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イエメン サナアシバーム(ハダラマート)

早朝5時、サナア旧市街のイエメン風ホテル。アザーンの響きと共にイエメンの一日が始まる。イスラム、アラビアの世界に自分が溶け込んでいることに気づかされる。他のアラビアの国が原油で謳歌している中、農業や古きよき伝統に重きを置き、身の丈に合った豊かなイエメンの世界。サナア周辺の"石"を積み上げて作られた高層のイエメン建築も、"土"を積み上げて作られた砂漠方面のほとんどの建物もある意味エコ。必要なものは近くのものでまかなう。崩れたらそのまま自然に帰る。イエメン人もみんな優しい。「幸福のアラビア」...古代から海のシルクロードで栄えた元祖アラビア王国を旅した。(イエメンの地図)
(2008.12)


バーバルヤマン(イエメン門)
壁で囲まれた首都サナアの旧市街で、一番大きな門で一番賑やかな場所。門をくぐるとノスタルジックな建物が並び、スークが軒を連ねる。食料や日用品をはじめ、ゴールドなど様々な物が売られていた。"イエメン"とは、"南方"を意味するらしい。首都サナアの標高は2300mなので、日中は涼しく、夜は意外と寒い。

旧市街の路地
茶色い外壁(石やレンガ)に白いデコレーションがかった窓とステンドグラスの建物。迷路のように道が広がる。アバヤを着た母子が通り過ぎた。

スークとモスク
服を売るお店とモスクの塔が見えた。女性物の派手な洋服がたくさん売られていたことに違和感。女性は黒いアバヤを来て、目しか出さない。

イエメンの子供たち1
窓から顔を出す子供たちをパチリ。子供は女の子でも服装はフリー。大人も黒いアバヤの下は何を着てもいいらしい。だから服屋が多いのか。

イエメンの子供たち2
ジャンビア(剣)をいっちょ前に腰に巻く男の子。ジャンビアにより一人前と認められるようだ。後ろの女性は、伝統的なアバヤらしい。少し派手。

畑と旧市街
旧市街の中に畑がいくつかあった。昔は近所の建物の住人みんなで畑を耕し、自給自足していたとのこと。

イエメン建築を見学
イエメンの伝統的な家に潜入。1階は家畜小屋、2階は食料庫、3階キッチン、4階居間、5階女性の部屋、6階(最上階)は写真のマフラージと呼ばれる豪華そうな応接間。水パイプやお茶で客人をもてなすのか。

旧市街を一望
見学した家の屋上はすばらしいビューポイントだった。お菓子の家みたいに建物が並び立つ風景は圧巻である。その景色にモスクは必ず目に入るし、ハンマーム(トルコ式風呂)も見下ろせた。

ホテルの部屋の窓の外
サナアで宿泊したホテルは、アラビア・フェリックス。その名も「幸福のアラビア」。旧市街にあり、住居を改築したイエメン風ホテル。窓は小さいが、ステンドグラスやインテリアの雰囲気は良い。トイレ、シャワールームには目をつぶろう。

イエメンでの食事
サナアの食事は、ホテルのレストランで。一番のお気に入りは、写真のイエメンブレッド、ポテトスープ(日本のシチューみたいな味付けの日もあった)、サンボウス(チーズやチキン入りの三角の春巻き)、そして黒い石鍋に入れられたトマトとケバブの辛煮込み料理(パシャ?)。他に、蜂蜜のパンがおいしかった。有名なサルタという石鍋料理は若干いまひとつ。飲み物は普通に紅茶が美味しく、イエメン風にジンジャー入りの紅茶も美味しかった。あとは、レモンジュースが旅の疲れを取ってくれた。

金曜モスク
サナア到着日は金曜日だったため、大きなモスクでアッラーに祈りを捧げるムスリムの姿を見た。モスクに入りきれず外で祈る人々。自家用車で駆けつける人も多く、モスクの前の道は縦列駐車で渋滞していた。休日である金曜日は、やる気のなさそうな服装の人々も、平日となればビシッときめた服を身にまとう。ジャンビアも真っ直ぐきまり、子供たちも制服姿となる。

旧市街に陽が落ちる
場所は、旧市街で一番高いところにあるホテル「バージュ・アル・サラーム」の7階屋上カフェ。時は大晦日、2008年最後の夕陽だった。

スークの夜
陽が暮れてもスークはまだまだ賑やかだった。ゴールドスークはさらにキラキラ輝き、高く積まれた香辛料屋さんも中東の香りがプンプン。

旧市街の夜景1
「バージュ・アル・サラーム」の屋上から世界遺産の夜景を眺める。オレンジ色の街灯が雰囲気を作る、遠くアラビアの夜。

旧市街の夜景2
写真を撮っていたときだった。嬉しいことにYUKOがアバヤ姿の女性に声をかけらた。旧市街は素晴らしいでしょと言っていたようだった。

リバーロードの夜景
自動車という現代のモノと旧市街という古代からのモノがマッチする。この道路は、雨季になると河になるらしい。なんて効率的なんだ。

*サナア周辺の小旅行*

ワディ・ダハール、シバーム&コーカバン、トゥラ、マナハ、ハジャラ

ワディ・ダハールの丘
ワディ・ダハール〜トゥラ〜シバーム&コーカバンをめぐる旅。サナアでのドライバーは、ジャンビアを腰につけた、とてもクールな人。この丘からの眺めは最高!巨大な岩山、岩壁の向こうにロックパレスが見える。

ロックパレス1
赤茶色の岩山に囲まれたワディ・ダハールの谷だが、とても緑にあふれている。基本的に、イエメン人大好物の嗜好品「カート」やコーヒー。ドライバーはこのロックパレス近くの村が出身だそうだ。

ロックパレス2
ロックパレスはその名の通り、岩にちょこんと昔のイマーム(王様)の別荘が建てられている。花やサボテン、バオバブの木に囲まれて。建物の内部へ探検に出かけた。結構、楽しめたスポット。


デコレーション
ロックパレスの外壁は、白の模様で縁取られた窓などがかわいらしい。ロックパレス内部は、他のイエメンの家同様に伝統的な作りとなっているが部屋の数がとても多く、底が深い井戸もあった。バルコニーからの景色も良い。イエメンの建物の内部は、夏は涼しく、冬は暖かい。

トゥラの岩山と城壁
この小旅行でノーマークだったトゥラ(スーラ)だったが、岩山を中心に傾斜のある街となっていて、路地歩きの雰囲気は良かった。YUKO的には、ヨーロッパの街角っぽいイメージ。

トゥラの路地
ロバに荷物を載せて路地を進む女性を撮った。イエメンは岩山に城(というか要塞)や村があったりするが、昔から敵から村を守りやすいということで、そのようにしているらしい。コーカバンも、ハジャラもそう。

コーカバンのアプリコット
コーカバン&シバームへ。コーカバンは崖の上、シバームは崖の下で、それぞれ軍事役、農業・商業役で助け合いながら今に至るそうだ。

イエメンの車窓
サナア周辺は山がちのため、幹線道路も勾配の厳しい山道となる。そこを大型トラックが亀のように登っていた。古いボンネットトラックも健在!

イエメンの子供たち3
マナハ〜ハジャラへの旅。街全体が要塞のように一つとなっているハジャラとカートなどの段々畑をバックに子供たちと出会う。(自然に集まってくる)

ハジャラ
ハジャラの村の姿も格好良く、独特で好きになった。岩の下にも家が建ち並び、上から生活の様子がうかがえた。ランチタイム、隣のマナハでジャンビアダンスを鑑賞。歌い手が大絶叫でウケた!

*シバーム(ハダラマート)*

ムカッラ(リヤン空港)〜ワディ・ドアン渓谷〜アル・ハジャレイン村〜サユーン〜タリム〜シバーム

カート・ブレイク
ムカッラ・リヤン空港からランクルでサユーンまで300kmドライブ!サナアから一緒だったガイドとドライバーは当然カートが好きで、カート売り場での休憩となる。カートを味見したが、苦くて正直ムリ!しかし、イエメン人はピンポン玉くらいまでほうを膨らませて噛んでいた。

ワディ・ドアン渓谷
風景は、まず川沿いを進み、2ヶ月前の豪雨で破壊されたことによる迂回路(オフロード)から山を登り、眩しい大地の上を走っていく。眠くなってくる頃、とある新しい隠れ家的リゾートホテルへ。そして庭へ出ると、この素晴らしい風景が待っていた。これがワディ・ドアン渓谷の桃源郷だ!

ラクダ
ラクダもたくさんいた。野生なのか河原をウロウロしているラクダも。ここは砂漠と言っても、砂の砂漠ではなく、岩石砂漠に近い。


渓谷ドライブ
アラビア半島最大のワディ(涸れ川)であるワディ・ハダラマートに入っていく。この辺は、車に護衛としてライフルを携えた警官も同乗(っていうか、カートをしてるだけ?)していた。ライフルを持たせてもらった。

蜂蜜の美味しいアル・ハジャレイン村
ワディ・ハダラマートをグングン走り、陽が傾きかけた頃、アル・ハジャレイン村の建物が見えてきた。蜂蜜の産地らしく、お土産に買った。

アル・ハジャレイン村の老人
村の中を散歩し、広場に出ると、老人が水パイプを吸っていた。ここで生まれ、ここで一生を過ごす。緑のオアシスに17時のアザーンが流れる。

サユーン・パレス
長いドライブを経て、サユーンで1泊。翌日、白亜のサユーンパレスへ。博物館となっていて、この地に住む人々の生活を知ることができる。1960年代までひとつの王国だったそうだ。乳香の香り漂う、サユーンのスークで飲んだレモンジュースが美味しかった。

日干し土建材工場
サユーン郊外を走ると、この地方の建物に使われる日干しの土を作る場所がいくつかあった。まるで工場のように、それなりの製造過程がある。土・ワラ→配合→水に混ぜて→型にはめる→乾かす。有名なシバームをはじめ、車窓を流れる村のほとんどがこの土を積み上げて作られた家。

タリム
サユーンでは一日かけて、サユーンパレス、タリム、シバームをめぐる。午前の最後はタリム。ここには図書館があり、たくさんのコーラン、アラビア語の本が大切に保管されていた。

シバームの風景
ホテルでランチ・休憩した後、いよいよKOKIの最終目的地「シバーム」へ。昔読んだ旅行本に、"アラビア半島のイエメンという国に、突如現れる砂漠の摩天楼がある..."。その言葉に惹かれ、昔からシバームを訪ねてみたかった。そして、ようやくここまでたどり着いた。

摩天楼とヤギ
シバームの城壁をくぐり、内部の村を散歩。入口は一つしかない。ワディ・ハダラマートの他の村と違って桁違いに建物が高い!9階建てがずらりと並んでいる。1階部分はやはり家畜用でヤギが外を散歩していた。

砂漠の摩天楼
くどいが、本当に迫力のあるビル群である。ニューヨークよりももっともっと昔にできた摩天楼。しかも素材は土や石。夏の暑い日なら、陽炎の向こうに幻覚を見る思いになるだろう。

シバームの夕景
シバームの見下ろす丘へ。西日がしだいにシバームと空を赤く染めていく。こんなアラビア半島の内陸部の砂漠地帯によくこのような街を作ったと思う。乳香(フランキンセンス)の魔力、オアシスの恵み。世界遺産シバームは、2ヶ月前の豪雨で一部破壊と報じられていたが、どこが被災したのか分からなかった。土が自然に帰っていくようなもの(被災者はかわいそうだが)。長い年月の間、土で家を建て、やがて崩れ、自然に帰る...の繰り返しなのだ。

イエメニア航空
サユーン発サナア行きのイエメニア航空(B737-800)。結構新しい機材をそろえている。機内で配られた薄いスライスされたケーキパンが意外と美味しかった。ワディ・ハダラマートの谷底から飛び立った飛行機の窓から見ると、やはりここは硬い岩の大地、砂漠の大地のほんのオアシスにすぎない。大きな涸れ川の姿、形がよくわかるフライトだった。

(2009.01作成)       

※イエメンメモ
スケジュール 1日目クリスマス:名古屋⇒(EK:エミレーツ航空)⇒ドバイ⇒(EK)⇒サナア(旧市街観光)、2日目:サナア⇒(IY:イエメニア航空)⇒ムカッラ・リヤン→300kmドライブ(ワディ・ドアン渓谷等)→サユーン、3日目:サユーン(タリム、シバーム観光)、4日目:サユーン⇒(IY)⇒サナア(マナハ、ハジャラ観光/ジャンビアダンス)、5日目:サナア(ロックパレス、トゥラ、コーカバン&シバーム観光)、6日目:サナア(1日フリータイム、旧市街でお土産探し)、7日目:サナア⇒(EK)⇒ドバイ(普通にフェスティバルシティ・ショッピングセンターへ)⇒(EK)⇒名古屋

イエメンはツアーで参加 シバームへ行くにはツアーにした方が都合が良いと思って、日本の旅行会社のパッケージツアーを申し込んだ。ツアーといっても、添乗員付きでなく、現地英語ガイドとドライバーがあちこち連れて行ってくれるという個人ツアーで、車も自分達用だった。結果的に、正解だった。英語ガイドは、最後の方はうっとおしい男だった。夕方には解放され、夕食は自分たちでホテルか外へプラプラ。最後の1日はフリータイムにして、ゆっくり過ごした。

イエメンビザ 到着時に空港で一人55USj。とてもeasy wayだった。

イエメンで宿泊したホテル サナア:アラビアフェリックス(イエメンスタイルなので部屋は狭いが雰囲気はOK、レストランも美味しい)、サユーン:サマアホテル(部屋が広い、プールもある)

イエメンの物価 ホテルでのランチ・ディナー:2人で1300〜2000リアル、紅茶:ホテルで100〜150リアル、ミネラルウォーター:ホテルで100リアル、7UP:通りすがりの商店で70リアル、お土産(イエメンの家):150〜リアル、お土産(写真ハガキ):55リアル、アバヤ:スカーフをセットで3500リアル ※200イエメン・リアル≒1USj

女性のイエメン旅行 サナア以外を目指すならツアーに参加したほうがいいかも。サナアなら一人旅全然できる。自分たちが行った場所は、全くpeacefulだった。イエメンでは伝統的なイスラム法により、スリや強盗の危険度はとても低いようだ。YUKOの服のスタイル:入国時は黒いワンピースにダボダボパンツといちおうスカーフ。1日目に黒いアバヤを新市街タハリール広場の地下道にあったアバヤショップで購入し、その後はずっとアバヤを身に着けて行動した。出会った日本人ツアーや外国人で、アバヤを着ている人はいなかったが、埃っぽいイエメンではアバヤを着ていたほうが服が汚れないし、風通しが良いのに暖かいのでイエメンの気候にぴったり。YUKOも途中からアバヤを着る趣旨が変わっていた。結果的には、服装はスカーフだけで良さそう。日用品は、とても豊富!

※イエメンの地図

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