ハンナ講座 やさしい社会問題 

第23回(2021年10月23日)まとめ

 

「格差の問題から今の社会や人間のあり方について考える」

 

コロナ感染者がかなり減ってきている中ですが、まだまだ油断はできず、これまで同様、マスクや換気などの感染対策をして行いました。今回は、SIさんによる新聞記事の紹介とMさんによる本の紹介が主でした。

●SIさん

 いくつかの新聞記事を紹介。

<藪中三十二さんの記事>

防衛白書の表紙が、戦に向かおうとする荒々しい騎馬武者の絵で驚いた。日本の基本的な防衛姿勢は専守防衛のはずだが、国際情勢の変化の中で、その理念が大きく変わってきたように思って、平和を希求する者として、危惧を覚える。

<多和田葉子さんのベルリン通信の記事>

社会から仲間はずれにされがちな人たちを受け入れる心をドイツ語で「トレランツ(寛容)」と呼ぶが、この言葉には違和感を覚える。そこからは、「我慢してやっているのだからあまり目につかないように生きていてほしい」という考え方があるように思う。しかし、真に多様性のある社会は、マイノリティが堂々と表に出て活動できる社会であるはずだ。今年もベルリンではLGBTQのプライド・パレード(ドイツではCSDと呼ばれる)が行われたが、リベラルな知人が、LGBTQの人が目立つ行動をすることに反感を覚えると言ったことが忘れられない。マイノリティは目立たたない行動をするべきだという考えは社会の多様性を受け入れない考えであり、真の多様性社会で大切なことは、その多様性が目に見えるということだと思う。

SIさんコメント:ムーレックの野崎朋未さんのドキュメント番組を見て、家庭の目に見えない厳しい状況が、家庭訪問などで目に見えてくることが描かれており、この記事の多様性とは少し違うが、「目に見える存在」であることが、厳しい状況に置かれた人たちやマイノリティの人たちが安心して暮らせる社会を作ることにつながると感じた。

<国際基督教大学入試問題「道徳的想像力を考える」について、河合塾公民科講師・栂明宏さんとアーレント研究家・矢野久美子さんに聞くという記事>

経済や政治における分断と排除が世界各地で深刻になっているなか、深い溝を埋めるために必要な「道徳的想像力」とは何かを問う入試問題を国際基督教大学(ICU)が出題した。道徳的想像力について書かれた資料文は新書20ページ以上もあるもので、受験者が論理的な長い文章を読み通せるかという「読む耐性」を見てるのだと思う。哲学の歴史では、想像力には懐疑的・批判的な見方が大勢で、真理の探究にとって信頼がおけないものとされていた。芸術分野では創造の源泉として積極評価されたものの、想像力は現実から遊離したものであるという従来の理解にとどまっていた。アインシュタインは「想像力は知識よりも重要だ」と言ったが道徳との関係性はわからない。ハンナ・アーレントは、想像力は現実を理解するために必要不可欠だと明言した。現実を知るためには、狭い自分の視点を広げて他者の視点から眺めることが重要で、そうでなければ、ルールとしての道徳は因習の順守にすぎず、同調的行為になる危険性をはらむ。思考を欠如させた同調的行為を体現したのが、命令のままユダヤ人虐殺をおこなったナチスのアイヒマンだった。矢野さんによれば、アーレントは、公共的空間の重要性を唱え、それは他者への想像力によって育まれると考えた。一つの立脚点に固執しない柔軟性があって初めて、共生に向けた対話や論争という自由な思考運動が可能になる。今の日本においても、他者の視点から考えるという、アーレントの道徳的想像力は喫緊の課題であるといえる。

 

新聞記事紹介のあと、2017年のICUの入試問題資料を読む。資料に基づいて、40の問題が設定されている。例えば、「見出しとして最も適しているものは次のうちどれか・・a、哲学の歴史における想像力の位置づけ b、道徳と想像力の異質性 c、道徳的想像力の必要性 d、道徳的想像力の制約」

 

このあと、主にICUの入試問題の新聞記事について簡単に意見交流。

 

●Nさん

(ICUの記事について)入試問題としてはとても難しいと思う。高校生が回答できるのかなと思う。

●Uさん

入試資料はアレントの原本なのかなと思ったけど違うんですね。(SIさん:問題資料は、ICUの先生が作ったものだと思います)作者の考えなどを理解するのは、直接、原本を読むのは大事かなと思う。

●Sさん

こういう問題に解答できる人とそうでない人というのがあると思うし、教育格差というのも出てくるように思うが、、。

●Fさん

前回、Sさんが紹介してくれた本とのギャップがあって、ジェットコースターに乗ってるような気分になった。友人が、入試問題で出た梶井基次郎の文がきっかけで梶井基次郎に傾倒したのを思い出した。同じように、入試問題のアレントに関する文をきっかけにアレントに関心を持つ人があればいいと思う。こういう問題に対処するためには、塾に行ったり、いろいろな本を読んだりするような学習や準備がいる。ICUに行ってる人はどんな人で将来どんな人になるのか。

●Sさん

この問題は、正確に文を読み込む力をためすのが目的で、入試問題で心を動かせるようなことはないと思う。それは大学に入ってからのことだと思うが、、。

 

 

●SIさん  

さらに、3つの新聞記事を紹介。

<先日亡くなった理論物理学者・益川敏英さんの記事>

「科学には哲学が必要で、物事の本質に近づくには議論が欠かせない」益川さんの思想と行動の源流には、古代ギリシャのアゴラでの自由な議論と建設的で開かれた営みへの憧れがあったように思える。

<コラムニスト・P・クルーグマンさんによる経済学の実証研究革命エビデンスが覆した通説の記事>

ノーベル経済学賞受賞者たちの、データ重視の実証研究によって、最低賃金の引きあげ、子どもへの支援、失業支援など、従来、経済の力を削ぐと言われてきた右派的な通説が、実際にはそうではなく、経済を発展させるのに有効だということが明らかとなった。その意味でエビデンスはリベラルな傾向を持っており、左派的な政策を支持するものとなっている。

<広井良典さんの「持続可能党あるいは未来世代党」についての記事>

日本の累積債務は1200兆円をこえており、それは将来世代にツケ回しされている。世代間の公平性と将来世代への責任の観点がなければ、日本社会は若い世代の貧困や生活の不安定さに伴う少子化の一層の進展と人口減少の加速化が進み、未来はない。持続可能な社会についての議論と政策が必要である。

 

●Mさん   

2つの新聞記事を紹介

<「菊池事件」再審を ネット募金>

ハンセン病療養所の隔離特別法廷での裁判を不当として関係者が、クラウドファンディングで活動費を集め、判決の是正を求めて提訴しているという記事。ハンセン病への偏見と差別に基づく、憲法違反の裁判の結果の是正を目指す。

<障がい者との壁 無意識に作っていた>

障がい者と健常者を隔離する教育が、差別や偏見を生み出し、障がい者の生き方を制限し、自由な生き方を妨げている。分ける・隔離すること自体が差別であり、パラリンピックも同じ。自分や社会が「壁」を作っていないか、考え続ける必要がある。

 

このあと、先日、京都ムーレックの野崎朋未さんから紹介のあった、野崎さんがディレクターを務めた、虐待に関するドキュメント番組「もつれた糸〜虐待通告19万件の裏側で〜(BS12・9月17日放送)」についての感想交流を簡単に行う。虐待や児童への社会の支援の在り方、児相・児童養護施設などの抱えている困難な問題(虐待や児童への適切な対応の問題、人手不足の問題など)等について、意見や感想を述べあいました。

 

●Mさん 

「哲学の女王たち もうひとつの思想史入門 レベッカ・バクストン他編 晶文社 2021年」という本を紹介。「女王」という題名や、紹介している20人の女性の哲学者のうち8人がイギリス人という偏りがあるなど、課題もある本だが、これだけの女性の哲学者を一度にかなり詳しく取り上げた本はあまりなかったので、紹介しておきたい。以下、取り上げられた哲学者の簡単な紹介を行う。

ディオティマ(BC5世紀頃)

ギリシアの都市マンティネイアの人。プラトンの「饗宴」に登場。ソクラテスと愛や美の本質について議論し、美のイデアを教えたと言われる。

プラトンの創作上の人物との説もある。

ヒュパティア(4世紀頃)

ローマ帝国領アレキサンドリアの数学者・天文学者・哲学者。広場に出かけて哲学などの講義をし、市民に助言した。キリスト教を批判し、政治・宗教的対立に巻き込まれて惨殺される。

メアリ―・アステル1666~1731

イギリス・ニューカッスル生まれ。女性の自主性と意識改革を訴え、女性のための教育施設や女性だけのコミュニティ創設を目指した。イギリス最初のフェミニストとも言われる。


 昭(1世紀頃)

中国・後漢の咸陽の歴史家の家系に生まれる。兄・班固のあとを継いで「漢書」の完成に貢献。著書「女誡」で女性としての心得や知恵・処世術を説いた。


ララ(1320~1392

インド・カシミールの人。カーストや宗教教義や性別にかかわらず誰もが得られる精神的自由を追求。タントラヨガを実践し、バクティの詩人として、神への愛を謡った詩を多く書いた。

メアリ・ウルストンクラフト1759~1797

イギリス・ロンドン生まれ。家父長的家庭制度を批判し、女性の権利の擁護を唱える。男女平等教育などにも取り組みフェミニズム運動の先駆となる。フランス革命に共感し、自由平等を唱えた。

エーディト・シュタイン1891~1942

ドイツ・ブレスラウのユダヤ人家庭に生まれる。フッサールのもとで現象学の研究をし助手も務めるが、大学教員資格を拒否され修道女となる。1942年、ナチスに検挙され、アウシュビッツで亡くなる。

メアリー・ミッジリー1919~2018

イギリス・ロンドン生まれ。行動的な道徳哲学者。世界の多様性を受け入れ、社会的存在としての人間の相互依存や関係性について研究。時代を先取りした哲学者とも言われる。

アイリス・マードック1919~1999

アイルランド・ダブリン生まれ。オックスフォードで道徳哲学の研究をし、後に小説家として、「善と悪」「善の至高性」「無意識の力」など哲学的テーマの小説を多く書いた。

メアリ―・ウォーノック1924~2019

イギリス・ウインチェスター生まれ。妊娠中絶・安楽死・臨床研究の倫理など、生命倫理の問題を研究。利他的で私心のない市民的善を目指し、共同体主義の立場に立つ。

ハリエット・T・ミル1807~1858

イギリス・ロンドン生まれ。自由思想の影響を受け、女性の権利・教育・ジェンダーなどの問題に取り組む。J・S・ミルと結婚し、「自由論」などの共同執筆者とみなされている。

ジョージ・エリオット1819~1880

イギリス・ウォリックシャー州生まれ。本名はメアリー・アン・エヴァンズ。男性名で小説を書く。「共感」をテーマとし、人間は出会いや関係性によって相互に成長できるとした。

エリザベス・アンスコム1919~2001

アイルランド・リムリック生まれ。ヴィトゲンシュタインの弟子で友人、遺稿管理者。現代における道徳哲学・宗教哲学などの研究に取り組み、「徳倫理学に還れ」と主張した。

ソフィー・ボセデ・オルウォ1935~2018

ナイジェリア・オンド州生まれ。口承伝統・言い伝え・儀式の言葉・神話など伝統的なヨルバ哲学に解釈学的なアプローチで迫り、アフリカ哲学の豊かで緻密な世界を明らかにした。


アニタ・L・アレン
1953~  

アメリカ・ワシントン州生まれ。プライバシー法と生命倫理とプライバシー哲学の専門家。オバマ政権の生命倫理問題研究大統領諮問委員会メンバーとして政策決定に関わる。

アンジェラ・ディヴィス1944~

アメリカ・アラバマ州生まれ。黒人解放運動家。カリフォルニア大学教授となるが、えん罪事件で投獄。裁判闘争を通じて黒人差別の歴史と実態を明らかにし、黒人解放運動の象徴的存在となる。


アイリス・マリオン・ヤン
1949~2006

アメリカ・ニューヨーク生まれ。人と人との社会的関係に注目し、社会の現実に即して考える姿勢を貫き、構造的不正義の是正を目指して草の根の政治活動に参加。


アジザ・イ・アル・ヒブリ
1943~  

レバノン出身のアラブ系アメリカ人。女性とイスラム教との接点を研究する第一人者。イスラム法とジェンダー平等との接点に注目し、21世紀にふさわしいイスラム法の研究を進める。

あと、Mさんから、関連してフェミニズムの観点から、「日本の近代の女性思想家・女性解放運動家(岸田俊子・影山英子・与謝野晶子・平塚らいてう・伊藤野枝・山川菊栄・市川房枝・高群逸枝・丸岡秀子・金子文子)」

と江戸時代の思想家・只野真葛の簡単な紹介がありました。

多様性や他者との関係性の問題、フェミニズムや女性に関する社会問題などは、これまでもこの講座で取り上げてきましたが、大事な問題なので、今後とも、意見交流していければと思います。

 

次回の講座は、11月27日(土)の予定です。