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アンナプルナ/ジョムソン街道(ネパール)

ネパールヒマラヤのトレッキングエリアのひとつ、アンナプルナ。かつてチベットとインドを結ぶ交易路であり、日本人で初めて禁断の地チベットへ潜入した河口慧海も通った、ジョムソン街道をトレッキングした。バナナの実る亜熱帯の景観から荒涼としたチベット風景へ変わっていく。街道で生活する民族も、ネパール系民族から貿易商として潤ったチケット系タカリ族へと変わっていく。ルートの途中に世界に名だたる山がそびえ、温泉あり、リンゴの果樹園があり、昔の交易の面影残る村々を抜け、巡礼者を集める聖地ムクティナートを目指し歩き出す。
(2001.02)

キャラバン
ジョムソン街道(カリ・ガンダキ)に出るまでは、アンナプルナを眺望できる丘、プーンヒル経由で行く。ポカラから2時間程バスに乗り歩き始める。プーンヒルのある村ゴレパニまではマチャプチュレを時々見ながら歩く途中で1泊の行程だが、高低差600mの登りは辛かった。すれ違った、キャラバン。二輪も含め自動車の使えないこの地域では、今でも物資輸送はキャラバンに委ねられる。

棚田の広がるチトレ村
ネパール的風景。このチトレもそうだが、農作業をしようにも山の斜面しかなく、狭く限りない土地であってもきれいに整えられた棚田が多い。あんなところに造るかと思う場所もあった。向こうにアンナプルナの山々が見渡せる場所で作られた農作物は一味違うような...



マチャプチャレ(6993m)
日の出1時間前にゴレパニの宿を出発し、プーンヒルを登り始める。薄い雲が空を覆っているようにも見えたが、明るくなってくるとネパールの誇る象徴的存在マチャプチャレが遠くに見えた。ネパール語で魚の尻尾、とりあえず尖っていた。標高7000mに満たないが、この辺の民族グルン族の信仰山、神が創造した見事な彫刻、存在感アリ。振り返るとまさに陽が顔を出そうとしていた。

アンナプルナI(8091m)
これもプーンヒルより。上部が朝日の照らされたアンナプルナは本当に美しい。雲で少し隠れているところが好きだ。もしも足元からアンナプルナまで雲海でも広がっていればと考えると鳥肌が立つ。




ジョムソン街道をゆく(レテ)
プーンヒルのゴレパニから1日歩いて、タトパニというところまで行く。ここからカリ・ガンダンキ(ネパール語で黒い川)沿いを歩くことになり、ジョムソン街道の旅が始まる。ちなみに、タトパニはネパール語で温泉!本当に温泉に入れます。トレッキングの疲れをここで癒し翌日に備える。写真のレテは、タトパニからさらに1日歩いた場所にある村。石畳で出来た道を歩く。

カリ・ガンダキ
ジョムソン街道は、時には河原も歩く。全く雄大で広い河原。だから道に迷いやすい。迷ったおかげで、すばらしい風景を手に入れることもある。カリ・ガンダキとニルギリ(6940m)。




トゥクチェ
かつて交易で栄えた村。立派な屋敷が通り沿いに並んでいる。立派なゴンパもある。ここトゥクチェと1時間先のマルファという村では、日本のNGOが精を出して立ち上げたリンゴの果樹園があり、ブランデーの工場がトゥクチェにある。泊まったのは街道で一番美しいマルファだったが、アップルブランデーを飲んだ。おいしい。すぐに寝れます。このトレッキングでは、不覚にもほとんど素通りしてしまったが、河口慧海記念館もあった(整備中?)。

ジョムソンからニルギリを見る
マルファより3時間も歩けば、空港のあるジョムソン。帰りは、ここから小型飛行機に乗ってポカラへ帰った。ジョムソンからニルギリが良く見えた。ところで、トゥクチェ、マルファ辺りから村の様子や風景はチベット的に様変わりする。村の入り口にはチョルテン(チベット仏塔)、建物にはタルチョ(祈祷旗)。ジョムソンには、最近になって高級リゾートが進出したという話も...時代は変わる。しかし天候による飛行機のキャンセルは変わらないようだ(あたりまえ)。

茶店で出会った子供たち
親の仕事は農作業、ロッジ経営、キャラバンといった感じだと思うが、子供たちも親のお使いをしたり、旅行者を案内したり、時には物を運んだり、学校も行っているのに家族の働き手の一人として頑張っている。学校は、遠くポカラにあり、長い休みになると戻ってくるようだ(実際の教育システムは分からない)。トレッキングコースという一面もあるだろうが、皆、意外と英語を操れる。



カグベニ
ジョムソンから3時間の美しい村。遠く丘から眺めると、なおさらそう思う。カグベニより北は超秘境ムスタン王国。そして、その先にはチベット...ムスタンは旅行者を制限しており、日本人はあまり訪れていないようだ。「おれは河口慧海に似ている」というチェックポイントの人と仲良くなったが、仲良くなっても特別パーミットは必要だそうだ(あたりまえ)。ムスタンへの訪問について、2001年はフランス人がダントツ多かった。いつかムスタンを歩いてみたい。目的地ムクティナートへは、ここでカリ・ガンダキとお別れし、右に折れる。

道にあった小さなチョルテン
カグベニ(2800m)から聖地ムクティナート(4000m)までは、一方的な登り道。人生で初めて自分の足で標高4000m近くまで行くということで、息苦しかった。途中、左手に立ち入れないムスタン方向のきれいな山々を見ながら登っていく。景色が良くなければ辛い以外何もない。でも美しい景色があるから歩き続ける。ヒマラヤマジック。

ジャルコット村とダウラギリ
ムクティナートの手前にジャルコット村があり、城壁もある立派な村。風景は荒涼とした大地。初めて見るチベット風景に感動(のちに、本当にこういった荒涼とした大地がチベット風景なのだと知る)。向こうにはダウラギリの山々がそびえ立つ。


聖地ムクティナート
ようやく、目的地に到着した。ここは、チベット仏教の聖地だけでなく、ヒンズーの聖地でもあるらしい。手を合わせて、聖地の境内を歩く。寺院の菩薩像には炎が、寺院の外には水の壁と呼ばれる108の蛇口から聖水がほとばしる。目を閉じて水の音を聞いていると、癒される。静かな月の大地。

ムクティナートよりトロン・パス方面を見る
ムクティナートから先、トロン・パスという峠を越えてマナン/マナスル方面へ行くことも出来るようだ(実際は難所トロン・パスの関係上、逆方向がメインのようだ)。マナスル...ネパールヒマラヤには有名な山々が本当に多い。長い人生、少しでも多くそれらの山に近づきたいと誓い、翌日、夜に降った雪の道を飛行機の待つジョムソンへと引き返す。
(2007.03作成)       

※アンナプルナ/ジョムソン街道メモ
旅行 2001年2月/ポカラ→bus→ナヤプル→ヒレ(泊)→ゴレパニ(泊)/プーンヒル→チトレ→タトパニ(泊)→ガーサ(泊)→レテ→トゥクチェ→マルファ(泊)→ジョムソン→カグベニ(泊)→ジャルコット→ムクティナート(泊)→ジョムソン(泊)→airplane→ポカラ

トレッキング 自分はガイドやポーターを雇わずにひとりで荷物を背負って歩いた。考えようではあるが、普通はガイドについて歩いたほうが良いと思う。安全、道に不案内ということよりも知らないことを知れるだろうし。しかし、ジョムソン街道はそこまで高地ではないため、ひとりでも行ける。誰もいないので叫べる(笑)。荷物は、地図、寝袋、着替え、簡単な食料、水、カメラ、水着(温泉があるから!)等々...そしてもっと大事な荷物は、冒険心という気持ち、受け入れてもらう感謝の気持ちかな。

カダ(白いスカーフ) カグベニでお世話になった宿のおかあさんに、ムクティナートへ出発する際、カダと呼ばれるスカーフを首にかけてもらった。旅人の安全を祈るというお守り。他にも身にしみる出来事が多かった。自分は個人旅行者なのにもかかわらず、違うグループのガイドやポーターに良くしてもらった。帰りのジョムソンでポカラゆき飛行機を本来の便と違うもっと早い便を、もう今日はこれが最初で最後の便になるかもしれないからと、わざわざ部屋まで来て呼び起こしてくれて乗せてもらった。ちょうど体調を崩していたのを気遣ってくれたのだ。同じような行程で進んでいた、オランダ人カップルやフランス人夫婦にもお世話になった。本当にありがたい。
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