ハンナ講座 やさしい社会問題 

第21回(2021年7月24日)まとめ

 

「格差の問題から今の社会や人間のあり方について考える」

 

コロナの感染が収まらず、多くの人が困難な状況におかれたまま、開催に賛否両論がある中で、オリンピック・パラリンピックが開催されました。格差や社会の様々な問題を考えてきたこの講座としては、こうした状況を受け止めながら、引き続き、現在と未来の社会のあり方を考えていければと思います。

今回は、Mさんによる書籍の紹介を主に、Sさんの北海道旅行などの話も聞いて、交流をしました。

 

●Mさん

 今回紹介する本は、山口周さんの「ビジネスの未来」という本。簡単に要約すれば、物質的貧困を社会からなくすというビジネスの役割は終焉を迎え、社会は低成長の「成熟の明るい高原」に向かって軟着陸つつあり、したがって、今後、我々は、経済成長による「便利で安全で快適に暮らせる社会」だけでなく、「真に豊かで生きるに値すると思える社会」を目指すべきである、という内容。

 今の経済社会の現状と未来への展望という点では、山口氏の主張には参考にするべき点もあるが、限界もある。それは、山口氏が経営コンサルタントなどを行う、経済界に身を置く人だということ。したがって、経済成長一辺倒に凝り固まっている今の経済界の人たちに対して、将来の、より人間性に根差した経済の在り方を提示することに力点が置かれており、その目線は先進国や生活安定層だけに向けられていて、発展途上国や日本の貧困や格差の現状などにはあまり目が向けられていない。そういう点で、貧困や格差の問題などを考えてきた我々には違和感もあるが、今の経済界の成長神話への異議申し立てと物質的貧困が克服されたあとの社会のあり方の模索という点に関しては参考にすべき点もあるので、紹介しておきたい。「はじめに」の文を読む。以下、著者による本文の要約の部分のみ記載。

 

1、私たちの社会は、明るく開けた「高原社会」へと軟着陸しつつある

・私たちの社会は、古代以来、人類が長らく夢に見続けた「物質的不足の解消」という宿題をほぼ実現しつつある。長らく続けた上昇の末に緩やかに成長率を低下させている現在の状況をメタファーとして表現すれば、それは「高原への軟着陸」として言い表せる。

・緩やかに高度を落としつつ、「高原」へとアプローチする現在の状況は、しばしば「低成長」「停滞」「衰退」という言葉で表現されるが、このようなネガティブな表現で現在の状況を形容するのは極めて不適切

・19世紀半ば以降、私たちを苛みつづけた「無限の上昇・拡大・成長」という強迫から解放された社会をどのようにしてより豊かで瑞々しいものにするかを構想し活動することが私たちに残された次の使命。

2、高原社会での課題は、「エコノミーにヒューマニティを回復させる」こと

・さまざまな制度疲労が指摘される資本主義だが、これを全否定して新しいシステムを求めれば「観念の虜」に陥る危険性がある

・むしろ、すでに社会にインストールされている資本主義・市場経済原理の仕組みを「ハックする」ことでこれを乗っ取ることを考えるべき

・その際、経済性原理=エコノミーの中に人間性原理=ヒューマニティを稼働ロジックとして埋め込むこと、社会という集積回路においてプロセッサの役割を果たす個人の演算にヒューマニティをファクターとして組み込むことが必要

3、「実現のカギとなるのが」「人間性に根差した衝動」に基づいた労働と消費

・経済合理性にハックされた思考・行動様式を、「喜怒哀楽に基づく衝動」によってハックし返すことで、経済合理性だけに頼っていては解けない問題の解決、あるいは実現できない構想の実現を図る

・その際、「未来のためにいまを犠牲にする」という手段的=インストルメンタルな思考・行動様式から「永遠に循環する‘いま‘を豊かに瑞々しく生ききる」という自己充足的=コンサマトリーな思考・行動様式への転換が必要

・衝動による経済活動を取り戻すことで、過度の経済合理性の追求ゆえに停滞してしまった社会イノベーションをふたたび活性化する

4、実現のためには教育・福祉・税制等の社会基盤のアップデートが求められる

衝動に根差したコンサマトリーな経済活動を促進するために、誰もが安心して「夢中になれる仕事」を探し、取り組むための補償となるユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)の導入が必須

・物質的産出の量によって経済状況を把握するGDPが無効化しつつある中、高原社会の健全性・豊かさを計量するための複数の指標、ソーシャル・バランス・スコアカードを導入する

・物質的不足を解消して文明化を推し進めるための人材を育てるために構築された現在の教育制度を抜本的に見直し、自分の衝動に気づき、行動し仲間と協働できる人材を育成するための教育制度に刷新する

・上記のUBIや教育施策を実践するための税制度をより高負担・高福祉型に転換し、富のダイナミックな再分配を図る

 

●Uさん

Mさんの説明を聞いたあと「はじめに」を読んだので、そういうことかと理解はできたが、やっぱり、物質的貧困が解消されたというような部分には、非常に違和感を感じる。ベーシック・インカムのことなど言っているので、その点はいいかなとは思うが、、、。

 

●Nさん

社会の現状は、山口氏が言っているような、物質的不足が解消されたような状態ではなく、格差や貧困はなくなっていないし、豊かさとは反対のような現状だと思う。アマゾンの社長が個人的に宇宙船で宇宙に行くとか、コロナ禍の中で、多くの人が困難に直面している中で、違和感を感じる。

 

●Mさん

確かに、アジア・アフリカ・中南米の発展途上国や日本の貧困の現状などを見ると、豊かな高原社会というのは違和感があるが、しかし、経済成長と経済的なパイの拡大だけを唱えている財界や政府与党に対して、そうではなく、人間性に根差した経済と真に生きるに値する社会や生き方が大切だと提示した意味は大きいかと思う。成長しかないという凝り固まった経済界の観念を取り除く役割はあるのかなと思うが、限界もある本なので、紹介するかどうか迷ったが、人間性に根差した経済社会、高度な福祉社会など、将来社会の目指すべき方向性なども示されているので、まあ、参考ということで、、、。

以前、Sさんが紹介してくれた広井良典さんの「人口減少社会のデザイン」なども参考にしているようだが、、、。

 

●Sさん

広井さんは学者だが、この山口さんは経済界の人ということで、だいぶ感覚は違うと思う。今の経済界に対する提言という点では(この本は)意義のあるものではないかと思う。

 

このあと、コロナ禍の中での医療の現状や政府の施策などについて、いろいろと意見交換がされましたが、割愛します。

 

●Mさん

在日コリアンの作家・深沢潮さんのインタビュー記事を紹介。深沢さんは、中学の時差別をされて自殺未遂をしたり、就職差別を受けたり、結婚したあとも周囲からの差別的発言に苦しんだ経験を持つ。不安と恐怖の日常の中でしみついたあきらめや苦しさを乗り越え、自分の体験などを積極的に話し、差別のおかしさを訴えるようになったのは、ヘイトスピーチに抗議して立ち上がった若者の存在があったからだ。自分を抑えて沈黙するほうがつらいことだったと気が付いたという。国会で差別体験を語り、差別を禁止する法律の必要性を訴えた。自分の暮らす社会が誰にとっても暮らしやすい場所になることが最大の願いだ。

 

●Fさん

20年間、路上に暮らす人々への支援をしている稲葉剛さんのサイト記事を紹介。稲葉さんは、路上で人が亡くなるような社会は間違っているという思いから、路上生活者を支援する活動に関わり、声掛けや生活保護申請同行、住宅への入居の支援など、「いのち」「すまい」「けんり」にこだわって、貧困の現場から当事者とともに声をあげていくことで、人間の「生」が肯定される社会を実現していきたいと願っている。

コロナ禍の中で、ネガティブなことを聞くことが多いが、このように、地道に頑張っている人がいることを知ると元気が出る。NHK教育の「こころの時代」という番組で紹介されていたが、ほっこりする内容が多い番組なので、また、その番組も見てもらえたらと思う。

 

●あとは、Sさんの17日間にわたる夫婦ふたりでの、北海道「自作軽トラキャンピングカー」での自由旅行の話を興味深く聞きました。大雨の中での苦闘、知床や旧開拓村、二風谷アイヌコタン再訪など、一般的な観光地ではないところを訪ねる自由な旅のお話はとても魅力的なものでした。

 

 

8月は暑さを避け、夏休みということで、次回は、9月25日の予定です