平和資料館 草の家だより
 
No.82 発行 2004.3.25



戦争はいかん!


1才半になる息子と昨年岩手県にある栗駒山のブナの森を歩いた。案内して下さった方が「おかしい、今ごろブナたちが実をつけるなんて」とつぶやかれた。

その言葉が悩裏に焼きついたまま、今年も異常に暖かい春を迎えた。春が春らしく感じられなくなったもの私たちのせいではないか。今回のイラク派兵を許してしまったのも、私たち一人一人の責任ではないか。

 数年前、作家柳美里(ユ・ミリ)さんとお会いした時、柳さんに「あなたはなぜそんなに平和活動を熱心にできるの」って聞かれた。確かに私の同級生たちは、戦争や平和についての会話なんてしない。

私が戦争NO!平和賛成!と強く思いはじめたのは、韓国に留学した時に日本人の友人から「東京芸大の学生たちは自分たちの好きな絵もかけずに戦場へ送り出された。彼らが残した絵が東京芸大に今でもあるよ」という言葉に、自分の好きなこともできなくなる戦争って何だろう。そんなのいやだとその時、はじめて思った。丁度その頃、私は韓国の美大へ入るための準備をしていたので、とても人ごととは思えなかった。

連日イラクではやってやられての始末人殺しの報道がこうも毎日流れると「ああ、またか」とただ聞き流すだけになっていないだろうか。当たり前になる事の恐ろしさ、そして私自身どう生き、何を次世代に伝えていくのか?日本人として戦争NO!をきちんと言えるのか?人ごとにせず、自分の事としてしっかり再び考えて、一体私たちはどこへ行くのだろう。

ちほうにかかり、会話をする事も難しい祖父が生前イラクでの映像を見ながら「戦争はイカン」とはっきりといった。戦時中満州での生活を思い出したのだろう。

米倉万有美


往復書簡 朴一善さんから西森館長への手紙

西森館長へ

お元気ですか?

去る2月、入院中の病院で館長とお会いしたときは、顔色の血色が良くて、本当に安心しました。そして、草の家の仕事や介護、家事で忙しいにも関わらず、疲れ気味もなく笑顔で過ごしてらっしゃる遼子さんの姿を見て私も嬉しかったです。

3月11日、5名の高知大生が忠州(チュンジュ)に「平和の旅」で来ました。任辰倭乱の戦争遺跡である「弾琴臺(タングムデ)」、創始改名に反対してつくった「“ジャガイモの花”詩碑」、植民地時代の神社跡、独立記念館などを見学して、学生たちはいろんな事を感じたと思います。

日本の歴史教科書には、このような歴史が書かれていないと学生から聞いて私は驚きました。誰でも過ちを犯すけれど、これを後世に正しく教え、恥ずかしい歴史が繰り返さないように努力すべきなのに、本当にもどかしいです。

多くの韓国人は、日本が過去に対して真の意味で謝罪しない事に憤慨しています。しかし、アメリカの“代理兵”として、ベトナム戦争に参戦した韓国軍が犯したベトナム民衆虐殺に対しては、知るための努力すらしない韓国人が多いのです。かえって、一部の人は“韓国の軍隊は共産主義に対抗する南ベトナムを助けるため参戦した”と正当化し、これを批判する人に理念攻勢をしています。

この意味で草の家の役割は本当に崇高なものです。韓国にもベトナム戦争と朝鮮戦争を中心とした平和資料館があるべきです。どういう理由でも理念が生命より重視されてはいけないでしょう。

韓国では大統領弾劾で全国的に“ろうそくデモ”が行い、ここ忠州でも3月12日から“ろうそくデモ”が毎日続いています。“弾劾無効!民主守護!”の叫びが全国を覆いかぶせています。弾劾以後、与党の支持は急上昇、野党は墜落している事をみても、これを機会に改革勢力の力は最も強化されるでしょう。

日本から帰えて、朝鮮学校へ本を贈る運動、日韓カワウソシンポジウム、朝鮮民主主義人民共和国への植樹事業などを進めています。幸に忠州市当局が毎年2千5百万円くらいを朝鮮へ支援すると約束しました。訪北する機会がくれば、草の家のみなさんとぜひ一緒に行きたいです。

東京で日本のいろんな市民団体と接触し、朝鮮に木を植えましょうと提案しました。しかし、環境運動団体は平和運動団体へいきなさい、平和運動団体は環境運動団体へいきなさいとお互いに押しつけるのを見て、朝鮮に対する認識を実感しました。だからこそ、草の家が朝鮮の植樹事業に参加することは、非常に意味深いものだと思います。大きな声援をお願い致します。

いつ行っても家族のように暖かく迎えてくださる館長ご夫妻、岡村副館長ご夫妻を始め、みなさまに深く感謝します。

2004年3月、忠州から 

朴一善(バク イル ソン)拝

 

西森館長 詩集「花いばら」出版

草の家けし粒ほどの大きさなれど 学びて思う者たちの群

“病床にて詠む” 西森さん 元気でまだまだ日本の平和のために、生きぬいて下さい。

今、日本が、イラクが、世界が、先生と草の家を必要としています。

三日間かけて、ゆっくりと、じっくりと、「花いばら」読ませていただきました。“諏訪のおじさん”には、おもわずなみだが出てしまいました。私の若き日の西森家との交流も思い出されました。私が西森さんのためにできることは何も有りません。私の大学時代に槇村浩に感動して、学読した「間島パルチザンの歌」の初版本、西森さんにとっては、めずらしいものとは思いませんが送ります。

追:私は、今、定年後、のんびりと生活しています。母がすこしボケてしまい1ヶ月に10日間は、田舎の上湧別で二人で、ままごとのような生活をしています。ぜひ、奥さまと二人で遊びに来て下さい。田舎の家は快適な別荘です。                    

川上短顕


西森茂夫 さま

こんにちわ、柳田雅明です。

たきおさむ詩集『花いばら』をお送りいただきどうもありがとうございました。まずは、『北星新報』No.1と「あとがき」を拝読しました。ご半生を初めて知ることができました。そして、高い志をもちつつ絶え間ないご努力をなされていることに、少しでも近づけるようにとく感じました。

病がお大とは重承知しておりますが、久保田君を含め若い人たちのご指導引きどうかよろしくお願いいたします。

先月高知でおいできた金さんにもよろしくおえいただければ誠に幸いです      

柳田雅明


 西森先生、すばらしい「花いばら」をいただき、ありがとうございました。帰宅して郵便うけで見つけ、玄関で包みをあけた時、詩の数編を読んで圧倒され、感動で立ちつくしました。20ページから最後まで立ったまま読みました。

くれぐれもお体を大切にされて、病気に勝って下さい。とりあえず、お礼をと思いペンを執りました。改めて、お礼をしたいと思っております。  

―野口純子


 美しい詩集をお送りいただき有り難うございました。

私が西森さんを存じ上げたのは専ら槇村浩の件を通してで、きっすいの高知の活動家だと思っておりましたが、北海道での数十年の活動、キリスト者としてのご経歴があったということは全く想像したこともなく、またこのような詩文を草されるということに、驚きました。

さらに、はさんであった薄虫≠フコメントで、自ら多忙の渦を求める活動家であるとともに、水彩画や書にまで「手出し」されてこられたというのに驚倒する思いでした。

余命一年といわれようが数ヶ月といわれようが(そういういい方をする医者も、患者さんの本当の気持ちに沿っていないと思うのですが)生きているのはこっちなので、しつこく対策を求め、粘って行かれることを祈ります。活動に展開された多面的なエネルギーを、病気との粘りあいにも発揮されることを祈念いたします。とりあえず、御礼、ごあいさつまで。

―伊藤共治


 「花いばら」御恵贈ありがとうございました。西森さんの反戦・平和に対する不撓不屈の精神と詩魂、今更乍ら感動いたしました。

顧みて我身を恥入る思いです。御体調すぐれぬご様子、申し上げる言葉もございませんが、何卆ご養生下さいますよう心よりお礼申し上げます。草々。

―小原義也


 本日は立派な詩集をお送り下さいましてありがとうございました。お体具合のすぐれぬ中での集会、出版とご無理ではなかったでしょうか。

澄み切った詩心と静かな、しかしたぎる情熱をたたえたあなたらしい見事な詩集の誕生おめでとうございます。  

―桧垣喜美枝


 なんてきれいな装丁なんだろう。なんて手に優しい感触なんだろうー。「花いばら」を手にしておもいました。ありがとうございます。  ・・・中略・・・

「花いばら」を一気に読んだ後、胸ときめかし乍ら「あなたは風」を貼りました。療養中の62才、どこまでというより、一つでもあの頃の心意気が取り戻せるかどうか分かりませんが、詩に後押しされながら、“心の病”から抜け出せるように努めます!

―金森均代


 このたびは「花いばら」を恵贈下さいまして、ありがとうございました!

文字の力、言葉の力(そしておそらくはあなたの生きるエネルギーにおされて)一気に読了。感激がたぎっています。

おそらくわたしと同時代(わたしは1935年生まれ)の方と拝察いたしますが、ベトナム反戦以降の方位のとり方はわたしと酷似しており、戦友にも似た親近感を覚えます。頂戴いたしました御著も、いわばこの世への“置き土産”の気迫がこもっていて、いさぎよいさわやかさ、土佐の風土がもたらすものでしょうか。・・・ ・・・

ご病状が心配です。土佐人らしく豪儀に病魔と闘って下さい。

―さねとう あきら 


 ご詩集「花いばら」、ありがとうございました。私は方言の詩ならぬ「方言についての詩」を40編ほど書いてきましたので、「たんぽぽ讃歌」にとりわけひかれました。各地のたんぽぽの方言を取り入れ、「世界たんぽぽ会議」をひらこうという呼びかけは、各地の(日本の、世界の)平和を求める人々の心にうれしく届くことと思います。長年平和運動に献身されてきた、西森さんならではの詩です。

土佐弁の「前文」「九条」も大変いいです。「方言についての詩」に引用させてもらいたくなりました。

短歌「殺人を・・・・・・芥子粒ほどの抵抗」も「草の家」のご苦労を思うと心にしみこんできます。・・・・・・お体どうかご自愛ください。お礼まで。草々。

―小松弘愛


「花いばら」有り難くお受けしました。版画も入り立派な本です。

「草の家」を立ち上げ、世界へ発信する貴重な記録、多くの人々に読まれることを祈ります。

急に寒くなったりしますので、風邪などひかれませんよう気をつけて下さい。一筆御礼まで。

―大崎二郎


 たきおさむ詩集「花いばら」ご恵贈下さいましてどうも有り難うございました。「草の家」の経営活動、それも世界規模の活動はほんとに素晴らしいと思います。他所からその風に当るだけで懦夫猶立たしむるの概にふだんから敬意を持っていますが此の度先生の詩集に接し優しい詩心にふれその想を更に深くしています。草の家の活動は土佐の片田舎からの発信ですが、世界平和の大理想への歩みを続けていると思います。限りある命をけづられての活動には只、頭が下がるばかりで言葉もありませんが、どうかご自愛の上ご活躍を祈っております。ゆっくり読ませてもらいますが取り急ぎ御礼まで。

―田中白歩


 先日は詩集「花いばら」をお届け下さりありがとうございました。拝見しているうちに自分史ともいえる詩集の重さに襟を正して読ませて頂きました。私自身文学的素養もなく、詩も短歌も遠い存在ですが、拝見していくうちに先生の感性の鋭さ、思索の深さにただ押しつぶされそうになりました。・・・・・・小学校六年生の作品「竹」に始まり、「抗」で閉じる最終ページ、その底流にあるヒューマニズムと告発。しかし告発だけでなくて草の家を核に組織し運動化していくエネルギー。先生の自分史は運動史の一つと拝見しました。出会った方々の多彩なこともその方々から汲みとられたエネルギーも戦後の一時期を画する運動史であり高知の文化史の思いがするのは私だけではないと思います。

―野島忠直


自分を知る旅 ―韓国旅行にてー谷川剛章(高知大学大学院)

 昨年12月15〜21日まで韓国を旅行した。自身初の海外旅行、しかも一人旅である。字数制限上全て書くことは出来ないが、この旅で特に印象深かったことをいくつか述べてみたいと思う。

 一人旅といっても、常に一人で行動していたわけではない。韓国の友達や現地で知り合った日本人と過ごす時間が多かった。彼らと共有できた時間と空間は友情を育んだ。意見や考えを交換しあい、議論が出来た。旅先での出会いは、普段と一味違っていて、自分にも相手にも何かを求めるパワーが溢れている。私は“人との出会い”の大切さを改めて知り、何より、“人の力”というものを目にすることが出来た。人の力は偉大だ感じると同時に、それは自分を成長させる要素であると実感し、とても嬉しかった。また、現地の友達には色々な場所へ連れて行ってもらったが、感動の連続だった。食べるもの、見るもの、聞くこと、感じることが全て新鮮だった。自分で直接触れたものには、想像以上に感性が沸いた。その思った以上の自分の豊かな感受性には少し驚いた。―「自分って、こんなに色んなことを感じる力があったのか」―。自分を客観的に見てみようというのがこの旅の目的の一つであったから、そのような感想を持てたことは大きな喜びであった。

  このように嬉しい楽しい日々を過ごしていた反面、当たり前に考えることに直面せねばならなかった。韓国へ来たからには、そのことを考えるのは日本人としての義務であると思ったし、自分でも希望していたことであった。それは、日本と韓国における歴史問題である。天安市『独立記念館』、ソウル市『西大門刑務所歴史館』、広州市『ナヌムの家』にて感じたことを以下に綴ってみたい。

  独立記念館は韓国の友人と、西大門刑務所歴史館には現地で出会った日本の学生と訪れた。そこには、資料や考証、文献を通じて日本人警察の暴力や拷問の模型が立体的に展示してあって、それらの模型は、動いたり声が出るように造ってある。―暗鬱感―。文献を読むのとは訳が違う。その時の雰囲気と感情を言葉で言い表すのは困難だ。私にとっては、衝撃の連続だった。自民族の祖先が、今すぐそばにいる民族の祖先を虐待・虐殺している情景を目の前にしているのだ。私は、そばにいた韓国の友人のことが怖くなった。―「彼らは本当に僕のことを友達だと思ってくれているのかな。僕らは本当に友達なのかな・・・。」―韓国人が日本人に対して持つ感情の意味が、初めて理解出来た気がした。

  ナヌムの家では植民地時代の日本兵から性的暴力・虐待を受けたハルモニ(おばあさん)達が暮らしている。そこで2日間お世話になったが、ここでも、何とも絶え難い暗鬱な気持ちになった。ハルモニ達は日本語を聞いて話すことが出来るから、コミュニケーションをとって色々な話をしたかった。しかし、私には普通の会話が出来なかった。なぜなら、ハルモニ達は無理に強いられて日本語を覚えたという歴史を持っていて、私の頭からは“僕は罪を犯した民族の子孫だ”という観念が離れなかったからである。会話をするのにどうにもその重たい雰囲気が圧し掛かり、言葉が重い。ハルモニ達の前で、少し怯えてしまっている自分がいる。―「誰とでもニコニコ話が出来ていた僕はどこへいったのか。」―辛かった。自意識過剰になっていたのかもしれない。しかし、本と想像とではなく、今現に私は、日本人によって心身を心底から傷付けられた人と向かい合っているのだ。もし、仮に罪の意識がないままに接することが出来るとしたら、それは人に対する思いやりとデリカシーに欠けた人間としか言いようがない。“慰安婦”問題に限ったことではない。民を治めたり動かす資格を持つ者は、人の痛みを知らなければ、人類の福祉を目的とした政治は出来ないように思う。

 旅の間中、常に喜怒哀楽が体中を駆け巡った。現地に行って、直に自分の肌で感じることがいかに大切か。“感受性”なのだ。現場を見て“痛み”の分かる感性がなければ、“社会について”考えることはただの自己満足である。それでは社会を考えることに対して意味をなさない。私はこの旅で、社会を考えるということに関して何か原点に返ったような気がした。そして、何か違ったものを見るため、何か違ったことを感じるため、常に発見があるためには、常日頃の勉強が大切であることを22歳にして初めて知った。旅は偉大だ。また旅をしたい。次の旅も自分を成長させてくれそうだ。


「東アジア青年学生平和人権キャンプ2004 in 関西」に参加して

和田比呂絵

私は、2月3日から7日まで京都、大阪で「在日朝鮮人の教育権と人権」をテーマに行われた「東アジア青年学生平和人権キャンプ2004 in関西」に4日から6日まで参加した。主に現役の大学生が参加者として多かった。

4日の朝に到着して早々徐勝(ソスン)先生の“在日朝鮮人の人権と関西キャンプの意味”と題して基調講演が行われた。金英丸さんのあますとこのない通訳で伝わってくる徐先生のお話しは、客観的に日本を鋭く説かれていた。今、日本の深い根にある失望と希望、メディアに一般市民は洗脳されつつあること、日本のアメリカ追従に対し、アメリカでの報道はほとんどないことなど、聞き逃すことのできない内容であった。

 そのあと、弁護士の井堀哲さんによる、“朝鮮学校への嫌がらせに弁護士はどう立ち向かったか”という講演を終え、韓国人、日本人、在日朝鮮人で構成される約8人のグループに分かれ、今日の講演に対して意見交換を行った。私のグループは、メディア操作について韓国と日本の意見交換を行ったが、ここでは韓国と日本人学生のメディアと政治に対する関心の違いが顕著に出て、沈黙が続いた為、食事を挟んで一休憩した。休憩のあと、日本の今のメディアに対し、私たちが今できることは何か話し合った。日本人の特徴である丸ごと情報を‘鵜呑み’にし、同情することにより、メディア操作にすでに加担してしまっている。本当に、それは正しいことなのか、批判的な考えを持って、それをメディアに伝えていく。そういう批判的な意見が集まれば、メディアも動かざるを得ない。次第に、市民が主人公の報道に変わっていくのではとの結論に至り、全体討論で発表した。

2日目は立命館大学から、バスで大阪市生野区にある“東大阪朝鮮中級学校”へ移動。近くの幼稚部へ見学に行ったところ、集団で瞬きもせず、じっ〜とこっちを凝視している子供が今にも泣きそうなうるんだ瞳で‘オソオシッシヨ!!’(いらっしゃいませ)とはりさけんばかりの声で出迎えてくれた。一同緊張していた顔がほころびた。

中級学校では校長先生のお話の後、午後に劇、民族楽器での演奏、民族舞踊、大阪英語弁論大会で3位だった女子生徒の発表、男子生徒の朝鮮語での発表があった。劇は、拉致報道以来チマジョゴリを破る等の事件が相次ぎ、それを機に自分たちの存在を確認し、祖母や親たちが守り受け継いできた学校や地域で、在日として生きていく気持ちを自覚した、という内容であったが、これは、中学生が考え自分たちが練習したとは思えない劇で、私たちがよく学校で目にする、いやいややっているのだー、は微塵も感じられず、それを超え、見る者をあっという間に虜にした。民族舞踊は、女子学生が笑顔でタンバリンや鈴を持ちながらしなやかに踊っていたが、これまたまるでプロのような踊りで私たちは、すぐに釘付けになった。哀愁漂う民族楽器の演奏では、祖国が2つに分断された朝鮮の伝統の曲で、静かにそして力強く流れる音楽の調べに私達の気持ちをのせ、場内は静まりかえり、終わった途端大きな拍手が鳴り響いた。

どうして、彼らが差別されなければいけないのだろう・・・。気持ちが高ぶり、涙が出そうになった。一連の発表が終わり、同じグループの大学生と、‘何か涙流すのって違うような気がして・・・’‘同感。だけど・・・’。彼らは、かわいそうなのだろうか。疑問が残ったままその場を離れた。

翌日、韓国漢陽大学の鄭炳浩(ジョンビョンホ)先生の講演―“韓国からみた在日朝鮮人の民族教育・人権”―がとてもよかった。冒頭から、文化人類学とは、違いとその本質を見抜くためにあると。新たな好奇心、子供のような好奇心をもって世界をみようと、好奇心の固まりのような私を肯定して貰ったような気がして、私はペンを走らせ始めた。在日朝鮮人という少数民族は自給自足的な生活で、意味のある人生を送る。出世しようとかいうのではなく、集団の中で価値のある(先生とか)存在であることが大事である。それをとりまく人々も役割があり、みんなで学校を運営する。受験もないーそのまま朝鮮大学校に入れるからー、各部活が優秀な成績を収められるのではなく、学力じゃなく、いろんな経験を通して成熟さを確認でき、それが高い水準につながると。日本の学校では、できない少人数教育ができるので、先生もやりがいがある。競争社会ではないので、どれだけ秀でているのかが問題ではない社会に生まれて来たのは、世界的にそういう教育をしようとしている国がある中で恵まれているのではないかとの結論に至った。ここで、昨日のモヤモヤの感情が整理された。かわいそうな人ではなく、ある意味で恵まれた社会にいる人と思えることで、彼らを一人の人間として尊ぶことができたように思う。先生のようにいろんなことを‘知る’ことで、理解できる。勉強する、知ることの深みを与えてくれた講演であった。

講演が多い今回のキャンプであったが、一般の大学生の考えやいろんな先生のお話しも聞けて、本では得られない経験を得られた。忙しく寝る時間も充分にないのに、楽しくて笑いが絶えないのは、やっぱり人と交流することと、交流している内に他人と自分が一体になって分かち合う喜びがある。そして、そういうプラスの面を体験している内に自己肯定感を得ている。生活に戻って、それを実感する。今後もいろんなことを‘考える’きっかけになる活動に参加していきたい。


 山原健二郎さん死去 

3月8日、草の家の顧問山原健二郎さんが亡くなりました。ガンがみつかって余命半年と宣告され、自宅で闘病生活を続けました。その姿はまさに仁王、そのもの。私たちの心を振るわします。南の熱き炎の山原健二郎さん、永遠に・・・。


草の家日誌

l         /4〜7 韓国釜山の高校生来高、幡多高校生平和ゼミナールと交流・調査:ビキニ問題、柏島・津賀ダムの強制連行・強制労働、四万十楽舎など、金英丸通訳・案内

l         /11 イラク攻撃反対全国行動:11時11分、帯屋町

l         /14 日下小学校平和学習:金英丸

l         /17 草の家新年交流会:ピースライブ

l         /18 吾川村名野川小学校平和学習:金英丸

l         /19 第1回草の家平和講座:開講式、西森茂夫館長、「草の家展示資料から見えてくるもの」

l         /24 ロバート・ノリスさん(ベトナム戦争の際、徴兵拒否、福岡国際大学教授)講演(高知大学)、交流会(ピースカフェ)、草の家来館(25日)

l         /26 「ダッタン海峡」第9号発行:槇村浩生誕90周年記念特集

l         /3〜7 「東アジア青年学生平和人権キャンプ2004 in関西」参加(京都、大阪):和田比呂絵、金英丸

l         /11 建国記念の日に反対する集い:金英丸講演「自衛隊派兵と東アジアの平和を考える:日本と朝鮮半島の関係を中心に」、自由民権記念館

l         /13〜15 東アジア共同ワークショップ:金英丸参加、北海道・朱鞠内

l         /16 第2回草の家平和講座:山根和代さん講演、「世界の平和博物館の動向」

l         /16〜19 韓国忠州環境運動連合、朴一善さん来館、朝鮮への植樹事業など協議

l         /17 韓国晋州産業大学生一行来館:高知短大訪問団5名

l         /19〜21 米プリンストン大学博士課程アーロン・ムーアーさん来館:戦時中の資料調査

l         /20 森住卓さん緊急レポート:「イラク・サマワで今何が」、イラクレポート実行委員会主催、草の家のパネル展示

l         /23 民映研上映会

l         /25〜3/1 ドキュメンタリー映画「平和をつくる若者たち」撮影スタッフ来館:藤本幸久監督、小寺卓矢カメラマン

l         /26 介良潮見台小学校平和学習:金英丸講演、「平和をつくる楽しさ」

l         /28 小夏の映画会「七色の花」

l         /6 東アジア共同ワークショップ関西事務局一行来館、7名

l         /8 山原健二郎さん死去

l         /9 第六小学校子どもたち来館:「第六ふれあいアドベンチャー」、1〜6年生

l         /9 高知付属中学校2年生来館:平和学習資料調査

l         /12 土佐町中学校2年生来館:平和学習、学生42名、教員5名

l         /12 「3・13重税反対全国統一行動」伊野集会:金英丸講演「自衛隊の派兵と東アジアの平和を考える」、仁淀川民主商工会主催、すこやかセンターいの

l         /15 第3回草の家平和講座:金英丸講演、「韓国・朝鮮と日本、東アジアの市民連帯」

l         /20 イラク侵攻1周年世界統一行動:ピースライブ、帯屋町公園、14組のミュージシャン参加、ピースパレード、高知大卒業生送別会


 草の家定期総会のご案内

会員のみなさん!桜の季節になりましたが、お元気でお過ごしでしょうか?

皆様のおかげで草の家の活動も今年15年目に入ります。

今年は憲法九条を守る重大な年になりますが、次の日程で総会を開きます。

お忙しいと思いますが、ぜひご参加下さい。

 5月15日(土) 午後2時〜5時

草の家ホール

議 事

1.1年間の活動のまとめ 
2.会計報告 
3.2003年度の活動計画と予算 
4.その他