神 剣 

主要キャラクター
はイラスト未登場

葛山五月/くずやまさつき
17才 京都の女子高校3年 剣道部副主将
物事にこだわらない性分
何事にも真剣な姿子にひかれている
九条姿子/くじょうしなこ
17才 五月の親友 剣道部主将 家は剣道場
御神刀の継承者として育てられたが五月に託す
九条
75才 姿子の祖父 道場主
五月が御神刀を継承した事を快く思っていない
守屋/もりや
68才 御神刀を祭っていた神社の神主
九条老人の古くからの友人 五月へのメッセンジャー

01・表紙

モチーフは混乱の中で五月が刀を託される様子
但しストーリー上では剣道着姿で
鞘から抜くのは姿子の方だったりする

 賑やかな掛け声と共に山門の石段を少女達が駆け上がって行く。境内には桜の花びらが舞っていた。ショートカットできりっとした顔立ちの九条姿子が、張りのある声で号令を掛ける。
「呼吸を整えたら柔軟っ!」
「ほらそこ、もっと曲がるよー」
「あーんっ」
「これが最後だからしごくわよぉ」
「そんなぁ」
 葛山五月は竹刀を肩に部員達の間を回っていた。
「先輩も引退しちゃうんですかー?」
「受験だからね」
 主将の姿子と五月は彼女達の憧れの的だった。
「大学でも続けるんでしょ?」
「姿子はするでしょ。あたしはパス」
「えー?!」
「この3年で懲りたもん。志望は美大だし」
「でも主将の道場に入るとか」
「やだってば。あそこ厳しいのよ」

 社殿に集まった部員達は、神主の守屋から神社の縁起を聞かされた。
 祀られている日本刀には妖怪退治の因縁があるという。オカルト好きの今時の少女達は息を飲みながら聞き入っていた。
 姿子が五月に耳打ちをした。
「あの御神刀、うちの御先祖が持っていた事があるのよ」
「へえー、あのおっかないお祖父ちゃんに似合い過ぎてて怖いなあ」
 五月の言葉に姿子はふっと笑った。
「じゃあ形でも奉納しましょうか」
 姿子は五月の肩を叩きながら守屋に目配せをした。守屋は頷いた。
 礼を交わすふたりに、部員達から黄色い歓声が上がる。
 しかし、寸止めの筈の形にもかかわらず、突然姿子が本気になって切り結んで来た。五月は戸惑いながら受けて立った。

 夕食後の自由時間、部員達は裏庭に集まっていた。
「ほらここ、清掃奉仕の時に見付けたのよ」
 社の裏手は山の斜面に面していた。庭木の陰には穴があった。
「うわー意味シン」
「神主さんの話には出て来なかったよね。マジで隠してるのと違う?」
「肝試しに丁度良いんじゃない」
 好奇心旺盛の彼女達は穴に踏み込んだ。古い注連縄を跨ぐ時に切ってしまうが気付かない。
 少し進むと石像が置かれていた。
「ここ、お地蔵さんを祀ってるの?」
「違うよ、これ」
 石像は妖怪を踏み付けていた。ひとりが触れた時に石が欠けた。同時にどっと風が起こった。
「え?」
「奥から吹いてる…?」
 少女達は闇を見詰めた。

 闇からの風に少女達が戸惑っている間に、石像はみるみるうちに崩れ落ちていった。しかし足元にかたどられた妖怪は崩れるどころか色味を帯び、石に見えていたものが毛皮のように変化していく。
「あれ…?!変だよ、ねえ!」
 それが立ち上がった時、少女達はパニックに陥った。悲鳴を上げて我先に外へと走り出した。

 五月と姿子は社殿にいた。
「五月ってすごいね。高校で始めたくせに子供の頃から仕込まれていた私と互角…」
「勧誘?よしてよ、楽しく終わりにしたいんだから」
「…御神刀の話がお祖父様に似合ってるって言ったわね。その先にいるのは私なのよ」
「?だって道場を継ぐんでしょ?それが?」
 姿子は溜息をつくと、御神刀を取って五月に差し出した。
「抜いてごらん」
「冗談!真剣なんか持てないわよ!」
 五月は姿子の意図が解らず戸惑うばかりだった。
 突然悲鳴が上がった。驚いた五月が廊下に出ると、転がるように走って来た部員が彼女にすがりついた。
「どうしたの?!」
 息を切らせた部員が指差した先の闇から、毛むくじゃらの怪物が現れた。
「きゃ…?!」
 五月は掴み掛かって来た怪物から部員を庇って身体を回した。怪物の熊のような腕が彼女の背中に振り下ろされた。五月は一撃でくずおれた。
「せんぱいっ」
 姿子が金切り声をあげる部員を五月から引き離した。
「神主さんを呼んで!!」
「は、はいっ」
 姿子は御神刀を抜き放ち、切っ先を怪物に向けた。五月は薄れゆく意識の中で姿子を見ていた。友は今にも泣き出しそうな顔をしていた。それは初めて見る表情だった。

 姿子は唇を噛んだ。
 彼女は目の前の怪物が、御神刀が過去にしとめた筈の妖怪であると察していた。目の前に現れたからには、刀を継承し、立ち向かわなければならない。昔から祖父に言い聞かされて来た事だった。
 しかし姿子はその宿命を恐れ続けていた。
 自責の気持ちが沸き上がる。自分の迷いが犠牲者を増やした。しかもできれば全てを打ち明けてすがりたいと思っていた友人を失ったのだ。
「…許さない…」
 後悔を怒りに、異形に立ち向かう勇気に変える。
 姿子の気持ちに反応したように刀は光を放った。
 姿子は妖怪の血にまみれた手をかいくぐると、刀の切っ先を胸に突き立てた。その感触に身が凍る思いがしたが、刀は獲物を欲するように身体を貫いた。

 倒れた妖怪から刀を引き抜いた姿子は、酷い寒気に襲われて膝をついた。刀を持つ手がぶるぶる震えている。
「やっぱり無理…駄目なのよ、私…!」
 こと切れた友にいざり寄る。
「…五月、助けて!」
 刀を床に突き立てると神棚に行き、御神刀と共に祀られていた木片を取った。そこには継承者として姿子の名が記されていた。
 姿子は五月の所へ戻ると、刀で指を傷付け、流れる血で木片の自分の名を消した。
「私はおまえを放棄する。使命を果たしたかったら五月を蘇らせて!!」
 姿子は木片に五月の名を記した。

 姿子の背後で黒い影が立ち上がった。彼女はそれに気付いたが、振り返ろうとしなかった。もう立ち向かう気力を失っていたのだ。彼女は、ひたすら刀に五月の復活を祈っていた。
 刀が仄かな光を帯び、光は五月の身体へと広がっていった。
 すがるようにそれを見つめている姿子に、妖怪が腕を払い、胸を抉られた姿子ははね飛ばされて激しく壁に打ち付けられた。
「……しなこ…?」
 五月のぼんやりとした視界にぐったりとした友が映った。

 突然五月の身体が跳ね起きた。考えるより早く手が目の前の刀を掴む。
「さわるなぁッ!!」
 怪物が伸ばした右腕を刀で払い上げると、それはあっさりと斬り落とされた。
 先刻自分が打ち倒された記憶が蘇る。苦痛の中意識を失った筈なのに、今は痛みも恐怖も感じない。
 それを不思議に思う間もなく、怒りに任せて怯んだ怪物に刀を降り下ろす。
 光を放ちながら刀は敵を両断にした。

 炎が天井をなめ始めた。姿子は五月を見てほっとしたように言った。
「やっぱりあなたは選ばれた…」
「何の話よ、とにかく早くここから出なきゃ」
「私はもう駄目…。こんな事になったのは私のせいでもあるの。置いてって」
「なにバカ言ってんのよっ!!全部説明してもらうんだから来なさい!!」
「ごめんなさい…御神刀をお願い…さよなら…」
 姿子は目を閉じた。
「姿子?姿子っ!!」
 取りすがる五月の傍らに天井板が焼け落ちて来る。駆け付けた守屋が刀を拾い、叫んだ。
「葛山さん、早くこちらへ!」
「でも、姿子が」
「もう無理です…本当はあなたももう…」
 守屋は無理矢理五月の手を引っ張って土蔵に連れて行った。
「落ち着いたら呼びますから、それまでここでじっとしていて下さい」
 五月に御神刀を押し付け、扉を閉めようとする。
「待って!ちょっと…」
 止めようとした五月は目眩に襲われて膝を突いた。傍らで刀が明滅していた。その光に誘われるように、彼女は眠りに落ちていった。

 五月は夢を見ていた。
 刀を持ち、旅をする者達がいた。時代は古い。僧だったり侍だったり、時には村娘の事もあった。
 そして彼等は様々な場所で怪物と戦ったのだ。
(なぜ?)
 場面は洞窟に変わった。年老いた刀鍛冶が鋼を打っている。その経緯が理解できた。
(この人は肉親も生まれ育った村も失った、天涯孤独なんだ…。それは、妖怪達のせい…憎んで…その思いを込めて刀を打っているんだ)
 五月は納得した。何故自分が怪物を倒せたのか。
(その為の刀なんだ。で、あたしはそれに選ばれて…それで…)
 不意に目が覚めた五月は、闇の中で自分の手を確かめ、脈を探った。それはみつからなかった。
(なるほど。死人を自分の使い手にする為に蘇らせたのね)
 不思議な程あっさりとその事を受け止められた。
 五月は刀を取り上げると、もういない友に話し掛けた。
「解ったよ、姿子。あんたのせいなんかじゃない。ずっと辛かったんだね。ごめんね…気付いてあげられなくて。…引き受けたから、安心して」

 守屋が土蔵を開けたのは、惨劇から一昼夜が過ぎた明け方だった。
「騒ぎは治まりました。自分の事…解りましたか?」
「はい、たぶん」
「…では…、もう、戻れない事もお解りですね…?」
 守屋は辛そうに言った。五月は頷いた。
「こうしていられるのはこれのお陰ですから。姿子みたいに義務で背負い込むよりは楽かもしれません」
(この子なりの結論か…)
 悟った言葉を告げながらもその背中は寂しそうだった。すっかり焼け落ちた社殿を見て五月は訊いた。
「部員達は無事なんですか?」
「…あれは裏山の祠に封じられていた物でした。そこで3人と、ここで…あなた方ふたりが…亡くなられました」
 胸が締め付けられた。人が死ぬという事。姿子はその重みに耐え切れなかったのだ。
(あたしは同じ立場なんだもの、大丈夫…)
 自分に言い聞かせる。
「…私がすべき事を教えて頂けますか?」
「あれと共に御神刀も目覚めました。その刀の目的は…」
「心得ました」
 五月は即答した。そして住み慣れた街を離れたのだった。
「神剣」終