浅虫温泉旅行(2022.5.2225)

 今回の旅の目的は

1.大学の頃北海道旅行をした時、東北本線で往復したが、浜のすぐ前に富士山の様な島がある浅虫温泉とは?

2.ねぶたの様な大きな山車は日田温泉、飛騨高山温泉でも見たが東北の山車は?

3.青森三大ねぶたの弘前の「ねぷた」、青森の「ねぶた」と五所川原の「ねぶた」の違いは?

4.青函連絡船が廃止されて80年、その跡は?

を知る事。

大宮7時57分発の東北新幹線「はやぶさ5号」で新青森に10時52分に着く。天気は曇り。雨が降ってこない

事を祈って奥羽本線に乗り換え弘前に向かう。車窓右側にシンボルのまだ山頂は雪の「お岩木山」が見えた。

1.弘前

 . 弘前城(城主:津軽氏)

駅で荷物を預け弘前城へのアクセスを案内所で確認(10分毎に100円バスが駅と城を巡回している)し、店で

昼食をとる時間も無いので、パンとジュースを買い、バス停へ行く。雨がパラパラ来た。残念。バスに乗って城の「

追手門」近くで下車。傘も荷物の中に入れたままなので、雨に濡れて門迄歩き、雨を避け門の中で立ってパンをかじ

る。数人の人が通って行ったが気にしない。城跡は公園になっていて東西612m、南北947mの広さ(東京ドー

ム10個)あり、5つの門(追手門、南内門、東門、東内門、北門)と3つの櫓(辰巳櫓、未申櫓、丑寅櫓)外堀、

と内堀がある。門をまっすぐ北へ130m行き左へ80m行って、赤い欄干の「杉の大橋」を渡り 南内門を通って

二の丸跡の看板を右に見て70mじゃり道を北へ歩き下馬橋のまえ。本丸に近づいているが、天守閣は見えないし内

堀の石垣を修復で工事用の鉄パイプと網が見える。内堀にかかる下馬橋を渡ってきた子供に聞く。彼はスマホで調べ

てくれ教えてくれた。今、地図を見るとそのまま下馬橋を渡れば本丸跡と天守閣だった事がわかった。教えられた通

り250m直進し、東内門を右に見て丑寅櫓の手前を左に行きチケットを買う。赤い橋の鷹丘橋を渡って10m程小

高い場所にある天守閣にたどり着いた。弘前城と言えば桜越しの天守の美しさを見てきたので意外だった。3層の小

さな置物の様だ。天守の中の階段は急で四つん這いで上らねば危険と聞いたので登らないで戻る。天守閣の広場の横

に大きなイカの形の石が置いてあった。丑寅櫓の横をまっすぐ北へ330m程、雨に濡れながら外堀に掛かる亀甲橋

へ。橋を渡って外堀に沿って東へ180m。角を堀に沿って南へ40mに「ねぷた村」がある。

 

 

 

 

 


杉の大橋          東内門        前前城天守閣      イカ形の石      赤い鷹丘橋

.2 弘前ねぷた

 なぷた村の中にねぷたの展示場がある。中に入り説明員の説明を聞く、

1.  青森には、五所川原、青森、弘前の3大ねぶたがある事。

2.  夏に「青森では寝ぷてえ」「弘前では寝ぷてえ」がなまり弘前は「ぷ」と呼ぶ様になったとか

3.  形は青森は土台が四角でその上に張り子の武者等が乗っているが、弘前は扇形の張り子が乗っている。

説明が終わると若い女性が70cmの棒のバチで、横の大太鼓でお囃子の時の太鼓を打ってくれた。その後、3台並

んだ太鼓でお囃子を一緒にたたかせてもらった。

 

 

 

 

 

 


 

店の人に駅へ戻るバス停を聞いて雨の中を歩く事20分。道を間違えたかバス停は無い。外堀を離れ駅の方角へ曲

がりマンションンの入口で雨を避け地図を広げていると、住人の男性が戻って来て「お困りですか?」と。「駅へ

戻りたい」と。その人は中に入り、キーを持って出てきて車で駅(3km弱)まで送ってくれた。親切な人だ。

感謝。感謝。雨で無ければ「最勝院五重搭」を観たかったが宿へのチェックインが遅くなるので中止し奥羽本線で

青森へ出て「青い森鉄道」に乗り換え「浅虫温泉駅」で降りる。ホテルに電話して迎え(ホテルまで800m)に

来てもらう。

2.浅虫温泉

 浅虫温泉は、無味無臭の単純塩化物温泉で、全室陸奥湾に面した部屋で、正面に富士山の様な湯の島があり、そ

の向こうに津軽半島が横たわている。左手奥が青森市になる。その前の浜がサンセットビーチ。今日は、天気があ

まり良くないので浅虫温泉の周りを散歩する。ホテルのバスで駅まで送ってもらい道の駅「ゆーさ浅虫」を物色し

て国道4号線を渡り海浜の道をホテルの方に歩く。草の中に赤い「はまなす」の花を見つける。サンセットビーチ

の国道寄りの奥に大きな木の椅子が置いてあった。海水浴の見張り台?ホテルに戻り、国道4号線と青い森鉄道を

渡り裏山の近くの浅虫水族館を見に行く。とりわけ見る魚もいなかったので入らずにホテルへ戻る。夕方右手の方

に見えた裸岩を見に出かける。国道に沿って行き左へ折れて海岸方面に。海岸に沿って行くと海岸に鮮魚料理をだ

す店が5軒ほど。一軒だけ開いていたが他は閉鎖。その奥に東北大学浅虫海洋生物学教育研究センターの建物があ

る。目の前に裸岩があるが逆光、岬を回り込んでみたがやはり駄目。引き返す。その当りから浅虫温泉の全景を見

る事が出来た。ホテルへ戻り、温泉に入って夕食。夜8時30分から津軽三味線のショ―がロビーで毎日ある事を

知る。全国津軽三味線で優勝した事もある中村みちこさんのバチ裁き、見事なものだった。帰える日(4日目)の

朝は晴れて、湯の島の左側に遠く雪をかぶった岩木山が望めた。

 

 

 

 

 


  湯の島        サンセットビーチ    遠くに岩木山

 

 

 

 

 

 


 巨大な椅子      浅虫水族館           裸岩          浅虫温泉

3.青森

 ホテルの送迎バスで浅虫温泉駅迄送ってもらい青い森鉄道で青森駅へ行く。観光案内所で三内丸山遺跡、棟方志

功記念館へのアクセス方法を聞く。市バスで三内丸山遺跡迄行く。この遺跡は1992年から始まった発掘調査で

縄文時代前期から4,200年前の間の大規模な集落跡が見つかる。、竪穴住居跡、堀立柱住居、盛土、墓、土器、

木製品。骨角製品が発掘され、現在は「北海道・北東北の縄文遺跡群」として世界文化遺産に登録。

.1 三内丸山遺跡(世界文化遺産)

ビジターセンターで発掘作業、土器、住居跡等のビデオを見て 遺跡群の原っぱに出る。広大な草原の中に復元し

た建物が点在している。中でも長さ32m、幅10mの大型掘立建造物(復元)(集会場?)、や直径3m、深さ2m、

間隔4.2mの6本柱の大型掘立柱建造物(復元)(目的は?)が珍しかった。九州の吉野ケ里遺跡には無かった。

 

 

 

 

 

 


   三内丸山遺全景       竪穴建物(復元)      掘立建物(復元)     大型竪穴建物内部

 

 

 

 

 

 

 


大型掘立柱建造物(復元)  出土土器

バスで新青森、青森駅を経由して、青森県出身の棟方志功記念館へ行く。

.2 棟方志功記念館

 門を入るときれいな日本庭園がありその奥に1975年に開館した校倉造の記念館がある。青森が生んだ世界の版

画家で、文化勲章を受章したのを記念して建てられた。階段を上がって 展示室に入る。春の展示「祝祭と祈り」が

テーマであった。大きな版画もあり掛け軸の様な物も数十点展示。一通り見て棟方志功が版画を彫っているビデオを

て日本庭園でバスの時間まで過ごす。

 

 

 

 

 

 


前庭の奥に記念館        日本庭園      「オドロイテモおどろききれ」 「天乃宇受女之美」

バスで駅へ戻り遅い昼食と休憩。

.3 ワ・ラッセ(ねぶたの家)

 青森駅の横の赤い大きな建物。二階からスロープを下りながら観る。現在では、幅9m、長さ7m、高さ5mの規制

がある、張り子の像は針金で造ったものに紙を貼り、頭、手等のパーツを組み立て電灯の電気配線をし組み立てて色を

塗る10工程で、専門のねぶた師により造られている。テーマには中国や歌舞伎の合戦物が多いとか。中を見物中、津

軽三味線、笛、ねぶた囃子が流れていた。

 

 

 

 

 


.4 青函連絡船十和田丸

 ワ・ラッセを出て青函連絡船十和田丸を見に行く。青函連絡船は1908年から1988年まで就航していた。昔、大

学2年の夏に北海道を周遊した時に、青函連絡船で青森迄乗ってきたが、最上階のデッキのベンチに寝ころんで星を見て

友人と話をしていた。そこへ、船員が来て船内を案内しましょうと言って操舵室から地階のエンジン室まで説明してくれ

た。タービンのうなる音、カチャカチャという音、スクリューへのクランクシャウトの太い事は今でも記憶にある。十和

田丸はどうでも良いが青森駅と船との間の線路はどうなったか見たかった。 桟橋から船まではそのままで陸地側の青森

駅までは線路は無く建物が建っていた。ホテルへ戻り最後の夕食に備える。

 

 

 

 

   桟橋から洞爺丸

5月25日

9時50分発のホテルのバスで浅虫温泉駅まで送ってもらい、青森駅で乗り換え新青森駅へ行く。新青森12時39分

発の東北新幹線「はやぶさ24号」で大宮へ15時39分に着く。

 

旅行の目的に関し、全て解決した(結果は文中)。

 

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