、市の境界にある川も実にさりげないものである。中学時代、西宮市内に住みながら、芦屋の学校へ通っていた村上春樹は、夙川と堀切川の二つの川をを渡って学校へ通っていた。

(辺境・近境)
 小さな川を越えて芦屋市に入る。かつて通っていた中学校の前を通り過ぎ、かつて住んでいた家の前を通り、阪神芦屋駅まで歩く。
   


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