ハンナ講座 やさしい社会問題 

第16回(2021年2月13日)まとめ

 

「格差の問題から今の社会や人間のあり方について考える」

 

前回に引き続き、今回も、新聞記事などの資料を持ち寄り、今の社会や人間のあり方について、学習・意見交換を行いました。

 

●Mさん

1月21日に行われたアメリカのバイデン大統領の就任演説の記事の抜粋を紹介。バイデン氏が何を目指しているのか、何を国民に伝えたいのかが良くわかる、格調高い素晴らしい演説だったと思う。アメリカの現在の状況は、日本と比べても非常に厳しく、分断や憎しみが社会に蔓延している中で、このような国民統合のメッセージをしっかりと伝えられるのはリーダーとしての役割をしっかり果たしているように思う。原稿もまったく見ないでしっかりと前を向いて国民に真摯に訴えかける姿は、どこかの国の首相に見習ってほしいものだと思う。演説の中で特に印象に残った「共通の敵は怒り、憎しみ、暴力、疫病」「言葉以上のものが必要、結束、結束なのです」「事実ねじ曲げる文化、拒まなければならない」という題名の3つの記事の一部を読む。

 

●Uさん

バイデンさんの演説を聞いて思うのは、政治家は言葉が大事だと思う。日本の政治家は言葉が軽い。今回の(五輪・パラリンピック組織委の)森さんの発言をみても、本当に言葉が軽いと思う。言ったことをすぐに撤回して謝罪したりする。言葉の重みというものをもっと自覚してほしいと思う。

 

●SIさん

バイデンさんの言葉には重みがある。演説の言葉と実際の人事が一致している。「今日、米国の歴史で初の女性としてカマラ・ハリス氏が副大統領に就任します。状況が変わらないとは言わせません」という言葉が、実際の人事に表れている。ハリスさんだけでなく、多くの女性や黒人など多様な人たちが政府閣僚になっている。それに比べ、今回の森さんの発言は、女性の活躍する社会、多様な人が活躍するような社会のことを全く理解していないもので、情けなく腹立たしい思いがする。

 

●SEさん

日本の社会というのは、女性人材が育つような土壌が弱いのではないかと思う。私は学校という職場で働いてきて、男女の格差などを強く感じることはあまりなかった。民間の会社のことは良くわからないが、そういう点は違うのかなと思う。

 

●Uさん

森さんの釈明会見の発言の中で、「女性はわきまえてる人が多い」というものがあったが、それは、言いたいことも言えず、仕方なくわきまえるようになる雰囲気があるのかなと思う。職場でも同じような雰囲気があるように思う。自分は今はけっこう言いたいことを言ってるように思うが、以前は違った。女性が言いたいことも言えない雰囲気があり、言いたいことを控えてしまうこともあった。社会問題に関することとかも、話題にすると周りにどう思われるかなどと考えて、職場ではあまり話題にしたくない雰囲気がある。女性が発言すると「女のくせに」とか「女はなあ、、」とかと言われる。個人としてみてもらえず、女性ということでしかみられない。職場では、セクハラやパワハラなどの研修も、10年くらい前からやっているが、周囲の状況はあまり変わってないように感じる。

 

●SIさん

自民党の話だが、国会議員に立候補するのに、女性は順番待ちになっていると聞いたことがある。能力ではなく、ただ、(女性枠の)椅子が空いているかどうかだけで国会議員になれるか決まるという理不尽なことが現実にある。

 

●SEさん

今回の森さんの発言は海外からも注目され、日本のジェンダーギャップ指数の低さが改めて海外にも明らかになった。そういう点では、森さんの発言は、女性問題を考える上で(逆説的に)効果があった?

 

●Uさん

カナダの女性のIOC委員が、この夏、東京で森さんを問いただすとツイッターで発言していた。このIOC委員は、バッハ会長にもはっきり言いたいことを言う人だそうで、この人の発言でIOCの方向性(森さんの擁護から批判へ)が変わったようだ。

 

●SEさん

今回のこともそうだが、日本は、昔から、いろんなことが外圧で変わってきた歴史があるように思う。

 

●SIさん

自分たちの身近なところから変えていかないといけないと思う。うちの町内会で、会合の時、男女半分に分かれて座って、で、お茶の準備はいつも女性がする。お茶の準備は女性がするのが当たり前みたいな雰囲気で、私も慣れてしまってるが、考えるとおかしなことで、男女関係なくするのが当たり前だというふうに変えていかないといけないと思う。

 

●Fさん

私も、そこが一番大事なところだと思う。身の回りの小さなことの積み重ねが、(男女格差という)この状況を作っていると思う。

 

●Uさん

女性が、イヤだと言わないと、それが当たり前だと思われてしまう。男性も、それが当たり前だと思ってしまっている。そういう、日常の身近なところから変えていかないと、男女の不平等な状況は変わらないと思う。

 

●SIさん

女性支援NPO「ジェンダーアクションプラットホーム」の理事を務める大崎麻子さんのインタビュー記事「米副大統領にハリス氏指名の背景 女性の人材育つ土壌に」を読む。以下、要約。

「『私は初めての女性副大統領になるかもしれませんが、最後ではありません。なぜなら、今夜、これを見ているすべての小さな女の子たちが、この国は可能性のある国であると分かったからです』

トランプ政権下での女性蔑視の風潮の中、女性たちが改めて草の根の政治活動に動きだした。差別的な発言に抗議するため、数百人規模の女性の行進などが起こり、あらゆる公職選挙に女性候補を擁立する動きも高まった。権利を守り、性差別を解消するには、自分たちがちゃんと政治に参加しないといけない。この思いが実際の運動になった。そして、その成果が大統領選と一緒に行われた連邦議会選挙での女性の躍進、さらにハリス氏を副大統領にすることにつながったと言える。ハリス氏の輝きの背景には、政治を我がことと思う大勢の女性たちの意識の変化があった。

ひるがえって日本の現状はどうか。上場企業の女性役員がわずか6.2%という状況の中、政府は20年までに指導的地位にある女性の割合を30%にするという目標を先送りした。安倍前政権は女性活躍の旗を振ったが実態が伴わない。『ジェンダー平等の視点が欠けている。家事・育児・介護などのケアワークは女性がやるものという意識を放置し、温存したままであることが問題なのです。本来は男女がともにケアワークの責任を分かち合える仕組みを作るべきなのに、政治の世界でも、企業の中でも、女性が家庭と仕事を両立できるようにと言ってきた。それは女性が両方やるべきだということで、女性活躍とは言えない』と大崎さんは言う。

カナダのトルドー政権は閣僚を男女同数にする取り組みをおこなったが、大崎さんが聞き取り調査をした政府やNGO関係者の女性たちは「自分たちは準備ができていた。すでに自分たちは長い時間をかけて女性の政治リーダーや専門家を育ててきた」と言う。アメリカでも、実力と経験を伴った女性たちのプールがあり、そこから適任者を選ぶ状況になっている。日本でも女性幹部が増えては来ているが、単に数合わせで登用されているケースも多く、その点がカナダやアメリカとの大きな違いだ。

『重要なのは、人を育てること。特に将来を担う若い女性たちに有権者として必要な力を身に着けてもらうこと。女性たちが日々政治を意識し、自分たちの代表者はだれであるべきかを判断して政策決定の場に送り込み、ちゃんと応援もする。そうしてこそ、女性が暮らしやすく働きやすい環境が作れる。まずは政策の中にジェンダー平等の視点を取り込むことだ。政府の責任は重いし、女性一人ひとりが一歩踏み出すことも欠かせない』と大崎さんは強調した」

あと、「コロナ禍が映す雇用格差:女性が働ける強い社会へ」という新聞記事の紹介もありましたが、「読んでおいてほしい」ということでしたので、ここでは割愛します。

 

●SIさん

京都大学こころの未来研究センター教授で、以前SEさんが紹介した「人口減少社会のデザイン」の著者である広井良典さんの新聞記事を読む。以下、要約。

「現在の日本の高齢化率(人口全体に占める65歳以上の高齢者の割合)は28.7%で世界一。この超高齢化は人類史の中でも初めての経験であり、日本はその先頭を歩んでいる。そこで、「老い」ということについて新たな発想が必要になる。ある米国の精神科医は、高齢期は人生の中で極めて創造的な時期であると言う。彼は、脳科学研究の知見なども踏まえて「創造性には年齢の制限がないばかりか、後半生になってから最大限に発揮されることも多い」と言う。高齢化をマイナスではなくポジティブにとらえることは重要だ。広井さんによると、人間の一生は子どもの時期と高齢期が長いことに特徴があり、生産や効率性とは縁が薄いように思える子どもと高齢の時期にこそ、実は人間の創造性の源がある。

一方、高齢化率が高いのは少子化が原因で、それは若い世代の未婚化や晩婚化が影響している。そして、その背景には若い世代に対する雇用の不安定化や公的支援の手薄さがある。従って、超高齢化社会のポジティブな面に目を向けて発想の転換を行いつつ、支援や負担の「世代間の配分」の在り方を議論していくことが日本の未来にとって重要ではないかと広井さんは言う」

 

●SEさん

確かに、日本は、若い世代への支援や保障が少ないと思う。学校の35人学級というのも最近やっと言い出したが、遅いと思う。

 

●Fさん

コロナ禍の中で、お金に困っている大学生の話を聞いてびっくりした。再利用食料の配給場所に行って食料をもらっている大学生もいるとのことで、食料もないほどの深刻な状況になっている。こういう状況を考えると、本当に、若い人への支援や投資が少ないと思う。高齢化率が高いから、政治家も、高齢者の方にばかり目が向いて、若い人のほうに目を向けていない。若い人の状況が良くわかっていないと思う。

広井さんの記事で共感したのは、年がいくと創造性が増すということ。この前、ハンナで福知山城に行った時、(特設ミュージアムの一画で)日本画の展示があって、作家の作品を年齢で追って観ていった時、晩年の作品が一番良いと思った。高齢で創造性が増すのを実感した。それに反して、政治家はクリエイティブではないと思う。政治家も、もっと良い社会を作ろうという創造性があるといいと思うのだが、、、。

 

●SEさん

大阪市立大学大学院経済学研究科准教授で、現在ベストセラーになっている「人新世の『資本論』」の著者である斉藤浩平さんの新聞記事を紹介。以下、要約。

「暮らしを脅かす気候変動や経済格差などの問題を解決するには、資本主義という経済システムを見直し、新しい経済の在り方を模索する必要がある。そして、その鍵はマルクスの「資本論」にある。

スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんは「大人は無限の経済成長というおとぎ話を繰り返してきた。今のシステムでは、解決できないならシステム自体を変えるべきだ」と言う。グレタさんの発言は経済成長が目的の資本主義のもとでは気候変動の問題に対処できないというメッセージだ。

インターネットなどの情報技術が発展し、政治や社会の仕組みを変えずに技術や市場メカニズムで解決できるという信仰で崖っぷちまで来てしまった。見落とされてきたのは、気候変動は正義の問題である点だ。温室効果ガスは先進国の高所得層が多く排出しているのに、異常気象の影響を受けているのは発展途上国の貧困層だ。日本でも気候変動をめぐる不平等の構図=不正義は見られる。

行き過ぎた資本主義を人間と環境を破壊しない形に変えることが必要だ。今のシステムではだめだという危機感は若者たちに広がっている。新自由主義の考えのもとで、構造改革や競争、経済成長を追い求めた結果、非正規雇用が増え、低賃金や長時間労働が蔓延している。成長すれば社会全体が潤い、誰もが豊かさを享受できるという論理がでたらめだったことは日本社会の現実が物語っている。

米国の哲学者マイケル・ハートは、マルクスを参照しながら、根源的な私たちの共有財産という意味で「コモン」という概念を提唱している。水やエネルギーなど、利益を生み出す元手としての地球=環境も本来はコモンだ。しかし、資本主義下では一部の人がこれを囲い込み、管理し、多くの人は商品として購入しない限り手に入れられなくなる。資本主義は、希少性を人工的に作り出し、人々をたえざる労働と消費にかりたてるシステムだ。

マルクスの資本論の本質は、人間と自然環境の強い結びつきにあることが、最近の研究でわかってきた。マルクスは人間の生活の本質は「自然とのたえざる物質代謝」にあると考えていた。しかし、資本主義では、この人間と自然の関わり合いがゆがめられ、両者の破壊が起こる。したがって、資本主義の問題の解決に欠かせない人間と自然の両者を包括する「ポスト資本主義」の構想が必要だ。グリーンニューディールがその萌芽で、公共事業で再生可能エネルギーへの転換を後押しして新たな雇用を生み出したり、生活に欠かせない公共交通機関などは気候変動対策の観点から公有化・無償化していくなどの政策が行われつつある。ただ、それが成長を目的とするものになってはだめで、経済成長を一義的な目的にしない社会を作るための手段でなければいけない。日本では、欧米のような、社会のありようを根底から変えようという議論はまだ広がってないが、日本では選挙を通じてしか社会は変えられないという政治主義が根付いているからかもしれない。しかし、社会運動によって政治や経済を変えることも民主主義だ。欧米で、下からの突き上げで社会を変える土壌が育ってきていることは、人々がコモンを資本の手から取り戻す一歩になると思われる。社会の問題は、身の回りの人間関係や自らの意識の問題としてではなく、もっと構造的に考える必要があると、私はマルクスから学んだ」

 

●SIさん

このインタビュー記事は、斉藤さんの2年前の考えに基づいていて、グリーンニューディールを変革の萌芽として肯定的にとらえているが、現在は、より徹底した脱成長コミュニズムの立場を鮮明にしていると思う。富は増えているのに生活は苦しく、労働環境は厳しく、環境破壊も進んでいる現状に対して、人らしい、ゆとりのある生活と労働を取り返していく政策が必要だと斉藤さんは考えていると思う。

 東京大学教授・本田由紀さんによる「人新世の『資本論』」の書評記事を紹介。次のUさんの「人新世の『資本論』」の紹介と内容的にほぼ重なるので割愛します。

 

●Uさん

今、斉藤さんの「人新世の『資本論』」という本を読んでいる。環境問題を考えるSDGsの取り組みが、実は資本主義の問題を見えなくするアヘンであり、資本の側のアリバイづくりであるというのは、ちょっとショックだった。環境改善のための運動がかえって今の社会の問題を見えにくくし、現状を悪化させているというのは、考えさせられる。「人新世の『資本論』」の「はじめに」を読む。以下、要約。

「温暖化対策としてあなたが行っているエコバックなどの善意の行動は有害だ。なぜか?温暖化対策をしていると思いこむことで、真に必要とされているもっと大事なアクションを起こさなくなってしまうからだ。現実の危機から目を背けることを許す免罪符として機能する消費行動は、資本の側が環境配慮を装って私たちを欺くグリーン・ウオッシュに簡単に取り込まれてしまう。SDGsはアリバイ作りのようなもので、目下の危機から目を背けさせる効果しかなく、現代版のアヘンである。 

人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいため、ノーベル化学賞受賞者のクルッツェンは地質学的に見て地球は新たな年代に突入したと言い、それを「人新世」と名付けた。ビルなどの人工物が地表を埋め尽くし、人類の活動によって大気中の二酸化炭素が飛躍的に増大し、気温上昇で海水面が上がり、人間の存続が危機に直面するのが「人新世」だ。

近代化による経済成長は豊かな生活を約束していたはずなのに、「人新世」の環境危機によって明らかになりつつあるのは、まさにその経済成長が人類の繁栄の基盤を切り崩しつつあるという事実だ。気候変動が急激に進んでも、超富裕層はこれまでの生活を続けられるかもしれないが、私たち庶民はこれまでの暮らしを失い、生き延びる道を必死で探らなければならなくなる。そうした事態を避けるためには、政治家や専門家だけにまかせず、一人ひとりが当事者として立ち上がり行動しなければならない。行動するための正しい方向を突き止めるには、気候危機の原因にまでさかのぼる必要がある。その原因の鍵を握るのが資本主義だ。二酸化炭素の排出量の増加は資本主義の発達と連動しているからだ。

そして、資本について考え抜いた思想家がマルクスだ。本書はマルクスの資本論を参照しながら、人新世における資本と社会と自然の絡み合いを分析し、気候危機の時代に、より良い社会を作り出すための想像力を解放する意図を持って書かれた」

 

今回は、バイデン大統領の演説内容から、男女格差の問題などについての意見交換が活発にされ、そして、環境問題から現在の資本主義社会のありようについての斉藤幸平さんのインタビュー記事や書籍の紹介へと進みました。次回は、環境問題と現在の資本主義社会のありようについて、斉藤幸平さんの著作に基づいた学習と議論をさらに深めるため、Uさんに「人新世の『資本論』」を、SIさんに「NHKテキスト100分de名著:カール・マルクス資本論」のレポートをお願いしました。お二人のレポートをもとに、議論をしていきたいと思います。